●「MEPの闇と影」
 MEP-e担当 笠原 慧

先月号で三谷さんから、「短期間での2機器の開発における工夫」についてご質問いただきました。何か工夫して効率よい作業をしたという記憶がないのですが、強いて言えば、睡眠時間捻出のためにシャワーを断念した(こともある)、とかでしょうか。また、睡眠で得られる休息効果は時間で決まるのでなく、質(眠りの深さ)の時間積分で決まることに気づき、質を高める努力は継続的にしていました。

貧弱な開発体制(新規2機器を1人で担当)にマネジメント的観点から不安を覚える私に対し「いいからとにかくやれ」という空気のもとで始まったMEPの開発でしたが、ERGのスケジュールは各機器の環境・性能試験のパラレル進行を余儀なくするものであったため、EM(エンジニアリングモデル)の試験フェイズに入るとやはり体制のほころびが顕在化していき、1人の人間の努力では原理的・物理的に立ち行かなくなっていきました。

特に、初めて体験する環境試験では躓きも多く、暗闇の中を一つ一つ罠に嵌りながら歩いているかのようでした。次第に暗黒面に飲み込まれ、憎悪が原動力の日々となりました(何への憎悪か?ERGへの、でしょうか)。一方で、逆境を乗り越える大団円型シナリオが図らずも目の前に設定されたこと、それを一貫してサポートいただいた事については、当時からERGプロジェクトに深く感謝していました。

EM試験の破綻がピークを迎えたころ、暗黒面から脱却するための希望の光として、他ミッションを完遂したばかりの横田さんにMEPチームに入っていただきました。2人で2機器(MEP-eとMEP-i)を仕上げる横田さんとの作業の日々は、私の生活に笑いを取り戻してくれました。その横田さんと、打上げ当日の最後まで一緒に作業できたのは、望外の喜びでした。

MEPの全ての闇を払拭して迎えた内之浦での打上げ準備の日々は、眩いほどでした。これまでプロジェクト関係者とその家族の生活をさんざん蝕んできた一つの探査機が地上を去ろうとしているのにも拘わらず、何故かしら切ない想いが疼く胸中の矛盾にはいささかの戸惑いを覚えましたが、それを今は次への原動力にしています。

(笠原から横田 勝一郎さんへ)

ERG以前に数々のミッションに関わってきた横田さんですが、今回のMEPの開発で、新鮮だったところはありますか?

●「『あらせ』の思い出」
 MEP-i担当 横田 勝一郎

他の観測器PIの方々とは異なり、私はエンジニアリングモデル(EM)開発半ばからERGに参加しました。当時はMMS(NASAの磁気圏観測ミッション)のためにイオン分析器フライトモデル(FM)16台を納入し終えたばかりで、数年ぶりに実験室から離れて通常業務に携わっていました。春先に突然、人手不足解消のためMEP担当の話が現実味を帯び出し、これまでの搭載機器開発に偏った日々を思うとためらいの気持ちもありました。身体は拒否していました。それでも再び実験室に戻ることを決めたのは、機器開発への愛憎入り交じった思いや、MEPがこれまで経験のない検出器を使った観測器であること(この点では非常に多くの新鮮な経験を得ることが出来て、最も大きな動機となりました)、前途有望な若者が深い疲労から来る人間不信の淵にいたことが理由でしょうか。

既にEMが半分ほど仕上がった状態であったため、大きな問題への遭遇も無く小さな問題への対処で用が足りました。試験のため名古屋大学出張を重ねたことは良い思い出となっています。一方でスケジュールの縛りには苦しみました。ご協力頂いた関連メーカの方々、FM納入期日に猶予を捻出してくださった関係者の方々には頭の下がる思いです。

搭載機器開発には避けられないこととして、時間と労力の大半を取られてしまうことがあります。突如としてMEPのFM開発終了まで他の案件に気が回らない状態に陥りました。MEP-i自体は何とかFM納入まで漕ぎ着けましたが、それ以外の業務では破綻していたに等しく、周囲の方々にいくばくかご迷惑をお掛けしたことと思います。ERGの打上げに射場で立ち会った際は、ようやく実験室を離れて溜まった仕事を片付けられるという思いに溢れ、その日の夜空のように心が澄み渡りました。

「あらせ」は現在順調に観測を続けており、幾つかの磁気嵐の観測にも成功しています。「あらせ」本体や他機器と同様に担当機器も無事に動作しています。何よりも今は、「あらせ」に参加することが出来た幸運を喜びたいと思います。

(横田から浅村 和史さんへ)

衛星システムに観測器にあらゆる場面で八面六臂のご活躍をされていた浅村さん、ご自身の関わったことで最大の難所を教えてください。

MEP-e/i試験の合間の議論

MEP-e/i試験の合間の議論。撮影・提供:名古屋大・平原 聖文教授

【 ISASニュース 2017年12月号(No.441) 掲載】