宇宙最大の重力的に閉じた天体:銀河団

現在までに構築されてきた宇宙構造形成の理解に基づくと、現在の構造は宇宙初期に存在する密度揺らぎが成長し、その重力により、周囲の物質をさらに引き寄せ、より大きな構造へと成長してゆくと考えられている。銀河団とは、その名の通り銀河が100〜1,000個集まって形成されている天体である。1つの銀河団の差し渡しの大きさは百万パーセク(Mpc)にもなる(1パーセク:1pcは3.26光年)。ビリアル定理に基づき、銀河の運動エネルギーから銀河団の質量を推定することにより、銀河団は太陽質量の1013から1015倍もの質量を持つ宇宙で最大の天体であることが明らかになった。銀河団の深い重力ポテンシャルに捕らわれた物質は、数千万度まで加熱された銀河団プラズマとして存在する。このような高温プラズマはX線を強く放射するため、銀河団の研究においてはX線による観測が有効である。図1に、可視光とX線で観たかみのけ・・・・座銀河団のイメージを例として載せる。X線イメージから、広がったプラズマの存在が見て取れる。

図1

図1 可視光(左)とX線で観たかみのけ・・・・座銀河団。
http://www.dailygalaxy.com/my_weblog/2010/05/the-coma-cluster-.html より

宇宙で最も劇的な天文現象:銀河団衝突

銀河団同士の衝突は、ビッグバン以降宇宙で最も劇的な天文現象である。衝突現象に伴う重力エネルギーが衝撃波(脚注1参照)、乱流を通じて、銀河団プラズマの加熱(熱的エネルギー)、粒子加速(非熱的エネルギー)へと分配される。実際に、X線観測から衝撃波加熱によって形成されたと考えられる超高温領域の存在、また、粒子加速については電波帯域のセンチ波、メートル波の観測により、数十GeVにまで加速された電子によるMpcスケールに広がったシンクロトロン放射から確認されている。図2左に、"弾丸銀河団"として有名な衝突銀河団である1E 0657マイナス56銀河団のイメージを示す。母銀河団を貫くように、"弾丸"が走り、その前方に衝撃波が立っていることが確認されている。しかしながら、そのような莫大なエネルギーがどのようにして、どの程度、熱的、非熱的なエネルギー形態に振り分けられるのか分かっていない、というのが現状である。

図2

図2  左:りゅうこつ座に位置する弾丸銀河団(the Bullet cluster)として有名な1E 0657-56銀河団。白丸点線で示した領域が"弾丸(Bulet)"。その前方に衝撃波の存在が確認されている。
右:衝突銀河団Abell2256。赤、黄色がX線放射を示し、青色+白等高線が電波放射を示す。銀河団外縁部(右上)に緑点線で囲われている電波放射領域を電波レリックと呼ぶ。
http://chandra.harvard.edu/photo/2008/bullet/
および Clarke, T.E. & Ensslin, T.A., 2006, AJ, 231, 2900 を元に改変

衝突銀河団に伴う電波放射領域:電波レリック

銀河団の外縁部には円弧状の電波放射領域が存在し、これを電波レリックと呼ぶ。これまでに、その位置や形状から、銀河団衝突や構造形成に伴い発生した衝撃波によって加速された電子によるシンクロトロン放射で形成されたと考えられてきた。しかしながら、電波レリックの位置する銀河団外縁部では、プラズマの密度が中心部に比べ、1,000分の1以下まで低下する。そのため、銀河系由来の軟X線放射、観測装置のノイズが問題となる。従来のX線衛星では、検出器のノイズの再現性の問題から銀河団中心部での観測に留まり、外縁部、特に電波レリック周辺において銀河団プラズマがどのような状態で存在しているか、ということは明らかにされていなかった。このような背景から、電波レリックの起源 (衝撃波との関係性、または他の加速機構の存在)は銀河団成長、エネルギー収支を理解する上で重要な項目であるにもかかわらず、長い間観測的な確認がなされなかった。

「すざく」で挑む電波レリックの正体

このような背景の中、我々は日本のX線天文衛星「すざく」の優れた性能に着目し、銀河団外縁部に存在する電波レリック領域の銀河団プラズマの物理状態を明らかにすることで、その起源解明を目指した。「すざく」は高い感度、低く安定した検出器のノイズ特性を誇り、他のX線天文衛星では困難な銀河団外縁部を観測する上で最適な衛星である。これまでに銀河団外縁部のみならず、太陽系内、銀河、中性子星、ブラックホール、超新星残骸と広範な領域で多くの成果を挙げてきた。「すざく」の詳細、またその成果に関しては、他の方々の記事(脚注2)をご参照願いたい。

ここでは、「すざく」の電波レリック観測の一例として、"Sausage"レリックの結果を紹介する。

図3

図3 左:"Sausage"レリックを有するCIZA J2218.0568銀河団。赤が「すざく」によるX線、青が電波放射を示している。
右:「すざく」によって得られた銀河団温度分布。青が電波放射を表している。"Sausage"レリックを挟んでプラズマ温度が、急激に落ち込んでいることが見て取れる。

「すざく」による約5日間に渡る深い"Sausage"レリック領域の観測、銀河系由来の軟X線放射を精度よく制限するためのオフセット観測を駆使し、注意深く銀河団プラズマの特性を評価した。その結果、レリック領域を挟んで銀河団プラズマ温度分布に有意な不連続が存在することを確認した。これは、レリック領域に衝撃波が存在していることを示している。観測された温度低下は、9,000万度から3,000万度に及び、マッハ数2〜4程度の衝撃波がMpcスケールに渡って存在することを示した。これは、確認された銀河団中の衝撃波の中でも一、二を争う強度である。このような衝撃波の存在を、我々は他の電波レリックでも確認した。これらの結果は、先に述べた「電波レリックが、銀河団衝突により発生した衝撃波で加速された電子によって形成された」、というシナリオを観測的に実証したものである。

