超高光度赤外線銀河において「あかり」が水素スペクトル線の異常強度比を発見;天文学の常識に見直し

中川 貴雄・宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系

銀河における星形成活動を探ることは天文学の大きな課題です。そのために水素原子の再結合スペクトル線(水素再結合線)が基本的なツールとして広く使われてきました。ところが、赤外線天文衛星「あかり」は、水素再結合線が、超高光度赤外線銀河において、従来の理論では説明できない異常な値を示すことを発見しました。具体的には、水素再結合線 BrβとBrαとの強度比が、理論的な予測値を大幅に上回ったのです。

このことは、従来の理論を導くために常識として仮定されてきたことが、超高光度赤外線銀河には適用できないことを示しています。従来の理論では、水素原子が放出するBrα、Brβ線は、他の水素原子に吸収されることなく、我々に到達すると考えられていました。しかし、「あかり」の観測は、銀河の中心近くにある水素原子から放出されたBrα線が、銀河の表面近くにある別の水素原子に吸収されてしまい、必ずしも我々には到達しないということを示しています。

このようなことが起きるためには、超高光度赤外線銀河における水素ガス雲が、我々の銀河系のガス雲よりも、千倍以上も高密度である必要があります。超高光度赤外線銀河では、爆発的な星形成が起きていることが知られていますが、その成因は明らかになっていませんでした。「あかり」の観測により、爆発的な星形成が、高密度ガス雲によりひき起こされた可能性が示唆されています。

研究概要

銀河における星形成活動を探ることは、天文学の大きな課題です。水素原子は宇宙で最も多量に存在する原子であり、そのスペクトル線*1の1つである水素再結合線*2は、銀河における星形成活動を探る上で、基本的なツールとして使われてきました。特に、可視光線の水素再結合線(たとえばHα線)は、観測の容易さもあり、幅広く用いられてきました。ただし、可視光線の水素再結合線は、星間塵*3による減光(星間減光*4)の影響を受けやすいという欠点があります。

本研究の対象としている超高光度赤外線銀河*5と呼ばれる銀河では、爆発的な星形成活動が起きていると思われています。ただし、大量に存在する星間塵に阻まれて、可視光線の水素再結合線では、星形成活動の真の姿をとらえることはできていませんでした。そこで、私たちは、赤外線天文衛星「あかり」を用いて、星間減光の影響を受けにくい赤外線の水素再結合線Brα(波長4.05 µm)およびBrβ(波長2.63 µm)を観測して、超高光度赤外線銀河における星形成の真の姿をとらえることを目指しました。

その観測結果は、驚くべきものでした。水素再結合線の強度比を予測する従来の理論(ケースB*6と呼ばれています)では、2本の再結合線の強度比(Brβ/Brα線比)が、0.565よりも小さな値になると予測されてきましたが、「あかり」の観測した超高光度赤外線銀河のいくつか(図1)は、その比が1程度と、理論値を大きく上回る異常値を示したのです(図2)。

図1 (左)水素再結合線の異常比を示した高光度赤外線銀河の1つMrk 273のハッブル宇宙望遠鏡によるイメージ。(右)「あかり」が観測したMrk273のスペクトル。理論的には、Brβ線は、Brα線の約半分以下の強度になるはずであるが、この例では両者がほぼ同じ強度で検出されている。中央に見えている PAHと書かれている輝線は、多環芳香族炭化水素*7(Polycyclic Aromatic Hydrocarbon)によるものであり、やはり星形成の指標となる。(左)Credits: NASA, ESA, the Hubble Heritage (STScI/AURA)-ESA/Hubble Collaboration, and A. Evans (University of Virginia, Charlottesville/NRAO/Stony Brook University)
図2 「あかり」により観測された水素再結合線の強度。星印(★)で示した3つの銀河の結果は、観測誤差を考慮しても、理論上限値(Brβ/Brα比が0.565)の線よりも明らかに左上にあり、他の多くの銀河の観測結果も同様の傾向を示している。これらの観測結果は、従来の理論(ケースB)では説明することができない異常強度比を示している。

