現場で学ぶプロジェクトの進め方!
~「2022年度宇宙科学人材育成プログラム」参加学生・観測ロケット実験グループ長インタビュー~

S-520-32号機打上げの様子
S-520-32号機打上げの様子

2022年8月11日23時20分00秒、電離圏擾乱発生時の電子密度鉛直・水平構造観測を目的とした観測ロケット*1S-520-32号機が鹿児島県肝付町にあるJAXA内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられました。搭載観測機器のトラブルや、打上げ条件が整わず、当初予定していた日程から2度の延期がありましたが、打上げ後は予定通りに観測データを取得し、解析や研究が進められています!

本記事では、観測ロケットの打上げ機会を活用して実施された「宇宙科学現場体験プログラム」についてご紹介をいたします!本プログラムは2021年度からスタートし、「あいさすpeople」でも2021年10月8日にインタビュー記事「挑戦!観測ロケット打上げ現場で行う人材育成~「宇宙科学現場体験プログラム」参加学生&観測ロケット実験グループ長 インタビュー~」を掲載しました。

宇宙科学人材育成プログラム(観測ロケット)とは

観測ロケット実験機会を活用し宇宙科学プロジェクトの現場に実際に携わることで、宇宙科学プロジェクト実行にあたって必要となる知識、技術、考え方について理解を深めるとともに、相模原キャンパスで事前に実施するシステム統合試験を始めとした準備作業や内之浦空間観測所で行われる実際の打上げ運用への参加を通じて、プロジェクトの円滑な遂行に求められるプロジェクトマネジメントの一端を学ぶことを目的としたJAXA宇宙科学研究所(ISAS)の人材育成プログラムです。JAXA宇宙科学研究所(ISAS)で受け入れている連携大学院生等を対象に公募が行われ、2022年度は3名の学生が選ばれました。

2022年度はプログラム内容がより充実し、宇宙科学研究所相模原キャンパスでの座学研修、総合システム試験(嚙み合わせ試験*2)、JAXA内之浦宇宙空間観測所での打上げを含む現場研修、アウトリーチ活動と、2022年3月から始まり、1年弱のプログラムとなりました。

今回は、本年度参加した学生3名と、観測ロケット実験グループ グループ長である羽生宏人氏、受入担当のISAS職員鈴木岳氏に、このプログラムを通して学んだことや、現場で実施される人材育成はどのようなものか、お話を伺いました。

観測ロケット実験グループ長の羽生宏人教授、「宇宙科学人材育成プログラム」参加学生の小磯拓哉氏、板橋恭介氏、伊藤大智氏、科学推進部の鈴木岳氏
S-520-33号機 3分の1 模型(左から)観測ロケット実験グループ長の羽生宏人教授、「宇宙科学人材育成プログラム」参加学生の小磯拓哉氏、板橋恭介氏、伊藤大智氏、科学推進部の鈴木岳氏。
板橋 恭介

板橋 恭介(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻/藤田和央研究室 修士課程2年)
東京都調布市にあるJAXA調布航空宇宙センターにて、火星大気突入時におけるサンプルリターンカプセルに働く実在気体空力現象の実験的な解明を行っている。

伊藤 大智

伊藤 大智(総合研究大学院大学 物理科学研究科宇宙科学専攻/川勝研究室 5年一貫制博士課程3年)
研究内容は深宇宙探査の軌道設計やミッション設計。主に、深宇宙探査機が目標の天体に行くために、様々な制約が加わる中でどのように行くのがより効率的かを研究している。

小磯 拓哉

小磯 拓哉(東京大学大学院 工学系研究科 航空宇宙工学専攻/西山・月崎研究室 修士課程2年)
電気推進機を研究。特にイオンエンジンと呼ばれる電気推進機について、性能を向上させるための指針を見つけるべく、実験的な研究を行っている。

羽生 宏人

羽生 宏人(宇宙科学研究所学際科学研究系 教授 兼 宇宙科学研究所観測ロケット実験グループ グループ長)
宇宙ロケット燃料の材料や燃焼に関する研究を専門とし、技術開発や研究指導に取り組む。また観測ロケット実験グループでは、観測ロケット実験の実施だけでなく、「宇宙科学現場体験プログラム」での人材育成にも携わる。

鈴木 岳

鈴木 岳(宇宙科学研究所 科学推進部)
宇宙科学人材育成プログラム事務局にて、本プログラムのISAS側学生受入窓口を担当。

本プログラムに参加された理由を教えてください!

