●「万全な電源系」
電源系担当 宮澤 優
ERG(「あらせ」)の本格的な開発が始まった2012 年にJAXAに入り、基本設計フェーズから電源系の開発を担当しておりました。衛星開発の右も左もわからない状態からのスタートでしたが、OJT(On-the-Job Training)で指導して頂きながら、ERGの開発とともに成長させて頂きました。
ERG の電源系は、基本的に標準バスの「標準品」を採用しており、そのおかげで大きなトラブルが起こることなく開発が進みました。これは、標準バスのおかげであり、「ひさき」など同じ標準バス衛星のレッスンズラーンドをうまく活かすことができたからこそだと思います。ERG の厳しいEMC(電磁適合性)要求に応えるために、標準品の電源系機器にも様々な工夫を施していますので、その一部をご紹介します。太陽電池パドル(SAP)サブストレート(構造部材)裏面には導電性をもつブラックカプトンフィルムを一体成形しています。これは、一般的なSAP サブストレートのようなCFRP(炭素繊維強化プラスチック)素地のむき出しでは、軌道上の高エネルギー電子線によって帯電し、EMC 要求を満足しないことが実験により明らかになったからです。SAP 表面には水星磁気圏探査機MMO で得られた知見を生かして工夫を施しており、宇宙研の科学衛星の知見を集約して「万全な電源系」を開発することができました。
実は、私は射場に搬出後のERGには携わっておりません。ERGの打上げ予定日直前が出産予定日でして、休暇を頂いておりました。肝心なところを近くで見届けることができないのは残念な思いもありましたが、万全な電源系を万全なメンバーが引き継いでくださいましたので、心残りなく休暇に入ることができました。打上げ当日は、病院のベッドで(陣痛がくるか、順調に打ち上がるか)ドキドキしながらスマートフォンにてライブ中継を見て、ロケットが無事に打ち上げられ、ERGが軌道上で健全に動作した喜びをお腹の中にいる娘と分かちあいました。今後の衛星開発においても、打上げの瞬間を安心して迎えられるように、万全な電源系を開発できるように励みたいと思います。
(宮澤から坂井 智彦さんへ)
「あらせ」よりも他のプロジェクトで仕事をご一緒することが多かった坂井さん。電源系と同じく「標準コンポーネント」である通信系ですが、「あらせ」特有の苦労はありましたか?
●「チーム通信系!?」
通信系担当 坂井 智彦
タイトルにあるように、通信系は複数の担当者で役割を分担して行ってきました。システムとしては電源系の標準バスと同じく「ひさき」、「あらせ」それにASTRO-G と同じ構成をとりました。ASTRO-G で通信構成をじっくりと議論した上で、「ひさき」で確立できたため、「あらせ」ではプロジェクト推進を見守る形となりました。戦略コンポーネントの第一号である「マルチモードトランスポンダ(MTP)」を採用していますが、その恩恵は大きく、コンポーネントの不具合情報は、先行する別のプロジェクト経由で来て(しかも、解決方法の指針とともに!)、おかげでトラブルを未然に防ぐことができました。
プロジェクトを短期間で確実に実施することができたのは、初期検討の段階においては、浅村さんの緻密な回線検討が大きな助けとなったこと、軌道が似通っていたASTRO-Gの資産を有効活用できたこと、従来は日数が掛かりがちであったRF(無線周波)適合性試験は、経験豊富な牧さん、太田方之さんが計画を立案し、NI 社製のPXIeというRF信号の記録再生装置を使用できたことなど、いろいろな要素がありました。もちろんすべてはプロジェクトの方々の献身的なサポートがあってのことですが。
一方でそうは言ってもやはり課題もありました。そのひとつがS帯の周波数選定です。宇宙研時代にもそれなりに苦労はあったようですが、それでも当時は複数の周波数をうまくルーティングして維持されていました。しかし近年では、各方面との調整が難しいこともあり、ほとんど選択肢がないような状況となってしまっています。(写真は内之浦宇宙空間観測所から南西に20㎞離れた荒西山で、「あらせ」で採用した新たな周波数における電波干渉の調査の様子です。)また、急速に進化する通信の分野では、品質保証を確実に担保しながらも、最先端の技術を取り入れる考え方を模索していくことが課題と言えます。10 年先を見据えて、地上側とバランスをとりながらも進化させることが重要だと感じています。
(坂井から三田 信さんへ)
プロジェクト外部とのI/F が多い通信系では、時としてプロジェクト内部よりも外の状況が気になったりしますが、「あらせ」に特化したEMC では、部品一つ、機器間の接続一つをとっても、あらゆるところに気を遣う必要があったと思います。そのあたりの苦労話をお聞かせください。
【 ISASニュース 2017年7月号(No.436) 掲載】