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©Ozaki et.al., 2022

金沢大学理工研究域電子情報通信学系の尾﨑光紀准教授、八木谷聡教授、名古屋大学 宇宙地球環境研究所の塩川和夫教授、大塚雄一准教授、国立極地研究所の片岡龍峰准教授、宇宙航空研究開発機構の中平聡志主任研究開発員、NASAラングレー研究所(アメリカ)、ジョンズホプキンス大学応用物理研究所(アメリカ)、アサバスカ大学(カナダ)、アルバータ大学(カナダ)の国際共同研究グループは、衛星リモートセンシングと地上電磁波観測を駆使し、「孤立陽子オーロラ」と呼ばれる特殊なオーロラの発生に伴い、高度50~80 kmの中間圏(※1)に、南北方向の大きさが400 km以下の局所的なオゾン量の極端な減少を発見しました。

地球大気には、太陽からの放射だけでなく、銀河宇宙線や高エネルギーのプラズマ(イオンと電子)が降り注いでおり、これらは大気を電離させ窒素酸化物(NOx)、水素酸化物(HOx)を生成し、オゾン変動の要因になると考えられています。しかし、高エネルギープラズマが地球大気に"いつ"、"どこで"、"どのくらい"の影響を与えているのか、定量的な評価ができていません。その理由は、高エネルギープラズマが直接目で見える現象ではないためです。しかし、目視で観察できる孤立陽子オーロラは、高度100 km程度でオーロラを発光させる陽子降下だけでなく、もっと低い高度まで大気中へ降下できる放射線帯電子を伴うことが従来研究より分かっていました。このため、本研究グループは、放射線帯電子降下による大気変動の影響を明らかにするために、孤立陽子オーロラ直下における中間圏オゾンの影響を調査しました。

調査の結果、孤立陽子オーロラの発生に伴い1.5時間後には孤立陽子オーロラ直下の中間圏オゾンが10~60%も減少することが分かりました。これは、シミュレーション研究の予想を超える減少率でした。本研究は、地球周辺宇宙からの放射線帯電子降下が中間圏の大気変動に直接かつ即座に局所的に影響することを世界で初めて観測的に明らかにした研究成果です。この知見により、宇宙からの高エネルギープラズマの大気電離作用の影響を加味することで、地球大気環境変動の予測向上への貢献が期待されます。

研究の背景

地球周辺(静止軌道程度まで)の宇宙空間を飛び交う放射線帯電子は、人工衛星に搭載される電子機器の故障を引き起こすなどの悪影響が懸念されています。さらに、放射線帯電子は宇宙から磁力線に沿って地球大気へ降下することがあります。この際、放射線帯電子は、中間圏大気を電離しNOxやHOxを生成し、オゾン変動の要因になることが指摘されていました。しかし、放射線帯電子は目視により観察できるものではないため、放射線帯電子が"いつ"、"どこで"大気変動に影響を与えているかを特定することは困難でした。一方で、特殊な1 Hz以下の周波数で生じる電磁波によりプラズマは揺さぶられ、孤立陽子オーロラを発光させる陽子と放射線帯電子が地球に向けて降下することが従来研究より分かっていました。オーロラは通常、地磁気の緯度が65-75度付近に北極・南極を取り巻くようにベルト状に現れますが、孤立陽子オーロラはその少し低緯度側に、孤立したスポット状・帯状のオーロラとして現れます。このため、「特殊な1 Hz以下の電磁波の発生」と「孤立陽子オーロラの発光位置」により、放射線帯電子が"いつ"、"どこで" 地球に降り注いでいるかを特定することができます。本研究グループは、1 Hz以下の電磁波に伴う孤立陽子オーロラの直下におけるオゾン変動を調べることで、これまで分からなかった放射線帯電子の大気降下によるオゾン変動を定量的に調べることができると考えました。

研究成果の概要

放射線帯電子によるオゾン変動を調査するためには、放射線帯電子の大気降下がいつから始まったかを知る手がかりになる電磁波、放射線帯電子がどこに降下したかを知るためにオーロラと放射線帯電子を計測し、その直下でのオゾン変動と組み合わせて総合的に観測する必要があります。このために、プラズマ物理、オーロラ科学、微量大気組成センシング、電磁波工学に関わる広い研究分野の研究者が集い、国際協力により総合観測を達成しました。本研究で使用したDMSP衛星に搭載されたSSUSI装置(※2)によるオーロラ観測は、可視光だけでなく、目に見えない波長の光の観測も可能です。このため、天候などの影響を受けることなく、オーロラ現象を検出できるメリットがあります。また、TIMED衛星に搭載されたSABER装置(※3)によるオゾン観測は、広い空間範囲を計測できるというメリットがあります。国際宇宙ステーションに搭載されたMAXI/RBM装置(※4)やPOES衛星は、軌道上の放射線帯電子を検出することができます。そして、地上では高感度な電磁界センサにより、特殊な1 Hz以下の電磁波を検出できます。このように、複数衛星と地上観測により地上からも衛星が飛翔する宇宙からも遠い中間圏において、世界で初めて1 Hz以下の電磁波に伴う陽子オーロラ直下でのオゾン変動を捉えることに成功しました。

