挑戦!観測ロケット打上げ現場で行う人材育成
~「宇宙科学現場体験プログラム」参加学生&観測ロケット実験グループ長 インタビュー~

S-520-31号機打上げの様子

2021年7月27日 5時30分00秒
観測ロケット*1 S-520-31号機が鹿児島県肝付町にある内之浦宇宙空間観測所から宇宙へ向かって打ち上げられました。

打上げは、台風による延期というアクシデントに見舞われたものの、世界初の宇宙空間でのデトネーションエンジンシステム(DES)*2飛行実証や、観測ロケット実験データ回収モジュール(RATS)*3の洋上回収に成功するなど、華々しい成果を挙げました。そんな素晴らしい成功をおさめたロケット打上げの現場では、同時に新たな試みに挑戦するプログラムが実施されていました!

「観測ロケットS-520-31号機の現場機会を活用した宇宙科学現場体験プログラムの実施」

政府レベルでも次世代の人材育成について様々な議論がなされている中、今回、観測ロケット打上げ機会を活用する形で、試行的に研修生の受け入れが実施されました。
今回の「宇宙科学現場体験プログラム」では、

  1. 宇宙科学プログラム実行の上で必要となる知識、技術、考え方についての基礎的な理解を深めていただきつつ、
  2. 分野を超えた体験や、
  3. JAXA若手技術者等との交流、
  4. 組織活動や社会におけるプロジェクト実行についての体感を通じ、
  5. 専門や学問領域に留まらない視野を広げていただくこと 

を目的とし、宇宙科学研究所で受け入れている連携大学院生等を対象にした公募を通じて選ばれた学生3名+種子島宇宙センター在勤の若手職員4名に現場作業を経験する機会が提供されました。

日本の宇宙開発の父とも呼ばれる糸川英夫先生の全身立像(2012年建立)の前で。
(前段左から)「宇宙科学現場体験プログラム」参加学生の玉井亮多氏、中小路健氏、中澤淳一郎氏と、(後段)観測ロケット実験グループ長の羽生宏人准教授

本記事では、「宇宙科学現場体験プログラム」に参加した学生3名にお話を伺い、彼らを受け入れた羽生観測ロケット実験グループ長に人材育成への想いを語っていただきました。

玉井亮多(東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻/小川博之研 修士課程1年)
研究テーマは最近確定したばかりで、再使用観測ロケットの空気力学の研究に関わる予定。博士課程の先輩の実験を引継ぎながら、実験装置の使用方法を学んだり、研究テーマについて考えたりしている。普段はJAXA宇宙科学研究所(相模原キャンパス)にて惑星風洞実験室等で実験を行っている。

中小路健(東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻/羽生宏人研 修士課程2年)
研究内容は、新導入を目指すロケット燃料を安全かつ安価に量産化するためのデバイス作製。実験計画・作業計画・安全管理計画等を自分で立案し、関係企業との調整・打合せを重ねて共同研究を進めている。

中澤淳一郎(総合研究大学院大学物理科学研究科宇宙科学専攻/鈴木志野研 5年一貫制博士課程1年)
専門分野はアストロバイオロジー。地球外での生命探査をしたい。アストロバイオロジーの関連分野は多岐に渡るため、幅広く先行研究などを学ぶ一方で、実際に、サンプル捕集機構の装置開発を行っている。

羽生宏人(宇宙科学研究所宇宙飛翔工学研究系准教授 兼 宇宙科学研究所観測ロケット実験グループ長)

このプログラムに参加した理由を教えてください。

玉井亮多(以下、玉井): 僕の研究テーマは再使用ロケットで、飛行機のように定常的な運用を目指しています。しかし、僕自身はロケットの打上げを見たこともなければ、どういったプロセスで運用されるのか何も知らなくて。機体設計には直接関係せずとも、将来の宇宙往還輸送のイメージづくりのために、観測ロケット運用の流れを知っておきたかったんです。本を読めば書いてあることかもしれませんが、せっかくの機会に目で見た方が早いと思い、応募しました。

中小路健(以下、中小路): 自分はプロジェクトマネジメント面を観察したくて参加しました。修士課程を1つのプロジェクトとして捉え、達成すべき目標に向かって期日までに成果を出すという意識で、日頃から研究をマネジメントしています。その過程で、企業との調整や実験計画書立案から遂行まで自分なりに考え、研究を進めていますが、実際にプロのスケールではどう進めているのか興味がありました。自分の研究で仮説通りにいかない時は、解決に時間をかけすぎたり、問題分析が甘かったりしますが、数ある産業の中でもプロジェクト規模の大きなロケット打上げの現場では、不具合が起きた際にどういった調整を行い、リカバリーするのか注目していました。

