はじめに 〜不安の中のスタート

2015年12月、「あかつき」は金星の衛星となりました。もともと2010年に到着するはずでしたが、金星軌道投入の最中に軌道制御スラスタが破損し、その後5年間にわたって太陽を周回したあと、姿勢変更スラスタを使って改めて軌道投入したのでした。5年越しの夢の達成にチームは大いに沸き、待ちに待った金星観測を開始しました。ただ、このとき私は電波掩蔽(えんぺい)チームの取りまとめ役として不安も抱えていました。「あかつき」の金星を巡る軌道周期が10.5日と、当初予定の30時間から長くなってしまったのです。

電波掩蔽というのは、探査機が惑星の反対側に隠れるときと出てくるとき、探査機から送信される電波が惑星の大気を通過して地上局に達する際に受信電波の周波数が変化することを利用して惑星大気の構造を調べるという観測手法です(図1)。大気中で電波が屈折すると、軌道運動に伴って地上局で観測されるドップラーシフトが、屈折がないときの大きさからずれます。この時間変化を記録して、計算により屈折率の高度変化を求めることができるのです。それを基にさらに大気密度、気圧、気温、電子密度を知ることができます。電波掩蔽は1978 〜1992年に運用された米国の金星周回機PioneerVenus Orbiterや2006 〜2014年に運用された欧州の金星周回機Venus Expressなど過去の金星探査でも実施されましたが、「あかつき」の電波掩蔽は、高速大気循環「スーパーローテーション」の駆動に関わるかもしれない、周期が数日の大気波動のカメラ群による観測と連携して実施する点にユニークな狙いがありました。ただ、軌道周期が長くなると電波掩蔽の発生頻度も大きく下がってしまうことになるので、予定していた研究の実施は難しい状況です。「本当にこれまでにない成果を出せるのか?」と自問しながらの観測スタートでした。電波掩蔽での地上での受信に協力してくれるインドとドイツの研究グループに対する気遣いもありました。ただ、実際には以下に述べるような「あかつき」電波掩蔽ならではの特長と新たな挑戦によって、ユニークな成果を生み続けることができています。

図1

図1:「あかつき」電波掩蔽の概念図。上は金星大気観測、下は太陽コロナ観測の様子を描く。

赤道周回軌道からの観測

「あかつき」が投入された軌道は雲の連続撮像に最適化した赤道軌道で、これは過去の金星ミッションが極軌道を採用していたのと異なります。例えば、Venus Expressは極軌道だったため良質な電波掩蔽データは金星の高緯度の領域に偏っていました。これに対して「あかつき」は赤道軌道にいて低緯度領域の観測に有利です。この違いを活かして、「あかつき」電波掩蔽は「熱潮汐波」という低緯度でとくに大きな振幅を持つ惑星規模の波動をうまく検出することができました。この波は金星の雲が太陽光によって暖められることによって励起され、上下方向と高緯度方向へ伝播することにより、あのスーパーローテーションを維持している可能性が分かってきました。熱潮汐波は金星の地表から見たときの周期が1太陽日(117日)と確定しているために、様々な大気変動を含むデータからこの波だけを抽出することが比較的容易で、電波掩蔽の観測頻度が低下することが障害とならないことも、観測してみて実際にわかりました。現在、熱潮汐波の構造とスーパーローテーションへの寄与についての観測結果を公表する準備を進めています。

低緯度帯をカバーする「あかつき」にVenus Expressの相補的な高緯度帯の電波掩蔽観測データを組み合わせてみると、気温の平均的な緯度-高度分布(子午面分布)をこれまでにない精度で求めることができて、緯度によって温度構造が大きく異なることも明らかにできました(Ando et al. 2020)。低緯度に比べて高緯度で対流不安定層が厚いなど、まだ理論的に説明できない特徴が見られています。「あかつき」の観測データを加えることで初めて得られた温度分布は、参照データとして金星大気循環のシミュレーションで再現する目標となっています。

太陽直下点付近の電波掩蔽データが初めて得られたことも「あかつき」による低緯度観測の結果として注目に値します。電離圏の構造を理解する上で、太陽紫外線による大気電離のためにプラズマ(電離ガス)生成が最大となる太陽直下点付近は重要な領域ですが、「あかつき」以前の衛星による電波掩蔽ではこの領域の観測ができませんでした。「あかつき」の観測はこの欠けていたデータを埋め、電離圏研究にも貴重な情報をもたらしています。

