地球と太陽の距離は1億4,960万km。太陽から遠く離れた地球においても、太陽光が降り注ぐと暖かいことなどから、太陽エネルギーの総量が莫大であることが想像できます。潤沢な太陽エネルギーを利用する太陽光発電は、クリーンエネルギーの1つとして、地球上で欠かせないものになっています。宇宙機に目を向けると、太陽光発電が唯一無二の日照中の実用的なエネルギー源であり、ほぼ全ての宇宙機に太陽電池が搭載されています1)。本稿では、"ペロブスカイト太陽電池(以降、PSC)" と呼ばれる、実用化に向けて多数の企業や大学が研究開発中の太陽電池を紹介します。我々は、宇宙での最大の劣化要因である放射線に対して、PSCが極めて高い耐性を有することを世界に先駆けて明らかにしました 2, 3)

PSCは、2009年に桐蔭横浜大学の宮坂 力教授らがABX3構造から成るペロブスカイト結晶を光吸収層に用いた太陽電池で発電できることを発見したことを始まりとして研究がスタートした、日本発の太陽電池です。図1にPSCの特徴をまとめました。ペロブスカイト結晶の光吸収係数が大きいため、薄膜でも十分に光を吸収できることから、PSCは基板を除いて1 μm 厚以下で構成されます。更に、150℃以下の低温でも成膜できるため、耐熱温度が低い薄膜フィルム上にも成膜できることから、曲げることができる太陽電池の製作が可能です。また、ペロブスカイト結晶の少数キャリア拡散長が長いこと、太陽電池に適したバンドギャップを有することなどから、最高エネルギー変換効率は25 %を超えています。溶液塗布により成膜できることを主な理由として、製造コストが低く、製造に必要なエネルギーが小さいです。このような特徴を有するPSCは、カーボンニュートラル実現に向けて耐荷重の低い屋根上に設置されることや、室内光下においても高い変換効率を維持する特徴も生かしてIoT用電力源として実用化されることが期待されています。現状では熱耐久性や光耐久性と変換効率の両立などに課題がありますが、多くの企業や大学が参画し研究開発が盛んに行われている現状を考えると、数年以内に地上において普及するのではないかと期待できます。

*ペロブスカイト結晶とは、立方体の中に正八面体を含むような構造を持つ結晶の総称である。構成される原子の種類により特性が大きく変化し、例えば高温超伝導体や強磁性体として働くことが知られている。

図1

図1:ペロブスカイト太陽電池の特徴。

さて、宇宙科学とPSCの繋がりを見ていきたいと思います。「はやぶさ2」や「あらせ」などの探査機や科学衛星に使用される太陽電池は、3接合型化合物太陽電池(以降、3接合型)が一般的です。宇宙を主な適用先として開発された3接合型は、3つの半導体材料を直列接続して幅広い波長を吸収していることなどから、実用化レベルの変換効率が約30%と高いです。また、近年では3接合型が薄膜化され曲面にも搭載できる薄膜3 接合型が開発され、SLIMやDESTINYに搭載される予定です。単接合PSCが、変換効率で(薄膜)3接合型を上回ことは原理的に困難です。一方、コスト面と放射線耐性においてはPSCが優位になりそうです。(薄膜)3接合型は材料や製造方法が複雑であり低コストでの製造が難しい上に、主な市場が宇宙に限られているため大量生産による低コスト化も難しい状況です。一方で、PSCは真空や高温環境を必要とせず簡易な溶液塗布により低コストで製造できることに加えて、地上用途における需要が見込めるため大量生産による低コスト化も期待できます。そして、詳細な理由は解明を目指して研究中であるものの、PSCは(薄膜)3接合型に比べて極めて高い放射線耐性を有することが明らかになっています。放射線環境と要求寿命によっては、寿命末期での変換効率は(薄膜)3接合型と同等になることが期待されます。これらのことから、地上における実用化を目指した研究開発が進み、高い変換効率と熱や光に対する耐久性を有し、高い放射線耐性を兼ね備えた低コストのフレキシブルPSCが開発できると、大電力を必要とするミッションや放射線量が多い軌道を飛翔するミッションに貢献できると考えています。

