SLIMのミッション目的である「月面ピンポイント着陸」に向けて、軌道制御および姿勢制御、着陸降下時の速度制御に活躍するのが我々推進系です。推進系は探査機システムからの指令に基づいて、必要な推進力を発生させるシステムで、外観からもわかりやすい、化学反応を最終的な推力に変換するスラスタのみでなく、推進薬を貯蔵するタンクや、その推進薬を各スラスタまで導く配管、推進薬の流れを制御するバルブなど、様々なコンポーネントで構成されています。SLIM推進系は過去の探査機や衛星で採用された推進系と比べると、非常に個性的な設計になっています。すべてはSLIMのもう1つのミッション目的である「軽量な探査機システム」を実現するためであり、自分事ながら流石の特別仕様といった様相です。

SLIM推進系の系統図を図1に示します。スラスタは、500N級のメインスラスタ(OME)2基と20N級のスラスタ(THR)12基で構成され、燃料(ヒドラジン)と酸化剤(MON3)を1つの大きなタンク殻内の内部に仕込んだ金属共通隔壁で仕切る一体型タンク(TNK)になっています。タンクの内部デバイスやバルブ等の構成もシンプルなものとなっており、ダイアフラムを介した加圧による2液式ブローダウンシステムを採用しています。

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図1:推進系系統図

いくつか、代表的なコンポーネントとその特徴を挙げると、OMEは金星探査機「あかつき」でも使用した、国産のセラミックスラスタを採用しておりますが、製造方法の信頼性向上に加えて、比推力性能も向上し推進薬量を含めた質量低減に貢献しています。THRは軌道上実績の多い金属スラスタですが、OME同様にSLIMで使用する広範囲な推力条件での使用に対して複数回の試験にて丁寧な検証を実施しました。TNKはSLIMの主構体として機体にかかる荷重を支えており、従来必要となる支持構造などが不要となることで、探査機の全体質量低減に大きく寄与しております。また、内部デバイスの1つPTFE(polytetrafluoroethylene)樹脂製の酸化剤側ダイアフラムはJAXAインハウスで開発したものであり、材料選定、要素試験、複数の設計検証試作モデル(BBM)試験を通じてその最適な設計を作り上げました。

上記に加え、書ききれない様々な質量低減、高性能化の開発を行いました。推進系を構成する各コンポーネントは、当然ながら様々なメーカーさんに関わっていただいて開発を進めてきたものです。推進系は1つのシステムでもあるので、全てのコンポーネントが組み合わさって正しく機能するように作り上げていくことが非常に重要になります。その意味でも、推進系史上特別に個性的なこのシステムは、多岐にわたるメーカーさんと、まさに一丸となって作り上げてきたと言えます。その象徴ともいえる1つが、システム燃焼試験(SFT、図2)でした。SFTは、フライトモデルとほぼ同一設計の推進系コンポーネントを組み合わせて、システム全体の作動特性やコンポーネントの連成挙動を検証し、問題の有無を確認する非常に重要な試験です。これはJAXAの旗振りのもと、IHIエアロスペースの試験場で、IHIエアロスペース製のTHRのみならず、三菱重工業が開発・製造したTNK及びOME、それらをつなげる三菱電機が製造した配管系を持ち込み、組み上げた上で試験を実施するという、これまた前代未聞の試験体制で実施されました。技術的なものだけでなく、企業間のルールなど様々なハードルを越えての試験でしたが、最後はSFTを成功させるという目的のもと組織の枠を超えた協力を得て、試験を良好に完了させることができたことに、ある種の感動を覚えたことを今でも記憶しています。

いよいよ始まる、SLIMの運用作業ですが、十分な準備をもってしても、緊張の連続が想像されます。強固な推進系システム関係者の結束によって、強い推進力で乗り越え、ピンポイント着陸を確実に成功させたいと思います。

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図2:システム燃焼試験実施状況

【 ISASニュース 2023年8月号(No.509) 掲載】