はじめに

金星探査機「あかつき」の観測によって、熱潮汐波の赤道向き運動量輸送[1]や雲頂の子午面循環[2]といった、多くの興味深い現象や事実が見いだされつつあり、金星気象学に進展がもたらされています。しかしながら、観測の制約のため、大気スーパーローテーションを維持しているのが南北の温度差に起因する大気の循環(子午面循環メカニズム)なのか、太陽加熱によって作られる大気中の波(熱潮汐波メカニズム)なのか、あるいはその両者なのか、といった問題の解決には至っておらず、運動量の鉛直輸送や雲頂以外(特に下層大気)の子午面循環なども依然として不明です。私たちは、「あかつき」や地上観測の結果を手がかりに金星気象システムを解明するとともに、金星という地球と対照的な条件での気象を理解することで惑星気象全体の理解を深めるために、大気大循環モデル(GCM) を用いて研究を進めています。本稿ではその取り組みの一部として、京産大の安藤 紘基さん・鈴木 杏那さん、慶應大の杉本 憲彦さん・藤澤(山田)由貴子さんとの研究を中心にご紹介したいと思います。金星気象の概要とこれまでの研究の歴史、今後の金星気象学の展望について興味をお持ちの方は、松田・高木(2021)[3] をご覧いただけると幸いです。

熱潮汐波の数値シミュレーション

熱潮汐波は太陽加熱によって励起される大気中の波で、東西波数1のものが一日潮、2のものが半日潮と呼ばれます。金星では高度約50~70kmの大気が太陽光吸収によって強く加熱され、そこで励起された熱潮汐波が上下に鉛直伝播すると考えられています。鉛直伝播に伴って運動量とエネルギーが輸送されるため、熱潮汐波はスーパーローテーションの生成・維持メカニズムの有力候補の1つです。この熱潮汐波の3次元構造や力学的性質が「あかつき」観測によって初めて明らかになってきました[1、2、4、5]。これまでの惑星探査では得られなかった画期的な成果といえるでしょう。

「あかつき」の中間赤外カメラLIRによる観測で得られた雲頂付近の温度分布[5]を私たちの開発している金星GCM(AFES-Venus) の結果[6]と比較すると、分布パターンはよく似ているものの、位相が東西方向に大きくずれていることが明らかになりました。波の鉛直伝播に伴って位相が東西方向に変化することを考えると、波の励起はモデルでうまく再現できているものの、鉛直伝播に問題がありそうです。熱潮汐波の鉛直構造は大気成層度 * に強く影響されます。そこで成層度分布を改良した数値シミュレーションを試みました(Suzuki et al., in prep.)。

* 空気塊を鉛直方向に少しだけ動かしたとき、元の位置に戻ろうとする強さの程度。

図1

図1 GCMで得られた熱潮汐波の構造と「あかつき」観測の比較(Suzuki et al., in prep.)。(a)「あかつき」LIRの荷重関数を考慮した雲頂付近の温度の東西平均からのずれ(温度偏差、カラー)と水平風速(矢印)、(b) 低緯度で緯度平均した温度偏差の東西・鉛直分布、(c)「 あかつき」LIR観測で得られた風速分布[2]、(d)「 あかつき」電波掩蔽観測で得られた低緯度の温度偏差(Ando, Noguchi, Imamura et al., in prep.)、(e, f) GCMで得られた南北方向(e) と鉛直方向(f) の運動量輸送(フラックス、単位はkg m-1 s-2 )。

図1は得られた風速と温度を「あかつき」による観測と比較したものです。温度分布にみられた東西方向への位相のずれがかなり改善されました(図1a)。LIR観測による雲頂付近の風速(図1c)と比較すると、昼側での極向きの流れや夜側での赤道向きの流れなど、特徴がよく再現されています。図1bと1dは低緯度における温度偏差(温度の東西平均からのずれ)の東西・鉛直分布です。高度60km付近で位相の傾きが逆になる(温度偏差の分布が>型になる)ことや、40~60kmで一日潮、60~80kmで半日潮が卓越するといった特徴がよく再現されています。ただし、全体的に15˚~30˚程度の東西方向のずれが残っています。これは成層度分布の再現性(特に50~60km付近の弱成層領域)に問題があるためと考えられます。

