はじめに
X線分光撮像衛星(X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission; XRISM)は日本主導で開発した7番目のX線天文衛星で、X線帯域の宇宙望遠鏡として2023年9月7日に種子島宇宙センターから打ち上げられ、運用を開始した[1]。宇宙科学研究所XRISMプロジェクトチームでプロジェクト研究員を務める筆者らが、この記事を通じてXRISMがもたらした科学成果の一部をお伝えしたい。さて、XRISMの科学成果の紹介にあたり、これだけは述べておかねばならない。『「ひとみ」とその成果を生み出したみなさんの足跡は永遠に残される』。ISASニュース2019年9月号[2]に掲載された『「ひとみ」の科学成果』で、当時のプロジェクトサイエンティストであった大橋 隆哉氏が述べた言葉である。ポジティブな文脈だけから紡がれたものではないが、この言葉こそXRISMへの付託に他ならない。我々プロジェクトチームが日々運用しているXRISMは、自身に課せられた目標だけでなく、「ひとみ」に注がれた情熱と寄せられた期待をも背負って観測を続けているからだ。
X線は可視光に比べ100-1万倍も短い波長の光で、高温・高エネルギー(100万-1億K)の天体から放射される。実は、宇宙に遍く存在するバリオン*1の大部分が、太陽表層の100倍以上も高温となったプラズマとして存在し、X線を放射している。XRISMが相手とするのはこの高温プラズマである。
XRISMは軟X線分光装置「Resolve」と軟X線撮像装置「Xtend」という2台の装置でX線を観測する。XRISMがX線観測にもたらした革新のひとつが、「高温プラズマの運動」の高精度測定だ。とくにResolveは、6 keVでのエネルギー分解能が4.5 eV、エネルギー決定精度は0.4 eVと史上最高の軌道上性能を誇る*2。図1は、ヘリウム状イオンや水素状イオンまで高階電離した鉄*3からの特性X線輝線が、遷移前後の量子数の違いによる微細構造まで分光されている様子を示す。このようなデータにより、輝線幅から高温プラズマの速度分散、輝線のエネルギーシフトからガスの全体的な運動を高い精度で決定できる。
図1:XRISMにより観測されたへびつかい座銀河団中心領域のエネルギースペクトル[ 3、一部改変]。
また、従来のCCDでは検出が困難だった微量な元素からの弱い輝線を見つけ出す能力が飛躍的に向上したことも特筆したい。私たちの世界を彩る元素の大部分は恒星内核融合や超新星による爆発的元素合成で生成されている。バリオンであるこれらの元素の多くはX線を放射するプラズマとして存在するので、XRISMの観測データから微量な元素の存在量を詳細に測定できる。いわば「宇宙のレシピ」を調べることができるのだ。
「宇宙の怪物」の心臓部に迫る―XRISMが解き明かす活動銀河中心核の謎
私たちが住む天の川銀河をはじめ、宇宙に存在する数多の銀河の中心には、太陽の数百万倍から数十億倍もの質量を持つ超巨大ブラックホールが潜んでいる。この超巨大ブラックホールが周囲のガスを吸い込む際に、銀河全体の輝きを凌駕するほどの莫大なエネルギーを放ち、「活動銀河中心核(AGN)」として観測される。なぜ天文学者は、この「宇宙の怪物」に注目するのだろうか?それは、AGNの活動が銀河全体の進化に大きな影響を及ぼすからだ。AGNから吹き出す高速のガスの流れ(アウトフロー)が、銀河内の星形成活動を抑制、または促進し、銀河の姿かたちを決める重要な役割を担うと考えられている。しかし、AGNは濃いガスや塵に覆われており、その中心部で何が起きているのか詳しく観測することは困難である。
この厚いベールの向こうに潜む「宇宙の怪物」の心臓部を観測する上で絶大な力を発揮するのがX線だ。X線は可視光よりもエネルギーが高く、ガスや塵を透過して内部の様子を直接に捉えることができる。しかし、これまでのX線観測では、そこに「何か」があることは分かっても、それが「どのように動いているか」を精密に調べることはできなかった。この長年の課題に答えを出したのがXRISMである。その世界最高のエネルギー分解能により、AGNの周辺に広がる様々な物質と、そのダイナミックな速度構造を、鮮明に描き出すことが可能となった。
XRISMがもたらしたAGN研究における衝撃的な成果のひとつが、まさにアウトフローの詳細な姿である[4 , 5]。これまでの観測でも、アウトフローする高階電離した鉄により特定のエネルギーのX線が吸収されてできるスペクトルの「凹み」から、アウトフローの存在自体は知られていた。しかし、ガスの正確な速度や物理状態を知ることはできなかった。XRISMの観測は図2のように、このスペクトルに残された足跡を驚くほどシャープに描き出し、その正体を突き止めた。それは、単一のガスの流れではなく、異なる速度を持つ複数のガス塊による極めてダイナミックな構造だったのである。数万km/sという猛スピードで宇宙空間を駆け抜けるガスの流れを、私たちは目の当たりにすることができるようになった。