超高安定発振器と新たな解析手法

電波掩蔽では周波数の安定した電波を送信する必要があります。このために、「あかつき」では超高安定発振器(Ultra-Stable Oscillator: USO)を搭載しました。電波掩蔽の方法としては、USOを使わずに地上局から周波数の安定した電波を送信し、探査機でそれを折り返して送信電波に使用するという手もあります。しかし、この場合、探査機が惑星の背後から出てくるときには、探査機から信号が折り返されてくるのに手間がかかってしまい遅れる分、データが欠損します。往復で電波が金星大気の別の場所を通過するため解析が困難になるという問題も起きます。このようにUSOは有利ですが、これまでにUSOを搭載した金星探査機はVenus Expressと「あかつき」だけです。また、「あかつき」ではそれに加えて、USOだからこそ可能になる新たな解析手法を採用しました。

これは打上げ前には想定していなかったことです。これまでの電波掩蔽では、各瞬間の受信周波数から電波の経路を逆算して決定するために、各瞬間に探査機と地上局を結ぶ電波の経路はただ1つとみなします(幾何光学解法)。この仮定から2つの問題が生じます。1つめは「マルチパス」と呼ばれる、実際には1つでなく異なる経路を通過してきた複数の電波が同時に受信される問題です。これは大気中に局所的に大きな屈折率変化が存在すると起こりがちで、起きてしまうと解析の精度を著しく損ないます。二つめは高度分解能の問題です。電波の経路はフレネル直径と呼ばれる太さを持ち、惑星大気の電波掩蔽の場合にその大きさは500m 〜1kmほどで、これより細かい構造は検出できないはずでした。これに対して私たちは、マルチパスの問題へ対処しながら、高度分解能を改善できる新手法「電波ホログラフィ」を導入しました。これはマルチパスも含めて時系列に観測される信号全体の位相を同時に解析するもので、「あかつき」のようにUSOを使って初めて可能となる手法です。記録装置として臼田宇宙空間観測所のVLBI用設備を用いていることも、高品質な位相データを得るために重要でした。こうして私たちは、およそ100mという前例のない分解能を達成することができ、金星大気には鉛直波長が1km以下の小規模な大気重力波(浮力を復元力とする大気波動)が満ちていること、そしてそれらがそこら中で不安定を起こして砕波していることの発見へ繋がりました(図2)。激しく乱れた金星大気の描像が得られつつあります。

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図2:「あかつき」電波掩蔽による金星成層圏の温度分布(左)と静的安定度(右)の幾何光学解法と電波ホログラフィ法の違い。温度分布はどちらの方法によっても同じような結果が得られている。しかし、静的安定度のグラフに見られる大気重力波によると考えられる細かな振動構造の結果には違いが明らかである。静的安定度が正の値を示すと大気は上下方向に安定で、ゼロに近づくほど不安定となり対流が生じる。電波ホログラフィ法による解析結果(黒線)では静的安定度がゼロに近い、大気重力波の砕波で作られた対流層と考えられる狭い高度幅の領域が多く見られるのに対し、高度の分解能が粗い幾何光学解法では不明瞭にしかそのような構造が分からない。(Imamura et al. 2018 を改変)

もう1つの柱:太陽コロナ観測

金星到着が遅れることになったとき、私たちは金星周回軌道に入らなくても実施可能な観測である太陽コロナの電波掩蔽にも本格的に取り組むことにしました。太陽コロナとは太陽周辺に広がる100万℃を超える高温プラズマで、コロナが惑星間空間に吹き出して太陽風となります。コロナがどのように加熱され、太陽風がどのように加速されるのかはよく分かっておらず、太陽系科学の大きな謎とされています。探査機が地球から見て太陽のほぼ反対側を通過する「外合」の際、探査機から地上局に送られる電波は太陽コロナを通過し、電波経路上のプラズマの変動が受信電波の周波数や強度を変化させます(図1)。これを分析することでコロナの様々な情報が得られます。「あかつき」では、金星到着後も含め、継続して電波掩蔽を用いた太陽コロナ観測を行ってきました。このような電波掩蔽を利用した長期の太陽コロナ観測は前例がありません。

2011年の外合前後に1 ヶ月間にわたって断続的に実施した最初の観測では、太陽近傍から約20太陽半径(1太陽半径=約70万km)までの領域をカバーして、太陽風がほぼ静止状態から350km/sまで加速される様子をとらえました(図3)。太陽観測衛星「ひので」と連携して、電波掩蔽でとらえた太陽風とその流れの源の対応関係を調べ、おおむね「静穏領域」を起源とする「遅い太陽風」を観測したこと、その中に間欠的にコロナホール起源の「速い太陽風」もとらえたことがわかりました(Imamura et al. 2014)。磁気音波と思われる密度振動を広い範囲で観測し、これらがコロナ加熱に関わっているらしいことも示しました(Miyamoto et al. 2014)。コロナ質量放出という突発事象もとらえ、その内部構造を調べることができました(Ando et al. 2015)。当初予定しなかったこのような観測が多くの成果を生み出し、内部太陽圏コミュニティでの「あかつき」の知名度が上がってその後の様々な国際共同研究につながりました。

