概要

鉄を含む固体粒子(ダスト粒子)は星間空間での分子形成を促進する働きなどがあり、星間空間での物理/化学過程を理解するカギとなります。星間空間のダスト粒子に含まれる鉄の存在形態は、金属鉄や酸化鉄など複数あり、それぞれに異なる性質を持っています。これまでの研究では、主要な存在形態は酸化鉄や炭化鉄、硫化鉄以外ではないかと示唆されていました。そこで、金属鉄として存在する可能性を検証するため、微小重力環境でガスの鉄が冷却される様子をその場観察し、鉄同士のくっつき易さ(金属鉄が形成する効率)を調べました。実験の結果、地上実験の結果と異なり、鉄同士はくっつきにくいこと、すなわち金属鉄は宇宙空間において形成しにくいことが示されました。ダスト粒子で鉄は金属ではなく、何らかの化合物として含まれているか、もしくは不純物として他の粒子に付着しているのではないかと推測されます。

本研究成果は、2017年1月21日(日本時間)に公表された、アメリカ科学振興協会のオンラインジャーナル"Science Advances"に掲載されました。

2012年12月17日に行われた観測ロケットS-520-28号機による打上げの様子

2012年12月17日に行われた観測ロケットS-520-28号機による打上げの様子。©北海道大学/JAXA

発表内容

星間空間にわずかしかないダスト粒子。それらは星・惑星系形成の構成要素となり、星間空間で分子の形成を手助けするなど星間空間の物理・化学過程に重要な役割を果たします。

ダスト粒子は大きさが1マイクロメートルより小さく、様々な元素で構成されています。ダスト粒子のなかでも鉄を含むものは、星間空間で分子の形成を促進する触媒として作用すると考えられています。ただし、ダスト粒子中での鉄は、金属鉄、酸化鉄、硫化鉄、炭化鉄といった存在形態があり、それぞれ性質が異なります。つまり、鉄がダスト粒子中でどんな形態で存在しているのかを理解することは、星間空間での分子の形成や、分子が結合したダスト粒子の形成といった、物理・化学過程を理解するカギとなります。

これまでの銀河系内天体に対する観測を用いた研究では、ダスト粒子中の鉄は酸化鉄、炭化鉄、硫化鉄として含まれていると考えると、銀河系円盤の星間空間に存在するはずの鉄の量に足りないということが示されていました。

実験に用いた観測ロケットS-520-28号機

実験に用いた観測ロケットS-520-28号機。©北海道大学/JAXA

木村勇気准教授(北海道大学 低温科学研究所)率いる研究チームは、金属鉄として星間空間に存在する可能性を検証するため、微小重力環境で鉄のガスが固体になる実験を行い、その様子を観察しました。

鉄原子核は星の内部の核融合反応で生成されます。そして、星が死を迎えたときに他の多様な元素とともに星間空間へとまき散らされます。

今回、研究チームは、まず、鉄がガスから固体へと変化する過程に注目して実験を行いました。実験は、観測ロケットを用いて得られる約8分間の微小重力下(地上重力の約1万分の1)で行われました。

アルゴンを満たした実験装置の中に、温度約2230Kの鉄のガスを発生させ、冷却過程をその場観察しました。

観測ロケットS-520-28号機を用いて得られた微小重力環境中で行った鉄粒子の再現実験の二波長マッハツェンダー型干渉像

観測ロケットS-520-28号機を用いて得られた微小重力環境中で行った鉄粒子の再現実験の二波長マッハツェンダー型干渉像。(a)は"その場"観察したオリジナル画像、(b, c) は画像処理により緑と赤のレーザーによる干渉縞にそれぞれ分割した。干渉縞変化の屈折率依存性は波長により異なるため、(b)と(c)から温度と濃度の二つのパラメータを同時に求められる。スケールバーは2 mm。©北海道大学/JAXA

取得したデータから、核生成(※)の温度と濃度を決定し、鉄のガスの冷却率などから鉄同士のくっつき易さ(付着率)を見積もりました。

解析の結果、付着率は0.002%以下と非常に小さいことがわかりました。先行研究である地上の実験では付着率が1%から100%と見積もられおり、地上の実験の結果とは大きく異なる結果となりました。

今回の実験結果から、星間空間では鉄同士はくっつきにくく、すなわち、金属鉄を作りにくいということがわかりました。ダスト粒子で鉄は金属ではなく、何らかの化合物として含まれているか、もしくは不純物として他の粒子にくっついているのではないかと推測されます。実際、星が死を迎えるときは、鉄だけでなく様々な元素が同時に星間空間にまき散らされます。また、死を迎えた星の周辺には、様々な分子ガスやダストが分布しています。星の中で生成した鉄が冷え、固体となる過程、それがダスト粒子に取り込まれる過程には、多様な分子や化学過程が関係しているのかもしれません。

※核生成:物質の状態が変化するきっかけとなる現象。非常に局所的な領域で、熱力学的に異なる相が出現する。今回の研究の場合は、気体の凝縮・凝固において、気体から固体へと変化する際のきっかけとなる現象のことを示す。

発表媒体

雑誌名:Science Advances
論文タイトル:Pure iron grains are rare in the universe
(DOI: 10.1126/sciadv.1601992)

著者

木村 勇気 (北海道大学 低温科学研究所)
田中 今日子 (北海道大学 低温科学研究所)
野沢 貴也 (国立天文台)
竹内 伸介 (JAXA 宇宙科学研究所)
稲富 裕光 (JAXA 宇宙科学研究所)