図2:PDS 456というAGNから噴き出すアウトフローの想像図とResolveによるエネルギースペクトルに現れたその痕跡。ガス塊の持つ速度の違いに応じて、スペクトルの異なる位置に「凹み」が現れている。
XRISMのX線精密分光はAGNの理解に革命をもたらした。アウトフローの正確な速度と質量を推定し、ブラックホールのごく近傍から銀河にどれほどのエネルギーが供給され、星形成にどのような影響を与えるのか定量的に評価する道が拓かれた。これは、超巨大ブラックホールと銀河が互いに影響を及ぼし合いながら成長する「共進化」の謎を解き明かす決定的な一歩となる。銀河の中心からその外に至るまで、XRISMの観測により宇宙の壮大な進化のシナリオが、今まさに書き換えられようとしている。
静謐の語りと熱狂する観測者―XRISMが暴く意外と穏やかな銀河団ガス
銀河団は、多数の銀河とその間を満たす高温プラズマ(銀河団ガス)からなる宇宙最大の天体だ。銀河団ガスは暗黒物質の強大な重力ポテンシャルの底で加熱され電離平衡に達する。そのX線スペクトルは温度に依存して形を変えるため、XRISMのデータからガス温度が分かる。この温度はイオンの熱運動による圧力を生み、銀河団ガスが静水圧平衡になっていれば重力ポテンシャルの大きさまで正確に分かってしまう。だが、重力に抗するガスの圧力には非熱的な成分も存在する。そのうちガス乱流による寄与の推定は、XRISMが得意とする仕事のひとつである。すなわち輝線幅による速度分散の測定だ。
「ひとみ」により観測されたペルセウス座銀河団の乱流速度は200 km/sであり、1,000 km/s程度との予測よりも小さく、全圧力に占める乱流の寄与はわずか4 %だった[6]。この結果はペルセウス座銀河団固有のものか、あるいは一般的な傾向なのか?その答えが図3にある。ガス温度が上がっても乱流の割合はほとんど増えていない。さらに驚くべきことに、XRISMが観測した銀河団サンプルの全てにおいて、ガス圧力への乱流の寄与は5%程度しかない。中心の巨大銀河の影響やガスの粘性によるエネルギー散逸などを考慮すると、乱流の寄与は典型的に10-20%以下と予想されるが、今回の観測値はその下限値に近い[7]。ほとんどの場合で上限値しか求めることができなかった先行研究に対して、XRISMは20 km/s以下の誤差で速度分散を決定し、乱流が銀河団ガスの非熱的圧力に大きく寄与していないという「ひとみ」の描像をより強固なものとした。
図3:鉄輝線の幅で測定した銀河団ガスの速度分散と温度の関係。
同一の銀河団は同じマークでプロットし、複数箇所からデータを取得した場合には、塗りつぶしの色を変えてプロットした。
図3に挙げたサンプルは銀河団の中でも近傍かつX線で明るいという特徴で選出された一部の銀河団に過ぎない。しかし、近い過去に衝突合体を経験したものや、中心銀河のAGNから強い影響を受けるものなどを含む多様なサンプルである。これらの全てで乱流が小さいという事実は、非熱的圧力を生ずる他のエネルギー源の存在を窺わせる。いま私たちは、銀河団ガスがどのようにエネルギーが供給されて高温を保ち、重力を支えているのかという根本的な問いに答える一歩を踏み出したのだ*4。
爆発で生まれた「風」を読む―XRISMで迫る超新星爆発と元素の広がり
超新星爆発は、星がその進化の最期を大爆発で締めくくる現象である。放出される膨大なエネルギーと衝撃波が高温プラズマの「風」である超新星残骸を形成し、数万年にわたり爆発の痕跡を残す。その起源は、大質量星が重力崩壊して中性子星やブラックホールを残しつつ外層を吹き飛ばす重力崩壊型と、白色矮星の熱核反応で炭素・酸素からマンガンやニッケルなどの鉄族に至る重元素を合成して宇宙へ放出するIa型の2種類に大別される。どのような星がいかなる機構で爆発に至り、どのように元素を運び銀河の化学進化を進めるのか?これは現在も未解決の重要課題であり、超新星残骸の研究はこの課題解決の一端*5を担ってきた。
超新星爆発が起こると、外向きの順行衝撃波が星の周りの物質を、内向きの逆行衝撃波が爆発した星からの噴出物(イジェクタ)を加熱し、温度・電離度・速度・元素組成の異なる重層的で複雑なプラズマが生じる。残骸の形状は多種多様でひとつとして同じものはなく、これらを観測することで、超新星爆発とそれを起こした星の謎に迫ることができる。私たちは高いエネルギー分解能とエネルギー決定精度を誇るResolveを利用して、豊富な輝線から視線方向のドップラー速度と元素分布を同時に測定し、「風」の向きと組成を地図化しているのだ。
