国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構
神戸大学
東京大学大学院理学系研究科

図1. 赤外線天文衛星「あかり」による小惑星の近赤外線分光観測のイメージ図。

図1 赤外線天文衛星「あかり」による小惑星の近赤外線分光観測のイメージ図。地球大気の影響を受けない宇宙望遠鏡を用いて近赤外線で小惑星の観測を行い、地上の天文台からは観測できない波長2.7マイクロメートル付近の含水鉱物の存在を示す特徴を捉えることに成功した。含水鉱物が検出されたことで、小惑星の水の存在を直接的に検出したことになる。

概要

神戸大学大学院理学研究科 惑星科学研究センターの臼井文彦 特命助教、宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所の長谷川直 主任研究開発員、大坪貴文 宇宙航空プロジェクト研究員、東京大学大学院理学系研究科 天文学専攻の尾中敬名誉教授らの研究グループは、赤外線天文衛星「あかり」を用いて近赤外線で小惑星の観測を行い、地上の天文台からは観測できない波長2.7マイクロメートル付近にある含水鉱物の存在を示す特徴を、数多くの小惑星について世界で初めて捉えることに成功しました。得られたデータの詳しい解析から、リュウグウと同じC型小惑星の進化の過程を明らかにしました。本研究によって、太陽系の水の分布や小惑星の起源と進化だけでなく、地球の水や生命の起源への理解も進むと期待されます。
この研究成果は、12月17日に「Publications of the Astronomical Society of Japan」のAdvance Access(早期公開)として電子版に掲載されました。

背景

私たちの住む地球は「水の惑星」と呼ばれるように、天体の表面に液体の水が確認されている太陽系で唯一の惑星です。しかし、この地球の水が、地球が形成されたときからあったものか、あるいは形成後に外部からもたらされたものかは、まだ完全には解明されていません。一方、近年の研究で、太陽系内の他の天体にも、現在、あるいは過去に何らかの形で水が存在していたことがわかってきました。その中で、小惑星※1は地球に水をもたらした有力な候補の1つと考えられています。ただし、小惑星の表面に液体の水が流れているわけではなく、天体内部で起きた水と岩石の化学反応(水質変成作用※2)によって生成された、水を含む鉱物「含水鉱物」として水が保持されています。この含水鉱物は、氷が昇華する温度より高温の環境でも比較的安定に存在する物質です。つまり、含水鉱物を探すことで、小惑星に水が存在しているかを調べることができます。

物質は、その組成や構造によって、特定の波長の光を吸収や放射する性質があります。この性質を利用した分光観測は、光を波長ごとの成分にわけてそれぞれの光の強さを測定した「スペクトル」を解析することで対象の天体の組成を調べる手法です。特に、赤外線の波長域には可視光の波長域では見られないような分子、氷、鉱物などさまざまな物質の特徴的なスペクトル成分が存在するので、太陽系天体の構成物質をとらえるのに欠かせません。小惑星表面の含水鉱物は、波長2.7マイクロメートル付近のスペクトルに特徴的なパターンを示します。しかし、地上の天文台からは地球大気中の水蒸気や二酸化炭素の吸収や放射の影響があるため、この波長帯を精度よく観測することが原理的にできません。そのため、大気の外、つまり宇宙空間で観測をすることが必要になるのですが、人工衛星に搭載された望遠鏡よる観測についてもこれまで十分には行えていません。1995年に欧州宇宙機構(European Space Agency、ESA)が打ち上げた「赤外線宇宙天文台」(Infrared Space Observatory、ISO)は、感度が十分でなかったために小惑星の分光観測はほとんどできませんでした。2003年にアメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration、NASA)が打ち上げた「スピッツァー宇宙望遠鏡」(Spitzer Space Telescope)には、分光観測機能が波長5マイクロメートルより長波長側しかありません。

