2021年7月27日早朝5時30分、デトネーションエンジンシステム(DES)を搭載した観測ロケットS-520-31号機が内之浦宇宙空間所(USC)から打ち上げられた(図1)。打上げから120秒後、高度約170kmにて回転デトネーションエンジン(RDE)の作動を示す高温燃焼ガスジェットのプルームが確認された(図2)。RDEに続いて、3回のパルスデトネーションエンジン(PDE)作動によってロケット機軸周りのスピンレートが減少した。世界で初めてデトネーションエンジンが宇宙空間で作動した瞬間であった。
デトネーション波とは?
一般的に、デトネーション波は特定の条件が揃ったときに発生するため、普段の生活で接することは皆無である。そこで、まずデトネーション波に関して紹介する。一端が閉じ、一端が開放されている筒状燃焼器に爆発性混合気(混合気)が充填されていることを想像していただきたい。閉管端側に配置した自動車用スパークプラグ等で混合気を着火すると、デフラグレーション波*1と呼ばれる伝播速度の遅い燃焼波が球状に伝播し始める。この燃焼によって生成された高温の燃焼ガスは膨張しようと圧縮波を次々に生成し、開放端側に存在する混合気中に伝わる。この圧縮波は重なり合って強められ、最終的に衝撃波の断熱圧縮のみで混合気を着火させるまでに至る。これがデトネーション波の発生である。この「衝撃波による燃焼の開始」と「燃焼による衝撃波駆動」の相互作用によって、デトネーション波は前方に混合気がある限り一定速度で伝播し続ける。この伝播速度は約2000~3000 m/sであり、デフラグレーション波の伝播速度と比較して極めて速い。また、衝撃波断熱圧縮によってデトネーション波自身で瞬時に高圧燃焼ガス*2を生成することが可能である。
デトネーションエンジン研究
1950年代から、デトネーション波の推進エンジンへの応用が検討され始めた。高速燃焼による燃焼器の小型化、自己圧縮による供給系の簡素化、10%程度の比推力向上がその主な動機である。ここでは、2つのデトネーションエンジンについて紹介する。
図3上に示すPDEは、筒状燃焼器内で混合気充填、着火、残留燃焼ガスの掃気を繰り返すことで間欠的な推力を取り出す、最も単純なデトネーションエンジンである。1990年代後半から2000年代にかけて多くの研究がなされ、2008年にアメリカ空軍研究所らがプロパン空気を用いた有人有翼PDEの飛行試験に成功していた。この当時、デトネーション波のロケット推進エンジンへの応用を考えていた我々は、「デトネーションロケットエンジンは大きな推力が出せないのか?」という課題に直面していた。PDEには燃焼器内に適切なタイミングでガスを供給するバルブが必要であるが、推力を向上させるためには燃焼器を多気筒化し、作動周波数を向上させる必要があった。そこで、回転円盤を有する単一バルブによってバルブシステムの単純化と高周波数作動を実現し、デトネーションエンジンの推力重量比を向上させることを試みた。2013年、エチレン液体亜酸化窒素を用いた4気筒回転バルブ式PDEシステムの垂直打上げ試験を実施し、推力重量比 2.5を達成した。この研究を起点に、PDEは、簡素な供給系で高精度な力積を生成できる、ロケットのラムライン制御や小型人工衛星の姿勢制御用のスラスタへ、後述するRDEがキックステージ用推進エンジンとして応用を目指すことになる。PDEの研究では、現在までに機械的なバルブを用いないバルブレスPDEによる2 kHzでの超高周波数作動(Matsuoka et al., C&F*3 , 2019)、燃焼ガス中に液滴を噴霧し残留燃焼ガスを掃気する「液滴パージ法」を用いた35 Pa低圧力環境下での50Hz作動(Matsuoka et al., JPP*3 , 2018)を実現している。
RDEは、図3下に示す通り、環状流路を有する燃焼器内にマニホールドから混合気が連続的に供給され、デトネーション波が周方向に連続的に回転伝播し、燃焼ガスが排出される。PDEとは対照的に、準定常推力を生成可能なデトネーションエンジンである。その概念自体はPDEと同時期に提案されていたが、計測技術・数値計算の発展とともに2010年代ごろから研究が活発化してきた。本研究グループでは、内容積 30m3の真空チャンバーを導入し、推進性能、熱流束、伝播メカニズムの調査を継続している。代表的な成果として、燃焼器側面からの推進剤供給による4秒間作動(Goto et al., JPP, 2022)、スロートレス拡張ノズルの提案(Nakata et al., AIAA journal, 2022)、液体エタノールを用いた作動実証、反射往復デトネーションエンジン(Taguchi et al., C&F, 2022)がある。並行して、2014年の滑走試験(Goto et al., JPP, 2021)など、長秒作動実験を室蘭工業大学白老エンジン実験場で実施してきた。
観測ロケットに向けた体制
