中国地質大学などの研究者を中心とする国際共同研究チームは、月の地下深くに軟らかい層が存在すること、さらに、その層の中では地球の引力によって熱が効率的に生じていることを明らかにしました。これらのことは、月の中が未だ冷え固まっていないこと、そして地球が月に及ぼす力によって月の中は今も温められ続けていることが示唆されます。本研究成果は、月周回衛星「かぐや」(セレーネ)などで精密に測られた月の形の変化を、理論的な計算による見積もりと比べることによって得られました。本研究は、地球と月が生まれてから今まで、お互いにどのように影響を及ぼしながら進化してきたのか、考え直すきっかけとなるでしょう。

惑星や衛星といった天体の生い立ちを明らかにするためには、天体の内部構造や熱的状態をできるだけ詳しく知ることが必要です。どのようにすれば遠方にある天体の内部構造を知ることができるでしょう?実は、外部から働く力による天体の変形の仕方を詳しく調べることで、天体の内部構造や状態を知る手がかりを得ることができます。

天体の形が他の天体の引力によって変化することを潮汐と呼びます。例えば地球の海の潮の満ち引きは、月と太陽の引力によって引き起こされる潮汐の一つですが、海の水は変形しやすいために大きな変位が観測されます。このように、潮汐によって天体が変形する度合は、天体の内部構造、特に天体の内部の硬さに依存します。逆に言えば、天体の変形具合を調べることによって、目では直接見えない天体の内部を探ることができるのです。

地球の引力によって月が変形する様子を説明した模式図

図1 地球の引力による月の変形の模式図。 ここでは特に地球に対する月の動きが完全な円から ずれていることに由来する変形を示している。 わかりやすさのために、実際よりも大きく変形させて描いてある。(c) 国立天文台

月も例外ではなく、潮汐力による月の形の変化から月の中を探ることができます。この形の変化は既にいくつかの測地観測(注1)によって知られています。しかし、これまで考えられてきた月の内部構造では、月探査によって精密に測られた月の形の変化の仕方を説明することができませんでした。

そこで研究チームは、どのような月の内部構造であれば観測された形の変わり方を説明できるのか、理論的な計算によって調べました。

研究チームは月の深部の構造に着目しました。かつてアポロ計画で取得された月の地震観測(注2)のデータに基づく、ある月の内部構造の解析結果によれば、月は大まかに、金属でできた「核」と呼ばれる内側の部分と、岩石でできた「マントル」と呼ばれる外側の部分の二つに分かれていると考えられています。そして研究チームは、その月のマントルの最下部に軟らかい層が存在すると仮定すれば、観測されている潮汐による月の変形を上手く解釈できることを突き止めました。過去の研究において、月のマントルの最も深い所では岩石の一部が溶けているという可能性が指摘されてきました。部分的に溶けた岩石は軟らかくなるので、本研究結果はその仮説を支持します。本研究によって初めて、観測結果と理論計算から月のマントルの最深部が軟らかいことが証明されました。

月の内部構造を示した断面図

図2 本研究における月内部構造の想像図。(c) 国立天文台

観測結果をよく再現する月内部の粘性構造の推定値のグラフ

図3 本研究において観測結果をよく再現する月内部の粘性構造の推定値。 粘性率は軟らかさ・硬さの指標の一つ。 参考として過去の研究に基づく密度構造と地震波速度構造も追加。(c) 国立天文台

さらに研究チームは、マントル最深部の軟らかい層の中で潮汐によって効率的な発熱が起こっていることも明らかにしました。一般に潮汐の変形により天体の中に蓄えられるエネルギーは部分的に熱に変わっていると考えられています。その発熱量は天体の中の軟らかさによって異なります。興味深いことに、本研究において仮定された層の中の発熱がほぼ最大となるのは、計算と観測の比較から推定された軟らかさを仮定した場合でした。これは偶然ではないかもしれません。軟らかい層の中で生じる熱と、層の外へ逃げていく熱の絶妙なバランスによって、層自体が成り立っていると考えられます。過去の研究でも、月の内部で潮汐の変形にともなうエネルギーの一部が熱に変わっていることは示唆されていましたが、このエネルギーの変換は月全体で均一ではなく軟らかい層の中のみ集中的に起こっていることがわかりました。本研究チームは、このマントル最深部の効率的に発熱する軟らかい層が核を包むようにして存在していることから、現在でも核を温め続けていると考えています。さらには、過去においても、このような軟らかい層が核を効率的に温めていたのではないか、とも予想しています。