図1e、fはモデルで得られた熱潮汐波による運動量の南北・鉛直輸送です。運動量輸送は正(赤)が北向き・上向き、負(青)が南向き・下向きを表します。「あかつき」の紫外線カメラUVIによる観測から、雲頂スーパーローテーションの維持に対する熱潮汐波の赤道向き運動量輸送の重要性が示唆されていますが[1]、モデルにも低緯度の高度70~76kmに赤道向き運動量輸送がみられ(図1e、赤道を挟んで北半球側に負の領域、南半球側に正の領域があり、運動量輸送は両半球で赤道向き)、観測結果と整合的です。ところが、運動量輸送の方向は高度によって異なり、50km付近と65~70km、80km以上では極向きであることがわかりました。鉛直輸送(図1f)は高度60km付近のスーパーローテーションを加速し、過去の研究[7]と整合的です。スーパーローテーションの理解には子午面循環の効果を明らかにすることも必要ですが、「あかつき」LIR観測によると雲頂の子午面循環は低緯度でごく弱い赤道向き、中緯度で弱い極向きです[2]。GCMで得られている子午面循環は顕著な時空間変動を伴う複雑な構造をしており、モデル間の相違も大きく、観測結果の解釈は明らかではありません[3]。熱潮汐波や子午面循環の構造はスーパーローテーションや成層度の分布、放射輸送にも強く影響されるため、現在のモデルがどこまで現実を捉えているかわかりませんが、それらによる複雑な運動量と熱の輸送がスーパーローテーションの維持にどのように寄与するのか、3~10日程度の周期をもった短周期擾乱などの効果も含め、現在研究を進めています。

硫酸雲のモデリング

金星大気の高度約45~70kmには濃硫酸の液滴からなる厚い雲層が存在し、全球を完全に覆っています。この雲は太陽放射の散乱・吸収と高温の下層大気からの熱放射の吸収を通じ、金星大気の運動と温度分布に強く影響すると考えられています。雲について、これまでに多くの研究がなされてきましたが、3次元的な大気運動の効果が十分考慮されておらず、雲の全球的な分布がどのようにして作られるのか分かっていませんでした。また、「あかつき」が観測する金星画像はさまざまな高度の雲分布を反映しています。数値モデルの中で現実的な雲分布が再現され、その結果と「あかつき」による観測を直接比較できるようになれば、観測データから引き出せる情報量は飛躍的に増えるものと期待されます。そこで我々はAFES-Venusに簡単な雲モデルを導入し、雲分布の形成・変動について調べました[8、9]

モデル中で考慮する雲材料物質は水蒸気と硫酸ガスのみです。水蒸気は高度0~30kmの混合比を固定することによって与えます。硫酸ガスは昼面の60~64kmにおいて一定の速度で生成され、38km以下で熱分解されるものとします。水蒸気と硫酸ガスは大気運動によって移流され、飽和したところで凝結し雲を作ります。雲は移流されると同時に、仮定された沈降速度で落下し、不飽和になったところで蒸発します。

図2

図2 GCMで再現された雲分布[8]。(a) 鉛直積算した雲密度の水平分布、(b、c) 雲密度(カラー)と温度(等値線)の水平分布。(b) は高度50km、(c) は60km。

図2は雲なしの状態から40地球年ほど数値積分して得られた雲分布です。高緯度に厚い雲、低緯度にやや厚い雲が作られています。こうした緯度分布は「あかつき」などによる観測でも指摘されており[10]、金星雲分布の特徴をよく再現しています。雲分布の形成過程を調べたところ、高緯度と極域の43~55kmに成層度の小さい大気層が存在しており、そこで生じる強い鉛直流によって高緯度の厚い雲が作られていることがわかりました。一方、低緯度のやや厚い雲の形成には子午面循環による硫酸ガスの移流が寄与しています。また、低緯度の下部雲層には東西波数1(図2b)と2(図2 c)の構造が存在し、周期約5. 5地球日の顕著な時間変動を示すことが見いだされました。この結果も過去の観測結果をよく再現しています。従来、こうした変動は雲底付近の鉛直流によって作られると考えられてきましたが、本研究の結果、東西波数1の構造は赤道ケルビン波(赤道域に存在し、自転と同じ方向に伝播する特殊な重力波)に似た惑星規模波動に伴う温度変動が原因であることがわかりました。また、東西波数2の構造には熱潮汐波が寄与しているようです。