2016年、デトネーションエンジン研究の大きな転換点を迎える。観測ロケットS-520-31号機プロジェクトの採択である(代表:笠原 次郎教授)。本プロジェクトの目的は、実飛行環境に耐えうるフライアブルなDESの実証と、地上燃焼試験とフライトデータから推進性能を評価することである。ここから、フライトまでの約5年間、我々は本プロジェクトに身をささげることになる。本プロジェクト採択当時、笠原 次郎教授、川崎 央助教、松岡の教員3名と当時修士学生の後藤 啓介君(RDE担当、現(株)GOTO)を中心とする学生数名であった。フライトまで残り2年となった2019年、松山 行一特任教授がプロジェクトメンバーに加わった。システムエンジニアリングを導入し、プロジェクト体制を一から再構築いただいた。加えて、我々が最も苦戦していたアビオニクス開発を先導いただいた。2020年には伊東山 登特任助教、渡部 広吾輝助教(現日本学術振興会・海外特別研究員)、学生の石原 一輝君(現 D3)およびブヤコフバレンティン君(PDE担当、現(株)IHI)が本格的に参画し、フライトまでの人員体制が固まった。
2020年10月、DESプロトフライトモデルの地上燃焼試験を室蘭工業大学・白老エンジン実験場にて実施した。その後、JAXA相模原キャンパスにて2021年3月の計器合せ、同年5月の環境試験をクリアしてフライト試験に臨むことになった。図4は、フライトに向けてJAXA相模原キャンパスからの搬出直前のDESフライトモデル写真である。
フライトオペレーション
名古屋大学メンバーは、打上げ予定日の約2週間前の2021年7月8日に内之浦宇宙空間観測所(USC)に入った。DESは搬入後の健全性確認のため、まず頭胴部調整室に搬入された。DESに実ガス充填圧力まで窒素を充填し、2日間をかけてガスリーク量が規定値以内であることを確認した。14日の頭胴部タイマテストを終えると、いよいよ実ガス充填の行程である。
14日中にDESは頭胴部調整室からKS組立室を経由して直ちに実ガス充填場所であるKSドームに移動された。充填1日前の搬入は、バルブシール部を環境温度になじませる配慮であった。15日中にメタン、酸素、窒素の充填を完了し、温度が静定した翌16日に微少量を放出して質量調整する計画であった。しかしながら、台風による延期の可能性があったため、充填計画値+3 %で実ガス充填行程を完了した。ガス充填量はタンク内圧力、温度、状態方程式から求めたが、機体のダイナミックバランスに影響するため、DES質量計測によるクロスチェックを実施した。質量計測にはフルスケール300kg/精度1gのはかりを使用し、両者は1%以内で一致した。
フライト当日27日は、早朝2時集合であった。暗闇の中、宿を出たとき風がない穏やかな日に、根拠のない自信が湧いてきたことを記憶している。3時17分にDES班として最後の作業である「バルブ開」を行い、退避した。
5時30分、轟音とともにDESを搭載したS-520-31号機が打ち上げられた。打上げ時刻から66秒後に頭胴部が固体ロケットモータから分離されると、DES搭載アナログカメラ画像を表示する管制室モニタにRDEと1Hzで回転する背景の地球が映し出され、その約60秒後にRDE出口からの燃焼ガスプルームが確認できた。その後のPDE作動も含め、洋上回収された観測ロケット実験データ回収モジュールRATSの大容量USBデータおよびテレメトリーデータから、計画通りのデトネーション作動と推進性能が確認された。具体的には、RDE作動において、推力518N、比推力290±18s、RDEスワール流れによる微小トルク検出の成果が得られた(Goto et al., JSR*3 , Underreview)。PDE作動では、5%以内のインパルス再現性と機軸周りのスピンレート変化を達成した(Buyakofu et al., JSR, Underreview)。
後日談であるが、USCでの作業を開始して間もないとき、羽生 宏人グループ長に「さっき縁起物の玉虫を見たよ、きっとうまくいくよ」と声をかけていただいた。目の前の作業に精いっぱいだった自分にとって大変勇気づけられたことは鮮明に覚えている。
現在の状況と今後の展望
デトネーションエンジン研究は、すでに次のフェーズに入っている。S-520-34号機による液体推進剤を用いたDESの実証である。本プロジェクトに向けて、液体を含むデトネーション波の伝播メカニズム、長時間作動のための冷却方式、液体推進剤の充填方法、タンク内液面挙動、など様々な課題に取り組んでいる。
S-520-31号機では、DESが実際に宇宙空間で作動し計画通りの推力が発生することが実証された。その工学的意義は大きいが、それと同時に、多くの携わってきた教員、学生の教育という側面が極めて大きいと感じた*4。2022年5月現在、著者はカルフォルニア工科大学にてRDEにおける推力生成および損失メカニズムについての基礎研究を実施している。31号機の経験は、基礎研究の方向性を明確にし、大きな駆動力となっていることは間違いない。
*1 気圧の水素空気混合気の層流火炎(デフラグレーション)速度は最大3m/s程度。
*2 初期圧力に対して水素酸素で約7倍、エチレン酸素で約10倍の静止燃焼ガス。
*3 C&F:Combustion and Flame,JPP:Journal of Propulsion and Power,JSR:Journal of Spacecraft and Rockets.
*4 フライト試験における高圧ガス充填に関する具体的なLessons LearnedをJAXA/ISAS観測ロケット実験グループWEBサイトでも報告しているので参照されたい。
【 ISASニュース 2022年7月号(No.496) 掲載】