はじめに

ISASの小規模計画という実験公募機会を利用して観測ロケットによる微小重力燃焼実験「Phoenix-2」を実施しました。JAXA、DLR(ドイツ航空宇宙センター)、日大、九大、山口大、ブレーメン大、ブランデンブルグ工科大の共同研究で、2024年3月にスウェーデンにてTEXUS-60号機で打ち上げました。燃料液滴列に生じる比較的低温で燃える炎「冷炎(Coolflame)」の基礎データを得ました。液滴冷炎は今回も参加する日独共同チームが90年代に落下塔実験で発見して以降、FLEX(NASA)とGroup Combustion(JAXA)で軌道上実験もされてきており、今回は一列に並べた複数液滴に現れる冷炎を扱いました。Coolな炎についての探求を紹介できればと思います。

エンジン燃焼で生じる冷炎とその危険性

液体ロケットエンジン(LRE: Liquid-propellant Rocket Engine)などは、燃焼で得た高温ガスを高速で噴射し反動で推力を得ます。推力150トン程度のLREだと1基3百万kW程のパワーを出しています。この莫大なパワーの源を熱エネルギーとして取り出す燃焼室は50リットル程の容積しかありません。原子炉2基分あるいは自動車用エンジン3万台分相当の発熱量を、手持ちできるくらいの小さな空間で扱うのが燃焼の面白さです。数%でも揺らぐと数万kWの揺れなので、安全のためにはとても安定した燃焼が必要です。

燃焼器起点のエンジン破壊の原因の1つに燃焼室内の圧力波があります。圧力波は燃焼室内に閉じ込められる性質があり、室内を往来し発熱とタイミングが合うと増幅され、最悪の場合、衝撃波となります。さらに波面背後で継続的に発熱に支えられるとデトネーション波になります。数百気圧の燃焼室圧の数十倍の圧力になるデトネーション波は燃焼室を壊します。現状はレゾネータ(吸音装置)で圧力波が弱いうちにエネルギーを吸収し抑えていますが、抜本的には圧力波と発熱が連成しない燃焼設計が求められます。圧力波と発熱の連成の仕組みとして、圧力波の圧縮による温度上昇で自発点火(発火)が生じ、その急激な発熱で場の圧力が上がって圧力波をさらに強めるというパターンが知られています。圧力波が来てすぐ自発点火するためには、事前に一帯が揃って点火し易い温度に保たれている必要があり、その状況を作る犯人が「冷炎」だと私は考えています。

「冷炎」は、燃焼時に主な発熱を受け持つ熱炎(通常の炎)の前後に現れることがあり、熱炎と違い1,000 K以下の比較的低温で燃えます。炭素鎖の長い炭化水素燃料で生じ易いことが分かっています。冷炎はその燃焼温度付近に安定点をもつ化学反応機構に支配されており、冷炎発生前の温度に関わらず、発生によって温度はどこも上昇し同じ値に収束する傾向があります。その結果、熱炎発生に適した条件が広範囲に揃い、圧力波が通るのに合わせて多点で立て続けに自発点火します。

図1はロケット燃焼器のインジェクター出口付近に出来る冷炎と圧力波の数値計算例です。破線左側に示す冷炎がない所を通過する圧力波(赤)は強くなりませんが、右側のように冷炎(緑)が出たところを通る圧力波は強化されています。これが繰り返されデトネーション波となると考えています。均一な冷炎を作った実験では、圧力波が僅か20mm程度の距離、冷炎中を伝播するとデトネーション波になることを確認しています。ですので、冷炎がいつ、どこに、どう出来るか予測したくなるという訳です。

図1

図1:燃焼器インジェクター出口付近での冷炎発生と圧力波の強化(左:冷炎なし、右:冷炎あり)

微小重力環境で作る2次元(2D)冷炎

冷炎発生は、散逸場での連鎖分岐爆発という、パンデミックと同種の非線形力学系現象として理解できます。冷炎を生む活性物質であるOHなどの連鎖担体を1分子使って最終的に担体2分子を生み出すような分岐反応により、担体が増殖し蓄積されます。十分な量が溜まると発熱反応が活性化して冷炎が点きますが、冷炎が発展して温度が上がり過ぎると逆に分岐反応は止まります。分子拡散や熱伝導などの輸送による散逸がある場では、発熱を支える担体が減り、結果、温度も低下することになります。このような冷炎が発展抑制される現象は、丁度パンデミックで感染が酷くなると外出自粛して感染が収まる過程に似ています。感染爆発が繰り返し起きて収まるのと同じで、冷炎も発生を繰り返すことがあります。このダイナミクスの予測には、連鎖担体の増殖と散逸を正しく記述する必要があり、つまり反応モデルと輸送モデルの両方が大切になります。

モデル検証は単純な現象から始めます。輸送現象の単純化には微小重力環境での液滴系が有効です。液滴は表面張力で球形になり、表面から出た冷たい燃料蒸気はその重さで沈まず、燃えて上昇もしません。液滴中心周りに半径が唯一の変数となる球対称1次元(1D)場が作れます(図2左)。このような空間の低次元化で輸送現象を単純に記述できるようになります。一方、化学反応の方は、数百~数千の化学物質が関与し、それらの組合せで数万の化学反応が起きています。これを輸送モデルと共に解けば上述のダイナミクスの予測が可能となるはずですが、このままでは化学反応モデルが大規模すぎて現実的な計算時間で答えが出ません。このため、数十の重要物質間の数百反応だけ取り扱うことにした簡略化モデルが提案され、これを用いると空間も2次元までなら現実的な計算時間で解くことができます。これを元に空間3次元を取り扱うには保存量の導入や射影などを使いますが、情報欠落を許容するので、妥当性の検証が必要で、それもあって2次元系冷炎の実験データによるモデルの検証が要望されています。