板橋インタビュー

板橋: 僕は自動車やオートバイなど乗り物が好きで、プライベートでもオートバイを0から作っているのですが、やはりロケットでも技術面に興味がありました。どのような搭載品があるのか、組み合わせや組み立て方、検査方法などを知りたいと思っていました。また、多くの人が関わる「ものづくり」や大きなプロジェクトでは、どのようなマネジメントがされているのか興味がありました。

伊藤: 2つのきっかけで参加しました。学部時代に所属したサークルで、長さ2m程のハイブリットロケットを製作した経験があるのですが、もっと大きなロケットはどう作られているのか、どんな複雑な技術になるのか、関わる人が増えてマネジメントも難しいのかなど、とても興味があり、実際に見たいとずっと思ってきました。加えて、自分の研究テーマが「ミッション設計」で、実際のミッションの進行はどんなことをするのか、どんなことを考える必要があるのか、特にマネジメントに興味があり、参加しました。

小磯インタビュー

小磯: 僕は研究でも電気推進機をテーマとしていますが、推進機に興味があります。化学推進と呼ばれるロケットについては、本を読めば学べる部分は多くありますが、実際はどういった準備、組み立てをして、打ち上げているかは本ではわかりません。理論と現実が乖離して、知らない部分があまりにも多いなと思っていたところにこの募集を知り、参加しました。

プログラムを通して、どんなことを学んだか教えてください!

小磯: 実際の現場では、知識や技術だけでなくマネジメントの要素を学ぶ機会が多くあり、とても勉強になりました。

伊藤インタビュー

伊藤: たくさんありましたね!現場のマネジメントというと、一番上の立場となるプロジェクトマネージャー(PM)は全体を監視して、各担当から報告を受けるイメージを持っていましたが、実際の現場では、現場の最前線にPMもいて、ローカルな話し合いや意見交換があって、徐々に方向性が決まり、全体がまとまっていきました。とても印象的でしたね。

羽生: 経緯や結果を記録する担当はいるけど、ローカルな場でのコミュニケーションは本音も聞き取れるからね。プロジェクトを進めるには、現場のスピード感に合わせて体制を組んで、組織的にどう現場を回すかが大切。マネジメントの一つのやり方として見てもらえたかなと思う。

伊藤: チーム作りの大切さを知りましたし、参加するまでは、マネジメントに必要な要素は工学的な技術や経験だとイメージしていましたが、心理学的な要素まで取り入れる大切さを知りました。

羽生: 100人以上の人が関わるプロジェクトを進めるには、テクニックが必要になる。場面によって対応も変わるから、理系的な理詰めで答えを出すだけじゃなくて、心理学や文系的な要素を理解したり、知識の幅を作っておくことも大事だね!

板橋: トラブルや延期を決断された場面など、見せにくい部分もすべて見せてくださいました。

小磯: 現場は完璧なものだとイメージしていましたが、親近感を感じる場面もありましたね。

羽生インタビュー

羽生: 格好悪い場面でもすべてつまびらかに現場を見せたいと思ってこのプログラムをやっているからね。トラブルが発生して右往左往している姿は、人間味があったでしょ?でも、結果を出す責任があるから、結果に対して何が必要かを考えていて、覚悟を持って対応している姿なんだよね。延期の判断も、様々なパターンを考えてベストな選択が何かを考える姿。どちらの場面もテクニカルな話は重要だけど、結局やっているのは人だから、人を相手にしたマネジメントも重要で、セットで考えないといけない。

板橋: 人と人の信頼関係も築けているから、あれだけ多くの人が協力してプロジェクトが進むんだなと、とても感動しましたね。

羽生: それ以外にも対外的な責任もあるし、天候にも左右される。プロジェクトを最後まで進めることは非常に大変なことだけど、プロの仕事を見てもらえたかなと思う。

機体系や電気系など、作業班に所属して活動されたと伺いました。日頃の研究とは違う分野となる班に所属されたとのことですが、専門的な知識はどのように理解されたのでしょうか。

板橋: 4月、5月に相模原キャンパスで行われた座学研修で、必要となる知識や考え方など、たくさんのことを教えていただきました。問題を投げかけていただくなど、主体的に理解を深められました!

