折り畳み傘型大気圏突入機と超小型衛星の出合い
私たちのグループ(略称MAAC)では、傘のように開いて使う大気圏突入用空気ブレーキ(エアロシェル)の研究開発を進めています(ISASニュース2015年6月号)。
火星の写真を見るにつけ、地表に降りて間近に眺めることができたらなあ、と思うのですが、それには、大気圏に突入して減速し、安全に着陸できるカプセルのような大仕掛けが必要で、コストもかさみます。そこで、小型化によるコスト低下を目論むわけですが、小さな機体では、大気圏突入時に超高速でぶつかる大気が前面でせき止められてできる超高温の火の玉から受ける熱(空力加熱)が厳しくなり、また、降着装置(脚)のように小さくしても省略はできない部品もあるので、設計上不利だと言えます。一方、展開傘型エアロシェルでは、小さな機体であっても、軽量で大面積の膜面状のエアロシェルを広げて使いますので、重量に比べて空気ブレーキが効きやすく、超高層大気で火の玉がまだ希薄なうちに機体を減速させることができます。傘型エアロシェルは、耐熱高強度の布を縫って製作しますので、特殊耐熱材料でできたカプセルを発注するよりは安上がりです。折り畳み傘みたいなものですから、小さな衛星でもコンパクトに収納できそうです。宇宙用膜構造というと、とかく大型化に目が行きがちですが、超小型衛星にも使えそうだと、気づいたわけです。
図1に本稿で紹介する国際宇宙ステーション(ISS)放出ナノ衛星実験機EGGに至る道筋と、将来の展望を時系列でまとめました。2011年の初期デザインでは、EGGは球形状バルーン型をしていました。バルーン型大気圏突入機のアイデアは、2006年の木星プローブ、2005年の小型計画構想ODD(Orbital Decay Demonstrator)にまで遡ります。MAACでは、2012年の観測ロケット実験機sMAACの成果(ISASニュース2012年10月号)を受け、低軌道からの大気圏突入実験小型衛星TITANS(全50kg、突入部15kg)構想を立ち上げます。2011年時のEGGデザインはシンプルですが展開型空気ブレーキというシステム実証の意義が薄いと判断され、形もsMAACやTITANSを小型化したものに変更されます。これが2013年デザインで、実機の原型となります。ちなみに、2006年のバルーンプローブEGG(=Entry Gas-inflated Ger)の響きが言葉として捨て難く、姿は変わっても名前は継承されました。
実録EGG計画
2012年の観測ロケット実験機sMAACの後、今度は低軌道から!と大気圏突入実験を考えていたところ、ちょうどその時期に「きぼう放出超小型衛星(無償の仕組み)」の公募がありました。ISSまで超小型衛星を運搬してくれて、そこからロボットアームで低軌道に衛星を放出してくるというものでした。チャンス到来と、2013年8月に応募しました。観測ロケット実験から1年と1日後のことでした。衛星名のEGG は re-Entry satellite with Gossamer aeroshell and Gps/iridium の略で、大気圏再突入(re-Entry satellite)のE、エアロシェルの宇宙空間での展開を含めた機能実証(Gossamer aeroshell)のG、宇宙空間におけるGPSとイリジウムSBD通信を用いた測位・通信システム実証(Gps/iridium)のGと、その目的を表しています。本提案はおよそ1年後の2014年9月25日に採択され、それ以降、本格的に開発が行われることになりました。私たちのグループの目標は、そもそも安全に大気を通って地上に着地することですが、EGGでは地上安全の観点から耐熱性能をわざと下げ、大気圏突入中に燃え尽きるような設計としています。2015年1月頃には、図2のような機体形状が決定しました。左図がISSから放出前の状態で、3Uサイズ(11cm×11cm×34cm、4kg)の外形です。側面の4面は太陽電池パネルとし、上下の2面はアンテナや各種センサなどを搭載しました。この状態でエアロシェルは内部に格納されており、このままISSまで輸送され宇宙空間に放出されます。その後、あらかじめアップリンクされたタイムラインコマンドに沿って展開が行われます。展開後のエアロシェルは対辺間の長さが80cm、開き角が60度の六角錐台形状です(図2右)。実際のシーケンスは、最初に太陽電池パネルを展開、その10秒後に内部に持っているガスボンベをボンベオープナーで開封、さらにその65秒後に電磁弁を0.1秒間開いてインフレータブルリング(エアロシェル外縁を支える浮き輪)にガス注入、そして展開となります。
EGG計画には様々な大学の研究者、学生が関わっていましたが、人工衛星の専門家はおらず、結果として、みんなの発想を詰め込んだものになりました。電源はリチウムポリマー電池を採用しましたが、衛星用のものではなく、充放電制御回路の民生品の充電制御ICとともに宇宙実証試験を兼ねたものとなりました。エアロシェルの状態などを撮像するためのJPEGカメラ6台、エアロシェル上の温度を測定する熱電対、衛星の姿勢を測定するための加速度、角速度、磁場、光センサ、進行方向を測定するためのファラデーカップセンサ等、各種センサも満載です。欲張りすぎたためか、実際の運用ではGPSと干渉するような問題も起きましたが、みんながアイデアを詰め込んでくれたおかげで、様々な飛行データが取得できたと思っています。
