太陽系の水のルーツをたどって

私が神戸で暮らすようになってからもうすぐ3年がたちます。神戸の街は南を大阪湾、北を六甲山地に囲まれていて、方角を指すのにも「海側」「山側」と呼んだりしますが、私はその「海側」に住んでいます。自宅からも海の水面が輝いているのが間近に見られます。この海はとても穏やかで、海辺を歩くだけで心の落ち着きや癒やしを感じられます。

海も含めて、私たちにもっとも身近な物質である「水」ですが、この地球の水が、地球が形成されたときからあったものか、あるいは形成後に外部からもたらされたものかは、まだ完全には解明されていません。一方、近年の研究で、太陽系内の他の天体にも、現在、あるいは過去に何らかの形で水が存在していたことがわかってきました。その中で、地球に水をもたらした有力な候補の1つとして考えられているのが小惑星です。

小惑星に水を探す

小惑星とは、主に岩石からなる、直径が1,000 km 以下の小さい天体です。私たちの住む太陽系にこれまでに79万個以上存在することが確認されています。これらは、太陽系が作られた約46億年前の姿をほぼそのまま残している「太陽系の化石」のような天体です。この小惑星に水があると考えられているのです。ただし、川や海のように表面に液体の水が流れているのではなく、天体の内部で起こった水と岩石の化学反応(水質変成作用)によって生成された、水を含む鉱物「含水鉱物」として水を湛えていると考えられています。含水鉱物は地球で採集される隕石に含まれていることが知られていて、そうであれば、その隕石のふるさと(母天体)である小惑星にも含水鉱物があるはずです。この含水鉱物は氷が昇華する温度より高温の環境でも比較的安定に存在する物質であるため、含水鉱物を探すことで、小惑星に水が存在しているかがわかります。

小惑星にどのような物質があるかは、望遠鏡を使った分光観測によって調べることができます。特に、赤外線の波長域には可視光では見られないような分子、氷、鉱物などさまざまな物質の特徴的なスペクトル成分が存在するので、太陽系天体の構成物質を捉えるには赤外線分光観測はとても重要になります。ここで着目する含水鉱物が波長2.7 µm付近のスペクトルに特徴的なパターンを示すことは以前から知られていました。しかし、地上の望遠鏡からは地球大気中の水蒸気や二酸化炭素による吸収や放射の影響により、この波長帯を観測することが原理的にできません。ハワイ島には標高4,200mのマウナケア山があり、山頂では大気圧が平地の60%程度にまで減り、気候が比較的安定していて乾燥しているため、世界有数の天文観測に最適の地であり、日本のすばる望遠鏡をはじめとする大型望遠鏡が並びますが、それでもこの大気の呪縛から逃れることはできません。そのため、大気の外、つまり宇宙空間から観測をすることが必要になります。しかし、人工衛星に搭載された望遠鏡での観測についても、検出感度が十分でなかったり、観測波長がカバーしていなかったりしたため、小惑星に水がどの程度含まれているかは、これまでほとんどわかっていませんでした。

「あかり」による小惑星の赤外線分光観測

2006年2月に打ち上げられた日本の赤外線天文衛星「あかり」には、波長2~5µmの赤外線における分光観測を行う機能が搭載されていました。私たちは「あかり」のこの機能を用いて、2008年5月から2010年2月にかけて小惑星の分光観測を行いました。「あかり」の主目的は全天を一様に観測して宇宙の地図を作る「全天サーベイ観測」だったため、分光観測のように特定の星を一定時間じっと見続ける「指向観測」には、必ずしも最適化されていませんでした。さらに、小惑星は太陽の周りを公転しているため、いつも同じ方向に位置しているわけではなく、天球面上を移動していきます。つまり、目的の小惑星を見ようと思っても、望遠鏡を向けるべき方向は時々刻々と変わっていくのです。他の星や銀河などの観測との競合を避けて小惑星の観測を行うのは至難の業でしたが(ISASニュース2009年4月号(特集号:赤外線天文衛星「あかり」)「すべては私の手の中に......!『あかり』観測スケジューリング」を参照)、2年弱の限られた期間に小惑星66天体の分光観測を行うことができました。

