「はやぶさ2」が小惑星リュウグウの石や砂を地球に届けて、4年になる。ウーメラ砂漠で朝日に輝く地球帰還カプセルを見た時、宇宙研キュレーション施設でサンプルコンテナ内部の黒い粒子を初めて見た時、「これから分析が始まる」という思いで背筋が伸びた。サンプルリターン探査には、探査機が対象天体への往還を終えてから、始まる科学がある。持ち帰られたサンプルを地球上で分析する科学だ。そして、その科学は将来にわたり続いていく。本稿では、小惑星リュウグウのサンプルとはなんだったのか、「はやぶさ2」プロジェクトチームがおこなったサンプル分析から、わかってきたことの概略を記し、将来への期待も述べたい。
リュウグウにて
C型小惑星*に分類されるリュウグウは、水が含水鉱物として存在し、有機物が含まれることが期待されていた天体であった。含水鉱物や有機物が存在するということは、大規模な加熱も経験しておらず、太陽系最初期の情報が残っている可能性も高い。リュウグウからサンプルを持ち帰り、分析することで、太陽系の起源と初期進化を遡り、また、地球に海や生命の材料がどのようにもたらされたのかを探ろうというのが、リュウグウサンプル分析の科学目標である[1]。
「はやぶさ2」が初めて見るリュウグウは約1kmサイズの暗い天体で、表面は岩塊で覆われていた(図1)[2,3]。水酸基OHによる赤外吸収が確認され、含水鉱物が存在することもわかった[4]。ただし、OHによる吸収の程度は強くなく、水が少ない可能性も指摘された。リュウグウへの着地では、小惑星の石を2地点で採取することに成功し[5]、サンプラー(試料採取装置)[6]の理学担当であった筆者はほっとした(図1)。2回目の着地では、衝突装置がつくった人工クレーター[7]近傍で、クレーター形成で掘り起こされた地下物質の採取を試みた。
*発見されている小惑星の多くがこのタイプである。反射スペクトルが炭素質コンドライトとよばれる水や有機物を含むことのある始原隕石と似ている。
図1:(a)小惑星リュウグウ。©JAXA,東大など (b)リュウグウでの第2回目のタッチダウン。©JAXA
玉手箱の中身
「はやぶさ2」は2020年12月6日、地球帰還カプセルを豪州・ウーメラ砂漠へと着地させた。カプセルを発見したのは、サンプラーをつくりあげたエンジニアの澤田弘崇さんだった。長旅を終えたカプセルはウーメラの風を浴びて、もう少しゆっくりしたかったかもしれないが、回収チームはカプセルを基地へと持ち帰り、試料の入ったコンテナを取り出し、コンテナ内部の気体成分をタンクに採取した後[8,9]、宇宙科学研究所惑星物質試料受入れ設備(キュレーション)へと輸送した。キュレーションの真空チャンバー内で開封されたコンテナの中には真っ黒な石がたくさん見え、サンプルリターンの成功を確信した(表紙画像 )。サンプル重量はおよそ5g(1回目の着地で約3g、2回目の着地で約2g)で、ミッション目標の0.1gを大きく超えた。
窒素で満たされたクリーンチャンバー内で、撮像や秤量、分光分析などがおこなわれた後[10,11]、JAXAキュレーション専門委員会で決められた分量(試料総量の6%にあたる0.3g)が、試料を管理するキュレーショングループから「はやぶさ2」チームに渡され、1年間の試料分析(初期分析)が2021年6月より開始された。
太陽系を代表する化学組成をもつ石
リュウグウの石の化学組成は、太陽に最も近い化学組成をもつ隕石(CIコンドライト)によく似ていた[12]。リュウグウは太陽系を代表する化学組成をもつ天体だったのだ。また、リュウグウの石は、含水鉱物や炭酸塩、硫化鉄、磁鉄鉱など、水との化学反応でできる鉱物や、水から析出する鉱物からなり(石全体に含まれる水は重量にして約7%)、かつて液体の水が存在したことも明らかとなった[12, 13]。この特徴もCIコンドライトによく似ていた。また、炭酸塩が水から析出したのが、太陽系誕生から約400万年後で[12, 14]、リュウグウの鉱物達は地球より古い物質であることも確認された。それだけではない。硫化鉄の中には当時の「液体」の水(炭酸水!)が閉じ込められていた[13]。鉱物間の酸素同位体組成分析からは、炭酸塩と磁鉄鉱の共存温度が40°C程度と見積もられ、リュウグウの水は温泉であったらしい[12]。
太陽系の代表的化学組成をもつ石が、代表的小惑星であるC型小惑星をつくっていること自体は不思議ではない。しかし、CIコンドライトは地上には10個足らずしかない。それはリュウグウの石が脆いことと関係しそうだ。リュウグウの石のような物質は、地球大気圏突入時に壊れ、燃え尽き、地上まで隕石として到達しないのであろう。
このように希少なCIコンドライトであるが、これまで発見されているこれらの隕石は地上で風化し、鉱物の種類が変わったり、地球の水を吸収したりしてしまっている。すなわち、リュウグウの石は、現時点で私たちが手にする地球外物質の中で、太陽系の化学組成を最も代表する物質のひとつである。そのため、現在、宇宙研地球外物質研究グループが中心となって、Ryugu Reference Projectを立ち上げ、リュウグウ試料の平均化学組成を求めるプロジェクトを進めている[15]。
