2024年1月19日23時35分、着陸開始の25分前、SLIMピンポイント着陸に向けた最後の運用が始まりました。管制室では各担当がSLIMの状態を確認し、報告していきます。軌道決定担当から「簡易軌道決定結果 + 0.4秒」という報告が淡々と、しかし自信に満ちた声でありました。これは着陸に向けて計画した軌道からのずれを示す数値で、0秒に近いということはほぼ計画通りの軌道でSLIMはやってきた、ということを意味します。打上げから約4か月半の期間を経て、SLIMはついに着陸のためのスタート地点にやってきたのです。その後は大変な緊張感の中、誘導航法制御系担当として着陸運用を進めたことを覚えています。そして、SLIMはピンポイント月面着陸を達成しました。詳細は ISASニュース2024年3月号をご覧ください。
今回は、打上げから着陸までの壮大な一筆書きとも言える「軌道計画」についてご紹介します。SLIMはH-IIAロケット47号機により、種子島宇宙センターから2023年9月7日に打ち上げられました。旅の始まりとなるこの時点ではSLIMは地球を周回する軌道にあり、このままでは月に到達しません。この後、SLIM自身の持つエンジンを使って月に向かう軌道に乗せます。月に向かう軌道にうまく乗せられる良いタイミングがあり、その瞬間に全力で軌道を変更するためのエンジン噴射(「軌道制御」と言います)を行います。この方式を使って、SLIMは地球周回軌道から月遷移軌道への軌道制御を2023年10月1日に実施し、続いて、10月4日に月の重力を活用してスイングバイを行いました。この月スイングバイにより月軌道の外側、最も地球から遠いところで約130万kmとなる軌道に沿ってSLIMを飛ばします。月軌道の外側では太陽の重力の影響を大きく受けるのでその力に引っ張ってもらうことで、軌道への投入時の消費燃料を節約することができます(図1)。2023年12月25日に月回軌道投入のための軌道制御を実施し、その後は着陸に向けて軌道高度を下げる軌道制御を行っていき、着陸開始直前となる2024年1月19日22時40分ごろ、最後の軌道制御を完了しました(図2)。
ここで、「軌道制御」の方法についてご紹介しましょう。軌道制御の目的は、現在飛行している軌道から、目標とする別の軌道に移ることです。まずは、現在飛行している軌道を精密に割り出す「軌道決定」を行います。地上からアンテナを使ってSLIMを追跡し、地上局とSLIMとの電波の往復時間と電波のドップラーシフト量を使って軌道を把握します。軌道決定の次は、エンジン噴射量と向きを決める計算を行います。目標地点までの一筆書きの計算を繰り返し行い、うまくいく計画を採用します。計画を終えたら、必要となる情報をコマンド計画としてまとめ、地上局から送信していきます。そして、いよいよ軌道制御を実施するタイミングでは、SLIMのデータを見守り、何かあった場合にすぐ対応することができるよう万全を期します。軌道制御が終わると、軌道制御が想定通り実行できたことを確認し、一連の流れが完了、となります。
SLIMの打上げから着陸開始まで、この軌道制御を合計で16回行い、エンジン噴射の際の機体の応答がどうなるか、軌道はどうなるかなどを見極めながら、運用を着実に進めてきました。エンジンを噴射して軌道を変更するという一連の操作は着陸時の操作と本質的には同じです。軌道制御の運用を通して機体の特性を把握し、運用方法を磨き上げ、着陸を迎えるころにはSLIMを自在に操ることのできる百戦錬磨の運用チームとなっていたのでした。
SLIMでは最新の研究成果と日本の宇宙開発で積み重ねてきた軌道制御のような手堅い技術が相乗効果を発揮しています。4か月半のミッションの前にはさらに長い歴史がある。SLIMは一日にして成らず。ここに、先人の努力やミッションを支えて奮闘したメンバーに敬意を表します。
【 ISASニュース 2024年4月号(No.517) 掲載】