宇宙研は、太陽系46億年および宇宙138億年の歴史の解明を目指して、水星から木星の惑星間に複数の衛星・探査機を配置する"深宇宙探査船団"構想の実現に向かっています。複数の衛星・探査機を機動的に打ち上げるミッションを成功させれば、「はやぶさ」の成功に始まる我が国の独創的な惑星探査をさらに発展させることになります。宇宙科学ミッションを遂行するうえで、姿勢制御をはじめデータ処理、通信、太陽電池など衛星/探査機に搭載するエレクトロニクスの構成部品として重要となるのが半導体デバイスです。深宇宙を機動的に探査するためには、これまでのミッションで半導体デバイスに要求されてきた宇宙放射線耐性に加えて超低消費電力性や小型軽量性が強く求められています。

そのような宇宙用半導体デバイスは世界にも類を見ないため自ら開発する必要があるものの、宇宙開発戦略本部が決定した宇宙基本計画工程表のもと10年で8機ほど開発する衛星・探査機に搭載する少量の半導体デバイスを、宇宙研が独力で開発・製造することは予算的にとても困難です。

そこで、民生との共用を目指した「民生用先端技術を用いた自主開発」と、民生用先端半導体デバイスの「宇宙適用を目指した精緻な評価技術」という戦略が重要と考えています。本稿では、私たちが最先端の民生技術を用いて研究開発している"マイクロプロセッサー"と、宇宙適用を目指して精緻な評価をしている"スピントロニクスデバイス"および"ペロブスカイト太陽電池"についてご紹介いたします。

マイクロプロセッサー

コンピュータの中で数値計算や条件判断などを司る半導体デバイスはマイクロプロセッサー(MPU)という超高集積回路です。これまで私たちはSOI(Silicon on Insulator)という民生の先端半導体技術をベースにして、スペースワイヤーという先進的な高速インターフェースを内蔵した宇宙用MPUの研究開発に成功しており、それは過酷な放射線環境を飛翔してジオスペースの観測を続けている「あらせ」のミッション用オンボードコンピュータに搭載されています。

図1

図1 マイクロプロセッサー。大容量のメモリと外部機器に対するスペースワイヤーを含む多彩な高速インターフェースとセキュリティ機能をシステムオンチップ化して内蔵。

現在開発しているMPUは図1に示すように、そのMPUを機能と性能で大きく凌駕するために、大容量のメモリと外部機器に対するスペースワイヤーを含む多彩な高速インターフェースとセキュリティ機能をシステムオンチップ化して内蔵したもので、小型化と拡張性を図ったことにより超小型衛星から大型衛星を使った様々なミッションに利用できるものとなります。放射線耐性は世界標準を目指し、処理速度は現行のJAXA認定MPUの10倍以上、消費電力は太陽電池発生電力が家庭電力程度と厳しかった「はやぶさ」にも搭載可能だったMPUと同じ1W以下としました。

研究開発では、まず最先端の超低消費電力SOI民生技術をベースに重イオン照射施設およびガンマ線照射施設での放射線試験とコンピュータを使った3次元デバイス回路混合シミュレーションにより放射線耐性を強化する技術を確立しました。その後に放射線耐性強化策を施した記憶セルと論理セルをセル・ライブラリとして整備し、それらを使って民生用の最先端組み込みMPUの設計図をもとに設計しました。このセル・ライブラリを民生ユーザに提供すれば地上でも必要とされる高信頼民生機器向けの高い放射線耐性を持つ超高集積回路の設計にも利用できます。

民生との協調路線をとり易くなる結果、共用の効果で安価に宇宙用超高集積回路を入手できることを狙っています。現在は製造したエンジニアリングモデルの詳細な電気的試験と放射線試験の結果を踏まえてフライトモデルの設計が終わり、私たちの深宇宙探査に必要な世界一の超低消費電力性能を達成できることを確認したところです。いよいよフライト品の製造に着手します。なお平行して、エンジニアリングモデルは、革新的衛星技術実証3号機で宇宙実証を行うことになっています。