噛み合わせ試験の様子
噛み合わせ試験の様子

伊藤: 嚙み合わせ試験に参加した際は、「こんなにも知らないことがたくさんあるんだ!」と実感しましたが、配られた資料で予習をして、次の研修で話を聞くなど、スケジュールが進むにつれてステップアップができ、最高の状態で内之浦宇宙空間観測所での現場研修に入ることができましたね。現場に入ってからも、1つ質問をすると、100返してくださる!と思うほど、みなさん丁寧に教えてくださり、すごく感謝していますね。

「嚙み合わせ試験」は、観測ロケット打上げに向けて重要な試験だと伺いました。多くの関係者も集まったかと思います。どのような現場でしたか?

鈴木: 彼らの現場研修の初日が、嚙み合わせ試験の現場でしたね。

板橋: 初日からいきなり、大の大人が激論を交わしている現場でした(笑)
関係者全員が一枚岩となって、同じ目線で観測ロケットに向き合っている!とわかる熱い議論が交わされていて、嚙み合わせ試験の重要性も知ることができましたね。

羽生: プロジェクトを進めるために、理屈まで内容を詰めて、だからこう!じゃあやれる!やろう!と進んでいく。あの本気で仕事をする空気感は、現場じゃないと絶対に見せられない。初日に驚いたと思うけど、仕事に対する姿勢を見てもらえたと思う。

伊藤: 僕のイメージしているJAXAはこれだな…と思いました。
その大激論を見た後に、「なんでも聞いていいからね!」と声を掛けてもらいましたね(笑)

一同: (爆笑)

鈴木: 現場で本気で仕事をしている人達と直接コミュニケーションをとる中で、受け身の「研修者」から、「プロジェクトの一員」になっていく彼らの姿を見ることができました。積極的に参加する姿は、こちらも勉強させてもらいましたね。

7月からはJAXA内之浦宇宙空間観測所での現場研修が行われ、2度の延期を経て迎えた8月11日の打上げ当日。当時の心境や感想を教えてください!

板橋: 延期が続き、いつ終わるかわからない、先が見えない不安も感じていました。研修生である僕以上に、関係者の方の苦労は計り知れないなと想像していました。

小磯: 当日、僕はたくさんの関係者の方と一緒に管理棟にいました。これまでの延期や、当日も打上げ時刻が後ろ倒しになったこともあり、最終的な打上げの時は感動よりも「やっと打ち上がったー!!」と、みんなで安堵したことが印象に残っていますね(笑)

伊藤: 僕はロケットの打上げ射点のすぐ近く、半地下の場所にいて、やはりこれまでの延期を思い出し不安にもなりましたが、最終的に部屋の小窓から打上げを見ました。その瞬間は、感情が無になるというか…。爆音を聞いた記憶があまりない程、炎のすごさが印象的で、いっぱいの炎に包まれるような、今までに見たことのない景色でした。

板橋: 僕は思っていたよりも音が大きくて度肝を抜かれました!人生で聞いたことのない大きな音で、内臓を音で殴られたような感じ。すごいものでしたね!5か月間ずっと見ていた機体が一瞬で宇宙に吸い込まれていって、あっけなくて寂しかったですね。

鹿児島県肝付町での滞在で、印象に残ったことは?

板橋: 町全体に溢れる「ロケット期待しているからね!がんばってね!!」という雰囲気は想像以上でした!食堂や居酒屋で歓迎していただいたことや、打上げ日までのカウントダウンの看板、町中にあるロケット型のモニュメント、ロケットデザインのお土産などからも、注目を感じました。漁協や航空局の方など打上げによって影響がでる関係者の方だけではなく、地元のすべての方と信頼関係を築いてきたからこそ、今プロジェクトが成り立っているんだなと感じましたね。

伊藤: 肝付町への表敬訪問の際にも、町の方から見たロケット打上げの歴史の話を聞き、僕らが事実として理解していたものが、より生活に密接した歴史なんだと知り、もっと頑張ろうと思いましたね。

のぼり
町中に掲げてある「のぼり」
表敬訪問
肝付町への表敬訪問の様子。(左から)宇宙科学研究所 藤本正樹副所長、板橋氏、肝付町 福元了副町長、伊藤氏、羽生教授、宇宙科学研究所 山下洋参事。