リュウグウの有機物と生命材料
リュウグウの石は、炭素を4 - 5重量%含み、その2/3程度が有機物として存在する[12, 16]。含水鉱物と絡み合うように存在する有機物や、1μmに満たないような球状の固体有機物など様々な形態で発見され、重水素や15Nに富む球状有機物も確認された[17]。重水素や15Nに富む分子は、恒星が誕生する低温(~10 K)のガス雲(分子雲)に観測され、これらの分子に起源をもつ物質が、液体の水との化学反応で完全に壊されることなく、リュウグウに残っていると言える。
リュウグウの石を複数の溶媒に浸け、溶け出した有機分子を分析した結果、その化学式が決定できたものだけで、20,000種を超えた[16]。これらの有機分子には、20種程度のアミノ酸や、核酸塩基ウラシル、ビタミンの一種であるニコチン酸も含まれていた[18]。リュウグウのアミノ酸は右手型と左手型(有機分子は立体的な構造を取りうるため、同じ分子でも鏡に映したような二種類が存在する場合がある)がほぼ等量存在していた。地球の生命は左手型のアミノ酸だけを使うことを考えても、非生物的な合成経路でアミノ酸がつくられたものと考えられる。液体の水が存在した誕生直後のリュウグウで多数の有機分子の中に、生命の材料となりえたり、必要としたりする分子も含まれていたということだ。
リュウグウの旅
リュウグウの含水鉱物や炭酸塩をつくった水や二酸化炭素の起源が、太陽系遠方の氷だとすると[13]、リュウグウは太陽から離れた低温領域で誕生した可能性が高い。一方、リュウグウは小惑星帯を代表するC 型小惑星であることを考えると、リュウグウやその仲間の天体は、太陽系の遠方から、小惑星帯まで移動してきた天体なのかもしれない。実際、リュウグウの磁鉄鉱に残された残留磁場強度[13]は、原始惑星系円盤内側領域の磁場として考えられるような強さであり、リュウグウが太陽系誕生から数百万年後にはすでに太陽系内側領域に移動していた可能性を示している。そうだとすると、原始の地球に、リュウグウの仲間の小天体が降り注ぎ、海や生命の材料となる水や有機物(しかも、その中には生命前駆分子も含まれる)をもたらしたというシナリオが考えられる。また、リュウグウの水素や窒素の同位体組成は、彗星に比べて、地球の海や空気に近く[16]、水や有機物の供給源としては、彗星よりもっともらしい。
リュウグウ自身は、現在は地球に近い公転軌道をもつ。銀河宇宙線による核破砕反応でつくられる宇宙線生成核種の分析から、採取試料はリュウグウ表面から深さ1m以内に500万年程度、存在していたことがわかった。これは、リュウグウが今から500万年ほど前に小惑星帯を離れ、近地球軌道に変わり、隕石衝突頻度が減ったため、表面の大規模な掘り返しが起きていないことを示唆する。リュウグウは地球に人類が誕生した頃に、地球近傍へとやってきたのかもしれない[19]。
リュウグウを覆うヴェール
リュウグウの石の表面の一部には、太陽から噴き出すイオン(太陽風)や微小隕石の衝突で、表面鉱物が非晶質化したり、融けたり、脱水したりしている様子が観察された(これらの変質現象は宇宙風化とよばれる)[20]。コンテナから採取されたガスに、太陽風起源のヘリウムが検出されたことも、サンプルに太陽風が打ち込まれていたことの直接の証拠である[9]。宇宙風化による含水鉱物の脱水は、探査機の観測による水が乏しく見えたリュウグウをうまく説明できる可能性がある。リュウグウのようなC 型小惑星も宇宙風化のヴェールに覆われ、その実際の姿を内部に隠しているとすると、「はやぶさ2」が人工クレーター形成実験[7]で実施した地下物質の掘削のようなダイナミックな探査も今後重要になりそうだ。
その人工クレーターの近傍から採取した試料の中には、地下物質と考えられるものも見つかっている。2回の着地で得られた試料には大きな差異は認められず、リュウグウの表面は均質であるらしいが、2回目に採取された試料だけ、銀河宇宙線で生成される放射性核種(26Al, 10Beなど)の存在度から見積もられる位置が地下1m程度となるものが存在するのだ[e.g.,21]。
リュウグウの先へ
リュウグウの石の分析を通じ、太陽系で起こった出来事の証拠が積み重ねられている。本稿は「はやぶさ2プロジェクト」による分析の結果に基づいたものだが、同様の成果はキュレーションチームからも得られ[e.g.,22,23]、また、新しい事実も公募分析などから得られている。今後の報告にも期待していただきたい。また、これらの事実はOSIRIS-REx探査機が持ち帰った小惑星ベヌーの試料[24]と比較検討され、水や有機物を含む小惑星における共通の進化過程や、リュウグウ・ベヌー特有の進化などが浮かび上がってくることだろう。
探査で明らかになる事実がどのような条件で起きたのかを知るためには、実験室での再現実験も必要となる。望遠鏡による他の惑星系の観測結果との比較も重要であるし、宇宙で起こる様々な化学反応を原子や分子レベルで考え、その一方で、シミュレーションなどで広大な空間スケールの中、100-1000万年というような時間で進む恒星や惑星の誕生や進化を議論することも必要になる。探査をきっかけに科学を広げていきたい。
