恒星の超巨大フレアを2つのX線観測装置連携で捕捉-プラズマの電離非平衡プロセス調査-
2024年5月23日 | 論文へのGATEWAY
RS CVn型連星*1が起こすフレア*2現象は、太陽フレアより桁違いに大きいことが知られており、巨大フレアの発生メカニズムや周辺環境への影響を調べる上で重要です。今回私たちのグループは、国際宇宙ステーション上の2つのX線観測装置(広範囲観測を得意とする全天X線監視装置「MAXI」*3、詳細観測を得意とする高精度X線望遠鏡 「NICER」*4)を組み合わせることで、全天のいつどこで発生するかわからないフレア現象を初期段階で発見し、詳細観測を開始することに成功しました。フレアが減衰するまでの5日間ほどをNICERで観測した結果、フレアの規模は過去最大の太陽フレアの100万倍にも達していたことが明らかになりました。得られたフレア初期のデータから、プラズマ*5の温度、電子密度、フレア磁気ループ*6長等を導出しています。また、太陽以外の恒星のフレアで初となる、衝突電離平衡*7に達していない(電離非平衡)プラズマの観測的証拠を調査し、フレア初期には電離非平衡モデルでも説明可能な解を示しました。電離非平衡はプラズマで急激な温度変化が生じた際に一時的に生じますが、フレアもその例外ではありません。X線プラズマの分光観測でフレアのより正確な物理メカニズムを理解する際に重要な観点でありながら、これまで恒星フレアの初期段階における好条件の観測がありませんでした。今回は電離平衡モデルの解の棄却には至らず、いずれのモデルで説明できるという結論でしたが、今後の展望として、電離状態により強い制限をかける観測について提案しました。
研究概要
恒星フレアは、恒星の外層大気で磁場に蓄積されたエネルギーが突発的に解放される爆発現象です。私たちに身近な太陽も恒星ですので、しばしばフレアを起こします。解放された磁場エネルギーは、熱エネルギーとしてプラズマの加熱に使われたり、運動エネルギーとして粒子の加速に使われたりと、周辺環境に与える影響は甚大です。過去には太陽の大規模なフレア発生に伴って地球上で停電が発生し、私たちの生活に支障をきたした例があります。このような巨大フレアは規模が大きくなればなるほど発生頻度が低くなるため、太陽の観測のみでリスクを定量化するのはあまり現実的とはいえません。そこで、宇宙に数多ある恒星の観測の出番となるわけです。
フレアが発生する現場は数百万度以上の高温プラズマが存在するため、X線で明るく見えます。しかしX線で、宇宙のいつどこで起こるかわからない恒星フレア現象を見つけ、詳細な観測を行うことは簡単ではありません。現存するX線観測衛星単一では、多数天体の常時監視と個別天体の詳細観測を両立することが難しく、これまでの観測は長期モニターで受動的にフレアの発生を待つという効率面で劣る方法が主流でした。これを改善するため、私たちのグループは、地上約400kmの地球低軌道を周回している国際宇宙ステーション(ISS)に搭載されている2つの相補的なX線観測装置(MAXIとNICER、図1)を連携させることで、恒星フレアなどの突発的なX線増光を起こした天体を素早く捕捉するシステム「MANGA(MAXI and NICER Ground Alert)」を開発しました。このシステムにより、RS CVn 型連星であるおひつじ座UXのフレア初期の増光をMAXIにて検知し、そのわずか89分後にNICERによる詳細追観測に成功しました(図2)。
フレアの規模は過去最大の太陽フレアと比較しても100万倍近く大きいものでした。解析として行ったのは、フレアによるエネルギー解放直後のX線エネルギースペクトル*8(図3)のモデリング(熱制動放射*9による連続成分と脱励起*10による輝線成分の分析)です。連続成分の情報から、プラズマ温度とX線光度の変化には時間差が生じていることがわかり、フレアループ内のプラズマ形成の時期を捉えていることが示唆されました。また、半ループ長を太陽半径の約4倍(太陽フレア典型スケールの約100倍)と見積もり、規模の大きさを裏付けています。