図3-1

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図3-3

図3:2011年に実施した太陽コロナの電波掩蔽における、地球から見た太陽に対する「あかつき」の観測実施日ごとの方向(上)、期間中に取得した「ひので」XRT画像の一例(中)、観測で得られた太陽風速度の距離についての分布から分かる「遅い太陽風」と「速い太陽風」(下)。(Imamura et al. 2014を改変)

その後、金星到着までの4年間は、金星周回軌道への再投入を目指して探査機の劣化や燃料消費を抑えるために観測を休み、軌道投入後の2016年の外合から太陽コロナ観測を再開しました。2016年の観測では「速い太陽風」と「遅い太陽風」の違いを詳しく調べ、磁気音波のエネルギー流束が前者においてより大きいことを示しました(Chiba et al. 2022)。これは太陽風のメカニズムの手がかりとなる成果です。

金星到着後は約1年半ごとの外合のたびに太陽コロナ観測を実施しています。太陽コロナの電波掩蔽をこれほど繰り返し実施したミッションは他になく、太陽活動の11年サイクルをほぼカバーするデータセットとして貴重なものとなっています。2016年からは、コロナ磁場の影響で電波の偏波面が変化する「ファラデー回転」の検出のために、地上局で右円偏波と左円偏波を同時に記録しています。「あかつき」はその通信のために右円偏波を送信していますが、設計上、わずかに左円偏波も混入します。このことを利用して両円偏波の観測を行い、磁場情報を得ることによって、光球からコロナへエネルギーを供給することが予想されるアルヴェン波やコロナ質量放出の磁場構造を調べています。2021年の外合では、偶然にも水星への往路にあるBepiColomboが「あかつき」とほぼ同時に外合を迎えました。BepiColomboには、太陽重力場が電波伝播に与える影響を調べることで相対論の検証を目指す電波科学チームがいます。そこで、この貴重な機会を活用すべく両プロジェクト間で調整して、2機による同時掩蔽観測を実施しました。データ解析が複数のグループで進められており、一部の成果はすでに発表されています。

これからの電波掩蔽観測

電波掩蔽は歴史ある観測手法ですが、上に紹介したように「あかつき」では、新たな工夫によって様々な成果が生まれています。このことは、将来のミッションに向けてまだまだ新たな展開が可能であることを示唆するように思えます。たとえば、地上局で受信するという制約を外し、惑星を周回する複数の小型衛星の間で電波掩蔽を行えれば、観測機会が劇的に増加して「あかつき」とは質的に異なる大気研究が可能となるでしょう。これまで用いてきた周波数とは大きく異なる周波数を使うことによって大気組成の情報を得ることも考えられます。基礎開発が進んでいる、USOを遙かに超える安定度の発振器を搭載すれば、より高い高度の希薄な大気まで観測できるでしょう。「あかつき」の成果を受けて、小型衛星群による多点コロナ掩蔽観測といった構想もありえます。太陽系科学の推進力の1つとして、電波掩蔽には大いに発展の余地があると考えています。

参考文献

[1] Imamura, T. et al. (2018) Fine vertical structures at the cloud heights ofVenus revealed by radio holographic analysis of Venus Express and Akatsuki radiooccultation data. J. Geophys. Res., 123 , 2151- 2161.

[2] Ando, H. et al. (2020) Thermal structure of the Venusian atmosphere from thesub-cloud region to the mesosphere as observed by radio occultation. Sci. Rep. 10 :3448.

[3] Imamura, T. et al. (2014) Outflow structure of the quiet Sun corona probed byspacecraft radio scintillations in strong scattering, Astrophys. J., 788 , 117 (10pp).

[4] Miyamoto, M. et al. (2014) Radial distribution of compressive waves in thesolar corona revealed by Akatsuki radio occultation observations, Astrophys. J., 797 ,51(7pp).

[5] Ando, H. et al. (2015) Internal structure of a coronal mass ejection revealed byAkatsuki radio occultation observations, J. Geophys. Res., 120 , 5318 - 5328.

[6] Chiba, S. et al. (2022). Observation of the Solar Corona Using RadioScintillation with the Akatsuki Spacecraft: Difference Between Fast and Slow Wind.Solar Physics. 297.

【 ISASニュース 2023年9月号(No.510) 掲載】