第4回宇宙科学研究所賞(2017年度)

第4回宇宙科学研究所賞は以下の4名の方々に平成30年3月に贈呈されました。特に今回はうち2名の方に長年の功労に対し「特別賞」を授与しました。
JAXA宇宙科学研究所はこのような機構外からの協力・支援に心から感謝するともに、今後とも外部との連携を一層重視していく所存です。

受賞者名(敬称略)受賞件名
長井 嗣信 (特別賞)磁気圏尾部のダイナミクスを駆動する物理過程「磁気リコネクション」の解明
アルバロ ヒメネス (特別賞)Exceptional Contribution to Euro - Japan Partnership in Space Science and Exploration
佐藤 明良 超音波探傷法による固体ロケットモータの品質保証の確立
鹿野 良平 ハンレ効果による彩層・コロナの磁場情報を取得する新手法の原理実証

各受賞者のご紹介

長井 嗣信

東京工業大学 理学院地球惑星科学専攻 教授

受賞理由

『(特別賞)磁気圏尾部のダイナミクスを駆動する物理過程「磁気リコネクション」の解明』

長井氏は、地球周辺の宇宙空間(磁気圏)を研究対象とし、世界的に高い評価を得る成果を創出してきました。特にジオテイル(1992年打ち上げ、現在も運用中)が長年にわたって取得してきたデータを縦横に解析することで、磁気圏尾部のダイナミクスを駆動する磁気リコネクションという物理過程を解明してきたこと、そこで導入した新しい研究手法によって磁気リコネクションの観測的研究を現代化した長年の業績が宇宙科学研究所賞(特別賞)の受賞理由となりました。

地球磁気圏は、地球が固有磁場を持ち、それが太陽系空間に浮かんでおり、それに対して太陽系に中心にある太陽から太陽風と呼ばれる電離ガス(プラズマ)の流れが吹き付けることで形成される空間です。地球の夜側にある磁気圏尾部(夜側)では、磁力線が引き延ばされるためにシート状の電流層が存在します。極域の夜空を彩るオーロラは、時に急激に増光し全天を覆いつくすかのように躍動することが観測されますが、そこでは磁気圏尾部にある電流層での磁気リコネクションが重要な働きをしています。

その磁気リコネクションに関して、ジオテイルはその物理を解明するのに適した軌道と観測機器を有しています。長井氏は長年にわたって蓄積された観測例を積み上げ、丁寧に、かつ、新しい手法と観点からの解析を実行することで、世界的に高く評価されるいくつもの成果を残しました。それらはジオテイル後の欧米の計画に大きな影響を与えています。

[長井 嗣信 (ながい つくのぶ)]
1977年東京大学修士課程(天文学)修了。気象庁地磁気観測所、NASA/Marshall Space Flight Center, 気象庁気象研究所、1993年より東京工業大学。 AGU Fellow。
気象研究所では、大気海洋結合モデルによるエルニーニョ現象のシミュレーション。東京工業大学では、宇宙科学研究所の衛星「GEOTAIL」「あけぼの」を使って研究を進める。

アルバロ ヒメネス

前 欧州宇宙機関(ESA)科学局長

受賞理由

『(特別賞)Exceptional Contribution to Euro - Japan Partnership in Space Science and Exploration』

ヒメネス氏は、2011年5月よりESA科学・無人探査局長、2016年1月よりESA科学局長として、JAXA/ISASとESAとの宇宙科学共同ミッションの創出・実現に多大な貢献をされました。

同氏の貢献は、欧州の宇宙科学コミュニティをとりまとめ、それに基づくJAXA/ESAの共同ミッション創出など多岐にわたりますが、顕著な例として以下のようなものが挙げられます。

  • 水星探査計画Bepi ColomboはJAXA/ESA共同ミッションであり、ヒメネス局長はこの複雑なプログラムを取りまとめ、大きな開発上の課題、打上げスケジュールの見直しなどありつつも、これらを中心となって解決し、現在は最終フェーズにあり2018年10月打上げの見通しを得るに至りました。
  • X線天文衛星ASTRO-Hでは、ESAによる機器提供と欧州サイエンティスト参加による協力を中心となって行いました。ASTRO-H運用中断後も、欧州サイエンティストをとりまとめ、X線天文観測における代替機での観測の意義を理解・支持し、ESA参画の合意を獲得することで、X線観測代替機(XARM)のミッション成立へ多大な貢献をされました。
  • 赤外線宇宙望遠鏡SPICAでは、日・欧の科学コミュニティの提案を受けた大規模かつ複雑なミッションですが、JAXA,ESAによるシステム検討を推進することによりミッション実現可能性を飛躍的に高めることに貢献されました。