スピントロニクスデバイス

現在の私たちの生活を支えているエレクトロニクスは半導体中の正孔と電子のプラスとマイナスという"電荷"の状態を利用した電子回路で構成されていますが、スピントロニクスは電子のアップ・ダウンという"スピン"の状態を利用した電子回路で構成されるもので、超低消費電力性と不揮発性という特徴からエレクトロニクスを超える次世代の技術として注目を浴びています。大規模災害時の停電時にもスピン状態が保持されるため災害からの復興を支えるものとして期待されて、2012年からは東北大学大野英男教授(現総長)が代表となり「耐災害性に優れた安心・安全社会のためのスピントロニクス材料・デバイス基盤技術の研究開発」という文部科学省の大型プロジェクトが3 .11の震災を受けて5年間実施されました。

私たちは民生利用を見据えた本プロジェクトに参加して、地上に降り注いでいる宇宙線由来の中性子線がスピントロニクスデバイスのデータ保持素子に与える影響を評価しました。同時に、民生利用のために研究開発が進むスピントロニクスデバイスが将来宇宙でもそのまま共用できれば、高性能・小型軽量・低価格の半導体デバイスを利用できることになると期待して、スピントロニクスデバイスの宇宙放射線環境での耐性と故障モードを解明しなければならないと考えて研究を進めました。

本プロジェクトでは、20ナノメートル以下の微細加工プロセスで実現された世界最小のスピントロニクスデータ保持素子に宇宙線由来の中性子が与える効果を"未知の影響"および"発生頻度"の観点で評価しました。

図2

図2 スピントロニクスデバイス。電子の電荷ではなくアップ・ダウンという"スピン"の状態を利用したスピントロニクスデバイスのデータ保持素子部。直径数十ナノメートル、膜厚数ナノメートルという世界最小のスピントロニクスデータ保持素子に宇宙線由来の中性子が与える効果を"未知の影響"および"発生頻度"の観点で評価。

図2に示すように、MgOという厚さ1ナノメートル程度の薄い絶縁体を挟んで同じく1ナノメートル程度のCoFeB層という薄い磁性体がスピン状態を保持することで、停電時にも1と0のデータを保持しています。本研究では潜在的リスクとして、(1)宇宙線由来の中性子がデータ保持層を貫通したとき素子の特性が劣化するか?(2)中性子との核反応でスピントロニクスデバイス内に生成される重イオン(宇宙放射線と同じ)がデータ保持層を貫通したときスピン状態は反転するか?を考えて、核反応シミュレーションと中性子および重イオンの照射実験を実施しました。

その結果、世界最小サイズにまで微細化したスピントロニクスデバイスのデータ保持素子では、(1)の過程を通じた影響は現れないものの、(2)の過程を通じてスピン反転という影響がこれまでの常識に反して起こること、しかしその"発生頻度"は先端SRAMのデータ保持素子と比べて極めて小さいため、高い信頼性を有することを世界に先駆けて明らかにしました。本プロジェクトの目標を達成するとともに、将来の宇宙応用へ期待できることを確認したのです。

ペロブスカイト太陽電池

ペロブスカイト太陽電池は、2009年に桐蔭横浜大学の宮坂力教授が色素増感太陽電池の光吸収層に使われる色素液体の代わりに、半導体である有機無機ペロブスカイト結晶を用いることで発電できることを発見したことにより誕生しました。その後、2012年に変換効率が10%を超えると世界では爆発的に研究が盛んになり、現在は単結晶シリコン太陽電池に迫る高い変換効率を持つ軽量薄膜な太陽電池を低コストで実現できる期待から次世代太陽電池として世界的に大きく注目されているものです。軽量薄膜化を実現できる理由はフィルム上に低温製法にて成膜できるからで、低コスト化を実現できる理由は簡易な塗布プロセス製造やRoll-to-Roll製造が可能であるからです。私たちはペロブスカイト太陽電池の変換効率が15%を超えて急成長中であった2014年にこれらの優れた特徴に着目して宮坂教授等と共同で宇宙応用に向けた研究開発を開始し、ペロブスカイト太陽電池が宇宙用太陽電池として現在の主流である3接合化合物太陽電池に比べて高エネルギーの電子やプロトンなどの宇宙放射線に対して極めて高い耐性を有することを世界で初めて明らかにしました。

