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宇宙科学の最前線

大気圏突入機の新コンセプト 宇宙飛翔工学研究系 助教 山田和彦

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宇宙と地球を普通に行き来できる時代に向けて

 将来、宇宙と地球を普通に行き来する時代がやって来たときに、宇宙から地球に帰ってくる乗り物はどのような形なのでしょうか? (1)アポロ宇宙船や小惑星探査機「はやぶさ」帰還カプセルのようなカプセル型? (2)それとも、スペースシャトルのような翼のある飛行機型? (3)いや、浮き輪とやわらかくて大きな膜が取り付いたちょっと変わった乗り物かもしれません。

 今、我々はそんな時代に向けて、(3)のようなこれまでにない特徴を持った新しい大気圏突入機についての研究を進めています(図1)。


図1 浮き輪と大きくてやわらかい膜面を取り付けた再突入帰還機の想像図
図1  浮き輪と大きくてやわらかい膜面を取り付けた再突入帰還機の想像図 [画像クリックで拡大]


なぜ展開構造物が必要なのか

 宇宙開発に共通した大きな課題は、宇宙へ運ぶものはすべて狭いロケットの中に収納しなければいけないことです。つまり、宇宙に持っていけるものの「大きさ」が決まっていることが、大きな制約となっています。それならばと、畳んで広げることができる、いわゆる展開構造物が宇宙開発では重宝されています。人工衛星に取り付けられている太陽電池パネルや伸展アンテナなどは、その代表例です。さらには、電波天文衛星「はるか」に搭載された巨大なアンテナや小型ソーラー電力セイル実証機IKAROSで有名になったソーラーセイルは、宇宙展開構造物の最たるものです。その課題は、宇宙から地球へ帰ってくる乗り物にも当てはまります。

 皆さん、宇宙には空気(大気)がほとんどないことは、ご存知だと思います。だからといって、宇宙開発において大気のことを考える必要がないかといったら、そうではありません。特に、宇宙から地球に帰ってくるときや、火星や金星など大気のある天体の探査では、大気を通らなければ目的地にはたどり着けません。しかも、日常では考えられないような速度で大気に飛び込んでいかなければならないのです。

 大気圏に突入する乗り物は、大気抵抗を利用して減速して、安全に着地しなければなりません。そのため、軽くて大きい乗り物の方が大気の力を効率よく利用できて有利です。しかし、その大きさはロケットの大きさによって制約されています。宇宙空間へ向かって打ち上げられるロケットにとって空気抵抗は邪魔なものなので、ロケットは細長くつくられています。逆に、再突入帰還機にとって空気による減速は必須なものなので、なるべく大きく広くつくりたい。これまでの再突入帰還機は、この矛盾した要求の中で満足できる妥協点を見つけて開発されてきました。

 この制約をブレークスルーする一つの考え方が、再突入機に展開構造物を利用することです。つまり、打上げ時は小さく畳んで狭いロケットの中にコンパクトに収納し、大気圏に突入するときにそれを大きく広げることができれば……。これまでになかった新しい特徴を持った再突入帰還機ができると考えたわけです。

 私が今回、第7回宇宙科学奨励賞を頂いたのは、このような考え方から生まれた、展開型のエアロシェル(大気抵抗によるブレーキ装置、つまりパラシュートのような減速効果を得るためのデバイス)を使った大気圏突入機の研究開発においてです。この展開型の大気圏突入機の開発が始まった経緯やその特徴については、『ISASニュース』2012年10月号(No. 379)に詳しく書かれています。JAXAに整備されている風洞設備、宇宙研で多くの実績を挙げてきた大気球や観測ロケットを使い、大学発の自由な発想や思い切りの良さで、観測ロケット(S-310-41号機)を使った再突入飛行実証までたどり着いた道のりを紹介していますので、ぜひご覧になってください。ただし、この技術は、そこにも書かれているように、まだ中間試験に合格した段階です。今、我々は、最後の卒業試験に向けての準備を始めています。本稿の後半では、このコンセプトが真に実用となるために残された技術課題や、その進捗状況について紹介させていただきます。

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