金星極域上空の大気では、暖かい領域の周囲を気温が低い領域が取り囲むという不思議な気温分布が観測されています。このたび、金星の気象に関する大規模シミュレーションから、この不思議な気温分布がどのように生じるのかを明らかにすることに成功しました。
金星の極域上空の不思議な気温分布は1970年代にNASAによって行われた金星探査ミッションで初めて観測され、その後の欧州宇宙機関の探査ミッションでも同様の気温分布が確認されています(図1)。最初の観測から40年以上にもわたって、このような気温分布が生成し維持されるメカニズムは謎のままでした。研究チームは、地球の気象を理解するために構築された地球大気用の大規模シミュレーションモデルを金星大気用に改変し、この金星極域の気温構造を解明しようと試みました。
「地球の大気を理解し、最終的には天気予報などに役立てるために、観測を行い、モデルを構築して数値シミュレーションで予測するように、金星の気象を理解するためには、観測と数値シミュレーションの比較が大切です」と、研究チームを率いる安藤氏は語ります。「金星探査機「あかつき」の観測結果を解釈して、金星大気やその気象現象を理解するためには理論的な研究も不可欠なのです。
金星は二酸化炭素で覆われ、温室効果のために地表面温度は460℃にも達します。金星には全球的に広がる濃硫酸で出来た分厚い雲があります。現在、地球では人類活動が活発となり、二酸化炭素の大量排出に伴う温暖化が進み、また硫酸塩エアロゾルも大量に人為的に作られています。つまり、金星は、地球の悲惨な未来の姿なのかもしれません。地球の気象や気候変動を理解するためにも、金星の気象を理解し、それを地球の気象と比較することが必要です。
金星の極域で見られる得意な気温構造、つまり、気温が高い領域を冷たい空気が取り囲むという構造は、長期間にわたって維持されていることから、惑星規模の大気現象が関係していると思われます。したがって、極域の気温分布を理解することは、惑星全体の大気の性質を理解することにもつながるはずです。本研究では、大規模シミュレーションを用いた理論的研究によって、長年の謎とされてきたこの金星特有の気温分布の解明に挑みました。
研究チームは、地球気象用の大規模なシミュレーションを金星大気用に改変し、金星極域の気温分布を再現しました(図2)。金星大気の組成や太陽からの熱の量など、金星の観測量に基づいてモデル計算した結果は、極近傍で気温が高くその周りを冷たい空気が取り囲むという、これまでに観測された気温分布を良く再現しています。つまり、金星大気を再現するもっともらしい理論モデルが構築できたことになります。研究チームのモデルに基づくと、緯度による気温差を作るのは、南北方向の大気の循環であることがわかりました。その様子を示した図3を見ると、強い下降流が極の上空に出来ていることが分かります。
「これは、上空の大気が引きずり下ろされ、周りの空気から圧縮されて、温度が高くなっていることを示しています。温度が高くなった気流が極近傍を集中的に暖めることで、金星極域における特異な気温分布が作られると考えると、現象を自然に説明できます」と安藤氏は解説します。
共同研究者の今村氏は、「一方、金星大気の全体的な気温分布に着目すると、気温は赤道で低く高緯度で高くなっています。それにもかかわらず、赤道から極への流れができている。従って、この南北循環は強制的に作られていることを意味しています」と話します。
金星の分厚い雲層が太陽光によって加熱されると、波(熱潮汐波)が生じます。この波が進む向きは、金星の自転と反対向き、つまり、東向きで、金星大気で吹いている強い東風(スーパーローテーション)と反対向きです。東向きに進もうとする波と東風が作用し合い、極向きに強い流れが作られるのです。シミュレーションによれば、極近傍に流れが集積して、下降流が生じます。気圧の高い低高度に向かう大気は圧縮されます。気体は圧縮されると温度が高くなる性質があり、このために下降流が起こっている領域では温度が高くなります。大気の流れが極域で集まる過程には金星全体を包み込むような巨大な波が係わっているのです。これが極域の一部で温度が継続的に高くなる原因だと、シミュレーションは示唆しています。
今年4月から金星探査機「あかつき」が本格的な観測を開始します。「あかつき」に搭載された複数のカメラによる観測から、金星の南北方向の大気の流れの強さや気温分布がわかれば、本研究で用いられた理論モデルを実証することにつながり、そのようなモデルで観測成果を解釈することで金星の大気・気象への理解が深まると期待されます。
発表誌
Nature Communications (2016.2.1付)
論文タイトル
The puzzling Venusian polar atmospheric structure reproduced by a general circulation model
著者
安藤 紘基 (あんどう ひろき) JAXA
杉本 憲彦 (すぎもと のりひこ) 慶應義塾大学
高木 征弘 (たかぎ まさひろ) 京都産業大学
樫村 博基 (かしむら ひろき) JAMSTEC
今村 剛 (いまむら たけし) JAXA
松田 佳久 (まつだ よしひさ) 東京学芸大学
DOI番号
10.1038/NCOMMS10398