図2

図2:微小重力環境での燃料液滴系による1D / 2D系の燃焼場生成

Phoenix-2では図2左の中段の微小重力環境で一列に密に燃料液滴列を並べた空間2D系を形成し実験しました。図2右のように、ケロシンやSAF(持続可航空燃料:SustainableAviation Fuel)の主成分の正デカンを燃料として直径約1mmの液滴を14μm径のSiCファイバ上に付け、整列させた状態で電熱炉内の高温空気に挿入し冷炎を発生させました。輸送モデル検証のため蒸発による液滴径の変化を撮影し、反応モデル検証のため冷炎をHCHO(ホルムアルデヒド:冷炎発生時に生成される)紫外自発光で高速度撮影しました。撮影のための光学系と熱マネジメントを要する高温炉、そして液体・気体・電気の配管、配線が混在する複雑な装置になり、さらに、冷炎が発生する下限温度を決定するため、設定温度の異なる2系統の装置を詰め込みました(図3参照)。実験装置のバス系を担当するドイツ側の熟練のエンジニアにも経験のない複雑な装置となったものの、成功させたいと奮闘してくれました。フライトでは用意した高温側の系統が動作不良でしたが、低温側の系統で無事冷炎が点き、狙っていた下限温度近くのデータを取れました。打上げへ向けた射場準備中も、現地環境由来と思われるコンタミ問題が出るなど、最後まで苦労が多い装置でしたが、開発と現場対応された日大の野村 浩司先生・菅沼 祐介先生・齊藤 允教先生の献身と忍耐に感謝するところです。

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図3:地上試験中の観測ロケット搭載装置

冷炎データ例

図4は16mm間隔の5液滴列に生じた冷炎の伝播とその後の燃焼の様子です。白黒の撮影データからノイズ除去し輝度で色づけしてあります。右方で点いた冷炎が左に伝播することが分かります。伝播火炎が去った後に液滴周囲で定在して燃える冷炎も捉えています。赤破線に示す冷炎先端の動きは加減速しており、輸送律速の低速伝播と反応律速の高速伝播とが共存していて、反応と輸送が拮抗する自発点火限界付近固有の現象を捉えたと考えています。図5に数値予測と実験で得た燃料液滴の直径の2乗の時間変化を示します。両軸共に初期液滴径の2乗で規格化しています。理論的には2乗直径は直線的に減少し、その傾きが蒸発速度を表します。冷炎が点くと液滴周囲の温度が上がり蒸発速度が上がります。実験結果を表す点列の途中、傾きが変わり、線になって折れている時刻で冷炎が点いており、点火後の線の傾きは計算結果が示す傾きとほぼ一致するので、モデルで冷炎温度が再現できていると分かります。一方で、点く時刻の予測は外れて実験と計算でずれており、既存の化学反応モデルには連鎖担体の蓄積過程に課題があると分かります。このデータを元により正確な反応モデルを開発中で、最終的に爆発のより正確な予測に繋げたいと思います。

図4

図4:液滴列を伝播する冷炎(Saito, M., et. al., IJMSA,42(3),2025)

図5

図5:D-2プロット(Iemura,K., et. al. 35th ISTS, 2025,初期液滴径d0 =1.16mm、Ta=564K、Td=315K、〇:実験結果、青線:計算結果、傾きが急変する時点が冷炎の点火タイミング、赤点線/青点線は計算/実験での冷炎燃焼時の2乗直径の時間変化を直線近似したもので、その傾きKが蒸発の速さを表している)。

軌道上実験に向けて

Phoenix-2は終了しましたが、次のステップとしてJAXAの「きぼう」船内利用フラッグシップミッションとして軌道上実験の準備を進めています。観測ロケットを使った実験と違い得られたデータを都度次の実験条件にフィードバックできる宇宙ステーションのメリットを活かし、自発点火の下限温度、伝播や振動のモード遷移温度など、今まで以上に詳細な探索作業が可能になる実験を予定しています。下限温度は火災でいう発火点に相当するので、同じ冷炎反応をもつ植物油などの安全性データとして宇宙居住等にも発展できればと考えています。

おわりに

Phoenix-2の成果は、参画研究者や企業エンジニア、学生達といったチーム全員の努力の賜物でした。またISAS宇宙環境利用科学委員会による構想段階からのご支援、海外打上げ経験者の、北大・木村 勇気先生ほか皆様からのノウハウ提供も必要不可欠でした。感謝いたします。2019年度の計画スタート以降、装置開発の問題だけでなく、パンデミックによる活動自粛、射場火災や欧州の政治案件などで、度重なる打上げ延期が発生し、国際共同研究ならではの外的障害の多さに驚かされました。その度に様々な方々のご支援があり、宇宙に携わる方々の連帯を強く感じました。チームリーダーのISAS稲富 裕光先生の調整技もあり、困難のたびに日独相互の信頼が強まり、最後はドイツ空軍の協力もあって、大きなチームになっていました。とても充実したプロジェクトにしていただいた関係各位に感謝申し上げますとともに、若い研究者の方々にもぜひチャレンジングな国際協働の楽しみを繋いでいければと思います。

【 ISASニュース 2025年10月号(No.535) 掲載】