今後は「あかつき」のUV(紫外線)で観測される雲頂付近の雲分布の再現を目指してモデルを改良したいと考えています。

大気重力波の超高解像度シミュレーション

近年、大気大循環モデルを利用した金星研究が盛んに行われていますが、主な関心がスーパーローテーションや熱潮汐波などの惑星規模現象の再現にあったため、天気予報のような高解像度シミュレーションはこれまで行われていませんでした。しかし、地球の成層圏の循環には、大気重力波とよばれる比較的小規模な波が重要な役割を果たしています。金星でも重力波と思われる波が観測されており、大気大循環に関与している可能性があります。そこで私たちはAFES-Venusを用いて金星大気全体の超高解像度シミュレーションを実施しました[11]。解像度はT639L260(水平約20km、鉛直約460m)です。重力波に対する熱潮汐波の寄与をみるために、現実的な太陽加熱分布を用いた場合(nominal case) と、東西一様な太陽加熱分布を用いた場合(Qz case) の2通りで実験を行いました。前者には熱潮汐波が含まれますが、後者には熱潮汐波が含まれません。

図3

図3 超高解像度GCMで得られた金星大気重力波 [11]。鉛直速度をカラー、高度場偏差を等値線で示す。(a)、(b)は高度70kmでの水平分布、(c)、(d)は赤道での東西-鉛直分布。(a)、(c)は熱潮汐波を含む場合、(b)、(d)は熱潮汐波を含まない場合の結果。

結果を図3に示します。カラーで示されているのが重力波に伴う鉛直流(赤が上昇流、青が下降流)で、赤青の模様の連なりが重力波の伝播する様子を示しており、色の濃い部分は重力波の振幅が大きい領域です。図3 a、bの比較から、図3 aにみられる低緯度の小規模な重力波(水平波長約250km)の励起源が熱潮汐波であることがわかります。赤道での断面図(図3 c)をみると、熱潮汐波(コンター)と重力波に伴う鉛直流の振幅(色の濃淡)に相関があることがわかります。この結果は、熱潮汐波に伴って重力波が励起されており、その励起メカニズムは重力波の自発的放射であることを示唆しています。地球大気でみられるジェットの出口での重力波励起と共通性があり、非常に興味深い結果です。一方、中高緯度では熱潮汐波の有無に関わらず重力波が励起されており、励起源は傾圧不安定や順圧不安定であると推定されました。

スーパーローテーションの加速・減速に対する重力波の寄与を調べたところ、重力波は励起領域で熱潮汐波の効果を半分程度打ち消すこと、高度80~85kmまで鉛直伝播した重力波はそこでも顕著な加速・減速をもたらすことがわかりました。この結果は金星上層の大気大循環に対する重力波の重要性を強く示唆しています。今後、「あかつき」UVI観測などが捉えた小規模な波の構造を詳しく調べることにより、重力波の分布や励起過程が観測的に明らかになるものと期待されます。

これからの展開

今回は紹介できませんでしたが、金星大気大循環モデル用の放射輸送モデルの開発も進んでいます(東京海洋大・関口 美保さん、京産大・佐川 英夫さん、東京学芸大・松田佳久先生との共同研究)。また、「あかつき」観測を利用したデータ同化に関する研究も進んでおり[12、13]、観測とモデルの利点を最大限に活かした研究の進展とともに、将来の金星探査計画検討のためのツール( Fujisawa et al., underrevision) としての活用が期待されています。

[1] Horinouchi et al., 2020 , Science, 368 , 405 - 409 .
[2] Fukuya et al., 2021 , Nature, 595 , 511 - 515 .
[3] 松田 佳久・高木 征弘, 2021, 天気, 68(2), 67-83.
[4] Ando et al., 2018 , JGR Planets, 123 , 2270 - 2280 .
[5] Kouyama et al., 2019 , GRL, 46 , 2019 GL 083820 .
[6] Takagi et al., 2018 , JGR Planets, 123 , 2017 JE 005449 .
[7] Takagi and Matsuda, 2007 , JGR, 112 , D 09112 .
[8] Ando et al., 2020 , JGR Planets, 125 , e 2019 JE 006208 .
[9] Ando et al., 2021 , JGR Planets, 126 , e 2020 JE 006781 .
[10]Peralta et al., 2020 , GRL, 47 , e 2020 GL 087221 .
[11]Sugimoto et al., 2021 , Nature Communications, 12 : 3682 .
[12]Sugimoto et al., 2017 , Scientific Reports, 7 : 9321 .
[13]Sugimoto et al., 2019 , GRL, 46 , 2019 GL 082700 .

【 ISASニュース 2021年10月号(No.487) 掲載】