宇宙科学探査交流棟の閉館後、18時30分。入口の前に人が集まりはじめたその時から、もう物語は始まっている。館内に入る前のわずかな時間、事前の注意事項さえも、これから始まる体験の一部になっていく。スクリーンに映し出されるのは、「Mission In The Dark」の文字。ここで何が始まるのか、まだ誰にもよく分からない。けれど、これから自分もその場の一員になるのだという緊張感だけは、すでに漂っている。

舞台は2031年。火星衛星探査計画MMXがフォボスから持ち帰ったサンプルの一つに、想定外の異変が起きた。限られた時間の中で原因を探り、何を優先し、どう判断するのか。参加者は、交流棟の中を歩き、展示を見て、登場人物の話に耳を傾け、情報を集めながら、その出来事の中へ入っていく。

ここで与えられるものは、すべて意味を持っている。MMXの概要も、交流棟の展示も、状況説明も、ただの案内ではない。物語を読み解くための手がかりとして、参加者の前に差し出される。だからこそ人は、「説明を聞く」のではなく、「状況を理解するために聞く」ことになる。

そうして進んでいくこの時間は、現実の出来事のようでいて、決してそれだけではない。2026年4月4日、5日、11日、12日の4日間、JAXA相模原キャンパスの宇宙科学探査交流棟で実施した体験型演劇「Mission In The Dark」は、MMXを題材に、宇宙科学と舞台芸術を組み合わせたJAXA宇宙科学研究所の新しいアウトリーチの試みだった。参加者が交流棟内を巡りながら情報を集め、自らの判断によって物語の進行や結末に関わる構成とし、交流棟ツアーやMMX解説についても物語の導入に組み込んだ。展示空間そのものを、体験の一部として活用したのである。

この企画が目指したのは、宇宙科学を一方的に説明することではない。参加者自身が宇宙科学研究所で何が行われているのかを知り、科学の成果がどのように生まれ、活かされていくのかを考えること。その過程を通じて、宇宙科学を遠い世界の話ではなく、自分が関わる出来事として感じてもらうことだった。探査機を送り出すまでの準備、ミッションを支える技術、得られた成果をどう読み解くか、そしてその成果をどう次につなげるのか。そこには、宇宙科学研究所で日々積み重ねられている研究と判断の営みがある。MMXというミッションをめぐる問いを、参加者の前に"自分ごと"として立ち上げる。それが「Mission In The Dark」の核にあった。

展示と解説が、物語の手がかりになる

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物語の進行の中で、MMXの概要や参加者が置かれた状況が共有される。解説そのものも、体験型演劇を構成する要素の一つとして組み込まれた。

この企画では、交流棟でのツアーや解説も"事前説明"ではない。参加者は物語の進行の中でMMXの概要や舞台設定を知り、交流棟の展示を手がかりとして受け取っていく。展示の意味、ミッションの背景、探査機が持ち帰るサンプルの重み。それらは知識として与えられるだけではなく、物語を理解し、先へ進むために必要な情報として配置されていた。

物語は参加者の行動によって分岐するが、真相にたどり着くには、与えられた情報を丁寧に拾い、正しく推理することが求められる。だからこそ参加者は、「説明を聞かされる」のではなく、「状況を理解するために聞く」ことになる。そこに、体験型演劇ならではの学びの導線が生まれていた。

さらに印象的だったのは、参加者の向き合い方だった。事前に交流棟の展示を見て予習したり、隣接する相模原市立博物館のプラネタリウムで上映されている「MMX 火星衛星探査計画」を鑑賞してから参加する人も見られた。企画した側にとっても、参加者がこの体験に本気で向き合ってくれていることを実感する場面だった。

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交流棟ツアーでは、展示を見ること自体が物語を読み解く手がかりとなった。参加者は交流棟内を巡りながら情報を集めていった。

交流棟という場所そのものが、舞台装置であり、情報を集める現場でもあったことも大きい。普段は展示を見る場所である交流棟が、このときは物語の進行に直接関わる空間となる。参加者はその場を歩き、見て、聞いて、考える。宇宙科学探査交流棟という実在の場所を使ったからこそ、研究現場に入り込んでいるような感覚が生まれ、没入感をより高めていた。

