国際宇宙ステーション(ISS)に搭載された米国航空宇宙局(NASA)のX線望遠鏡「NICER」(図1左)と 太陽系内の惑星の大気やオーロラ観測用の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の紫外線望遠鏡「ひさき」(図1右)を連携して、おひつじ座UX星(英名: UX Ari)を X線と紫外線という異なる波長で同時に観測し、恒星フレアの鉄Kα輝線が、X線によって鉄が電離される『光電離』によって生じていることを明らかにしました。
図1:今回の研究で使用された NASAのX線望遠鏡「NICER」(左)と JAXAの紫外線望遠鏡「ひさき」(右)。
太陽や恒星では、ときに表面で大きな爆発現象『フレア』が起こります。発⽣時には強いX線が放射され、太陽では地球圏に、恒星では周囲を公転する系外惑星の環境にさまざまな影響を及ぼします。とくに、爆発が惑星の⽅向を向いていると大きな影響があります。近年、フレアから放射されるX線や紫外線が、系外惑星の大気を宇宙空間へ逃がす、つまり大気の流出を促す可能性があることが盛んに議論されてきました。この影響は、フレアがどれだけ強かったかだけで決まるわけではありません。フレアから出たプラズマ粒子や光が、惑星の存在する方向へどの程度向いて放出されたのかも重要です。このためには、恒星表面のどこでフレアが発生したのかを知る必要があります。しかし、そこまで踏み込んだ研究はこれまでほとんど進んでいませんでした。その大きな理由は、遠方の恒星では、太陽のように表面のどこで何が起きているかを細かく見分ける観測ができないことにあります。つまり、恒星全体の明るさは観測できても、恒星表面のこの場所でフレアが起きた、と二次元画像で確かめることが難しく、フレアの発生位置を特定することは容易ではありません。
太陽フレアや恒星フレアでは、鉄Kα輝線と呼ばれる特徴的なX線が観測されることがあります。これは、光球と呼ばれる星表面のガス中に存在する鉄に由来する発光で、原子核に最も近い軌道にある電子(K殻電子)が、『外からの作用』ではじき出されたときに放射されます。このように電子が原子からはじき出されることを『電離』と呼びます。では、この『外からの作用』とはどのようなものでしょうか。長いあいだ、主な可能性は二つあると考えられてきました。ひとつは、フレアループから放射されたX線が星の表面に届き、そのX線の作用で鉄が電離される場合です。これを『光電離』と呼びます。もうひとつは、フレア初期に磁気リコネクションによって加速された高エネルギー電子が、星の表面の鉄に直接衝突する作用で電離する場合です。こちらは『衝突電離』と呼ばれます。どちらが主要な仕組みなのかは、長いあいだ決着がついていませんでした。もし「光電離」が主要因であれば、鉄Ka輝線の強さは、星の表⾯のどこでフレアが起き、観測者がどのような⾓度から観測しているかに依存します。そのため鉄Kα輝線の観測は、空間分解した観測ができない恒星フレアの星表面での発生場所の推定、さらには系外惑星への影響評価にも有⽤な道具となりえます。
そこで、恒星フレアを繰り返し引き起こしているおひつじ座UX星を観測対象とし、「NICER」による0.2~12 keVのX線観測と「ひさき」による0.8~13eVの紫外線観測を連携して実施しました。観測中この星で最⼤級の太陽フレアの1万倍以上の規模のスーパーフレアが発⽣し、X線と紫外線が急激に強まり、半⽇ほど続く増光する様⼦を捉えました。このスーパーフレアでは、紫外線のピークがX線のピークより約1.4時間早く現れていたことがわかりました。これは、太陽フレアの標準的なモデルに照らし合わせると、以下のように解釈することができます。