太陽系始源天体の科学は、(1)太陽系史をそれ以前の分子雲や銀河での物質進化史と結びつけ、(2)初期太陽系から惑星誕生までの化学進化を追うことを目指すものである[25]。そのための事実を得るのが、サンプルリターン探査であり、「はやぶさ2」は(1)、(2)両者に迫ることを目的とし、また、(1) , (2)いずれかに特化したミッション(MMXや次世代小天体サンプルリターン)への橋渡しの役割も担っていたと思う[25]。未来のサンプルリターン探査で明らかになる太陽系の事実を楽しみにしたい。
最後に、リュウグウの石からわかったことがもうひとつある。リターンサンプルの分析は皆が本当に喜んでくれるということだ(図2)。
図2:チームメンバーによって撮影された初期分析スナップショット。
[1] Tachibana S. et al. (2014) Geochem. J. doi.org/10.2343/geochemj.2.0350
[2] Watanabe S. et al. (2019) Science doi.org/10.1126/science.aav8032
[3] Sugita S. et al. (2019) Science doi.org/10.1126/science.aaw0422
[4] Kitazato K. et al. (2019) Science doi.org/10.1126/science.aav7432
[5] Tachibana S. et al. (2022) Science doi.org/10.1126/science.abj8624
[6] Sawada H. et al. (2017) Space Sci. Rev. doi.org/10.1007/s11214-017-0338-8
[7] Arakawa M. et al. (2020) Science doi.org/10.1126/science.aaz1701
[8] Okazaki R. et al. (2017) Space Sci. Rev. doi.org/10.1007/s11214-016-0289-5
[9] Okazaki R. et al. (2022a) Sci. Adv. doi.org/10.1126/sciadv.abo7239
[10] Yada T. et al. (2022) Nat. Astron. doi.org/10.1038/s41550-021-01550-6
[11] Pilorget C. et al. (2022) Nat. Astron. doi.org/10.1038/s41550-021-01549-z
[12] Yokoyama T. et al. (2022) Science doi/10.1126/science.abn7850
[13] Nakamura T. et al. (2022) Science doi.org/10.1126/science.abn8671
[14] Sugawara S. et al. (2024) Geochim. Cosmochim. Acta doi.org/10.1016/j.gca.2024.08.013
[15] https://curation.isas.jaxa.jp/rrp/
[16] Naraoka H. et al. (2023) Science doi.org/10.1126/science.abn9033
[17] Yabuta H. et al. (2023) Science doi.org/10.1126/science.abn9057
[18] Oba Y. et al. (2023) Nat. Commun. doi.org/10.1038/s41467-023-36904-3
[19] Okazaki R. et al. (2022b) Science doi.org/10.1126/science.abo0431
[20] Noguchi T. et al. (2023) Nat. Astron. doi.org/10.1038/s41550-022-01841-6
[21] Nishiizumi K. et al. (2023) Hayabusa Symposium 2023
[22] Nakamura E. et al. (2022) Proc. Jpn Acad. Ser. B doi.org/10.2183/pjab.98.015
[23] Ito M. et al. (2022) Nat. Astron. doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5
[24] Lauretta D. S., Connolly H. C., Jr. et al. (2024) Meteorit. Planet. Sci. doi.org/10.1111/maps.14227
[25] 橘ほか (2014) 地球化学 doi.org/10.14934/chikyukagaku.48.265
【 ISASニュース 2025年2月号(No.527) 掲載】