はじめに

ISASでは、宇宙輸送システムの革新を目指して、高頻度で再使用できるロケットの実践的な研究に取り組んできました。100回以上の繰り返し使用が可能な液体水素/液体酸素ロケットエンジンを開発するとともに、安全かつ効率的な繰り返し運用に必要な技術を小型の実験機などで獲得してきました。これらの技術は研開部門とともに取り組む再使用ロケット実験機RV-Xに搭載され、いま飛行試験に向けた準備を進めています(図1)*1。RV-Xの飛行実証で得られる成果は、今後基幹ロケットの1段再使用化に向けた活動に引き継がれるとともに、国内の民間による再使用ロケット開発の礎となり、「再使用できるロケットの研究」は一定の技術レベルまで達成できると考えます。また、海外では民間企業を中心として、一部を再使用できるロケットが実用化され、打上げ頻度も上がり、本格的な宇宙事業が展開され始めたことはみなさんご存知の通りです。

では、これからISASロケット軍団が一丸となって取り組むべき次の輸送系研究の柱とは何でしょうか?

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図1:再使用ロケット実験機RV-X地上燃焼試験 (2025年12月 能代ロケット実験場)

大気を味方につけるロケット

民間による宇宙事業が本格的に展開され始めた現在、ロケットは宇宙輸送の低コスト化・高頻度化に向けて、その運用方法や製造技術に大きな変化が見られるようになりました。一方で、ロケットの中で最も重要な構成要素である加速するための推進システム、いわゆるロケットエンジン(ここでは液体ロケットとします)は、性能や耐久性の向上を目指した改良などは進められているものの、その仕組み自体は、半世紀以上前から大きな変化はありません。

液体ロケットには燃料と酸化剤が積まれ、それらをエンジンで混ぜ合わせて燃焼させ、そのガスを噴き出すことで推力を得ます。液体水素を燃料とする場合には、液体酸素を酸化剤とし、それぞれをタンクに入れてロケットに載せます。ロケットでは宇宙に到達するのに必要なすべての酸化剤を搭載しますが、航空機のジェットエンジンのように酸素を大気から取り込むことができれば、搭載する液体酸素の量を大幅に減らすことが可能となります。この仕組みによる推進システムをロケットの世界では「空気吸い込み型エンジン(エアブリーザ)」と呼びます。このエンジンが実用化できれば、ロケットエンジンの燃費を表す比推力は飛躍的に向上し、機体規模の大幅なコンパクト化が可能になります。

「大気を利用することで推進効率を飛躍的に向上させ、スペースプレーンによる宇宙輸送を実現する。」 実は、考えとしてはもう何十年も前からあるのですが、実用化どころか、実証機でさえ数えるほどしか飛んでいません。これまでに考えられてきた空気吸い込み型エンジンはスクラムジェットなど、音速の5倍を超えるような条件での作動を狙うものが中心です。高速で飛行しながら空気中の酸素を取り込み、エンジンで適切に燃焼させて十分な推進エネルギーを得るためには、技術的なハードルが高いというのが現状です。

ロケットはほぼ垂直に離陸上昇し、できるだけ早く大気の層を抜けて、空気抗力によるエネルギー損失を少なくするという飛び方をします。一方、空気吸い込み型エンジンを載せたシステムは、大気中を適切な高度でほぼ水平に揚力飛行しながら加速する、という考え方が一般的です。もし、垂直に上昇するロケットでも、離陸から空気吸い込み型エンジンを作動させて加速上昇し、ある高度でロケットエンジンに切り替えてさらに加速するという運用ができれば、ロケットの打上げ性能の飛躍的な向上が期待できます。これまでのロケットにとって大気はおおよそ邪魔なものでしたが、これを味方につけることができれば、コンパクトで高性能な新しいロケットを実現できるのです。

そこで我々は、大気をうまく使うことで宇宙輸送システムを革新することを目指した「再使用型宇宙輸送システムにおける大気アシスト飛行の実証研究」を立ち上げました。垂直発射方式のロケットに対して、空気をうまく使いながら作動するエンジンを本格的に導入し、地上から宇宙まで、宇宙から地上までをつなげる新しい推進システムを構築することにより、打上げ能力の飛躍的な向上と効率的な繰り返し運用を目指した世界初の挑戦です。

大気をうまく使う新しいエンジン:ATRIUM

現在、この研究の鍵となるATRIUMエンジン(Air Turbo Rocketfor Innovative Unmanned Mission engine)の開発に取り組んでいます。ATRIUMエンジンは、空気吸い込み型であるエアターボエンジンとロケットエンジンを組み合せた複合エンジンで、飛行する高度によってこれらを切り替えながら推力を得ます。このエンジンを実現するにあたっては、既にロケットエンジンは成熟した技術があるため、まずはエアターボエンジンの開発を進めることが重要です。エアターボは、ガスジェネレータで水素と酸素を水素過多の状態で燃焼させ、その燃焼ガスでタービンを回します。タービンによりファンが回転することで周囲の空気をエンジンに取り込み、この圧縮された空気とガスジェネレータの燃焼ガスを混合して2次燃焼させることで推力を得る仕組みです(図2)。