中澤淳一郎(以下、中澤): 生命探査のためのサンプル捕集機構を開発するにあたって、打上げロケットの条件がどんな影響を与えるのか考慮する必要があります。ロケット、探査機、サブシステムを1つの飛翔体として考えると、ロケットのこともきちんと把握しておかなければならないというモチベーションで参加しました。

内之浦での所属担当と、どんなことを学んだか教えてください。

玉井: PS(電源)班所属でした。PS班単独での作業は少なく、他班と連携して作業を進めることが多かったです。電気周りの作業については、どんなことをしているのか、全体的に把握することが出来たと思います。JAXA職員だけでなく各メーカの方が多く集まっており、社内ルールや作業ノウハウ等に違いがある中で共同作業を進める大変さを知りました。大学で研究しているだけでは知り得ない、仕事における大人の姿勢を学べました。

羽生: 彼の研究テーマがロケット輸送なので、敢えて異分野である電気関係に配属した。自分が既に知っている分野は学びやすいし、興味があれば自ら追究する。逆に知らない分野を全体的にふわっと理解できれば今後の学びへの取っ掛かりやすさが違ってくるので、そういった目論見もあって配属先を決めた。

中小路: 映像記録班に所属しました。様々な班を周りながら記録をとることで、プロジェクト全体を俯瞰できました。台風による延期があったので、天候判断会議にも記録班として参加しましたが、そこで一番感じたことは、参加者全員の「絶対打ち上げる!」という強い気迫。あらゆる可能性を考えて最適な打上げ日を導き出す必要がある場面で、「疲れて早く打ち上げたい」などといった個人の感情は一切介入させずに考えきるキーマン達の精神力には圧倒されましたね。

羽生: 良いことを教えているよね、僕ら(笑)。こういった人材育成のポテンシャルが観測ロケット打上げの現場にある。それが、組織的価値を高めている。天候判断会議に参加させたもう1つの理由は、宇宙に行く実験でも地球環境に大いに苦しめられると知ってほしかったから。気象の理解も大切だと分かってくれたと思う。

中澤: ロケット班で活動しました。サンプル捕集機構のコンタミネーションの原因がロケット由来である可能性を示唆する先行研究があったので、組み立て現場で実際に使用されている素材・用途・場所・量などを1つ1つメモし、JAXAのアウトガスデータベースと照らし合わせて、自分の開発装置への影響を定量的に評価しました。ロケットの組み立て作業を見学して印象的だったのは、完成後のチェックで気になった結合部分のひっかかりを丁寧に塗り直していたこと。地味で細かい作業ですが、こういったこだわりが積み重なってロケットの性能に繋がるのだと学びました。正に、教科書には載らない、現場にいたからこそ目撃できた作業でした。探査機開発に携わる身として、ものづくりへの正しい姿勢を勉強させてもらいました。

羽生: そういった細かい作業は、観測ロケット固有ではなく、全般に通ずる。作業の緻密さを知ることは非常に大事。

中澤: これって意味あるのかなと思っても、時間があって出来ることならば全部やろうという思想を感じました。

中小路: やりすぎるくらいでちょうどいいという雰囲気はありました。

羽生: 万全と言えるまで追い込まなければならない。正に一発勝負で、発射後には修正できないという恐怖があるから最後の最後まで念入りに作業するんだよ。

打上げ時の感想は?

玉井: 3人の中では最も発射点に近いところにいました。半地下だったので、打ち上がるロケットは見えませんでしたが、音は聞こえました。バリバリバリッという何かが裂けるような、障子が破れるような音は意外でした。正直に言うと、打上げに感動したということはなくて、ほっとしたという感じ。延期などのトラブルを乗り超え、やっと打上げまできて、最後はこれでとりあえず成功かなと思うとほっとしたというのが一番の感想です。

中小路: 一緒にいた本部の人達は「打ち上がって当然だよね」という感じで、盛り上がりはありませんでした。僕自身は打上げを見て虚無感や切なさがこみあげてきました。懸命にプロジェクトを進めてきたのに、たった数秒で打ち上がっていく姿や、海に落ちて帰ってこないのかと思うと、「あ~。行っちゃった~…。」という寂しさが強かったです。遠く離れたところから見ていたせいもあるかもしれません。でも音は、自分の耳が壊れたかと思ったくらいすごくて、音割れしたような感じでした。

回転デトネーションエンジン(RDE)の宇宙空間での世界初の作動の瞬間。画面右は宇宙空間から撮影された地球。本画像データはRATSにて洋上回収した。©Nagoya University, JAXA

