ブラックホールが引き起こす活動
アインシュタインの一般相対性理論によりブラックホールの存在が予言されてから、約100年が経ちました。近年、観測技術は飛躍的に進歩し、重力波の検出やEvent HorizonTelescopeによる銀河中心の超巨大ブラックホールの直接撮像といった成果により、ブラックホールが理論上の仮想天体ではなく、実在することが明確に示されました。しかし、その実態はいまだ謎に包まれています。特に興味深いのは、ブラックホールが引き起こす極めて激しい活動現象です。ブラックホールは単独で存在する場合は沈黙を保ちますが、周囲に物質があると、それを強大な重力で引き寄せて輝き始めます。さらに、落下するガスの一部を外向きに加速し、高速で宇宙空間へ噴き出すことも知られています。こうした活動は、周囲の星形成や銀河構造に影響を与え、宇宙進化に寄与している可能性があります。また近年、活動的なブラックホール周辺からは、高エネルギー宇宙ニュートリノや超高エネルギーガンマ線も検出されており、宇宙線の起源や粒子加速機構を探る上でも、その活動が注目されています。
ブラックホールX線連星
宇宙には大小さまざまなブラックホールがあるとされますが、中でも最も劇的な活動を示すのが「ブラックホールX線連星」です。これは太陽の数倍から数十倍の質量を持つ「恒星質量ブラックホール」と、通常の恒星が連星を成す系で、恒星からブラックホールに落ちるガスが高温の降着円盤を形成します(図1左)。ブラックホール近傍では、ガスの摩擦で円盤が約1,000万度以上に加熱され、X線を放射します。このX線を観測することで、ブラックホール周囲のガスの状態や運動を調べることができます。銀河系内に発見されているブラックホールX線連星のほとんどは観測上「突発天体」と分類されるもので、普段は非常に暗いものの、ある日突然X線で急増光し、1週間で1万倍以上明るくなることもあります。その際、降着円盤と垂直方向に光速に近いジェットが噴き出し、X線に限らず電波や可視光でも劇的な変化が観測されます。こうした突発現象の背景にある物理機構は、長年研究が続けられているにもかかわらず、未だ理解しきれておらず、増光中の活動の全体像は依然として明らかになっていません。
私は大学院時代から一貫してこの謎に取り組んできました。本稿では、第17回宇宙科学奨励賞の対象となった研究と、それを実現するために取り組んできたX線天文ミッションでの技術的な貢献について紹介します。
図1:(左)ブラックホールX線連星の想像図。(右)国際宇宙ステーション搭載のMAXI。
全天X線監視装置MAXIと多波長観測体制
ブラックホールX線連星の多くは、数年から数十年に一度、突如として明るく輝きます。一方、現在活躍する大型X線天文衛星や地上望遠鏡の多くは視野が狭く、一度に観測できる範囲はごくわずかです。こうした、いつ・どこで活動を始めるか分からない天体を見逃さず、増光中に詳細観測を行うには、常に全天を監視する必要があります。この目的のために開発されたのが、全天X線監視装置MAXI (図1右)[1]です。2009年に国際宇宙ステーション(ISS)に設置されて以来、MAXIは400件を超えるX線突発現象を検出し、全世界に速報してきました[2]。私は2010年、運用初期の段階からミッションに参加し、こうした活動に携わってきました。
また、MAXIが検出した増光現象に対して、より高精度のX線観測を行うべく、各種X線天文衛星への観測提案を行ってきました。同時に、電波や可視光などで輝くジェットも捉えるため、X線以外の波長帯の観測提案も自ら行い、国内外の研究者とも連携して多波長観測網を構築しました。こうして、MAXIによる増光検出後には、さまざまな衛星や望遠鏡を総動員し、貴重な増光中のブラックホールX線連星の観測体制を整えてきました。以下では、これまでの観測成果の一部を紹介します。
低光度の降着円盤の最内縁構造とジェットの磁場測定
以前の研究から、X線連星は増光の初期や減光期末の比較的X線で暗い時期には10keVを超える硬X線を多く放射し、明るくなると10keV以下の軟X線放射が支配的な状態に変化することが知られています。これらのX線は主にブラックホール近傍の降着円盤最内縁部から放射され、その構造を反映しています。明るい時期については、黒体放射により効率的に冷えた「標準円盤」が形成されており、軟X線放射はその内縁部の約数100万度から1000万度のガスが出す放射として非常によく説明されます。
一方、暗い時期の硬X線は、高温ガス(電子温度で約10億度)に由来するとされますが、その構造については、ブラックホール近傍を高温ガスが覆うとする説(図2 左A)と、明るい時期と同様に標準円盤が伸びているとする説(図2左B)が長く対立していました。
図2:(左)X線で暗い時期のブラックホールX線連星の降着円盤の構造に対する2つの仮説。(右)「すざく」で得られたX線スペクトルと、降着円盤の各領域からの放射の寄与。
そこで私は、複数のブラックホールX線連星を、X線天文衛星「すざく」等を用いてX線で暗い時期に観測しました。図2に示すX線スペクトルでは、6~7keV付近に標準円盤由来の鉄輝線が確認されます。この輝線は、重力や回転の影響で広がり、変形するため、その形状解析により標準円盤の内縁位置を推定できます。相対論を考慮したモデルを使って輝線を解析した結果、標準円盤はブラックホールから離れた位置で途切れ、その内側は高温ガスに置き換わっている(図2左Aの描像が正しい)ことが明らかとなりました。さらに、連続スペクトルの解析からも複数天体で同様の結論が得られ、この時期のブラックホール周辺が高温ガスに覆われていることを示しました([3]他)。このように、X線スペクトルを解析することで、画像で分解できない構造を「見る」ことができました。また、この結果はブラックホールの自転測定にも影響を及ぼすもので、今回否定された構造を仮定した解析から「ブラックホールX線連星の多くが非常に高速回転しているブラックホールである」との主張もなされていましたが、見直しが必要となりました。