そのため、小惑星に水がどの程度含まれているかは、これまでほとんどわかっていませんでした。

研究内容

2006年2月に打ち上げられた日本の赤外線天文衛星「あかり」※3の観測装置の1つ、近・中間赤外線カメラ(Infrared Camera、IRC)には、波長2~5マイクロメートルの近赤外線の分光観測を行う機能がありました。この機能によって、他では観測することのできない貴重なスペクトルデータを得ることができます。本研究では「あかり」を用いて、2008年5月から2010年2月にかけて小惑星66天体について分光観測を行い(図1)、小惑星表面で反射した太陽光の、近赤外線スペクトル(近赤外線反射スペクトル※4)を得ました。波長方向に途切れることなく連続的にスペクトルを捉えることで、波長2.7マイクロメートル付近の特徴を明らかにしたのは本研究が世界で初めてです。この波長は岩石中の水の成分に対応しているため、小惑星の水の存在を直接的に確かめることができます。

詳細な解析の結果、我々はC型小惑星17天体について、波長2.7 マイクロメートル付近に、含水鉱物に起因する顕著な吸収の特徴を発見しました(図2)。小惑星は、可視光の観測から大きくC型小惑星とS型小惑星に分類されます。C型小惑星は可視光では黒っぽく見える天体で、水や有機物に富むと考えられていましたが、実際に多くのC型小惑星に含水鉱物が含まれていることが、今回初めて明らかになりました。観測された2.7 マイクロメートル付近の吸収の深さは天体ごとに異なり、さらに3.1マイクロメートル付近に氷やアンモニア化物など他の物質の特徴を示すもの、あるいは2.7マイクロメートルにも3.1マイクロメートルにも吸収を示さないもの、というように、スペクトルの特徴の現れ方にいくつかのパターンがあることがわかりました。

図2. 「あかり」で得られた小惑星の近赤外線反射スペクトル。

図2 「あかり」で得られた小惑星の近赤外線反射スペクトル。C型小惑星とS型小惑星それぞれ6天体ずつの例を示す(データが重ならないように天体ごとに縦方向に平行移動してプロットしている)。波長2.7マイクロメートル付近(緑矢印の位置)に含水鉱物に起因する吸収の特徴が見られる。また、波長3.1マイクロメートル付近(青矢印の位置)には、氷やアンモニア化物など他の物質の存在の特徴が見られる。この図に示しているデータは、観測されたスペクトルから、小惑星がどのくらいの割合で太陽光を反射しているか(反射スペクトル)を求めてプロットしたものである。

C型小惑星についてさらに詳しく調べてみると、波長2.7 マイクロメートル付近の吸収がもっとも深くなる波長と、吸収の深さ(含水鉱物の量、すなわち水を含む割合を示すと考えられる)との間に明確な関係性が見いだされました(図3)。これは、水質変成によって生成された含水鉱物が、何らかのエネルギーによって加熱されて、徐々に水を失っていく傾向(加熱脱水)を示すものです。加熱のエネルギー源としては、太陽からのプラズマ(太陽風)の影響、微小隕石の衝突、岩石中の放射性同位体の崩壊熱などが考えられます。これまでに隕石の測定からこのような傾向が示唆されていましたが、実際の小惑星で確認されたのは初めてです。多くのC型小惑星のスペクトルが、図3に示されるような系統的な傾向を示すことから、小惑星から徐々に水が失われていくという加熱脱水作用は、C型小惑星において普遍的に起こる現象であると考えられます。本研究によって含水鉱物の存在が数多くのC型小惑星で確かめられたことから、C型小惑星は太陽系形成初期に岩石と氷が集まって作られた天体であり、その天体内部での化学反応によって含水鉱物が生成されており、さらに小惑星が形成されたのちに二次的な加熱を経験しているということが明らかになりました。このような温度環境の変遷は、小惑星が経験した太陽系の歴史を考える上で重要なヒントになります。

