Nancy Grace Roman宇宙望遠鏡(以下、Roman)は、NASAの大型旗艦計画として2026年に打上げが予定されている、口径2 . 4mの大型宇宙望遠鏡です。Romanの主力装置である広視野撮像装置WF(I Wide-Field Instrument)は、ハッブル宇宙望遠鏡と同等の測光精度・空間分解能を持ちながらその200倍の視野を備えたサーベイ特化型の観測装置です。Romanではこれを用いて、大量の遠方銀河の形状・明るさを精密に測定し、Ia型超新星を大量に観測することでダークエネルギー宇宙論の高精度な検証を行います。また、重力マイクロレンズ探査観測から従来発見が困難であった「冷たい系外惑星」を大量に発見し、系外惑星の分布を包括的に解明する事が期待されています。さらに、Romanにはコロナグラフ直接撮像装置CG(I Coronagraph Instrument)が搭載されています。CGIは宇宙空間初の波面補償を行う本格コロナグラフ装置で、太陽系の木星のような系外惑星の反射光を初めて捉える事で、将来の超大型宇宙望遠鏡による地球型惑星の直接撮像に向けた技術実証を期待されています。

以上のように、各分野で絶大な観測成果を期待されているRoman計画に日本は国際パートナーとして参画しており、日本独自の研究成果や貢献の創出を目指し、ISAS Romanプロジェクトチームを中心に活動を行っています。本稿では、Romanが解き明かすサイエンスについてレビューを行ったのち、具体的に行っている日本・JAXAの貢献について紹介したいと思います。

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図1: Nancy Grace Roman宇宙望遠鏡 (Credit:NASA GSFC)

ダークエネルギー宇宙論の精密測定調査

ダークエネルギー宇宙論の精密測定調査における最も重要な動機の1つは、20世紀の終わりに初めて観測された宇宙の加速膨張の起源を理解する事です。それまで、宇宙膨張は重力によって徐々に遅くなると一般的に考えられており、加速膨張の発見により人類の宇宙観は大きく揺らぐ事になりました。この宇宙の加速膨張を駆動すると示唆されている「ダークエネルギー」の正体や性質は、現代物理学の最大の未解決問題の1つであり、その解明は我々の宇宙についての理解を一段階進める可能性があります。

Romanはダークエネルギーの影響を検証し、その性質を理解するための鍵となる観測結果を提供することで、この困難な挑戦に取り組みます。具体的にはWFIを用いて、①遠方の銀河の形状と明るさを大量に精密観測し、ダークエネルギーが宇宙の大規模構造の形成と進化にどのように影響を与えるかを調査します。さらに、②標準光源となるIa型超新星を大量に観測し、超新星の距離とその赤方偏移を比較することで、宇宙の膨張速度とダークエネルギーの性質の関係について精密に調査します(下記解説もご覧下さい)。

重力マイクロレンズ法による冷たい系外惑星の分布調査

20世紀の終わりに主系列星を周回する系外惑星が初めて発見されてから、現在まで5 , 000個以上の系外惑星が発見されてきました。この約30年間の観測から、宇宙において系外惑星自体は普遍的な(珍しくない)存在であることが示されてきましたが、我々の太陽系の惑星とは全く異なる性質を持つ惑星が数多く発見されています。例えば、ケプラー宇宙望遠鏡の観測によって、水星よりも近い軌道を周回する灼熱の岩石惑星が豊富に存在することがわかっています。このような系外惑星の多様性の理解やその起源の解明は、一般的に惑星がどのように形成されるかを理解するのに重要であるのみならず、宇宙における生命の拠り所としての太陽系・地球の普遍性を理解する上で非常に重要です。ここで重要であるのが、現在発見されている系外惑星の大半が比較的主星の近傍に位置する灼熱の惑星であり、太陽系のような温度の惑星の分布は観測方法や精度の限界でほとんど解明されていません(図2)。

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図2: これまで発見されてきた系外惑星が黒丸で示されている。ケプラー衛星が探査した領域(赤線)に対して、Romanは青線で示された冷たい領域に存在する惑星分布を解明する。太陽系のような惑星の分布も初めて解明する。(Penny et al. 2019 , ApJS, 241, 3を参考に筆者が作成)

Romanは重力マイクロレンズ法という少しトリッキーな手法を用いて、冷たい系外惑星を大量に発見し、冷たい系外惑星の分布を包括的に解明します。マイクロレンズ法は、星の手前を「偶然」通り過ぎる惑星系の重力で、背景星の明るさが特徴的に変化する様子を捉えて、惑星を発見する手法です。惑星を発見するためには、天体同士が「偶然」重なる瞬間を捉える必要があります。RomanではWFIを用いて、銀河系(天の川)中心に近い領域に位置する数億個の星の明るさを、これまでにない精度で合計10数ヶ月間監視することで、冷たい惑星を約1,400個発見すると期待されています。