観測データの解析にも大きな困難が待ち受けていました。「あかり」の観測装置はプロジェクトチームの「手作り」なので、そのデータも、できあいのソフトウェアを使って処理できるものではなく、チームで独自にプログラムを開発しなければなりませんでした。また、観測装置の特性を正しく評価するためには星や銀河のデータも必要であり、それには多くの研究者の協力がありました。さらに、観測した2~5µmの波長には、本研究で注目したい小惑星の太陽反射光の成分だけでなく、小惑星自身が発する熱放射の成分も含まれるため、それぞれの成分に分離することも骨の折れる作業でした。このような事情があって、小惑星のスペクトルが得られるまでには観測から10年の月日が流れてしまいました。

多くの困難の末に、ついに小惑星64天体の赤外線スペクトルが得られました(どうしても正しい評価のできなかった2天体を除きます)。これまでに波長2.7 µm付近の小惑星の含水鉱物のスペクトルが確実に得られていたのはアメリカの探査機Dawnによる1 Ceresの一例だけだったので、この数は圧倒的な進歩です。

図1「あかり」で得られたC型小惑星の赤外線反射スペクトル

図1 「あかり」で得られたC型小惑星の赤外線反射スペクトル。波長2.7 µm付近(緑矢印の位置)に含水鉱物に起因する吸収の特徴が見られる。また、波長3.1 µm付近(青矢印の位置)には、氷やアンモニア化物など他の物質の存在の特徴が見られる。

C型小惑星の赤外線スペクトル

「あかり」で得られた小惑星のスペクトル、特にC型小惑星17天体のスペクトルを見てみると、波長2.7 µm付近に含水鉱物に起因する特徴が明確に現れていました(図1)。C型小惑星は水や有機物に富むと考えられてきましたが、実際に多くのC型小惑星に含水鉱物が含まれていることが、今回初めて明らかになったのです。さらに、観測された2.7 µm付近の吸収の深さは天体ごとに異なり、他に3.1 µm付近に氷やアンモニア化物など他の物質の特徴を示すもの、あるいはほとんど吸収を示さないもの、というように、スペクトルの特徴の現れ方にいくつかのパターンがあることもわかりました。

図2 C型小惑星の2.7 µm付近の吸収のピーク波長と吸収の深さの関係

図2 C型小惑星の2.7 µm付近の吸収のピーク波長と吸収の深さの関係。マークの違いはC型小惑星のサブグループの違いを表す(Bus-DeMeoスペクトル分類による)。含水鉱物に起因する吸収が検出された17天体のうち13天体は矢印で示されるように右上から左下にかけて分布しており、小惑星が形成された後に経験した二次的な加熱(加熱脱水作用)の痕跡を反映したものと考えられる。

さらに詳しく調べてみると、波長2.7 µm付近の吸収の深さと、もっとも深くなるピーク波長との間に明確な傾向が見いだされました(図2)。このような結果が出ることを、私たちはまったく予想していませんでした。吸収の深さは含水鉱物の量、すなわち水を含む割合を示します。ピーク波長は含水鉱物中の組成のわずかな違いが反映されています。C型小惑星は地上の望遠鏡を使った観測から、B、C、Cb、Cg、Cgh、Chなどのサブグループに分類されます。含水鉱物の一種は可視光のスペクトルに特徴的なパターンを示すものがあり、それが検出された小惑星はCgh型やCh型に分類されています("h"はhydrated─含水の意─の頭文字から付けられています)。確かに、Cgh型やCh型に分類されている小惑星は波長2.7 µmの吸収が深く、水を多く含むことがこの図から明確に示されます。それだけでなく、可視光の波長域ではその兆候が見られなかった他のC型小惑星にも、広く水が存在し、さらに水を含む量と含水鉱物の組成の間には一定の傾向があるというわけです。この傾向は、水質変成作用によって生成された含水鉱物が、何らかのエネルギーによって加熱されて、徐々に水を失っていく加熱脱水の過程を示すものだと考えています。加熱のエネルギー源としては、太陽からのプラズマ(太陽風)、微小隕石の衝突、岩石中の放射性同位体の崩壊熱などが候補として挙げられます。このような傾向が小惑星で確認されたのは初めてですが、多くのC型小惑星のスペクトルがこの傾向を示すことから、小惑星から徐々に水が失われていくという加熱脱水作用は、C型小惑星において普遍的に起こる現象であると考えられます。

