●プロジェクトサブマネージャ 中村 揚介
日本時間2017年1月18日午前8時、長さ15mのワイヤアンテナ4本の伸展と、長さ5mのマスト2本の伸展を完了、その後のスピンレートを約7.5rpmに調節し、「あらせ」は軌道上での最終形態となりました。近地点高度約440km、遠地点高度約32,250kmという長楕円軌道に投入された「あらせ」はこの後、搭載された九頭龍こと9つの観測機器・装置の初期機能を確認するフェーズへと移行します。
「ヴァン・アレン帯のど真ん中に突入する衛星? なんて無謀なことを!」
ERGプロジェクトへ配属されることを知ったのは、2014年の初春、留学先の米国NASAから日本に帰国する前日のことでした。日本に戻り、ERGプロジェクトのことを調べて真っ先に思ったことがこれ。今から思えばこれはこれから始まる驚きの連続の序章に過ぎませんでした。
私が着任した当時、ERGプロジェクトは詳細設計確認会(CDR)の真っ最中でした。通常、CDRを終えるとフライト品の製作に集中できるのですが、今回は開発スケジュール上の課題や経費を整理し、プロジェクト計画を一部見直すための説明・審査にも時間を費やすことになりました。
「あらせ」は小型科学衛星シリーズのバス機器を引き継いでいますが、初号機の「ひさき」は推進系を持たずにリアクションホイールで三軸姿勢制御を行っています。一方で「あらせ」は化学推進系を持ち、ワイヤアンテナ・マストといった柔軟構造物を有するスピン安定姿勢となっており、両者のシステム設計は大きく異なっています。そのためか、CDRの後もバス部・ミッション部問わず新たな開発課題が浮き彫りになり、着任の半年後には、打上げ時期が半年延び、その1年後にはさらに半年延び、関係各所に多大なるご迷惑をおかけする結果となってしまいました。そのような状況が続くと「また半年延びるのではないか?」と不安になりもしましたが、その都度、課題に正面から立ち向かい解決していくチームメンバーを見て勇気づけられ、「もうこの際、時間がかかっても、しっかり地上で課題を洗い出して解決してしまった方が良い」と開き直れました。それにしてもCDR以降の課題の多さと、それに動じないチームメンバーのタフさには驚かされました。
開発の最終段階、2016年の7月から9月にかけても、とても大きな山場がやってきました。運用模擬試験などの衛星システム試験の最終仕上げと、開発完了審査(PQR)、射場作業準備、打上げ・運用準備と、「ひとみ」の軌道上事故を受けたプロジェクト総点検、というどれ一つをとっても大きなイベントを同時並行で進めなければならなかったのです。遅滞無くこれらのイベントを完了させることはとても不可能に思えました。しかしながらチームメンバー・メーカ一丸となって、また宇宙研としても一体となって、この困難な局面をスケジュール遅延無く乗り越えることができました。普段は各自が独立して別々の研究を行っていても、ここぞというところでチーム力・組織力を発揮できるところに、宇宙研がこれまでに築いてきた輝かしい業績の数々の理由を垣間見た気がしました。
ERGプロジェクトで驚いたこと、としてまだいくつか挙げることができます。まず衛星のシステム試験や衛星運用を実現するための検討がラフな状態でモノづくりが進んでいたこと。これは教科書的な衛星開発プロセスとしては本来望ましくないことなのですが、私にとっては幸いなことでした。プロジェクト管理をする傍ら、軌道計算や電力収支・通信リンク・スピンバランス等の解析をしたり、時には治具の図面を描いたりといった息抜き(?)をすることができたからです。また、衛星ミッションデータのエンドユーザが目の前に(チームメンバー内に)いる、という点も宇宙研ならではの新鮮な驚きでした。開発者=エンドユーザであるが故に、ミッション要求がダイレクトに衛星設計に反映されるため、検討がラフな状態であっても構わないのかもしれません。良い驚きとしては、プロジェクトに参加している女性やイクメンが多く、皆さん大活躍していることが挙げられます。プロジェクトの中枢で家庭と仕事を苦労しながらも両立する方々を見て、これまでの自分の見識の狭さを思い知ることができました。
さて衛星はようやく産声を上げたところですが、今度は新しい科学的発見という驚きをもたらしてくれることを期待しています。
(中村から小川恵美子さんへ)
開発中の衛星と一緒にいる時間が非常に長く、愛着も人一倍だと思います。一方で苦労も多かったと思いますが、そこまで小川さんを突き動かす原動力を教えてください!
【 ISASニュース 2017年2月号(No.431) 掲載】