2015年夏にはエンジニアリングモデル(EM)が完成しました。このEMは最後に、エアロシェル無しの状態で、ゴム気球によって成層圏まで上げられ、イリジウムSBDサービスのみによる衛星運用の試験(B-EGG)に供されました。2015年8月22日のことです。ここで、イリジウムSBD通信について少しお話ししたいと思います。イリジウムSBD通信でのデータのやり取りは、イリジウム社の衛星通信網および地上局およびインターネットを介して行います(ISASニュース2016年5月号)。ユーザーからみると単にE-mailでの添付ファイルをつかったやり取りとなることから、運用はインターネットにつながっているPCがあれば可能となり、これは、衛星のIoT化とも言えます。このようにイリジウムSBD通信を宇宙で用いると、大型の地上局が不要で、新たに通信機器を設計する必要がないことや、地上局の位置にかかわらずいつでも衛星と通信できることから、宇宙における通信の敷居を大幅に下げられる可能性があると思っています。しかし、低軌道における運用について、通信頻度はおろか、可否についてすら過去に実績データがありません。EGGでは、このイリジウムSBD通信のみを用いて、約120日間の衛星運用を実施することができました。ISSの軌道(高度約400km)近くでは、一日平均約10回程度の通信頻度でしたが、高度の低下に伴って、徐々に通信頻度は増加、大気圏突入直前は1日に1,000回を超える通信にも成功しました。制御基板はEGG用に小型化(6cm×4cm)され、民生品を宇宙用に転用した小型GPS受信機とともに宇宙での運用実証に成功したことから、さらに改良を加えれば、リソースの限られている超小型衛星に適したシステムとして将来有望だろうと考えています。
さて、開発の話に戻ります。2015年8月頃から安全審査について調整をはじめ、2015年12月に初期の安全審査を完了しました。その際に、3Uの衛星でもこんなにいろいろできるのですね、という感想をいただき、大変勇気づけられました。その後、2016年3月から5月にかけて振動試験等を実施し、6月に最終的な安全審査を完了しました。2016年8月10日に衛星の開発にお世話になった関係者に対してお披露目会を実施することができました。2013年の公募への応募から3年と2日後のことでした。EGGは2016年11月4日にJAXA有人宇宙技術部門に引き渡されたのち、12月9日にHTV6号機に搭載され種子島宇宙センターより打ち上げられ、12月14日に国際宇宙ステーションに到着しました。EGG(たまご)は、「こうのとり」によって、「きぼう」に運ばれたわけです。年が明けて2017年1月16日の夜、EGGはISSから宇宙空間へと放出されました。ここから約4カ月にわたる軌道上での運用がはじまりました。放出当日はEGGからの有意な通信が取得できず、関係者一同、気をもみましたが、日付が変わってからイリジウム衛星経由でのデータのダウンリンクが来るようになり、EGGの健全性が確認されたと、一同、安堵しました。EGGがISSから放出されてから26日目、2017年2月11日に、エアロシェルの展開シークエンスを実施しました。インフレータブルリング内部の圧力履歴が上昇したことで、展開が無事終了したことが確認できました。また図3のようなJPEGカメラからの画像データからも、エアロシェルの展開が確認され、その後、運用期間中大きな変形がないこともわかりました。EGGの運用の途中、太陽電池パネルが太陽に背を向ける姿勢が続いたことが原因で、3度ほど電池の枯渇に陥りました。その度にEGGは、太陽電池パネルが太陽を向く姿勢に変化→E-mail打ちまくり→復活、を繰り返すという強靱さを見せてくれ、最後まで運用を続けることができました。展開したエアロシェルに働く空気力による高度の低下から、エアロシェルが減速機構として機能していることを実証し、最後は、2017年5月15日の日本時間の早朝、大気圏に再突入、太平洋上で焼失し、多くの成果を私たちに残してその役目を終えました。
たまご(EGG)の殻を破って
EGGの殻を破るのはくちばし(BEAK)ということで、現在、2020年の飛行を目指した小規模計画BEAKが進行中です。サイズ(3U、4kg)はそのままに、エアロシェルをさらに軽量化し、超小型スラスタを搭載して、EGGにはなかった姿勢や軌道の制御機能を持たせた、いわばsuper EGG衛星です。その先には、どのような世界が拓けてくるのでしょうか? そのひとつが、図1の右端にある超多数の超小型探査機群による分散探査ワールドではないかと思っています。もちろん、超小型衛星が惑星探査において活躍する大前提として、EGGが受けたイリジウムやGPSの恩恵に相当するような通信と測位のインフラ整備が必須なのですが。
【 ISASニュース 2017年11月号(No.440) 掲載】