輝線成分の情報では、太陽以外の恒星フレア現象で初となる衝突電離平衡から乖離したプラズマの観測的証拠を探しました。鉄の24階電離イオン、25階電離イオン*11からの輝線放射強度比の時間的進化を求めて理論予想値と比較することで、フレア発生直後のプラズマは電離非平衡状態で説明可能であることを示しました。今回の観測データでは、電離平衡状態の解を棄却するまでは至りませんでしたが、今後、X線分光撮像衛星「XRISM」*12等の他のX線観測衛星との同時観測を行うことで、電離非平衡プラズマの初検出を目指そうと考えています。
用語解説
- *1 RS CVn型連星:連星とは2つの星が互いに重力的に束縛している系を指す。RS CVn型星はりょうけん座RS星に代表されるフレア星で、公転周期が比較的短い、分離型の近接連星系。
- *2 (恒星の)フレア:恒星の外層大気で磁場に蓄積されたエネルギーが突発的に解放される爆発現象。
- *3 全天X線監視装置「MAXI」:Monitor of All-sky X-ray Image。日本が開発し、国際宇宙ステーションの「きぼう」に搭載されている全天X線観測装置。2009年8月から運用され、現在もおよそ90分に一度全天X線画像を更新することができることから、突発天体現象発見に大きく貢献している。
- *4 高精度X線望遠鏡「NICER」:Neutron Star Interior Composition Explorer。米国が開発し、MAXIと同様に国際宇宙ステーションに搭載されているX線検出器。2017年6月に観測を開始、その有効面積の広さを生かして中性子星をはじめとする多くのX線天体を観測している。
- *5 プラズマ:電荷を持った粒子(イオン、電子等)の集合体。
- *6 フレア磁気ループ:フレアの際に見られる磁力線が恒星表面からアーチ状に立ち上がった形状。
- *7 衝突電離平衡:恒星外層大気での原子の電離状態を変化させる主な素過程として、束縛電子を持つイオンや原子が運動する電子と衝突、束縛電子が引きはがされて価数が減る「電離」と、イオンや原子が周辺の電子を捕まえることで価数が増える「再結合」がある。衝突電離平衡とは単位時間当たりにこの電離と再結合が生じる割合が釣り合っている状態を指す。
- *8 X線エネルギースペクトル:あるエネルギーを持ったX線光子がどのくらい観測されたかを表すデータ。
- *9 熱制動放射:プラズマ中を熱運動する電子がイオンとのクーロン相互作用で減速する際に放出される電磁波。
- *10 脱励起:ここでは励起準位にいた電子が下の準位に遷移すること。その際のエネルギー差分が電磁波として放射されることがある。
- *11 N回電離イオン:ある元素が中性からN個の電子を失った状態のイオン
- *12 X線分光撮像衛星「XRISM」:X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission(X線分光撮像衛星)。日本が主導する国際ミッションで、2023年9月に種子島宇宙センターより打ち上げられた。広い視野を持つXtend装置と分光能力に非常に優れたResolve装置を搭載している。
論文情報
雑誌名 | The Astrophysical Journal |
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論文タイトル | Investigation of non-equilibrium ionization plasma during a giant flare of UX Arietis triggered with MAXI and observed with NICER |
DOI | https://doi.org/10.3847/1538-4357/ad35c5 |
発行日 | 2024 April 16 |
著者 | Miki Kurihara, Wataru Buz Iwakiri, Masahiro Tsujimoto, Ken Ebisawa, Shin Toriumi, Shinsuke Imada, Yohko Tsuboi, Kazuki Usui, Keith C. Gendreau, Zaven Arzoumanian |
ISAS or JAXA所属者 |
栗原 明稀(東京大学大学院 理学系研究科, ISAS宇宙物理学研究系)、辻本 匡弘(ISAS宇宙物理学研究系)、海老沢 研(ISAS宇宙物理学研究系, 東京大学大学院 理学系研究科)、鳥海 森(ISAS太陽系科学研究系) |