羽生: 地元への影響は、経済効果も含めてとても大きい。サイエンスを目的とした観測実験だけど、僕らが背負っている責任は大きい。そこは研究室にいるだけじゃわからない。だから内之浦に行くことはすごく意味があるんだよね。

本プログラムには、アウトリーチ活動があると伺いました。

鈴木インタビュー

鈴木: アウトリーチの経験もこのプログラムのポイントになっています。現場体験を終えた彼らに今度は教える側になってもらい、より若い世代の人材育成をしてもらいます。本年度は鹿児島県肝付町の宇宙少年団に所属する小・中学生の子供たちに宇宙科学の魅力を伝える、完全オンラインのイベントをお願いしました。テーマ決めから、子供たちが最後まで楽しむための工夫、準備、当日の進行確認など、すべてのハンドリングを積極的にしてくれました。

重要なプロジェクトが進行している現場での人材育成。宇宙科学研究所だからできる貴重なプログラムですね!

鈴木: 宇宙科学の次世代を担う人材を発掘する機会としても、しっかり続けていきたいですね!

羽生: これからの人を育てる、大事な仕事をしていると思う。
長く現場で働く人にとっても、こういう機会に、若い世代が入ってきて、彼らが真面目に一生懸命研修をしていたり、質問をしてくれたりすることは、それだけで嬉しい。仕事の価値に改めて気付いて、ハリがでたりするんだよね。現場でしかわからない経験や知識を伝えたいって想いも潜在的にあるから、バランスのとれた距離感でコミュニケーションがとれる。現場だからこそできることだと思う。

鈴木: このプログラムをサスティナブルにするためには、受け入れ先となる現場にとっても、意義がわかる結果や成果を地道に積み上げることも重要だと思っています。人材育成の意識向上という意味では現場の方にも様々な気付きが得られる機会ではありますが、実際は負担もあると思います。学生が得られる価値と同じように、現場にとっての価値も充実させていきたいですね!

最後に、感想を聞かせてください!

板橋: 一番印象に残っているのは、プロジェクトに関わる方が全員プロフェッショナルだったことです。マネジメントの立場であればマネジメントの、技術的な立場であれば専門的なバックグラウンドがないと、プロジェクトに参加をしても到底役に立てないなと思いました。今自分がするべきことは自分の専門性を深めること、ただ深めるだけではなく、技術的なこと以外にも視野を広げて、アンテナを張り続けることが大事なのかなと思いました。

伊藤: 元々、マネジメントやミッションの推進に興味があり参加しました。プログラムを通して見たものは、自分には到底真似できないマネジメントでしたが、自分だったらどうするかなど、色んなことを考える機会になりました。今後も研究を続けて、自分の興味と知識の幅を広くして、将来ミッションを進められる人材になれたらと思っています。

小磯: まず一つは、とにかく多くの方が関わる現場を目の当たりにして、宇宙科学のプロジェクトに関わるには、JAXAだけではなく多くの選択肢があるなと感じました。もう一つは、ものごとの進め方を学びました。宇宙科学のプロジェクトに限らず、研究室など、ローカルなコミュニティの課題にも役に立つことでした。今回の経験を今後に、そしてさらに大きなことに繋げていきたいですね!

羽生: プログラムを通して3人の雰囲気も随分変わりました。教育効果はあったと感じています!今後も彼らには大いに期待していますよ!

2022年12月14日に実施した修了式の様子
2022年12月14日に実施した修了式の様子

  • *1 観測ロケット : 衛星を打ち上げる際に使用されるロケットとは異なり、ロケット自身が宇宙空間を飛びながら落下するまでの間に観測を行う。計画立案から観測実験の実施まで、迅速な対応が可能であるため、短期間で実験成果を得ることができる。
    観測ロケットS-520-32号機実験の実施について
    観測ロケットS-520-32号機 打上げ結果について
  • *2 嚙み合わせ試験 : ロケット打上げ以前に実施される試験。観測ロケットに搭載されるすべての機器を相模原キャンパスに集め、机上での配線・動作チェック、機器を組み合わせた後の動作チェック、振動/衝撃試験、スピンタイマ試験等を行い、設計通りに動作するか確認を行う。

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