「あかつき」のライフワーク
2025年9月18日、運用チームは探査機へ「通信オフ」コマンドを送信し、これにより金星探査機「あかつき」の運用は公式に終了しました。前年2024年4月末に通信途絶に陥るまで、周回軌道での金星観測期間は8年4ヶ月余りでした。「あかつき」の最重要ターゲットは言うまでもなく、金星大気のスーパーローテーションでした。スーパーローテーションとは何か、そしてその維持メカニズムについての知見は、「迫れ、あかつきの星!(1)」(ISASニュース2020 年9月号*1)で堀之内 武氏が詳しく解説されています。ここではスーパーローテーションとはゆっくり自転する金星本体よりはるかに高速で西向きに回転する大気の運動であり、地表から70kmほど上空の雲頂付近で風速100m/sにも達すると述べるにとどめ、本稿ではその「変動」についてその後分かってきたことを紹介します。こうした研究は長いスパンでデータが蓄積されて初めて可能になりますから、まさに「あかつき」のライフワークであったと言えます。
先輩「ヴィーナス・エクスプレス」が遺してくれたもの
「あかつき」の先輩に当たる欧州のヴィーナス・エクスプレス(以降ではVExと略記)は、2006年から2014年まで複数の搭載機器で金星データを取得しました。金星雲頂付近のデータは主に、VMCとVIRTIS-M/VIS*2という観測装置で得られています。このうちVMCによる2006 年5月から2010 年3月までの観測データ(波長365nm)を解析しスーパーローテーション風速の変動を調べた研究が、神山 徹氏らによって発表されています[1]。VExは金星北極側に近金点、南極側に遠金点をもつ24時間周期の長楕円極軌道で金星を周回していました。軌道平面が慣性空間固定のため1金星年(225地球日)の間に、おおむね100日の雲追跡好期と130日の観測空白のサイクルが繰り返されます(図1)。また金星近傍では探査機の運動速度が速まり視野のオーバーラップが得られず、複数画像からの雲追跡はできません。図1で南半球中低緯度(南緯42°から18°)に情報が限られているのは、そのためです。得られた風速変動のデータに対して周期解析を行ったところ、周期255日について最も強いピーク(南緯18°)が得られました。南緯18°の風速変動に対する相関係数は南緯24°では0.94と高く、南緯30°でも0.80という良い相関を見せています。対照的に南緯36°では0.58、南緯42°では0.30のように低くなることから、低緯度帯には共通の変動のあることが分かりました。周期255日は1金星年より長く、公転に伴う季節変動とは違う何かが風速変動をもたらしているのでは、と結論づけられました。
図1:VEx/VMCデータから雲追跡により得た金星スーパーローテーション風速の年変化。青色曲線は測定データを平滑化したもの[1]。オリジナルの図から南緯24°と36°を省略している。
同じVEx/VMCデータを、しかし2012年までカバレッジを伸ばして独自に雲追跡と解析を実施した研究がKhatuntsev氏らにより発表されています[2]。観測期間が延びたことによりスーパーローテーションの加速傾向が明瞭となり、2006年頃の風速85m/sから2012年半ばの110m/sへと加速したことを報告しています(図2 a)。一方、神山氏らが示した255日周期[1]について彼らは238日周期にピークを得たものの、これは金星の太陽日(118日)とVMC観測の季節性(約222日)の合成周期ではないかと疑義を述べています。
図2:風速の年変化(a)[2]と紫外線アルベドの年変化(b)[3]を比較したもの。横軸の年が(a)と(b)とで揃うように縮尺して並べてあり、アルベドの低下と風速の増大が対応している様子が見られる。
VExからバトンを受け継いで
2010年12月の周回軌道投入に失敗した「あかつき」はそのちょうど5年後、2015年12月7日のチャレンジで金星周回軌道入りを達成しました。1年を超える長めの空白が挟まったとはいえ、VExで得られた情報とつなげて長期にわたる準連続データにもとづく研究がスタートしたと言ってよいでしょう。
いち早くその成果を出したのは、あかつきプロジェクト研究員のYeon Joo Lee氏らでした。Lee氏は金星の平均的な紫外線アルベドを抽出し、VEx / VMC、あかつきUVI、補助的にMESSENGERフライバイ、ハッブル宇宙望遠鏡のデータを加えて、2006年から2016年の長期変動を調べたのです[3]。異なるミッション間での「明るさの絶対値」比較は、口で言うほど簡単ではありません。観測データは、(1)対象のスペクトル、(2)フィルターを含む全光学系の透過率スペクトル、(3)検出器の感度スペクトルをすべて掛け合わせたもの、さらには画素毎の感度差や読み出し電気系増幅率のばらつきなど、多くの誤差要因を含みます。Lee氏らは各機器の特性をしっかり把握し細心の注意を払って、複数ミッションのデータを時系列に整理したのでした。
苦労の甲斐あって、得られた時系列データは大変に興味深いものでした(図2 b)。VExの観測期間を通じて紫外線アルベドはおおむね低下する(太陽光吸収が増す)傾向にあり、その値は2011年から13年頃に「底」を打っているように見えます。そしてあかつきUVIが観測を始めたときには金星アルベドは、2008年頃のレベルに戻っていたことが分かります。ここからが面白いところで、あかつきUVIデータを用いた雲追跡による風速決定も当然すぐに始まりました。この初期に得られたスーパーローテーション風速はVExの期間に比べると「顕著に遅かった」のです。つまり2006年から2012年までスーパーローテーションは加速し[2]、その期間の紫外アルベドはほぼ単調に低下した(太陽光吸収が増した)。そして2016年にアルベドが高くなると、それに呼応するようにやや遅いスーパーローテーションが見られたというストーリーが描けそうです。Lee氏らは実際に金星大循環モデルの「太陽加熱率」を人為的に増大させたところ、スーパーローテーションが速くなる様子が見られたと報告しています。ただし、まだ「応答のタイムスケール」や「アルベドの激しい空間的・時間的変動による影響」は不明という問題があり、この単純なストーリーがすべてを解決してくれるわけではなさそうです。
スーパーローテーションの「長周期」変動?