中澤: 僕は2人よりだいぶ離れた管制室にいました。データを生で見たかったし、管制室でのPI(Principal Investigator(主任研究者))の立ち居振舞いを知りたかったから。感想はとにかくすごかった!DESに搭載したカメラ映像をリアルタイムで見ていましたが、光が入って映像が映し出された瞬間、まさに宇宙!地球の丸い輪郭が見え、空の色がだんだん暗くなるグラデーションが見え、エンジン点火――その瞬間、開発に携わっていた名古屋大学の人達が「うおおおお!!!点火したぞおおお!!!!」って(笑)。打上げで一番面白かったのは絶対あそこだ!って言えるくらい興奮しました!その後「RATS分離した!」という声とともに、緑色のものがひゅーっと過ぎ去るのも見えました。自分が携わったものが宇宙空間で作動するのを確認できたことは初めてでしたし、これだけの時間と金と人をかけて開発してきたものが大成功する瞬間に立ち会えて、周りの人達の興奮にあてられて、びっくりしてしまいました。打上げ終了後、先生方が関係者1人1人に深々と頭を下げて感謝を述べている姿も感動的でした。

羽生: あの映像を見られたのは貴重だね。遡ると、この実証実験に対してはネガティブな意見がゼロではなかった。画期的なことを成功させるには逆風はつきものだが、結果を出せば流れは変わる。逆風をそよ風と思って気持ちよく浴びる姿勢が大事。

中澤: 逆風から学べることもあると感じます。意見を聞き、その観点で検討し直すことは、新しいアイデアに繋がりますよね。

羽生: 否定的な意見はあたかも不可能だと言われているかのように感じてしまうが、別の視点の意見として捉え,別解を導き出すことが大事で、それが物事を変える原動力になる。心を折らさずに、「いやいや、俺は絶対成し遂げる!」という気持ちがないと研究は前に進まないと思う。

印象に残った出来事

肝付町長表敬訪問の様子。(左から)峯杉賢治USC所長、羽生宏人准教授、藤本正樹副所長、永野和行肝付町長、玉井亮多氏、中小路健氏、中澤淳一郎氏、永野秀明肝付町企画調整課長

玉井: 肝付町長への表敬訪問。大規模な実験を進めるためには、地元の方々の生活まで考えなければならないというのは印象的でした。肝付町を実際に見て、歩いて、町の人の話を聞いて、打上げの経済効果などについて考えさせられました。

中小路: 「何しに来たの?」と尋ねる地元の方に、「ロケットを打ち上げにきました」と言うと、すぐに理解してもらえ、「頑張ってね。」と返してもらえました。地元の方々が、ロケット打上げを自分事のように捉え、関心をもってくださるのは、今までの宇宙研と地元の方とが築き上げた信頼関係の賜物だと感じました。

羽生: 「宇宙研とは何か」を知る上で、内之浦に行かなければ分からないことがある。行く意味があった。

今回の「宇宙科学現場体験プログラム」では、地元貢献を目的としたアウトリーチ活動として、楠隼中学校・高等学校宇宙部の学生へ向けた講演なども行ったそうです。

観測ロケットの現場で人材育成をするという計画は前々から計画されていたのですか?

羽生: これまで人材育成と言わずにやってきていたから出来ると思っていた。プロジェクトが思い通りに進まないという課題の原因は、プロジェクトマネジメントの根幹部分の理解が浅いから。僕は、ミニチュアサイズのプロジェクトで実体験を伴うマネジメント経験を積む場があれば改善すると主張している。実は、観測ロケットのマネジメント計画にはシステムズエンジニアリング(SE)・プロジェクトマネジメント(PM)の考え方が埋め込まれており、一通り経験すれば計画マネジメントとは何たるかが分かるようになっている。段取りが分かるように観測ロケット管理計画書を作成し、ロケットに搭載させるものはこう作ってくださいということを記載したユーザーハンドブックも作成した。全て宇宙研の科学プロジェクトのミニチュアとなっている。観測ロケットが宇宙研に存在する必要性は、科学ミッションを遂行する人材をトレーニングするためでもあると思っている。

今回は学生が対象ということですが?

羽生: 卒業後就職する人でも、マネジメントのコアな部分を掴めればよい。博士課程まで進みたい人は、このプログラムで科学ミッションを進めることへの理解が深まる。ハンドブックなどは研究者になった際にも役立つ。今回は短期間だったこともあり、敢えて配属先は専門分野と逆サイドに振って、視野を広げる機会を提供した。こういった経験を経て、様々な場所での社会性やコミュニケーションを身につけることができる。

コロナ禍で従来通りの交流は難しい時期でしたが?