ここからは、我々の研究成果も含めてPSCの放射線耐性について紹介します。一般的な太陽電池の宇宙での最大の劣化要因は放射線です。放射線が太陽電池に入射すると、半導体結晶中の原子が格子点からはじき出され、欠陥が導入され得ます。欠陥が少数キャリア(光生成した電子またはホール)の再結合中心として働いた場合、少数キャリアの拡散長(L)が短くなり(少数キャリアが進める距離が短くなり)、太陽電池の出力が低下します。さて、各太陽電池の放射線耐性はどのように決まるのでしょうか。化合物半導体材料の放射線耐性の違いについて、バンドギャップ(Eg)、光学吸収係数(α)、少数キャリア拡散長の損傷係数(KL)を用いて、次のように整理されています。Egが大きい程、放射線により低下が大きい表面電流成分の発生電流への寄与が小さくなるため、発生電流の低下が小さくなります。αが大きい程、光吸収層を薄くできるため、放射線により導入される欠陥量が少なくなります。KLが小さい程、放射線によりLが短くならないことを示すため、発生電流の低下が小さくなります。KLは実験により明らかになる値であり、ペロブスカイト結晶のKLは明らかになっていませんでしたが、ペロブスカイト結晶が大きいEgと大きいαを有することから、我々はPSCが高い放射線耐性を持つ可能性が高いことに着目して、桐蔭横浜大学宮坂研究室と共にPSCの宇宙応用に向けた検討を世界に先駆けて2014年にスタートさせました。宇宙機設計においては、放射線による劣化を考慮して太陽電池搭載量を決めるため、放射線耐性が高いことは太陽電池パネルの小型軽量化や低コスト化に寄与、すなわち観測機器を増やせることによるミッションの質の向上に寄与します。

では、どれだけPSCの放射線耐性は高いのでしょうか。太陽電池の放射線耐性の評価として、太陽電池に損傷を及ぼす電子線、または陽子線を照射し、照射前後の発電特性を評価する方法が一般的です。電子線は通過した経路に一様な欠陥を導入するため、他の太陽電池と放射線耐久性の比較ができます。陽子線は止まるところでエネルギーを落として局所的に欠陥を導入するため、光吸収層で止まるエネルギーの陽子線が太陽電池に最も大きな劣化を及ぼすと考えられます。我々は、他の太陽電池と耐久性の比較ができる1MeV電子線、光吸収層で止まり最も劣化を及ぼすと考えられるエネルギーの陽子線、双方の照射実験から、いくつかの有機無機ペロブスカイト結晶を光吸収層とするPSCが、3接合型に比べて高い放射線耐性を有することを明らかにしました4 )。例えば、3接合型の最大発電電力量が38%低下する1 MeV電子線1×1016 /cm2を照射した後においても、図2に示す通り、PSCの最大発電電力量の低下は見られませんでした。我々の報告に続き、PSCの高い耐久性を支持する結果が多数報告されています。