さて、再びスーパーローテーション風速の変動に戻りましょう。これについて面白い研究成果を発表したのがKhatuntsev氏らです[4]。彼らはVEx/VMCの全期間にあかつきUVIの2021年5月までの風速データをつなぎ、全体に12.5年を周期とする正弦波のような変動があると考えました。そこへさらにマリナー10号(1974年)、パイオニア・ヴィーナス(1979年~1985年)、ガリレオ(1990年)といった大昔のデータを加えて吟味したのです(図3)。この図では仮定した周期にもとづき、過去データを正弦波の対応する位相にプロットしています。読者の皆さんにはどう見えるでしょうか?それっぽいと言われればそうですし、しかしデータ全体が1周期以上の繰り返しプロットとなっておりその中に正弦波が描かれていることで、「人間の目はそれらに引きずられやすくなる」ということもあるかも知れません。
図3:12.5年の長周期変動を仮定し複数ミッションの風速データを整理したもの。VEx/VMC、あかつきUVIを主に、パイオニア・ヴィーナス、ガリレオ、マリナー10号のデータがプロットされている。曲線は12. 5年周期の正弦波[4]。
自然から謙虚に教えてもらうのが科学ですから、その後も続いたあかつきUVIによる風速データを虚心に見ることが王道です。そして実際それは驚くべきものだったのです(図4)。堀之内氏らは2023年5月までカバレッジを伸ばし、その全期間について風速の変動を検討しました[5]。確かに2019年までは「スムーズな正弦波的長期変動」に従っているように見えます。ところが2020年、その様子は一変します。2019年後期から2020年初めにバラつきが激しく、その後に著しく低速の期間。そして2021年に大きく加速したあとは2023年にかけて、また減速傾向にあるようにも見えます。もしVEx /VMC側のプロットをマスクしてあかつきUVIだけを見た場合、何か明瞭な変動パターンがあるというよりは、もっとカオス的な振舞いを感じるでしょう。
図4:VEx/VMCとあかつきUVIによる風速データをつなげたもの[5]。観測地方時を11時から13時、緯度帯を南緯24°から18°に限定し、2006年から2023年までの期間をカバーしている。特に2019年以降のデータにはカオス的な振舞いが見られる。
そこで堀之内氏らは(その時点で最長の)あかつき7.2年分のデータに対して、周波数解析を行いました。結果は広い周波数範囲にわたるスペクトル分布(ノイズ的とも言える)が見られるというものでした(図5)。「単一周期の卓越」を期待していた先行研究とは異なるアプローチの成果と言えます。VEx/VMCデータ解析で得た255日周期[1]は明瞭には立たないものの、500日周期付近にスペクトルの落ち込みがあるためそれより少し短い周期の変動が強調されて見えることはあるかも知れない、とコメントしています(おそらく[2]の238日も)。全体として見れば、地球の大気がそうであるように金星の大気も、外的要因(たとえば太陽活動周期)に左右されて周期的な応答を示すというよりはむしろ、自身の持つ内部要因(さまざまな波動の相互作用のような)による自励的な変動が支配的と考えられる、という結論です。
図5:あかつきUVIによる風速変動データの周波数解析結果。観測波長は283nm、緯度帯は赤道をはさみ南北20°に限定。破線で示したレッド・ノイズの振舞いと似て、広い周波数の成分を含んでいることが分かる[5]。
そしてバトンはまた後続の金星ミッションへ
それでもまだ、太陽周期に影響されることがあるのではないか。何しろ上記の研究結果では7.2年分のデータが解析対象でしたから、11年や12年の周期性を否定するとも肯定するとも決定的には言えないのです。それが、あかつきミッションの「後期運用3」を渇望した原動力でした。2029年3月末まで、承認された通りの期間にわたるデータを取得できれば、この問い「金星大気の変動は、外的要因(太陽活動周期など)に左右されるのか、それともほぼ自励的なのか」に決定的な答えを出せたかも知れません。地球には海があり大陸があり、その中を水が循環して熱を運び大変に複雑な系を成していますから、地球がとても自励的な変動を見せるのは分かる気がします。海と大陸の区別の無い金星は、地球より単純なのでしょうか?それとも雲層(ほぼ地球の気象現象が見られる領域に対応)より下の領域に、まだまだ我々の想像のはるかに及ばない世界があって期待は裏切られ続けるのか?この疑問の解明は、次世代の金星探査ミッションへと引き継がれてゆくことになりました。
*1 https://www.isas.jaxa.jp/outreach/isas_news/files/ISASnews474.pdf
*2 VMC = Venus Monitoring Camera VIRTIS = Visible and Infrared Thermal Imaging Spectrometer-M/VIS は紫外・可視光のマッピング観測チャンネルを意味
【参考文献】
[1] Kouyama et al., 2013, JGR Planets 118, 37-46.
[2] Khatuntsev et al., 2013, Icarus 226, 140-158.
[3] Lee et al., 2019, Astron. J 158, 126, https://doi.org/10.3847/1538-3881/ab3120.
[4] Khatuntsev et al., 2022, Atmosphere 13 (12), https://doi.org/10.3390/atmos13122023.
[5] Horinouchi et al., 2024, JGR Planets 129, https://doi.org/10.1029/2023JE008221.
【 ISASニュース 2026年2月号(No.539) 掲載】