羽生: 飲み会のような交流の場を失って、改めてこれも大事だったと痛感した。人材育成は教える側と教わる側がセット。我々のような経験者が、どういう役割や心構えで人材育成に携わるかということもテーマの1つで、昔ながらの交流の場は教える側の役割を認識できるよい場であったと再認識した。

中小路: これまではベテランの先生方をすごい人だと神聖化し、距離を感じてどうも接しにくかったのですが、内之浦で作業に取り組む姿や、不具合があって慌てる姿、意見を真正面からぶつけ合う姿など、人間くさい部分を見て、自分達と同じだと親近感がわきました。

羽生: 観測ロケットの打上げ現場は、熟練者が正直で誠実に仕事に取り組む姿を見せ、若者との距離感を縮める大事な場だと感じた。面白い仕事ができる職場をよりよくするために、こういった現場感を大切にしながら、狙いどころを明確にした人材育成プログラムに取り組むべきだと感じた。

本プログラムの課題について

羽生: 僕としては、計画の最初からゴールにどうたどり着いたかという部分も見てほしかったという思いがある。

玉井: 見たかったです。せめてかみ合わせ試験から参加できればと感じました。

羽生: フライトオペレーションだけに参加しても、ここで何のチェックをしているのか疑問に思ったはず。今回のプログラムでは前半工程が抜けていた。次回は改善しよう。

中澤: 探査機とロケットのインターフェースについて調べたいと話したら、「それならもっと最初の段階から参加しないと意味ないよ」と言われてしまいましたね(笑)

羽生: 実は、参加時期については様々な議論があった。今回は、学びのポイントが少ないという懸念はあったが、人材育成目的でフライトオペレーションに学生を参加させるというプログラムを実行に移せたことは大きな一歩だった。

最後に、今回の経験を今後どのように活かしていきたいか、その先の夢などもあれば教えてください。

中小路: ビジネスで世界的大規模なインパクトを与えたいと思っています。ジャンルも、手段も決まっていませんが、最終的には世の中を良い意味で震わせるようなでかいことをしたいです。そのためにもプロジェクトマネジメント面は重要。今回の「宇宙科学現場体験プログラム」を通して、良いロールモデルを自分の肌で感じることが出来たので、夢への道が少し切り拓けた感じがしています。この経験を活かして、まずは就職先で着実にステップアップしていきたいと思います。

中澤: 中小路君の夢のスケールがでかすぎたので、僕は敢えて小さなスケールで話します。配属先のロケット班では、沢山のことを教えていただきました。JAXAの方々へ「本当にありがとうございました。今後皆さんと宇宙関係のお仕事でご一緒させていただく機会があれば、よろしくお願いします。」とメールを送ると、「学びがあってよかったです。中澤くんは宇宙研で仕事があればご一緒したいと仰っていますが、それは丁重にお断りします」と返信がきました(笑)

一同: (爆笑)

中澤: でもそのメールの最後に「PS…出世返しくらいは期待しているね」とあったので、納得していただける出世返しをできるよう、ひとかどの男になりたいです(笑)

玉井: 僕はロケットに興味があります。自分の将来について考えるとき、就職するのかJAXAに残るのかが一番大きな悩みどころ。流行りのロケット開発で、自分がどう関わりたいのか、作る側か、概念的な部分も携わりたいのかということが分岐点になると思います。今回の配属場所はロケット運用ではありませんでしたが、JAXA職員よりもメーカの方々が多かったので、メーカに就職するとこういう関わり方をするのだと具体的にイメージができました。そういった面で、将来の進路選択に今回の経験は大きく活きてくると思います。


「宇宙科学現場体験プログラム」を通して、様々な経験や学びを得た彼らの今後の活躍に期待したい。


  • *1 観測ロケット:衛星打上げ用のロケットとは異なり、ロケット自身が宇宙空間を飛びながら落下するまでの間に観測を行うものです。計画立案から実験実施まで迅速な対応が可能であり、短期間で実験成果を得ることができるため、将来の人工衛星や惑星探査機などに搭載を予定している新しい観測装置や技術要素の機能や性能の確認試験としても優れた機動性を発揮しています。
    (関連URL:https://www.isas.jaxa.jp/missions/sounding_rockets/
  • *2 デトネーションエンジンシステム(DES):極めて高い周波数(1~100kHz)でデトネーション波や圧縮波を発生させることにより反応速度を格段に高めることで、ロケットエンジンを革新的に軽量化し、また、推力を容易に生成することで高性能化します。宇宙飛行実証実験の成功は、デトネーションエンジンが深宇宙探査用キックモータ、ロケットの初段・2段エンジン等への実用化の可能性を大いに高めました。
  • *3 観測ロケット実験データ回収モジュール(RATS):実装された小型メモリを使って大容量データ(高画質映像、画像等)を取得します。洋上落下後の回収が実現されたことにより、新たなサンプルリターンの成立性を示すことが出来ました。また、記録された画像情報等も正常に取得されました。
    (関連URL:https://www.isas.jaxa.jp/topics/002693.html

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