●「ノイズとの戦い 〜EMC試験〜」
EMC担当 三田 信
私がERG(「あらせ」)に関わることになったとき、ある同僚と話したところ「ERGのEMCだけには関わらないほうがいいですよ」というアドバイスを頂きました。しかし、幸か不幸かそのEMCに関わることになってしまいました。EMCとはelectromagnetic compatibilityの略で電磁適合性と訳されます。単純には電磁的なノイズの影響を十分に小さく抑えられているかどうかの性能とも言えます。
ERG が計測したい信号は非常に微弱であるため、衛星本体やそれぞれの装置から出るノイズが大きいと本来計測すべき信号がそのノイズに埋もれて計測できなくなるという問題が起こってしまいます。そのためERGのEMCの基準は他の衛星に比べ厳しいものになっていました。それで文頭のアドバイスに繋がってくるわけです。しかし幸せなことに私が参加したときには問題の多くは解決されており、仕事としては主に淡々とノイズ特性を測定することだけになっていました。
日常生活する空間は多くのノイズに曝されているため、装置が出す小さなノイズを計測することができません。そのため、シールドルームと呼ばれる電気的、磁気的に遮蔽された部屋の中でノイズの計測をする必要があります。電気的、磁気的に遮蔽されているとはいえ、いろいろなところからノイズが入り込んできてしまいます。そのため背景ノイズと呼ばれる、装置を動かしていない状態で存在するノイズを除去していくことが大きな仕事になってきます。私の浅はかな電磁気的知識をあざ笑うかのようにこの背景ノイズは中々除去できませんでした。予想していたことと反することも多く、オーディオマニアがオカルトチックなことに走るのもわかるように思いました。汗だくになりながら衛星を回して全体のノイズを計測したり、アルミフォイルを様々なところに巻きつけたり、中々減らないノイズに皆で頭を抱えたりしたことは、今となっては良い思い出となりました。えっ、音がきれいになるUSBメモリ発売? それってEMC試験に使えるかも。
(三田から柴野 靖子さんへ)
柴野さんはERG で衛星の熱制御系を初めて主担当したかと思います。しかもERG ではミッション側からの様々な要求があったかと思います。そうした状況で、プレッシャーややりがいを感じたことはありましたか?
●「熱制御+α」
熱制御系担当 柴野 靖子
ERG プロジェクトが立ち上がったのはJAXA に入った2012年、熱制御系に課せられたミッション要求は3つありました。1つ目は軌道上で衛星の各部位が上限下限温度を超えないように温度制御をする通常の要求、2つ目はERG 固有の厳しい放射線環境に耐えられる熱制御材を選択すること、3つ目は衛星表面の局所帯電を1V以下に抑えることでした。
特に帯電要求はミッション機器の観測精度のための要求であり、万が一局所的に帯電する箇所があると、低エネルギー粒子の観測に影響を与える可能性があります。ERGの構造上、最外層を覆う多層断熱材(MLI)や放熱面が機器の視野に入ってしまうため、熱制御材に対して徹底した対策が要求されました。MLIと放熱面は熱制御において必須の材料のため、観測との共存を図らねばなりません。しかも、使う予定であった導電性テープが販売中止となりこのままでは要求を満たすMLI が作れないとなった際、ERG の開発に間に合うかというプレッシャーを感じ始めました。
表面に使用する熱制御材料はすべて帯電測定を行い、帯電してしまう箇所については特殊なテープの貼り方や接着剤の使い方を検討し、施工方法の確立まで試験評価と試行錯誤を繰り返し行いました。そして製造・組立てメーカへの作業徹底の依頼、搭載後にはテープ1枚ずつの導通検査を行い徹底的な帯電防止対策を講じました。(ご協力いただいた皆さんの「やりますよ」の言葉に何度も支えられました。本当に感謝しています。)
打上げが迫り内之浦に輸送されてからの外観チェックやロケット搭載前の最終チェックの際にも熱制御材の健全性チェックにプラスして、帯電しそうな材料の露出箇所がないか、帯電する可能性のある埃がないかなど確認を徹底しました。打上げ約4時間前に射点で最後のMLIを取り付けましたが、その際にも帯電対策テープの貼付け・検査を行った上でERG を宇宙へ送り出すことができました。科学ミッションを成功に導くための徹底したこだわりに徹底的に向き合い続けた良い経験となりました。
(柴野から風間 洋一さんへ)
ミッション機器の視野に入る衛星表面は可能な限り帯電対策を行いました。帯電に最も感度のある低エネルギーの粒子を観測している風間さん、良いデータは取得できていますか? 新発見はありましたか?
【 ISASニュース 2017年8月号(No.437) 掲載】