表1

表1 ペロブスカイト太陽電池

表1に、ペロブスカイト太陽電池、宇宙用のシリコン太陽電池および3接合化合物太陽電池にミッション期間の軌道上での放射線被曝量を想定して1MeV 電子線を1×1016 cm-1照射した際の、最大出力Pmaxの保存率(照射前を1としたときの照射後の割合)と照射前および照射後の変換効率を示します。シリコン太陽電池や3接合化合物太陽電池と比べてペロブスカイト太陽電池の保存率が高く、放射線耐性が高いことが明らかになりました。

ペロブスカイト太陽電池の照射前の変換効率を今後の実用化時に期待される20%と仮定して、宇宙機の太陽電池搭載量を決める指標となる照射後の変換効率を推定すると、照射前の変換効率ではペロブスカイト太陽電池は宇宙用3接合化合物太陽電池の28.5%に及びませんが、照射後の変換効率では宇宙用3接合化合物太陽電池が17.7%にまで劣化するのに対してペロブスカイトは20%と一定のため、その優劣が逆転することになります。

この結果、太陽電池搭載量を削減でき軽量・低コスト化に繋がります。また放射線を遮蔽するためのカバーガラスの厚みを削減できるため、フレキシブル性を利用した宇宙機設計の自由度が高まります。このような優れたメリットがあるため、ペロブスカイト太陽電池は民生用としてだけでなく宇宙用としても非常に有望と考えています。

研究戦略

打上げおよび宇宙の過酷な環境のもとで極めて高い信頼性が求められる衛星・探査機に搭載される半導体デバイスの研究は、宇宙科学研究所の前身の東京大学宇宙航空研究所が採用した"共用性"という戦略のもとに始まりました。1964年当時、6年後の我が国初の人工衛星「おおすみ」の打ち上げを目指して、極めて高い信頼性が求められていた通信機用電子部品の中から、技術が成熟して安定的に供給される最良品種と製造メーカーを選定し、宇宙放射線を含む各種の環境試験による評価を加えて採用可否を判断することにしました。その戦略のもと、世界で4番目に人工衛星を地球周回軌道に投入することに成功し、その後も毎年1機ずつ衛星・探査機を打ち上げ様々な科学的観測に成功してきました。しかしながら、その後、大型化・高機能化した衛星・探査機を実現するために海外の宇宙用半導体集積回路等の高機能デバイスも採用しなくてはならなくなり、これまでと同じ戦略をとることはできなくなったことから「民生用先端技術を用いた自主開発」および民生用先端半導体デバイスの「宇宙適用を目指した精緻な評価技術」という戦略が重要となったのです。

宇宙科学のさらなる発展のためには、今後もこのように常に半導体デバイス民生技術の流れを見据えて研究戦略の見直しを続ける必要があると考えます。世界は宇宙を利用したビジネスの展開を目指す「ニュースペース」の時代を迎えています。これからは、衛星を地上のIoT(Internet of Things)ネットワークのセンサーノードおよびリレーノードとして利用して、私たちの生活の真の豊かさや安全性を高めていくことが期待されているのです。そこでは、多数の超小型衛星や民生半導体デバイスの利用も必要になっています。

宇宙科学のために進めている「民生用先端技術を用いた自主開発」および民生用先端半導体デバイスの「宇宙適用を目指した精緻な評価技術」という取り組みが、高性能で放射線耐性が高くしかも低消費電力・小型・安価な半導体デバイスを生み出し、それらが我が国のニュースペースの発展にも貢献し、その結果、相乗効果として宇宙科学のさらなる展開に繋がることを期待しています。

謝辞

本研究は、研究開発部門内プロジェクト・次世代MPU研究開発チーム、小林 大輔准教授、宮澤 優研究開発員を始めとするJAXAメンバーとともに、東北大学 大野 英男教授・遠藤 哲郎教授、桐蔭横浜大学 宮坂 力教授等の研究室の皆様と行ったものです。この場をお借りして、心より御礼を申し上げます。

【 ISASニュース 2021年7月号(No.484) 掲載】