2023年9月7日8時42分11秒、 遂にSLIMは打ち上げられました。打上げから1週間が経過し、探査機の状態が正常であることを確認し一安心したところで、本原稿を執筆しています。

電源系は、名前の通り探査機の各機器に電力を供給する役目を担い、電源系の不具合は探査機の喪失に直結します。そのため、他のサブシステムに比べると新規技術を採用するハードルが高いことが一般的ですが、SLIMはミッション目的の1つである「軽量な探査機システム」を実現するため、電源系コンポーネントの小型・軽量化に励んだ結果、新規技術を積極的に採用した挑戦的な電源系になっています。ここでは、新規技術を盛り込んだ太陽電池パネル、バッテリー、統合化電力制御器の3つの電源系コンポーネントについて紹介します。

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図1:SLIM外観(前面に太陽電池パネルあり)

まずは日照中に太陽光を受けて発電する太陽電池パネルです。SLIMではシャープ株式会社が開発した軽量・高効率な薄膜3接合太陽電池シートを採用しています。薄膜3接合太陽電池シートは、13μmと極めて薄く柔軟な太陽電池を透明な樹脂フィルムで挟んでラミネートしたものです。従来の太陽電池は10倍以上も厚く固くて脆いため、10mm程度の厚く丈夫なパネルに接着剤で貼り付けて破損を防ぐ必要がありました。しかし柔軟な薄膜太陽電池シートは薄いパネルや曲面にも貼り付けられ、しかもベルクロで簡単に固定できます。この特徴を生かして、燃料タンクを主構造としたSLIMでは、タンク周りの曲面CFRPパネル上にも太陽電池シートを設置することで支持構造物を最小限とし小型軽量化を実現しています。そもそも薄膜3接合太陽電池シートは最新の技術でフライト実績が少ないこともありますが、SLIMが飛翔する環境は通常の地球周回衛星とは異なるため、機能・性能に問題がないか、熱試験を中心に念入りにチェックした上で搭載しました。

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図2:SUSラミネート型二次電池セルが組み込まれた電池モジュール(SLIM には4 台搭載)

次は、日陰時や太陽電池からの電力供給だけでは足りない時に機器に電気を供給するバッテリーです。SLIMでは、宇宙科学研究所と古河電池株式会社が共同開発したSUS(ステンレス)ラミネート型リチウムイオン二次電池セルを採用しています。従来の宇宙用電池は金属缶タイプですが、SUSラミネート型二次電池セルは、名前の通りSUS材を用いたラミネート型の電池です。ラミネート電池の採用により電池の外装の重量を削減できたことに加え、組電池にするための機構重量の削減も実現しています。SLIMではSUSラミネート型二次電池セル2つをCFRPの板で挟んで拘束し、小型・軽量を維持しながら打上げ時の振動・衝撃や真空下での充放電に耐えられるようにしています。SUSラミネート型二次電池セルの宇宙機搭載は世界初であるため、宇宙環境耐性を確保した拘束条件の確立に苦労しましたが、関係メーカーとひとつになって機械環境試験を繰り返し行って最終的に困難を乗り越えたことが良い思い出です。

電源系のもう1つのコンポーネントが統合化電力制御器IPCUです。従来は電力制御(太陽電池発生電力制御、バッテリー充放電制御、電力分配)、ヒーター制御、スラスタバルブ制御はそれぞれ別のコンポーネントで構成されていましたが、SLIMではこれらを1つのコンポ―ネントに集約しました。また、従来はアナログ回路で構成されていた制御をソフトウエア化しデジタル制御にしています。コンポーネント数の削減により筐体の重量が削減できたこと、デジタル化により部品数を削減したことで、大幅な小型軽量化を実現しました。また、電力制御系としては、太陽電池の出力電力制御であるPPT(最大電力点追尾)制御とバッテリーの充電制御をAPR(アレイパワーレギュレーター)で兼ねていることも特徴です。

ご紹介した電源系コンポーネントはどれも前例のない新規技術であるため、開発の過程には数々の困難がありました。トラブルが発生する度に部品の開発メーカーであるシャープや古河電池、システムメーカーの三菱電機とJAXAが一体となってトラブルの解決にあたり、無事に打上げを迎えることができました。月着陸、その後のミッション機器による観測まで油断できない日々が続きますが、最後まで搭載機器に電力を供給し続けられるよう、着実に運用していきたいと思います。

【 ISASニュース 2023年10月号(No.511) 掲載】