そこで、我々は、ケースB理論を導くために従来から常識として用いられてきた仮定が、実は超高光度赤外線銀河には適用できないのではないかと疑いました。従来は、水素原子が放出するBrα、Brβ線は、他の水素原子に吸収されることなく、我々に届くと考えられていました。しかしながら、超高光度赤外線銀河には大量の水素ガスが存在するため、銀河の中心近くにある水素原子から放出されたBrα線は、銀河の表面近くにある別の水素原子に吸収されてしまい、必ずしも我々には到達しないのではないかということです。私たちは、この考えを、理論モデル計算により詳しく調べ、超高光度赤外線銀河の水素ガス雲の環境が、我々の銀河系の典型的な環境よりも、はるかに(千倍以上)高密度であれば、我々の観測した異常に大きなBrβ/Brα線強度比を説明できることをつきとめました。

「あかり」の観測結果は、超高光度赤外線銀河における星形成環境に大きな見直しをもたらすことになりました。超高光度赤外線銀河において、何が爆発的な星形成活動を引き起こしているかは明らかではありませんでした。「あかり」の観測結果は、星形成の材料である水素ガス雲が、超高光度赤外線銀河では、私たちの銀河系よりもはるかに高密度であることを示しています。そのことが爆発的な星形成活動につながった可能性が示唆されます。

なお、本研究は筆頭著者の矢野が博士論文としてまとめた成果をもとに、第2著者の馬場が中心となって再解析・改訂したものです。今後、私たちは、2021年暮れに打ち上げられたジェームス・ウェッブ宇宙望遠鏡を用いて、この結果のフォローアップ観測を行うことを予定しています。

用語解説

  • *1 スペクトル線 : 分子、原子、イオンなどは、特定の波長において、光を強く放射・吸収する性質をもつ。そのため、連続的な光の分布の上に特定の波長で現れる輝線や吸収線のことを、スペクトル線と呼ぶ。
  • *2 水素再結合線 : 電離した水素イオンが、電子と再結合する際に放出する一連のスペクトル線。本研究で観測している Brα、Brβ線は、それぞれ主量子数nが5から4、6から4に変化するときに放出される水素再結合線であり、赤外線領域に位置する。
  • *3 星間塵 : 宇宙において、星と星との間の空間(星間空間)に存在する塵(固体粒子)。可視光線を強く吸収・散乱する性質がある。
  • *4 星間減光 : 放射源から出た光が、途中の物質との相互作用により、吸収または散乱され、観測者に届くまでに暗くなってしまう現象。特に可視光線から赤外線にかけては、減光は主に星間塵によるものとなる。星間塵は、赤外線よりも可視光線を、より強く減光する。
  • *5 超高光度赤外線銀河 : 我々の銀河の100倍以上の高光度をもちながら、可視光線では暗く、そのエネルギーのほとんどを赤外線で放出している銀河。爆発的な星形成活動が起きていると考えられているが、大量に存在する星間塵による減光の影響から、その真の姿は明らかになっていない。
  • *6 従来の理論(ケースB) : 水素再結合線の強度比を予測する理論モデルで、ベーカーとメンツェルにより、1938年に提案された。ケースA、B、Cが考えられたが、ケースBが一番現状に近いとして、広く用いられている。ケースBによるBrβ/Brα線強度比は0.565となる。ただし、実際の観測では、さらに星間減光の影響を考慮する必要がある。短波長にあるBrβの方が星間減光の影響が大きいため、実際の観測されるBrβ/Brα線強度比は、0.565を上限としてそれよりも小さくなることが予測される。
  • *7 多環芳香族炭化水素 : 複数の芳香環(炭素原子6個から構成される六角形の構造で、ベンゼン環とも呼ばれる)から構成される炭化水素の総称。星間空間に広く存在し、若い星からの紫外線を受けて赤外線で輝くため、星形成活動の指標となるとされている。

論文情報

雑誌名 The Astrophysical Journal
論文タイトル Anomalous Hydrogen Recombination Line Ratios in Ultraluminous Infrared Galaxies
DOI https://doi.org/10.3847/1538-4357/ac26be
発行日 2021年12月6日
著者 Kenichi Yano, Shunsuke Baba, Takao Nakagawa, Matthew A. Malkan, Naoki Isobe, Mai Shirahata, Ryosuke Doi, Vanshree Bhalotia
ISAS or
JAXA所属者
YANO Kenichi (東京大学大学院理学系研究科物理学専攻/宇宙科学研究所), NAKAGAWA Takao (宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系), ISOBE Naoki (宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系), SHIRAHATA Mai (宇宙科学研究所), DOI Ryosuke (東京大学大学院理学系研究科物理学専攻/宇宙科学研究所)

関連リンク

執筆者

中川 貴雄(NAKAGAWA Takao)
東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員等を経て、2003年よりJAXA宇宙科学研究所教授。