図4は、XRISMのファーストライトとなったN132Dの観測スペクトルとX線画像である。超新星残骸では運動学的速度分散に加えて、高温イオンの激しい熱運動によるドップラー幅が輝線幅に有意に寄与し、それをResolveで測定できる。N132Dの場合、超新星爆発という極限環境で合成された鉄のイオンが、約100億度もの超高温に達していることが明らかになった[8]。また、X線画像はResolveと対になる軟X線撮像装置Xtend*6によって捉えられた。ResolveとXtendのデータを組み合わせることで、電離状態の異なる鉄イオンが残骸の中で非均一に分布する様子が浮かび上がった。超新星爆発から約40年後の観測となったSN1987A では、加熱された高温プラズマの元素組成比が母銀河である大マゼラン雲の典型的な値と整合しており、2024年時点で逆行衝撃波がいまだ内側の金属豊富なイジェクタに到達していないことが示されている[9]。
図4:XRISMが捉えた超新星残骸N132DのエネルギースペクトルとX線画像。
エネルギースペクトルは軟X線分光装置 Resolveで、X線画像は軟X線撮像装置Xtendで観測された。
また、Resolveは、地上の実験室では再現の難しい状態のプラズマを観測し、高品質のスペクトルを提供することで、理論モデルの検証と改良にも貢献しており、測定した元素量の信頼性を高めている。一般に超新星残骸のプラズマは電離が非平衡で複数の温度状態が混在することから、スペクトルの解釈は単純ではないが、その読み解きこそが研究の醍醐味のひとつであり、より大スケールの銀河や銀河団の化学進化理解にもつながっていく。残念ながら現在、ゲートバルブが未開放であるため、2 keV以下にも存在する輝線が豊富な帯域へのアクセスが制限されている。それでもXRISMは、ケイ素や鉄、ニッケルなどの輝線から、運動学と元素地図の双方が織りなす爆発の「風」の新しい姿を私たちに見せはじめている。
終わりに
このような記事を寄稿する光栄に与りながら、筆者らの趣味と興味に基づくサイエンスの紹介を「XRISMの科学成果」と題して世に送り出すことをご容赦いただきたい。ここには書ききれない科学成果の数々が、世界中のXRISMユーザ各位により日夜積み重ねられている。この9月には日本天文学会欧文報告PASJから、「Special Issue: Initial Results from XRISM」と題して特集号[10]が発刊された。ぜひご一読の上、「ひとみ」の喪失から再び立ち上がった我々と、XRISMの今後に期待を寄せていただければ幸いである。
*1 「 暗黒物質ではない普通の物質」くらいの意味である。
*2 検出器部分はX線マイクロカロリメータで、回折格子などを用いない非分散型の分光装置であるため、拡がった天体からの放射にも高い分光性能を発揮する。分散された光子の位置情報を利用する回折格子分光では、放射源自体の空間的な拡がりが精密分光を難しくする。
*3 未電離の鉄原子は26 個の電子を持つが、ヘリウム状イオンでは2 個、水素状イオンでは1 個しか残っていない。
*4 あるいは一歩下がったのかもしれない。
*5 元素合成の起点という意味でもまさしく「端」というわけだ。もう片方の「端」が銀河・銀河団である。
*6 Xtend の焦点面にあるX 線CCD 検出器は、広視野を一度に空間分解する能力に優れ、狭視野で高分光性能を発揮するResolve とは互いに相補的な役割を担っている。
文献
[1] Tashiro, Kelley, Watanabe et al. 2025, PASJ, 77, S1
[2] 大橋 2019, ISASNews 宇宙科学最前線, No. 462, 1
https://www.isas.jaxa.jp/outreach/isas_news/files/ISASnews462.pdf
[3] Fujita, Fukushima, Sato, Fukazawa, & Kondo 2025, PASJ, 77, S270
[4] XRISM Collaboration et al. 2025, Nature, 641, 1132
[5] Noda, Yamada, Ogawa et al. 2025, ApJL, 993, L53
[6] Hitomi Collaboration et al. 2018, PASJ, 70, 9
[7] XRISM Collaboration et al. 2025, ApJL, 993, L11
[8] XRISM Collaboration et al. 2024, PASJ, 76, 1186
[9] XRISM Collaboration et al. 2025, PASJ. 77, S193
[10] https://academic.oup.com/pasj/issue/77/Supplement_1
【 ISASニュース 2025年12月号(No.537) 掲載】