図2

図2:1MeV電子線 1 × 1016 /cm2 照射前後の発電特性。

なぜ、PSCの放射線耐性は高いのでしょうか。宇宙応用の実現には、放射線に対する振る舞いを明らかにすることが必要です。ペロブスカイト結晶が小さいKLを持つ理由の解明のために、KLを決めるパラメータ(欠陥捕獲断面積、キャリア熱速度、キャリア拡散係数、再結合欠陥導入率)について、結晶構造や物性の理解が進んでいるペロブスカイト結晶MAPbI3(ここで、MA:CH3 NH3)とシリコンの比較評価を行いました。評価の1つとして、再結合欠陥導入率を支配するはじき出しエネルギーを第一原理分子動力学シミュレーションにて計算した結果を紹介します。図3に示すのは、MAPbI3とシリコンにおける、それぞれI原子とSi原子にエネルギーを与えた後の座標変位です。MAPbI3 のI原子がシリコンのSi原子よりも少し低いエネルギーではじき出されることがわかります。これは、MAPbI3中のI原子の方がシリコン中のSi原子に比べて放射線によりはじき出されやすく、MAPbI3がシリコンに比べて放射線耐性が高いとは言えない、ということです。他のパラメータについてもペロブスカイト結晶のKLの小ささを説明できる優位性は見られませんでした5 )。小さいKLを持つ化合物半導体InPについては、KLが小さい理由の1つとして、室温下で放射線劣化後の発電性能の回復が報告されており、ここがペロブスカイト結晶のKLが小さい1つのキーかもしれないと考えています。

図3

図3:MAPbI3 とシリコンにおける、それぞれI原子とSi原子にエネルギーを与えた後の座標変位。

今回は放射線耐性に関する研究を中心に報告しましたが、宇宙応用、また地上での実用化の共通課題として、熱耐久性や光耐久性の向上が挙げられます。まだまだ市場規模が小さい宇宙での応用のためには、市場規模が大きい地上における事業化に向けた研究開発と協働していく、または地上事業における成果を取り込んでいくことが重要と考えています。このような研究に適したJAXAの取り組みとして、宇宙探査イノベーションハブにおいて、将来の探査に必要な技術を地上における技術課題解決と融合させ、得られた成果の地上での社会実装と宇宙探査への応用を目指すことにより、宇宙探査に必要な技術の継続的な研究開発を可能とする取り組みを行っています。PSCについても、「高効率・低コスト・軽量薄膜ペロブスカイト太陽電池デバイスの高耐久化開発」のテーマで、産学官が連携し、地上におけるIoT用電力源としての実用化、その先の宇宙応用に向けた開発に取り組みました。将来の気球実験の高度化への貢献を目指して、極薄気球膜上PSCの開発も実施しています。

おわりに

日本発の技術であるPSCが実用化され、カーボンニュートラル社会の実現に貢献すること、更にはPSCの宇宙応用が宇宙開発の発展に貢献できることを期待しています。最後に、共同研究者の桐蔭横浜大学 宮坂 力教授、池上 和志教授をはじめとする宮坂研究室の皆様、早稲田大学 山本 知之教授、JAXA 廣瀬 和之特任教授、金谷 周朔氏、豊田 裕之助教、福家 英之准教授、今泉 充氏をはじめ共同研究者の皆様に心より感謝申し上げます。

参考文献

[1] ISASニュース 2017年8月号(No. 437) "変革する太陽電池と新しい宇宙科学ミッション" 豊田 裕之

[2] Y. Miyazawa, M. Ikegami, T. Miyasaka, T. Ohshima, M. Imaizumi, and K. Hirose, Evaluation of Radiation Tolerance of Perovskite Solar cell For Use in Space. 42 th IEEE PVSC, 14 -19 June 2015 , New Orleans.

[3] ISASニュース 2021年7月号(No. 484) "宇宙研の半導体デバイス研究 -深宇宙探査船団を実現するために-" 廣瀬 和之

[4] Y. Miyazawa, M. Ikegami, H.-W. Chen, T. Ohshima, M. Imaizumi, K. Hirose, and T. Miyasaka, Tolerance of Perovskite Solar Cell to High- Energy Particle Irradiations in Space Environment. iScience 2 , 148 (2018).

[5] Y. Miyazawa, G. M. Kim, A. Ishii, M. Ikegami, T. Miyasaka, Y. Suzuki, T. Yamamoto, T. Ohshima, S. Kanaya, H. Toyota, and K. Hirose, Evaluation of Damage Coefficient for Minority-Carrier Diffusion Length of Triple-Cation Perovskite Solar Cells under 1 MeV Electron Irradiation for Space Applications. J. Phys. Chem. C, 125 , 13131 (2021).

【 ISASニュース 2022年5月号(No.494) 掲載】