本研究調査の結果、従来研究と同様に1 Hz以下の電磁波の発生により孤立陽子オーロラが発生し、孤立陽子オーロラ直上を通過する国際宇宙ステーションやPOES衛星により、放射線帯電子が検出されました。そして、大気組成を探査するSABER装置(TIMED衛星)により、孤立陽子オーロラ直下の中間圏オゾンの明らかな減少が検出されました。特に、孤立陽子オーロラの発生に伴いわずか1.5時間後には、孤立陽子オーロラ直下の中間圏のみ10~60%ものオゾンが減少していることが分かりました(図1)。孤立陽子オーロラの空間サイズは、南北方向に400 km程度であり、空間的に非常に限られた孤立陽子オーロラ直下のみに、あたかもまっさらな障子にピンポイントで穴が開いたかのように、オゾンが急激に減少する様子が明らかになりました。観測結果に対し、放射線帯電子のどのエネルギー帯が中間圏オゾン破壊に直接影響するかについて理論計算した評価では、エネルギーが2 MeV(メガ電子ボルト)以上の超相対論的電子(※5)の影響が強く示唆されました。しかし、放射線帯電子を観測したPOES衛星や国際宇宙ステーションに搭載されたMAXI/RBM装置にエネルギー決定性能がないため、観測からは詳細なエネルギー帯が明らかにできませんでした。このため、オゾン層破壊に直接影響する放射線帯電子のエネルギー範囲を明らかにすることは、今後の課題になります。

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©Ozaki et.al., 2022
図1:孤立オーロラ直下で観測された急激なオゾン減少

今後の展開

本研究により、オゾンなどの微小大気組成に地球周辺宇宙から大気中に降下する放射線帯電子が迅速かつ局所的に影響することが明らかになりました。これは、地球大気環境変動の予測に、放射線帯電子の影響が無視できないことを強く示唆する結果です。そして、電磁波、オーロラ観測による放射線帯電子が"いつ"、"どこで"地球に降り注いだかを検出する技術がますます重要になります。本研究では、衛星によるオーロラ観測より、放射線帯電子の位置を特定することができましたが、衛星が通過しない領域の様子は分かりません。電磁波は、上空の電子密度に依存して周波数毎に異なる減衰、反射を伴います。よって、今後広い周波数帯の電磁波を地上から観測することで、昼夜、場所に限らず、放射線帯電子降下の位置を特定できる地上リモートセンシング技術の開発が求められます。さらに、1 Hz以下の電磁波によりプラズマが揺さぶられ孤立陽子オーロラが生じる現象は、地球に限らず木星でも生じることが明らかになっています。このため、電磁波・オーロラの発生による他の惑星大気への影響についても、本研究はその物理的性質の理解の向上に貢献することが期待されます。

補足

本研究で用いられたMAXI(全天X線監視装置)はもともと宇宙物理学分野の観測ミッションで、いつどこで突発的な活動が起きるかわからない高エネルギー天体を捉える事を目的に2009年8月から現在まで運用が継続されています。RBM(放射線帯モニタ)は元々ガスカウンターを使った主検出器を突発的な放射線増加から保護するために搭載されましたが、荷電粒子観測に有用だということがわかったため、地球物理学分野の研究にも活用できるよう2018年度に宇宙科学研究所の「データ整備に関する共同研究」の支援を得てデータ作成プロセスを整備し、同研究所の宇宙科学データ・アーカイブ「DARTS」から公開が開始されました。宇宙天気目的での利用のためにはデータの即時性が重要であるため、ISSが地上と通信可能な70%の時間帯において観測から2-10分後に新しいMAXI/RBMによる観測データが追記されています。

DARTSには様々な分野の宇宙科学データがアーカイブされていて、本研究のように元々の分野を超えたデータ利用がしやすいようにデータの整備が進められています。

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(16H06286, 20H02162)の支援を受けて実施されました。

掲載論文

雑誌名:Scientific Reports

論文名:Localized mesospheric ozone destruction corresponding to isolated proton aurora coming from Earth's radiation belt (地球放射線帯からくる孤立陽子オーロラに伴う局所的中間圏オゾン破壊)

著者名:尾﨑光紀1, 塩川和夫2, 片岡龍峰3, Martin Mlynczak4, Larry Paxton5, Martin Connors6, 八木谷聡1, 橋本至音1, 大塚雄一2, 中平聡志7, Ian Mann8

1 金沢大学
2 名古屋大学
3 国立極地研究所
4 NASAラングレー研究所(アメリカ)
5 ジョンズホプキンス大学応用物理研究所(アメリカ)
6 アサバスカ大学(カナダ)
7 JAXA宇宙科学研究所
8 アルバータ大学(カナダ)

DOI:10.1038/s41598-022-20548-2

用語解説

※1 中間圏
高度約50~80 kmの領域であり、オーロラが発生する高度約100 kmよりも低い大気の層。

※2 SSUSI装置
オーロラなどを観測する紫外線分光装置。

※3 SABER装置
オゾンなどの大気微量成分を観測するサウンディング装置。

※4 MAXI/RBM装置
全天X線監視装置(MAXI)の補助観測装置。主検出器保護の目的で搭載されているが、最近は放射線帯電子の検出のためにも用いられている。

※5 超相対論的電子
光速に非常に近い速度で運動する電子。