コロナグラフ装置による系外惑星反射光の検出技術実証

Romanに搭載されるもう1つの革新的な観測装置として、宇宙空間初の波面補償を行うCGIがあります。コロナグラフは、明るい中心星の光を遮蔽しその周囲に存在する微弱な光を観測するための装置です。この技術により、系外惑星や原始惑星系円盤など主星の近くに存在する暗い天体の直接観測が可能になります。宇宙空間における直接撮像では、地上望遠鏡が直面する大気による光波面の乱れの影響を受けないため、望遠鏡光路で生じる微小な歪みを波面補償することで、これまで検出不可能であった微弱な信号を捉えることができます。Roman CGIでは主星からわずか0 . 2 秒角しか離れていない位置で、主星の10億分の1の明るさの天体を検出することを目指しています。これは、可視光での太陽と木星の明るさの比に対応しています。Roman CGIは技術実証装置と位置付けられていますが、地球のような暗い天体を直接観測するための重要なステップであり、将来の超大型宇宙望遠鏡による地球型惑星の直接撮像、さらにはその大気の分析を行う際の重要な前提となります。

観測装置を活かした広範な研究提案の募集

Romanはその機能と規模を活用して、上述の調査観測を主に行いますが、観測はそれだけに限定される訳ではありません。実際、その機能性と柔軟性を最大限に活用するために、公募を通じて広範な研究提案を受け付ける予定です。これにより、様々な観測時間帯がゲスト観測者に提供され、一般の科学者も自身の研究目的のために望遠鏡を利用できます。これは、世界中の研究者による創造性と多様性を活かし、未知の科学的発見を促進するための重要な活動の一環です。ゲスト観測者による新たなアイデアや観測戦略は、Romanの潜在能力を引き出し、宇宙物理への包括的な理解に新たな視点をもたらすことが期待されています。この開放性とコミュニティーとの連携が、Romanの大きな特長の1つといえます。

日本・JAXAの取り組み

Romanの先進的な科学目標は、各学術領域で将来的な科学的戦略の方向性を示し得る重要な成果を提供すると期待されています。このような決定的な時期に、日本とJAXAが国際協力パートナーとして、独自の科学成果と貢献を創出するチャンスを得られることは大変価値のあることです。ここでは、JAXAと日本の研究者がRoman計画に対して行っている貢献をご紹介します。

コロナグラフ装置偏光観測のための光学素子とコロナグラフ基板の提供

日本は、Roman CGIに高精度偏光観測機能を追加する提案を行い、そのための光学素子を製作して提供しています。この偏光観測チャンネルは、無偏光の恒星光に対して惑星や円盤の反射・散乱光が部分的に偏光することを利用し、主星/惑星の明るさのコントラスト比を抑えることを目指し、同時に偏光特性を解析して新たな科学的成果を創出します。さらに、コロナグラフマスク基板と呼ばれるRoman CGIの中核部分も日本から提供されています。コロナグラフマスクは、明るい恒星像やその回折光を遮蔽する重要なパーツで、その製造には高度な技術が必要とされ、日本企業の技術力が存分に発揮されています。提供されたこれらの光学素子と基板は、既に実際のCGIのフライトモデルに搭載されており、近くCGIの光学調整・性能試験が行われる予定です。

JAXA地上局によるデータ受信

Romanは従来の宇宙望遠鏡とは比較にならない程の超大容量の観測データを収集します。例えば、ハッブル宇宙望遠鏡が約30年かけて収集したデータ量に対して、Romanはその100倍以上の観測データ量を5年間で収集してしまいます。NASAはRoman専用といえる受信局を整備しますが、それでも最大データ収集量の半分以下しか受信できないため、JAXAを含む国際協力が必須となります。JAXAは今回新たに、長野県の美笹深宇宙探査用地上局54mアンテナに26GHz帯の高速受信システムを開発・導入し、Romanのデータ受信を支援します。このKa帯受信システム開発は、将来の科学衛星のデータ大容量化に伴うJAXAの環境整備という観点からも有益です。

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図3: 美笹深宇宙探査用地上局54mアンテナ(長野県)