図3. C型小惑星の、2.7マイクロメートル付近の吸収がもっとも深くなるピーク波長(図2の緑矢印の位置)と、吸収の深さの関係。

図3 C型小惑星の、2.7マイクロメートル付近の吸収がもっとも深くなるピーク波長(図2の緑矢印の位置)と、吸収の深さの関係。マークの違いはC型小惑星の種類の違いを表す(Bus-DeMeoスペクトル分類による)。含水鉱物に起因する吸収が検出された17天体のうち13天体は矢印で示されるように右上から左下にかけて分布しており、小惑星が形成された後に経験した二次的な加熱(加熱脱水作用)の痕跡を反映したものと考えられる。薄い色で示した4つの天体はこの傾向からずれているが、その理由についてはさらに詳細な追跡調査の必要がある。

一方、岩石質のS型小惑星は、C型小惑星と異なり水を含まないと思われていました。本研究でも、観測したほとんどのS型小惑星には含水鉱物は検出されませんでしたが、例外的にわずかな含水鉱物の兆候を示す天体がいくつか存在することが新たにわかりました。このようなS型小惑星に発見されたわずかな水の兆候については、C型小惑星のようにその天体内部での水質変成で生成されたのではなく、含水鉱物を含んだ別の小惑星の衝突によってもたらされた外因的なものだと考えています。現在でも小惑星同士の衝突はまれに起こっていますが、太陽系形成初期には小惑星のような小さな天体の数は現在よりもっと多く、衝突現象はより頻繁だったと考えられます。地球も多くの小惑星との衝突を経験してきたであろうことから、地球に存在する水の少なくとも一部は、このような衝突によって小惑星からもたらされたことが想像されます。

今後の展開

本研究によって、これまで不明確であった小惑星における水の存在が明らかになり、さらに水の存在を手がかりにしてC型小惑星の進化の過程を示すことができました。今回観測された小惑星のスペクトルには、特徴の現れ方にいくつかのパターンがあることがわかりました。その違いを引き起こす要因として、小惑星の大きさや太陽からの距離などが考えられますが、これを解明するには、地球で採取される隕石の測定結果との詳細な比較を行うとともに、さらに多くの小惑星の観測を積み重ねることが必要です。それによって、地球の水の起源や太陽系の形成史をひもとくヒントが得られると期待されます。

「あかり」は2011年11月で運用を終了しているため、宇宙望遠鏡を使った波長2.7マイクロメートルの観測機会は、2021年にアメリカが打ち上げる予定の「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」(James Webb Space Telescope、JWST)まで待たなければなりません。

現在、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」とアメリカの「オサイリス・レックス」(OSIRIS-REx)が、それぞれ小惑星リュウグウ(162173 Ryugu)とベヌー(101955 Bennu)の探査を行っています。両者とも波長2.7マイクロメートル付近を分光観測できる装置を搭載しており、小惑星における含水鉱物の探査が行われています。このような探査機による小惑星の「その場」観測では、地上の天文台や地球周回の宇宙望遠鏡では見ることのできない天体表面のクレーターや地形、表面物質の分布の地域差など非常に詳しく調べることができます。一方で、望遠鏡による多数の天体の網羅的な観測によって、探査機が詳しく調べた天体の性質が一般的なものなのか、あるいは例外的なのか、という太陽系の中での位置付けを示し、全体的な進化のシナリオを考えることができます。本研究の成果は、小惑星リュウグウやベヌーがどういった天体であるかを理解し、またこれらの探査によって得られるデータの価値を一層高めることのできる、きわめて重要な意味を持つものです。

用語解説

※1 小惑星
主に岩石質の、直径が1000 km 以下の太陽系小天体。国際天文学連合(International Astronomical Union、IAU)の小惑星センター(Minor Planet Center、MPC)に登録されている小惑星の数は2018年10月26日時点で789,069天体にのぼる。その大多数は火星と木星の軌道のあいだに分布している。地球のような岩石惑星と異なり、小惑星は天体が形成されてから大規模な熱的変成を受けていないため、太陽系初期の状態が残されている始原的な天体だと考えられている。可視光の観測と隕石との類似性などから、岩石成分がほとんどを占めるS型小惑星、炭素質の物質の割合の多いC型小惑星などに分類される。2005年に小惑星探査機「はやぶさ」が探査を行った小惑星イトカワ(25143 Itokawa)はS型、現在「はやぶさ2」が探査を行っている小惑星リュウグウ(162173 Ryugu)や「オサイリス・レックス」(OSIRIS-REx)が探査を行っている小惑星ベヌー(101955 Bennu)はC型に分類される。