まず、高い高度で磁気リコネクションによって高エネルギー電子が発生し、恒星に向かって運ばれます。その際、遷移層と呼ばれる領域を加熱し、紫外線が先に放射されます。その後、さらに高度の低い彩層のプラズマが、加熱され上昇し、コロナへ広がり、高温のプラズマとなって連続X線が放射されます。さらに、「NICER」が取得したX線スペクトルからは鉄Kα輝線が検出され、明るさのピークは、⾼エネルギー電⼦に由来する紫外線のピークではなく、少し遅れて現れる⾼温プラズマからの放射に対応する熱的な連続X線のピーク時刻と⼀致していました。これは、鉄Kα輝線が、フレアで生じた⾼温プラズマからのX線光⼦による星表⾯の鉄原⼦の電離、つまり「光電離」によって生じていることを強く⽀持する結果です。本成果は、⽇本の「ひのとり」衛星により太陽の鉄Kα輝線が初めて観測(例:Tanaka et al. 1984, ApJ ; Zarro et al. 1992, ApJ)された1980年代以来の謎に対し、主要機構が光電離と結論づける決定的な証拠となります。
恒星フレアのX線・紫外線観測の時間変化から、鉄Kα輝線の放射過程が今回初めて観測的に明らかにされました。今後の鉄Kα輝線を用いた巨大恒星フレアの発生場所や幾何構造の特定につながることが期待されます。実際に、3次元輻射輸送計算コード「SKIRT」を⽤いたシミュレーションと観測データを⽐較することで、今回のフレアが恒星のどのあたりで発⽣したか、大まかに推定することができました。ただし、現在の観測装置では鉄Kα輝線の明るさを測る精度がまだ⼗分ではなく、フレアの発⽣位置の推定に大きな不確かさが残ることもわかりました。そこで今後は、NICERよりもエネルギー分解能が高く、鉄Kα輝線の強さをより正確に測定できるX線分光撮像衛星「XRISM」を⽤いて、恒星フレアの鉄Kα輝線をさらに⾼精度で観測し、フレアの発⽣位置や幾何構造をより詳しく調べていきたいと考えています。さらに本研究は、紫外線観測の新たな可能性を⽰した成果でもあります。「ひさき」はもともと太陽系内の惑星観測を主⽬的として開発された紫外線望遠鏡でしたが、今回初めて恒星フレアの観測成果を得ることに成功しました。今後、紫外線は天⽂学においてますます重要な波⻑になっていくことが期待されます。また、X線と紫外線のように異なる波⻑を組み合わせた同時観測は、天体現象の全体像を理解するために不可欠な⼿法になっていくと考えられます。「ひさき」の後継機である高精度紫外線宇宙望遠鏡「LAPYUTA」計画でもこのようなシナジーを目指していきたいと考えています。フットワークの軽い「NICER」チームと「ひさき」チームだからこそ実現した同時観測でした。
本研究は下記メンバーによって構成されるチームによって実施しました。詳細は京都大学から発出のプレスリリースをご覧ください。
井上峻 (京都⼤学⼤学院理学研究科 博⼠課程学⽣ 兼:同⽇本学術振興会特別研究員)、岩切渉 (千葉⼤学ハドロン宇宙国際研究センター 助教)、⽊村智樹 (東京理科⼤学理学部第⼀部 准教授)、榎⼾輝揚 (京都⼤学⼤学院理学研究科 准教授)、野津湧太 (コロラド⼤学ボルダー校 ⼤気宇宙物理学研究所 研究員)、内⽥裕之(京都⼤学⼤学院理学研究科 助教)、濱⼝健⼆ (NASAゴダード宇宙⾶⾏センター 研究員)、⿃海森 (JAXA宇宙科学研究所 准教授)、⼭﨑敦 (JAXA宇宙科学研究所 准教授)、⼟屋史紀 (東北⼤学⼤学院理学研究科 教授)、村上豪 (JAXA宇宙科学研究所 助教)、吉岡和夫 (東京⼤学⼤学院新領域創成科学研究科 准教授)、Arzoumanian Zaven (NASA ゴダード宇宙⾶⾏センター研究員)、Gendreau Keith (NASA ゴダード宇宙⾶⾏センター研究員)