佐藤 明良

株式会社IHIエアロスペース 品質保証部 技師長

受賞理由

『超音波探傷法による固体ロケットモータの品質保証の確立』

 宇宙科学研究所では株式会社IHIエアロスペースとともに、イプシロンロケット上段モータの品質保証方法の刷新に取り組んできました。

 固体モータは、実機での作動試験が不可能であり、従来放射線探傷試験(X線探傷)により品質保証を行ってきています、上段モータ用のX線発生装置(ライナック)が老朽化・業者撤退により維持不可能となる中で、大型設備および建屋を必要とせず、かつ短時間での検査が可能な超音波探傷試験方法を開発してきました。

 イプシロンロケット2号機の第3段モータは、2015年11月に新しい超音波探傷検査により品質保証を実施しました。これはイプシロンロケットの信頼性を維持したままでの大きなコスト削減に寄与したものであり、2015年度の宇宙科学研究所の事業評価で研究ハイライトとされました。
 このイプシロンロケット2号機は、2016年12月に無事に打ち上げに成功しました。
 その後も、強化型イプシロンロケット2段モータの新規品質保証方法も確立し、現在はSRB-3モータ(シナジーイプシロン1段モータ)の品質保証方法の開発を続けているところです。

 これらの研究開発は、宇宙科学研究所とIHIエアロスペースの品質保証部が協力して実施してきたものであり、そのなかで佐藤明良氏は技師長として本研究開発を強力に推進してきました。

[佐藤 明良(さとう あきよし)]
日産自動車株式会社 宇宙航空事業部 品質保証部で、長年、宇宙分野の非破壊検査技術開発に携わってきており、2000年株式会社IHIエアロスペース設立と共に移籍、2008年より現職。
グラファイト、固体推進薬や複合材積層構造などロケット部品の非破壊評価技術開発に携わる。最近は、大型宇宙構造物の光学計測(サンプリングモアレ法)による変位計測の実用化も目指している。

鹿野 良平

国立天文台 SOLAR-C準備室 准教授

受賞理由

『ハンレ効果による彩層・コロナの磁場情報を取得する新手法の原理実証』

  Chromospheric Lyman-Alpha SpectroPolarimeter (CLASP)プロジェクトは、NASAの観測ロケットを用いて、彩層上部~遷移層が発する水素ライマンα線(122nm)の直線偏光を高精度(~0.1%)で計測することにより、光球の磁場計測に実績のあるゼーマン効果の手法を使用できない彩層からコロナの磁場情報を得るための新手法の原理実証を目的としています。CLASP実験は、日本・米国・スペイン・フランス・ノルウェー5カ国の研究機関が共同して実施し、鹿野氏は日本チームPIを務めました。打ち上げは2015年9月に行われ、当初予定の0.1%の偏光精度を達成するなど観測装置は完璧に機能し、観測は大成功でした。

 これは、ライマンα線の偏光プロファイルの解析により真空紫外線での原子偏光および今後の磁場計測の道を開く量子力学的ハンレ効果を世界で初めて確認したという成果であり、太陽大気上空での磁場情報を得たいという太陽観測分野の夢の実現へと向かう動きです。実際、2019年実施に向けて再飛翔実験CLASP2がNASAに承認され、新たな紫外線スペクトル(Mg II 280nm)での観測により、彩層以上の磁場計測手法の確立を目指しています。

 偏光素子一つをとっても既製品があるわけではなく、装置開発の難度が高いなか、 鹿野氏は装置開発全般にPIとして自ら顕著な貢献をしながら、若手研究者や学生を指導しつつ、これらの技術開発全般を主導し多大の学術成果を生み出しました。

[鹿野 良平(かの りょうへい)]
国立天文台 非常勤研究員、日本学術振興会特別研究員、国立天文台助手を経て、2015年より現職。
「ようこう」打上げ直後より軟X線望遠鏡による太陽コロナの加熱の研究と、同望遠鏡の運用に携わる。
以降、宇宙研観測ロケット実験「XUVドップラー望遠鏡(S520CN-22号機)」や「ひので」X線望遠鏡において、光学系やカメラ部の設計・開発を担当し、2015年にNASA観測ロケットを用いて実施した日米欧観測ロケット実験CLASPでは日本側責任者(日本側PI)を務め、観測装置開発と科学成果創出に尽力した。