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図2:ATRIUMエンジン

エアターボは静止した状態から作動できるため、垂直に離陸するロケットに適用することが可能です。空気の取り込み方を工夫すれば垂直に着陸する際にも使うことできるため、垂直離着陸型の再使用ロケットにおいて飛躍的な性能向上が期待できます。例えば、高度100km以上まで到達するサブオービタル型の再使用ロケットを想定した場合、総推力20kNのATRIUMエンジンを4基搭載し、高度0 ~ 5kmまでの低高度はエアターボで、高度5 ~ 30kmの中高度はエアターボとロケットの両エンジンの併用で、高度30km以上ではエアターボをカットオフしてロケットエンジンで加速する、という運用を考えています。同じ飛翔性能を有する、推力40kNの液体水素/液体酸素ロケットエンジン4基を搭載した再使用観測ロケットと比較すると、ATRIUMエンジンで構築したシステムは、機体規模を大幅にコンパクト化することができます(図3)。また、エアターボは、ロケットエンジンと比べて発生する音響が格段に小さいため、離着陸時の振動環境条件も大幅に緩和できます。環境試験なしで観測機器を搭載して飛ばすことも夢ではありません。

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図3:到達高度100kmを想定した再使用観測ロケットのスケール比較とATRIUMエンジンを搭載したロケットの飛行プロファイルの例

大気のアシストで飛ぶロケットの飛行実証:CRAFT

この大気アシストによる新しい宇宙輸送システムの研究開発においては、エンジンを地上で実証するだけではなく、「機体に載せて飛ばしてみせる」ことが特に重要です。離陸から着陸までに必要な機能を兼ね備えたエンジンを構築して、それを実験機に搭載し、機体に設けたエアインテークから実際に空気を取り込むことでエンジンを作動させて飛ばしてみせる必要があります。そこでいま開発を進めているのが、小型実験機に搭載するための推力10kN級のATRIUMエンジンです。高い比推力を目指すだけでなく、着陸時に必要な応答性の高い推力制御機能を持たせるとともに、機体に搭載できるように軽量かつコンパクトで整備性の高いエンジンを目指しています。

このエンジンを搭載した実験機の最初のステップとして、機体を1m以下の低高度で浮上させる実験を、能代ロケット実験場で実施する計画を立てています。飛行環境でエアターボが正常に作動するのか、環境条件がどの程度改善するのか、効率的な運用ができるのか、などを実際に飛ばすことで実証します。

取り扱いやすい「小型」の実験機でATRIUMエンジンの有効性を実証することが、その先に繋がる技術を短期に獲得するためのキーポイントとなります。我々はこの大気アシストによって飛翔する小型実験機を「CRAFT(Compact Reusable Air-assist FlightTest rocket)」と命名しました。現在、ATRIUMエンジンの開発と並行して、CRAFTの機体システムの準備にも取り組み、一部のコンポーネントの設計・試作が進められています。このCRAFTによる飛行実証をシリーズ化し、次のステップではより高い高度までの飛行による本格的な運用システムに必要な技術の実証、さらにはより高速域でのエンジン作動の実証に繋がる水平揚力飛行の実験に発展させ、ステップバイステップでの技術獲得を目指します。ATRIUMエンジンは複数の民間企業からも開発が期待されており、実用化に向けた早期の実証が求められていることから、各ステップで得られる技術をタイムリーに民間へ移転できる計画を立てています。さらには、能代ロケット実験場にて液体水素を使った飛行実験を高頻度に繰り返すことで、飛行実験や水素取り扱いに係る技術を身に付けるための人材育成や、実験場の活性化にも繋げたいと考えます(図4) 。

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図4:小型実験機「CRAFT」の準備状況と飛行実証計画(案)

おわりに

これまでのISASの輸送系の研究では、大きく分けて「再使用組」と「エアブリーザ組」が、それぞれが思い描くシステムの最終形態に向けて、それぞれが信念を持って研究に取り組んできました。再使用組は「既存技術最大活用」により「垂直離着陸」で「高頻度運用」を、エアブリーザ組は「革新的エンジン」により「水平揚力飛行」で「極超音速飛行」を、実現するそれぞれのシステムを目指してきました。将来へのアプローチの違い、それを主導するリーダの考え方の違い、などにより、なかなかひとつにまとまった大きな柱となるような活動ができずにいた、ということが事実としてあると考えます。再使用組は、あるレベルまで技術の獲得が進み、より高性能かつ高頻度で飛ばせるシステムを作りたい。一方でエアブリーザ組は、エンジン単体での地上実験だけでなく、それを飛ばして実証したい。そのようなタイミングで輸送系メンバーが思い至ったのが、垂直離着陸の再使用ロケットに、空気をうまく使うエンジンを組み込めば、これまで別々に考えてきたことを1つにまとめてできるのではないか、という考えです。いま、高頻度宇宙科学実験の構想など、「とにかくやってみせる」「やってみなはれ」という機運がISAS全体で高まっている中、そこに合流して仲間を増やし、ISASロケット軍団が一枚岩で、新しい一歩を踏み出してみようとしている所以がここにあります。ISAS輸送系をまとめ、大学アカデミア、JAXA他部門、民間と一体となり、みんなが楽しめる輸送系研究の大きな柱とします*2

【参考】
*1 https://www.isas.jaxa.jp/outreach/isas_news/files/ISASnews531.pdf
*2 https://www.isas.jaxa.jp/missions/documents/files/isas_202506_1.pdf

【 ISASニュース 2026年1月号(No.538) 掲載】