電波レリックに纏わる研究テーマを発展させるために、オランダの電波天文学者グループとともに「すざく」Key project観測に応募し(審査のため、大雪で交通が麻痺している中、相模大野駅から宇宙研まで3時間掛けて踏破したかいもあって)、無事に採択された。

「すざく」Key projectによって得られた観測データ、これまでに観測された電波レリックのデータを解析することで、電波レリックと衝撃波の対応関係を強固にしただけでなく、

  1. X線観測と電波観測から求めた衝撃波の特性(マッハ数)が一致しない
  2. 衝撃波統計加速理論に基づくと確認された低マッハ数(<4)の衝撃波では、観測された電波放射強度を説明できない

という新たな問題点を浮び上がらせた。これは、これまで考えられてきた銀河団プラズマの加熱、加速機構が十分でないことを意味し、我々が見落としている物理過程が存在することを示唆している。現在、「すざく」による結果を皮切りとして、上記の問題点を解決するために多くの理論的予測がなされている。その中には、従来よりも効率の良い加速機構の存在、すでにある程度エネルギーが注入されたプラズマの存在、といったものが挙げられており、観測的な裏付けが急務である。

以上のように、「すざく」による電波レリックの観測は、長年の謎であったレリックと衝撃波の対応関係を明らかにしたとともに、 電波とX線のマッハ数の不一致といった単純な衝撃波加熱では説明できない新たな問題点を暴き出した。これらの問題点は、現在オランダで観測が進む低周波電波天文台LOFAR、2020年代初頭に稼働が予定されている次世代電波天文台Square Kilometer Array、X-ray Astronomy Recovery Mission、そして現在筆者が開発に携わっている欧州のAthena衛星によって明らかにできると考えている。問題解決の暁には、宇宙で最も劇的な天文現象である銀河団衝突に関して、より深い知見、描像が得られると期待している。

謝辞

本記事執筆の機会をいただいたのは、筆者が2017年3月18日に第11回日本物理学会若手奨励賞を授与されたことに関連します。筆者の学生時代から温かくご指導くださった石崎 欣尚准教授、大橋 隆哉教授、河原 創助教をはじめ共同研究者の皆様からのご支援、叱咤激励に深く感謝します。受賞理由となった研究は、「すざく」の素晴らしい性能なくしては成し得なかったものです。「すざく」衛星に関わられた関係者の皆様に心より感謝致します。

また、本研究において、オランダの電波天文学者とのコラボレーションが欠かせませんでした。日本学術振興会海外特別研究員制度のご支援に御礼申し上げます。

脚注1 衝撃波

衝撃波とは、物体の速度が音速を超えるときに発生する圧力の不連続面のことで、運動エネルギーを熱エネルギーなどへと変換する。衝撃波が超音速飛行機の前面に形成されている例(いわゆるマッハコーン)を下図に示す。

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© NASA

宇宙空間で発生する衝撃波は、太陽系内、超新星残骸、銀河、はては銀河団といった宇宙最大の天体において確認されている。そのマッハ数は、2〜10,000と多岐に渡っている。ここでマッハ数とは、衝撃波面に対して上流の流速が音速の何倍であるかを示した数値であり、しばしば、衝撃波の強度を示すことに使用される。流速が音速を超える(マッハ数が1を超える)と衝撃波が形成される。

理想気体(多くの宇宙プラズマが当てはまる状態)を考える上で、衝撃波の上流と下流の温度の関係式は、以下のRankine‒Hugoniot方程式で記述される。

20170621_5.jpg

T₁、T₂は上流および下流の温度、Mがマッハ数である。宇宙空間の密度の小さいプラズマ中で起きる衝撃波に関しては、粒子間の衝突を介さずに電磁場と荷電粒子の相互作用が主な役割を果たすため、無衝突衝撃波と呼ばれる。無衝突衝撃波における加熱機構、粒子加速機構の理解は未だ宇宙プラズマ物理に残されている大きな謎の一つで、様々なスケールにおいて活発に研究が行われている。太陽系内の衝撃波に関しては、東京大学星野教授の記事(※1)、インターナショナルトップヤングフェローAdam Masters 博士による成果(※2)、超新星残骸に関わる衝撃波に関しては、立教大学内山教授の記事(※3)を参照願いたい。
(赤松 弘規)

※1 http://www.isas.jaxa.jp/j/column/inner_planet/10.shtml
※2 http://sprg.isas.jaxa.jp/researchTeam/spacePlasma/results/AdamNatPhys1302-2.pdf
※3 http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2007/uchiyama/index.shtml

脚注2

以下のURLは、過去のISASニュース「宇宙科学最前線」で掲載された関連記事です。
併せてご覧ください。

[1] http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2007/ishida/index.shtml
[2] http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2007/fujimoto/index.shtml
[3] http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2008/banba/index.shtml
[4] http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2009/oota/index.shtml
[5] http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2012/tamura/index.shtml
[6] http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2012/katsuda/index.shtml
[7] http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2014/hayashi/index.shtml
[8] http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2014/katsuda/index.shtml

【 ISASニュース 2017年6月号(No.435) 掲載】