本研究の今後の展望について、筆頭研究者として研究チームを率いた中国地質大学行星科学研究所の原田雄司博士は次のように述べています。「我々の研究結果は、新たな疑問をもたらしたと思っています。例えば、月のマントルの底の軟らかい状態がどのように長期間維持されるのか、という問題です。これを明らかにするために、より詳細な内部構造・発熱のメカニズムを今後研究していきたいと思っています。また、軟らかい層の中で起きる潮汐のエネルギーから熱のエネルギーへの変化が、月の地球に対する動き方や月の冷え方などに対して、どのような影響を及ぼしてきたのかという問題も出てきました。こういったことも今後明らかにし、月の生い立ちについての理解を深めたいと思っています。」

同じく研究チームの一員であるJAXA宇宙科学研究所太陽系科学研究系の春山純一博士は本研究の意義について以下のように語っています。「月のような小さな天体は地球のような大きな天体よりも速く冷えます。実際、今までの研究から月が火山活動を既に終えていることも知られています。従って月は深い所まで冷めて固まってしまっていると考えられていました。しかし本結果は、月が未だ冷え固まっていない生きた星であることを物語っています。さらには、地球と月が生まれてからどのように力を及ぼし合いながら今に至ったのか、考え直さなければならないことを示しています。つまり本結果は、単に月の深部の状態を解明しただけでなく、月と地球を共に含む系の歴史を知るためのヒントも与えてくれるでしょう。」

研究チーム構成

原田 雄司 中国地質大学行星科学研究所 研究員
GOOSSENS, Sander メリーランド大学ボルチモア郡校 研究員
松本 晃治 国立天文台RISE月惑星探査検討室 准教授
YAN, Jianguo 武漢大学測絵遥感信息工程国家重点実験室 准教授
PING, Jinsong 中国科学院国家天文台 教授
野田 寛大 国立天文台RISE月惑星探査検討室 助教
春山 純一 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 助教

以上、下記の論文と同じ順で記載した。

参照

本研究成果は次の査読論文として出版されました。
Strong tidal heating in an ultra-low viscosity zone at the core-mantle boundary, Nature Geoscience

注1 測地観測(月の測地という意味で「測月」とも呼ばれる)

本研究で用いたのは月の重力と自転に関する観測結果です。月の重力や自転を正確に測ると潮汐力による月の形の変わり方も知ることができるのです。

月の重力は、月の周りを回る探査機の動きを調べることによってわかります。月が生み出す重力によって、探査機の動きが影響を受けるからです。月を周回する探査機の動きは地球と探査機の間の電波や複数の探査機間の電波を用いることによってわかります。そして、潮汐力によって月の形が歪めば月の重力も変わります。潮汐の変形にともなう重力の変化は非常に小さいのですが、それでも探査機の位置の変化を充分正確に調べることができれば、潮汐による歪みに由来する重力の変化も捉えられます。ここ数年の間では、例えば日本の「かぐや」を初めとして、中国の嫦娥一号、米国のルナー・リコネサンス・オービター、同じく米国のグレイルなどの探査機から、潮汐による月の変形の度合が求まっています。

一方、月の自転は、月の表面に置かれた複数の一種の鏡の位置の変化を調べることによってわかります。月は地球に対して常にほとんど同じ面を向けていますが、厳密に言えば地球に対する月の回り方に応じて少しだけ変わります。これによって地球から見た時の鏡の位置も時間と共に変わります。この位置の変化を正確に調べると月の軸の向きの変化も求まります。この向きの変わり方も潮汐による歪み具合によって少しだけ異なります。従って軸の向きの変わり方が充分正確にわかれば潮汐による形の歪み方もわかります。上述のいくつかの鏡は何れも米国や旧ソ連の数十年前の月探査、例えばアポロ計画などの一環として月の表面に残されたものです。個々の鏡の位置の変化は地球から発するレーザー光を用いることによって調べることができます。計測は今でも続けられています。

(月の地震という意味で「月震」とも呼ばれる)

月でも地震が起こります。過去に米国のアポロ計画の一環として、月面に設置された地震計による計測が行われました。地震によって生じた波を地震計で捉えることによって天体の内部構造を推測できます。地震の波の振る舞いは天体の中の硬さが深さとともにどのように変わるのか、という点を知る上で、とても重要です。特に本研究で月の潮汐の変形を理論計算する際に以下の二つの過去の解析結果を考慮しました。

一つ目は、月の深部における、地震の波が著しく弱まる領域の存在です。一般に軟らかい固体、特に液体を含む固体の中では地震の波のエネルギーが失われ易いことが知られています。よって月のマントルの最も深い所は浅い所よりも軟らかくなっていると考えられます。また、岩石の一部が溶けているであろうとも言われています。

二つ目は、同じく月の深部における、地震の波を跳ね返す反射面の存在です。このような境界面は三つあると考えられています。内側の二つは地球と同じように、固体の内核と液体の外核の境界、及び外核とマントルの境界、そして外側の一つはマントルの中の固体の部分と上で述べた一部が溶けている部分の境界に相当すると考えられています。