研究者は演じない。けれど、物語の土台を支える

脚本づくりを支えたのは、JAXA宇宙科学研究所の研究者による監修だった。研究者は事前に体験型演劇を体験したうえで、研究者の視点から助言を行った。実際に起こり得る事象は何か、研究現場ではどう受け止められるか、どこに違和感が生じるか。そうした観点をもとに脚本へ意見を反映し、物語としての面白さと、科学的な妥当性の両立を図った。

あわせて、企画準備の段階では制作関係者にMMXミッションに関するレクチャーを行い、来場者に伝えたい内容や脚本に盛り込みたい要素、舞台となる宇宙科学研究所を知ってもらうために交流棟をツアーしてもらいたいこと、ツアーで押さえるべきポイントなどを現地で共有した。さらに、MMXを理解する文脈として、はやぶさ、はやぶさ2によるサンプルリターンミッションの成功も物語の背景に織り込んだ。演者自身も交流棟や宇宙科学、MMXについて自主的に学びながら準備を進めており、そうした積み重ねが作品全体のリアリティを支えていた。

宇宙に詳しくなくても、入口になった

応募は2,222組3,891名に達し、4日間・全4公演で78組150名が参加した。倍率は27.8倍。企画段階で想定していた以上に、高い関心が寄せられた。

参加者の声からは、この企画が宇宙科学に詳しい人だけのものではなかったことが伝わってくる。「今回初めて相模原キャンパスに来た」「施設を初めて知った」という人も少なくなく、体験型演劇という入口から、宇宙科学研究所そのものに興味を持つきっかけになっていたようだ。

参加のきっかけも、宇宙科学そのものというより、イマーシブシアター、体験型イベント、謎解きといった形式への関心が多かった。それでも体験後には、「展示や解説を通じて宇宙科学に興味を持った」「内容がよく伝わった」といった声が寄せられ、物語を通じてMMXや宇宙科学への理解が深まっていたことがうかがえた。

さらに、「今後は演劇でなくても相模原キャンパスの他のイベントに参加したい」という声もあり、この企画が一度きりの体験ではなく、次の関心や来訪へつながる入口にもなっていたことが感じられた。

会場の外にも広がった反響

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2031年を舞台に、MMXが持ち帰ったサンプルの異変をめぐって物語が進行。参加者はその場で情報を集め、自ら判断しながら体験に加わった。

企画の反響は、会場の外にも広がった。Xでは関連投稿が公開から約1か月半で約85万PV、4,778いいねに達した。参加者からは、「初めてでも楽しめた」「宇宙に詳しくなれた」「実際のJAXA施設で体験すること自体に特別感があった」「再演してほしい」といった反応が見られ、体験としての面白さと学びの両方が印象に残っていたことがうかがえる。

さらに、2026年5月2日発売の『星ナビ』6月号でも本企画が紹介された。X上での話題に加え、天文・宇宙分野の専門誌にも取り上げられたことは、「Mission In The Dark」が宇宙科学広報の新しい試みとして関心を集めたことを示している。

宇宙科学への、新しい入口をひらく

「Mission In The Dark」が示したのは、宇宙科学が、最初から強い関心を持つ人だけのものではないということだ。展示、解説、物語、選択、そして体験を組み合わせることで、これまで宇宙科学との接点が薄かった人にも、無理なくその世界への扉を開くことができるのではないか。今回の企画は、その可能性を探る試みでもあった。

実際に、参加者の多くはイマーシブ体験や謎解き、体験型イベントへの関心を入口として集まった。その体験の先で、MMXや宇宙科学への理解と関心が深まったと感じてもらえていたなら、企画した者として大きな励みとなる。宇宙科学探査交流棟という場所そのものを活かしながら、物語の力で宇宙科学を"自分ごと"として感じてもらう。こうした試みが、今後の宇宙科学のアウトリーチを考えるうえで、一つの手がかりになればと願っている。

最後に

今回、多くのご応募をいただいたことは、この企画に寄せていただいた期待の大きさでもあった。その一方で、結果を心待ちにしてくださった方や、今回は参加がかなわなかった方もいた。ご案内の過程では、一部でお知らせが届きにくいケースもあり、募集方法やご案内のあり方についても、今回の経験を今後の教訓として活かしていきたい。

那須 祐介 (JAXA宇宙科学研究所 科学推進部 広報担当)

(2026/05/13)