図3 本研究で明らかになったC型小惑星の形成と進化の過程

図3 本研究で明らかになったC型小惑星の形成と進化の過程。C型小惑星の多くに含水鉱物が存在することが観測的に明確になったことから、これらは岩石と氷が凝集して形成された天体であること、その氷が解けて天体内部で液体の水が存在していたことが示された。また、天体が形成されてから二次的な加熱(加熱脱水作用)を受けていることも明らかとなった。

今回の観測結果によって含水鉱物の存在が数多くのC型小惑星で確かめられたことから、C型小惑星の形成と進化の変遷が明らかになりました(図3)。すなわち、C型小惑星は、(a)太陽系形成初期に岩石と氷が集まって作られた天体であり、(b)その天体内部で水質変成作用という化学反応によって含水鉱物が生成されており、(c)さらに小惑星が形成されたのちに二次的な加熱を経験している、ということになります。水の存在を手がかりに、小惑星を取り巻く温度環境の変遷を観測的にひもとくことができたというわけです。

天文観測と小惑星探査

現在、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」とアメリカのOSIRIS-RExが、それぞれ小惑星リュウグウ(162173 Ryugu)とベヌー(101955 Bennu)の探査を行っています。どちらも波長2.7 µm付近の分光観測によって含水鉱物の存在や分布を調べているところです。このような探査機による小惑星の「その場」観測では、地上の望遠鏡や地球周回の宇宙望遠鏡では見ることのできない天体表面の地形や表面物質の分布の地域差などを詳しく調べることができます。一方、私たちが「あかり」で行ったような多数の天体の網羅的な観測では、探査機が詳しく調べた天体の性質が一般的なものなのか、あるいは例外的なのか、という太陽系の中での位置付けを示し、全体的な進化のシナリオを考えることができます。なにしろ、小惑星は79万個以上存在しているわけですから、小惑星リュウグウやベヌーがどういった天体であるかを理解し、またこれらの探査によって得られるデータの価値を一層高めるためにも、望遠鏡を使った天文観測はきわめて重要な意味を持つものです。このように、小惑星科学はいまや「木を見て、森も見る」必要があり、それこそが醍醐味の研究分野とも言えます。

水をめぐる旅は続く

今回は詳しく触れませんでしたが、「あかり」の観測では岩石質のS型小惑星について、ほとんど含水鉱物は検出されませんでした。例外的にわずかな含水鉱物の存在を示す天体がいくつか見つかりましたが、そのようなS型小惑星に発見されたわずかな水の兆候は、含水鉱物を含んだ別の小惑星の衝突によってもたらされた外因的なものだと考えられています。現在でも小惑星同士の衝突はまれに起こっていますが、太陽系形成初期には小惑星のような小さな天体の数は現在よりもっと多く、衝突現象はより頻繁だったと考えられます。地球も多くの小惑星との衝突を経験してきたであろうことから、地球に存在する水の少なくとも一部は、このような衝突によって小惑星からもたらされたことが示唆されます。

このような太陽系における「水」の存在の多様な姿を理解するには、より多くの小惑星の観測を続けていかなければいけません。「あかり」は2011年11月に運用を終了しているため、次の観測の機会は、アメリカが2021年に打ち上げる予定の口径6.5mのJWST(James Webb Space Telescope)になります。しかし、JWSTのような大望遠鏡は、検出感度はきわめて高いものの、思った方向に望遠鏡を向ける融通は利きにくく、また他の星や銀河の観測プログラムとの観測時間の獲得競争も熾烈なものになります。一方、このような大望遠鏡でなくても観測できることはまだたくさんあるので、私たちは、口径はそこまで大きくなくとも小回りの利く新しい宇宙望遠鏡が実現できないかと検討を始めているところです。

今回の成果をまとめた論文は、誰でも無料で読むことができます。ただし、英文で40ページを超えているので、書いた本人ですら読み返すのに数時間かかります。読み終わったときには映画を1本見終わったかのような充実感(疲労感?)を味わうことができますので、よろしければぜひご覧ください。

さて、一休みして、海岸通りを歩きましょうか─。

https://doi.org/10.1093/pasj/psy125
この掲載号の表紙には本研究の成果の画像が使われています。最近では学術誌を紙版の冊子で読むことはほとんどなくなりましたが......

【 ISASニュース 2019年3月号(No.456) 掲載】