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リュウグウ粒子とともに、ロンドンへ

3月末の夜、桜の開花が近づく東京を離れ、私は羽田空港国際線ターミナルにいた。
リュックサックの中には、リュウグウ試料が入っている。

2020年、JAXAのはやぶさ2ミッションは、小惑星リュウグウの試料を地球へ持ち帰った。現在その試料は世界中で研究が進められているが、その一部は展示として公開され、多くの人がミッションの成果や太陽系のはじまりに触れる機会となっている。

これまで国内のさまざまな博物館や施設で、リターンサンプルの実物展示に関わってきたが、今回は海外の科学博物館での展示、そして「クーリエ(試料を運ぶ役割)」としての任務でもある。

不安よりも、これから始まる新しい経験への期待のほうが大きかった。

展示を支えたプロフェッショナルたち

ヒースロー空港に到着すると、搭乗機を降りたところで、私の名前を掲げた美術品輸送のプロフェッショナルたちが待っていた。リュウグウ試料のような特別な物品を扱うため、こうした専門の輸送業者が空港で出迎えてくれたのだ。彼らのサポートで税関手続きを終え、私はリュウグウ試料とともに、そのまま科学博物館へ向かった。

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(左)到着ゲートで待っていた輸送のプロフェッショナルたち、(右) 今回運搬したリュウグウ試料ケース

朝早い到着だったにもかかわらず、ミュージアムのスタッフが待っていてくれた。

展示の仕事をしていて一番の楽しみは、開館前の静かな展示室に入れること、そしてバックヤードに入れることだ。この日もまだ暗い展示室を抜け、眠るように並ぶ展示物を横目に、試料をバックヤードで引き渡した。

展示技術担当者とともに、顕微鏡で試料の状態を確認した。今回展示するのは、1か月ほど前に私自身が作成した、リュウグウ樹脂封入試料だ。リュウグウ粒子をあらかじめ透明な樹脂の中に閉じ込めて固化させた状態(樹脂封入)にし、粒子が見えやすいように表面を研磨している。このような試料を用いることで、輸送や展示の過程でも粒子の破損を防ぎながら、位置が固定された状態で観察しやすくなる。樹脂中の気泡や表面の状態について説明しながら、コンディションを確認し合った。彼女のプロフェッショナルな仕事ぶりが、とても印象に残っている。

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顕微鏡で試料状態を確認しながら状態を共有する

設営と最終調整

翌日は、開館前の展示室で展示設営が行われた。

展示デザインや什器の担当者たちとともに、粒子の向きや位置、展示台の高さや素材を調整しながら、粒子ができるだけよく見える形を探っていった。今回の展示では、工夫を凝らしたライティングやスライド式の拡大レンズが取り入れられている。来館者はまず肉眼で粒子を見て、その後レンズを通して拡大しながら、表面の細部まで観察できるようになっている。こうした見せ方は、今後の参考にもなると感じた。

開館時刻の数分前、すべての準備が整ったところで、「Happy?」とお互いに確認し合う。日本語ではあまり使わない言い方だが、「これでいい?」という意味をやわらかく包み込むような響きがあって印象的だった。「ハッピー」と言い合いながら最終確認をするその空気が、あたたかく、少しほっとした。

展示台にはカバーがかけられ、セレモニーまでの静かな時間に入っていった。

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(左上)科学博物館のキュレーターへの試料引き渡し、(右上)展示担当者による現場設営、(下左・中)スライド式の拡大レンズにより、肉眼での観察と拡大観察の両方が可能な展示、(下右)照明の工夫により、粒子表面の凹凸が際立って見える

設営を終えてほっとしたあと、ミュージアム内のカフェでお茶を飲んだ。宇宙展示の歴史やアウトリーチについて話しながら、これから先の展示のあり方にも自然と話題が広がっていく。とくに、学校教育や子どもたちへの届け方については、今後も大切にしていきたいと改めて感じた。

展示が始まる

週が明けた月曜日、開幕式が行われた。

科学博物館館長のSir Ian Blatchfordや宇宙科学研究所所長、日本大使館関係者、そして英国でリュウグウ試料の研究に関わってきた研究者など、多くの関係者が集まった。はやぶさ2に続くサンプルリターンミッションである火星衛星探査計画(MMX: Martian Moons eXploration)の探査機模型がSir Ian Blatchfordに贈呈され、セレモニーは和やかな雰囲気の中で進められた。

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リュウグウ粒子展示オープニングセレモニーの様子。(左下)左から:高橋功氏(在英国日本国大使館 一等書記官)、Sir Ian Blatchford(英国科学博物館 館長)、Sara Russell氏(英国自然史博物館 研究員)、藤本正樹氏(宇宙科学研究所 所長)

セレモニー後、展示は一般公開された。

平日にもかかわらず、学校のグループで訪れていた子どもたちが多く、リュウグウ粒子展示の前にはすぐに人が集まっていった。レンズをのぞき込みながら、「宇宙の石だって」「小惑星から来た石」といった声があがる。少し奪い合うようにしてまで見ようとするその様子は、世界のどこでも変わらない光景で、見ていて思わずほほえましくなる。ときどき声をかけて説明をすると、子どもたちは少し恥ずかしそうにしながらも話を聞いてくれる。その反応もまた、日本でも海外でも変わらないのだと感じた。リュウグウ粒子を見つめながら私の話を聞くその目は、その先の宇宙を見ているようにも思えた。