独自性の高い日本の地上望遠鏡群との協調観測

ユニークな日本の地上望遠鏡とRomanの協力観測が検討されており、これにより科学成果の相乗効果が期待されます。国立天文台が運営するすばる望遠鏡は、広視野の可視光撮像装置HSCと多天体分光装置PFSを搭載しており、これらはRomanと相補的な観測を可能にします。例えば、すばる望遠鏡による暗い天体の多天体分光観測は、Romanが観測する遠方銀河の赤方偏移分布の詳細な情報を提供し、精密宇宙論観測の精度を高めることができます。大阪大学が運営するPRIME望遠鏡は、Romanの観測と同時に重力マイクロレンズ現象を観測し、"マイクロレンズ視差"という観測量を測定し、Romanによって発見されるマイクロレンズ惑星の質量をより正確に推定することを可能にします。(ちなみに、現在PRIME望遠鏡は試験観測中で、筆者はPRIMEのある南アフリカの観測所から本稿を執筆しています。)これら協調観測より、Romanの科学成果の最大化や新たな科学成果の創出が期待されます。

Roman科学検討チームの参加

Roman計画への日本の貢献として、科学検討チームの公募も注目されます。この公募は、Romanの観測戦略を共同で検討するチームを募集するもので、採択されたチームはRomanの科学成果について重要な意思決定に関与します。日本人研究者コミュニティからも多くの方がこれら検討チームへの参加を申し込んでおり、その結果を待ち望んでいます。Roman計画にとって最適な観測戦略が形成され、その結果新たな科学的発見が可能になることが期待されています。また、このように日本の研究者が国際的な大型プロジェクトにおける観測計画の策定に直接参加する経験は、国内の次世代研究者への教育や育成にも繋がり、日本の宇宙科学分野の更なる発展に寄与すると考えられます。現在は結果待ちの状態ですが、日本からの多数の参加があったこと自体が、我が国の科学研究の活力と国際的なプロジェクトへの関与の意欲を示しており、これら活動を通じて、国際的な科学協力体制における日本の役割が強化されることを期待しています。

解説:宇宙の加速膨張とダークエネルギー

ビッグバンで始まった宇宙は、膨張を続け現在の宇宙となりました。では、宇宙はこの先どのようになるのでしょうか?このまま膨張を続けるのか、あるいはどこかで収縮に転じて最後にはまた元の一点に戻るのか?科学者たちは、その答えを求めるため、地球からさまざまな距離にある銀河が、どのように遠ざかっていくのか、すなわち宇宙の膨張速度を精密に測定しようとしました。膨張速度は、観測された光の波長のずれ(赤方偏移)を精密に測定することで知ることができます。一方、天体までの距離を測定するのは簡単ではありません。ここで利用されたのがIa型超新星です。超新星は、星の生涯の最期に起きる大爆発ですが、その性質からいくつかの型に分類されます。Ia型とは、太陽のような比較的小さい星の最終形態である白色矮星に、連星系をなす相手の星から物質が降り積もり、ある臨界点を超えると爆発すると考えられています。そのメカニズム上、爆発時に放出するエネルギーが一定であることが知られており、実際に観測された明るさから、爆発がどれくらい遠方で起きたかを知ることができます。

1990年代に、アメリカとオーストラリアの研究者を中心とする2つのグループが、この手法で多数の超新星を測定し、宇宙の膨張の様子を調べました。すると、驚くべき事に現在の宇宙は膨張を加速していることが明らかになったのです。この成果に対して、2011年のノーベル物理学賞が授与されました。

では一体どのような仕組みで膨張が加速しているのか?その加速の源とされているのが「ダークエネルギー」と呼ばれるものです。ただし、ダークエネルギーは、まだある種仮想的な存在で、誰もその正体を知りません。

Roman宇宙望遠鏡や、先日打ち上げられたESAの天文衛星Euclidでは、超新星の観測に加え、遠方の銀河の分布や、形状、明るさを測定することで、ダークエネルギーの謎に迫ろうとしています。遠方の銀河の光は、地球に届くまでの間に、途中にある物質による重力の影響で道筋を曲げられる(重力レンズ効果)結果、見かけの銀河の形状が変化します。宇宙そのものの膨張の仕方、そして宇宙の中の銀河の分布や赤方偏移の分布、さらに重力レンズ効果は、ダークエネルギーの存在やその性質によって、わずかな違いを示すことが予想されています。これらを多数の銀河に対して精密に測定する事で、ダークエネルギーの性質や、我々の宇宙の進化への影響を明らかにしようとしています。

(ISASニュース編集委員会 協力:山田 亨、宮﨑 翔太)

 

【 ISASニュース 2023年7月号(No.508) 掲載】