XRISMプロジェクトでは、ASTRO-H「ひとみ」衛星の運用中に異常事象を起こしたことからの教訓として、「運用準備」の活動にプロジェクトの初期の段階から力を入れてきました。これまでの宇宙研の科学衛星では、「運用準備」と銘打った活動はあまりなかったかもしれません。昨今、開発するシステムが大きく、複雑になり、設計・開発・運用を分業せざるを得ない状況です。そのため下手をすると、設計・開発したシステムは、運用できないシステムだったということが起こりかねません。そうならないように、設計段階で、運用のことを考慮した設計になっているか、設計ではどういう運用を想定しそれは無理なく運用できるか、を確認する必要があります。また、開発試験段階では、ミッション達成に対して制約が発生していないかを確認し、「ヒト」が運用を行えるように準備を行うという「運用準備」活動が不可欠です。ちなみに、科学衛星だけでなく、JAXA全体でもこの「運用準備」の重要性が認識され、2020年3月に「運用準備標準(JERG-2-701:一般公開)」という文書が制定されています。

さて、ここからはXRISMでの運用準備活動を振り返ってみたいと思います。まず、最初は、「運用コンセプト」の制定です。これは、システム要求の前提となっている運用方針の大枠をまとめたものになります。運用コンセプトの中で、「科学運用」についても「科学運用準備」として、前もって行なっていくプロジェクト計画としています。(「科学運用」、「科学運用準備」については後日、この連載で紹介予定です。)

「運用コンセプト」制定の次に行ったのが、「XRISM運用計画書」の作成です。ASTRO-HのリカバリーミッションでもあるXRISMでは、衛星システムの設計は基本的にはASTRO-Hのそれを踏襲します。そこで、ASTRO-Hの運用シナリオを改めて見直して、XRISMではどういう運用を行う計画なのかを明文化しました。併せて、初期段階の運用方針、異常発生時の対処方針、運用体制の方針をまとめ、総括PDR(Preliminary Design Review) 時点で、初版の「XRISM運用計画書」を制定しました。また、XRISMでは、NASAがプロジェクトレベルでの国際協力となっていることを踏まえ、NASAの運用担当エンジニアにこの運用計画書をレビューしていただきました。

続いて、運用計画書をもとに、運用の成立性を確認する運用設計解析を衛星システムメーカーに行ってもらい、衛星運用文書の作成に入りました。衛星運用文書は衛星システムメーカーが取りまとめます。が、ミッション機器サブシステムについては、ミッション機器チームに協力してもらい、JAXAが取りまとめ、源泉文書を作成します。また、運用に関して、衛星運用チームが実際に行う手順を、衛星運用マニュアルという文書にまとめます。現在、これらの文書作成、整備という作業を行うとともに、運用者が確実に運用できるような訓練計画、リハーサル計画の策定を、進めているところです。

XRISMでは、安全、確実な運用を行えるように、地上の運用システムに新たにいくつかの機能を導入しました。そのうちの2 つを紹介したいと思います。

1つ目は、衛星シミュレータです。この衛星シミュレータは、衛星搭載計算機である、データ処理系と姿勢軌道制御系の計算機を模擬し、同じソフトウェアが動くようにしたものです。初期のクリティカル運用のリハーサル(緊急事態のシミュレーションも可能)に活用するとともに、総合運用性試験での運用成立性の確認、運用チームの訓練に使用する予定で、さまざまなシナリオの準備を進めているところです。

もう1つは、衛星自動監視システムです。衛星の異常を即座に判定できるものです。宇宙研の衛星に共通のソフトウェアとして、すでに現行の衛星にも使用されていますが、XRISM用に、監視ルールを整備し、衛星総合試験(電気試験、熱真空試験)で使用しながら、監視ルールをブラッシュアップしているところです。

打上げまでは、文書用意、訓練、リハーサルとハードな「運用準備」活動が続きます。それで、打上げ後は余裕を持って、安全確実な「運用」を実施できればと考えています。

衛星シュミレータ

衛星シミュレータ。一番左は、衛星シミュレータにコマンドを送信する端末。一番右が衛星シミュレータの本体ハードはごく普通のパソコンです。

【 ISASニュース 2022年9月号(No.498) 掲載】