※2 水質変成作用
岩石と水の化学反応によって、その岩石を構成する鉱物種が変化すること。ここでは、小惑星の内部で、水を含まない無水鉱物と液体の水が反応して構造の中にOH基やH2Oを含む含水鉱物が生成されることを指す。地球上で採取される隕石の多くは小惑星から飛来したと考えられており、その中には数10種類以上のさまざまな含水鉱物が見つかっている。

※3 赤外線天文衛星「あかり」
「あかり」(ASTRO-F)は、宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所が中心となり、欧州宇宙機構(European Space Agency、ESA)の参加を得て計画が進められてきた赤外線天文衛星である。有効口径68.5 cmの冷却反射望遠鏡を搭載した「あかり」は、2006年2月22日に打ち上げられ、軌道高度約700 kmの地球周回軌道(太陽同期極軌道)に投入された。目標寿命3年を越える5年にわたって全天サーベイや撮像・分光などさまざまな観測を行い、2011年11月24日に運用を終了した。日本の衛星搭載赤外線望遠鏡としては、1995年に打ち上げられた宇宙実験・観測フリーフライヤ(Space Flyer Unit、SFU)搭載のInfrared Telescope in Space (IRTS)があるが、「あかり」はこれに続くもので、単独の本格的な赤外線天文衛星としては日本初となる。
(参考)「あかり」プロジェクトサイト http://www.ir.isas.jaxa.jp/AKARI/

※4 反射スペクトル
ある天体を構成している物質の成分を調べるために用いる手法が、その天体から発せられる光の強さの波長ごとの分布(スペクトル)を調べる分光観測である。小惑星については、そこから飛来したと考えられている隕石と比較することで、表面の物質を推定する研究手法がよく用いられる。その際には、入射する光(太陽光)に対してどのくらいの割合の光を反射するかという反射スペクトルを調べる。

発表媒体

タイトル:
"AKARI/IRC Near-Infrared Asteroid Spectroscopic Survey: AcuA-spec"
DOI: 10.1093/pasj/psy125

著者:
Fumihiko Usui1, Sunao Hasegawa2, Takafumi Ootsubo2, and Takashi Onaka3
1 神戸大学大学院理学研究科惑星科学研究センター
2 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所
3 東京大学大学院理学系研究科天文学専攻

掲載誌:
Publications of the Astronomical Society of Japan (日本天文学会 欧文研究報告)

本研究は神戸大学を中心に、宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所、東京大学などの協力により行われました。また、本研究はJSPS科研費JP15K05277、JP17K05381、JP17K05636の助成を受けています。

参考

赤外線天文衛星「あかり」(ASTRO-F)について
「あかり」(ASTRO-F)は、日本初の本格的な赤外線天文衛星です。宇宙全体にわたって星や銀河などすべての赤外線源を調べあげる「全天サーベイ観測」を目的に、M-Vロケット8号機によって、平成18(2006)年2月22日に打ち上げられました。
同様の目的でアメリカ・イギリス・オランダによって1983年に打ち上げられた世界初の赤外線天文衛星 IRASと比べ、より広い波長域で、はるかに優れた空間分解能と検出能力で実行しようとする野心的なミッションでした。
「あかり」には、遠赤外線を観測するFISと、近・中間赤外線カメラであるIRCの2種類の観測装置が搭載され、「銀河がいつどのようにして生まれ、現在の姿に進化してきたか」「星の誕生とその周りで惑星がどのように形成されたのか」というプロセスの解明に挑みました。
「あかり」は平成23(2011)年11月に運用を終了しましたが、平成27(2015)年には高詳細な遠赤外線全天画像データを公開するなど、取得した膨大なデータの解析は現在も続けられています。

赤外線天文衛星「あかり」(ASTRO-F)

credit:ISAS/JAXA

赤外線天文衛星「あかり」(ASTRO-F)写真

credit:ISAS/JAXA