また、暗い時期には定常的にジェットが噴出していることも知られています。理論研究ではジェットの噴出機構には磁場が関係していると考えられてきましたが、ブラックホールX線連星のジェットの根元の実際の磁場強度は未解明でした。私はMAXIにより検出された増光初期のブラックホールX線連星を多波長で同時観測し、磁場の実態に迫りました。図3に示す2018年 にMAXIで 発見されたブラックホールX線連星MAXIJ1820 + 070のデータでは、X線や紫外領域は降着円盤の放射で説明可能である一方、電波から可視光付近では折れ曲がった冪型の分布が見られます。これは、ジェットからのシンクロトロン放射に由来し、その分布は電子のエネルギーや磁場強度、放射領域のサイズに依存するため、観測からそれらのパラメータを推算できます。解析の結果、ジェットの根元には1テスラ超の強い磁場が存在し、磁場がジェット噴出に深く関与していることが確認されました。
図3:多波長観測により得られたブラックホールX線連星MAXIJ1820+070のスペクトルエネルギー分布[4]。
X線天文ミッションへの貢献:MAXIからXRISMへ
MAXIでは突発天体の監視に加え、軌道上で検出されるノイズの見積もりにも取り組んできました。天体からの微弱なX線信号を捉えるには、宇宙線などによる非X線バックグラウンド(NXB)を精密に評価する必要があります。MAXIでは多くの場合NXBが信号を凌駕するため、その影響を除去することは、ミッションの根幹とも言える課題です。しかし、NXBはISSの軌道や姿勢に強く依存し、時々刻々と複雑に変化するため、その見積もりは困難でした。私は、MAXIの全観測データを解析し、機上で計測している宇宙線強度の指標となるパラメータを用いた独自手法により、高精度のNXBモデルの構築に成功しました(図4上)。その解析の中で、約半年ごとにNXBが数十パーセント変動する現象も見つかりました(図4下)。これは、ロシアの宇宙船ソユーズがMAXI近傍のポートにドッキングする時期と一致しており、ソユーズの高度計に使用されているガンマ線源がその原因である可能性が高いことが後に明らかになりました。これらを踏まえ、構築したモデルに基づいてNXBの擬似データを生成するシミュレータも開発しました。これを用いることでMAXIの感度を最大限に引き出す解析が可能となり、その後のMAXIデータを利用した研究の推進に貢献することができました。
図4:(左上)2009年から約3年分のMAXIの観測データを積分して得られた画像。(右上)左の画像をSKYX方向に足し合わせて得られたSKYY方向の信号強度の分布。モデルが観測データとよく一致していることがわかる。(下)一日平均のNXB強度の変化。およそ半年に1度の頻度で急激な減少が見られる。これらは、ソユーズがMAXIに近いドッキングポートを離れ地上に戻っている時期と同期している([5]改)。
この経験を活かし、私はX線分光撮像衛星XRISM[6]にもプロジェクトの立ち上げ時から参加し、開発・試験や運用に携わってきました。XRISM搭載のX線マイクロカロリメータResolveは、従来より1桁優れたエネルギー分解能を持ち、ブラックホール近傍のガスの運動をかつてない精度で捉えることを可能にします。これにより、噴出流の性質や駆動機構の理解が大きく進むと期待されています。私は、ブラックホールX線連星の観測立案など科学的側面に加え、科学運用チームの一員として、観測データを科学解析用に整形する地上データ処理システムの開発・試験や、衛星時刻システムの精度評価に中心メンバーとして携わってきました([7]他)。現在、XRISMの第1期国際公募に基づく観測が順調に進んでおり、私が提案したX線連星の観測も最近実施されました。得られたデータは現在解析中ですが、すでに多くの興味深い結果が得られつつあります。今後は、XRISMの精密X線分光観測と多波長観測を組み合わせ、ブラックホールX線連星の未解明の課題に挑んでゆく予定です。
おわりに
上に述べた研究活動は、MAXIやXRISMなど日本のX線天文ミッションがなければ成り立ちませんでした。これらのプロジェクトでは、観測に用いる装置や衛星本体の開発・運用を現場で学び、天体の研究にとどまらない、幅広い知識と経験を得ることができました。このような貴重な機会を提供してくれたプロジェクトと、関係者の皆様に感謝いたします。今後は、これまでに培った知見を活かして、将来の天文ミッションの推進や次世代の育成に貢献していきたいです。
引用文献
[1] M. Matsuoka et al. Publications of the Astronomical Society of Japan, 61, 999 (2009)
[2] H. Negoro et al. Publications of the Astronomical Society of Japan, 68, 1 (2016)
[3] M. Shidatsu et al. Publications of the Astronomical Society of Japan, 63, 785 (2011)
[4] M. Shidatsu et al. The Astrophysical Journal, 868, 54 (2018)
[5] K. Hiroi et al. The Astrophysical Journal Supplement Series, 207, 36 (2013)
[6] M. Tashiro et al. Publications of the Astronomical Society of Japan, in press
[7] M. Shidatsu et al. Journal of Astronomical Telescopes, Instruments, and Systems, 11, 042012 (2025)
【 ISASニュース 2025年6月号(No.531) 掲載】