近くにはアポロの月の石、背後には宇宙機の展示。その中でリュウグウ粒子を眺める時間は、空間ごと宇宙につながっているような感覚があった。その光景が、とても印象に残っている。

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(左、右上)リュウグウ粒子を観察している子どもたち、(右下)リュウグウ粒子展示の近くに展示されているアポロの月の石。

ミッションを越えた対話

展示初日には、キングス・カレッジ・ロンドンのVice Dean (Research) であり、ESAの系外惑星ミッション「ARIEL」のPIを務めるGiovanna Tinetti教授と、藤本所長によるトークセッションが行われた。リュウグウ試料の話から系外惑星の大気観測へと話が広がり、「私たちはどこから来たのか」という問いを、異なるアプローチでつなげているのがとても印象的だった。小さな粒子と遠くの惑星が一本のストーリーで語られていて、視野が一気に広がるような時間だった。

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科学博物館のニュース記事(英語のみ):https://blog.sciencemuseum.org.uk/from-an-asteroid-grain-to-earth-and-a-thousand-distant-skies/

つながりの中で生まれる展示

今回の展示は、現場でのやり取りだけでなく、宇宙科学研究所として海外機関と築いてきた協力関係の中で実現したものでもあった。

私自身、日ごろから所内のさまざまなメンバーと調整しながら仕事を進めているが、今回は国際チームとの連携を通じて、普段とは異なる視点を得ることができた。特に今後のサンプルリターンミッションでは、これまで以上に多くの国や機関が関わっていく。今回の展示も、その流れの中にあるひとつの取り組みであり、リュウグウ粒子展示が持つ意味の広がりを実感した。

振り返ると、今回の展示を通して、多くの人と一緒に仕事ができたことが何より印象に残っている。海外の展示のプロフェッショナルと、準備段階から現地まで議論を重ねながら作り上げていく時間は新鮮で、多くの学びがあった。そうした一つひとつの積み重ねが、ここに至るまでの流れとして、この展示につながっていたのだと感じている。そしてそれは、この展示に限ったことではなく、これまで関わってきた展示も、これから取り組んでいく展示も同じなのだと思う。

今回の経験を通して、展示やアウトリーチ活動とは、人と人とのつながりの中で生まれ、広がっていくものなのだと感じた。

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(左)オープニングセレモニーの打ち合わせ中、(右)公開されたリュウグウ粒子展示前で博物館のキュレーターたちと

次へつながる仕事

今回の訪問を通して、海外の博物館の専門家と意見交換を行い、今後の展示やアウトリーチ活動について共有することができた。これまで築いてきたネットワークに加え、新たなつながりが生まれたことは大きな収穫だった。こうした関係を継続しながら、より伝わる展示とは何か、何を伝えていくべきかを考え続けていきたい。

その中心にはリュウグウ試料があり、イトカワ試料があり、そしてMMXのフォボス試料へとつながっていく。

クーリエとしてのもう一つの役割

ロンドンを発つ前に、私はもう一つの「クーリエ」としての仕事を行った。英国自然史博物館では、2025年5月から2026年2月にかけて特別展「Space: the Search for Life」が開催され、リュウグウ粒子が展示されていた。今回の訪問では、その展示に用いられていたリュウグウ粒子と、はやぶさ2ミッションでリュウグウに運ばれた小型ローバ「MINERVA-Ⅱ1(ミネルバ・ツー・ワン)」の模型を受け取り、日本へ持ち帰る役目もあった。

展示を終えたリュウグウ粒子の前に立ち、私はこの小さな粒子が、相模原のキュレーション施設を離れて過ごしてきた長い時間と、そこに至るまでの流れに思いを巡らせていた。小惑星リュウグウから地球へとたどり着き、オーストラリアでの回収を経て日本で管理され、そしてロンドンで展示されるまでの道のり。その長い旅の果て、このロンドンで、世界中から訪れた人々が、この宇宙から来た小さな粒子を目にしていたのだ。

さらに、その過程に関わってきた多くの人たちや、この粒子を目にしてきた人たちの存在にも思いが及んだ。そうした数えきれないつながりが一つに重なり合い、静かな感慨として胸に残った。

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自然史博物館での展示の様子。(上)自然史博物館の外観。(中)特別展「Space: the Search for Life」の展示。リュウグウ粒子と、小惑星探査機「はやぶさ2」に搭載された小型ローバ「MINERVA-Ⅱ1(ミネルバ・ツー・ワン)」の模型。(下・左から)リュウグウ試料を研究する自然史博物館の研究者 Sara Russell 氏、リュウグウ試料を研究する自然史博物館の研究者。

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(左)試料や模型を大切に管理してくれた自然史博物館のキュレーター、(右)復路の飛行機の搭乗口まで試料と私を見送ってくれた頼もしい輸送業者の二人

多くの人と出会い、リュウグウ試料や「はやぶさ2」に寄せる思いに触れた。それを伝えたいという気持ちは、場所が違っても変わらないのだと感じた。

こうして人と人とをつないでいくことも、この仕事の大切な一部なのだと思う。これからどんな人たちと出会い、どんな展示をつくっていけるのか。そして、どれだけ多くの人や子どもたちに宇宙への興味や広がりを届けられるのか。

そんなことを思いながら、帰路についた。


【これまでの海外でのリュウグウ粒子展示に関する記事】

小嶋 智子 (地球外物質研究グループ主任研究開発員)

(2026/05/20)