イントロ

私が勤務する金沢大学は医王山の麓、標高100mほどのところにあり、春には太陽が透ける新緑の並木道を爽やかな気持ちで通勤できる。金沢駅から5kmほど離れると日本海が広がり、いとも簡単に新鮮な海の幸を味わえる(安い!)。12月末までは地元ならではの香箱蟹(ズワイガニの雌)にもありつける(旨い!)。能登半島へ続く「のと里山海道」を進むと、世界で3つしか無いという波打ち際を自動車で走れる「千里浜なぎさドライブウェイ」があり、さらに進むと松本清張の『ゼロの焦点』の舞台として有名な「ヤセの断崖」もある(凄い!)。そんな環境での私の日常は、50 cm/ 50kg級の金沢大学衛星「こよう」の開発や、本題のHiZ-GUNDAM衛星搭載機器の開発に従事することで、資料作成やテレビ会議でパソコンの前だけで過ごすことも多い(辛い!)。

さて、私達の住む世界には何故こんなにも豊かな自然が広がり、便利で楽しく時には辛い生活ができるのか?それには多種多様な元素が存在することが関係していると言えるだろう。けれども、それらの「元素の起源は?」というと、全貌が明らかになっていない。それは宇宙がどのように誕生し、そして、どのような進化を遂げてきたのかを知ることであり、我々の起源を知るための根源的な欲求と言える。本稿のテーマであるHiZ-GUNDAMは、このような問いへ向けた2つの宇宙科学を推進することを目標に計画されている。1つ目は、ガンマ線バーストという宇宙で一番明るい爆発を観測して、宇宙誕生から数億年しか経過していない初期宇宙の環境を解明すること。2つ目は、重力波を発する天体現象からの短時間ガンマ線バーストを観測することで、ブラックホールが誕生する瞬間の物理現象を探求することである。本稿では、冒頭に記した「元素の起源」にも迫るHiZ-GUNDAM計画を紹介しようと思う。

宇宙最大の爆発 ガンマ線バースト

ガンマ線バースト(以下、GRBと略す)は、数10ミリ秒から数100秒の短時間に、激しい時間変動を伴いながらX線やガンマ線を放射する天体現象である。1度の爆発で解放されるエネルギーは1054エルグ(1エルグ=10- 7ジュール)に達する場合も観測されており、太陽が100億年の寿命を通じて放出する全エネルギーの1, 000倍相当を一瞬で放出してしまう、まさに「宇宙最大の爆発現象」である。突発的なX線・ガンマ線放射の後には、X線から電波にわたる広い波長で減光しながら輝く「残光」が続く。爆発直後の残光は非常に明るいため、遠くの宇宙で発生しても簡単に観測できるのだが、1日後には暗くなってしまうため、迅速に観測しなくてはならない。これまでの観測では、GRBの平均的な赤方偏移はz ~ 2(距離にして約100億光年)程度であり、最遠方記録はz= 8. 26(131億光年)である。

GRBの物理現象そのものを理解することも重要であるが、GRBを明るい光源として利用することで初期宇宙探査や重力波源を調べるような、応用的な研究に焦点が移り変わりつつある。HiZ-GUNDAMは世界に先駆けてこれらGRBを使った新しい科学を推進する計画である。

GRBで初期宇宙を探査しよう

宇宙が誕生した直後、特に宇宙誕生から38万年後(宇宙マイクロ波背景放射の時代)は、中性の水素とヘリウムばかりで構成された、天体が存在しない光のない世界「暗黒時代」であったと考えられている。その後、重力によってガスが集まり宇宙で最初の星(第一世代星、宇宙の一番星)が誕生すると、宇宙の様子は様変わりしていく。星の内部では、核融合によって新たな元素(鉄原子まで)が作られる。星の寿命が来ると、それらは超新星爆発やGRBなどの爆発で宇宙空間に撒き散らされ、多様な元素が存在する環境が作られていく。そして第一世代星からの強烈な紫外線放射によって、宇宙空間のガスは再び電離されたと考えられている。このようなシナリオは理論的な研究から提唱されたものであるが、暗黒時代以降については観測的には全く明らかになっていない。宇宙誕生直後の歴史を理解するためには、遠くの宇宙(すなわち過去の宇宙)を精密に観測することが直接的な方法である。そのために宇宙そのものが誕生する起源の解明を目指すミッション(LiteBIRD*) がある一方、HiZ-GUNDAMはその後の初代天体の形成や宇宙進化の様子に迫れることに特色がある。

現在のGRBの観測は、①人工衛星でGRBを発見、②口径30 cm 〜 1 mの小型望遠鏡で残光を発見、③口径4 m級の中型望遠鏡で赤方偏移を同定、④8m級の大型望遠鏡で分光観測、のような段階を踏む事が多い。大型望遠鏡の観測時間は貴重なので、真に興味深いGRBであると確証を得てから観測する必要がある。そのため、大型望遠鏡の登場までには1日程度の時間を要してしまい、その頃には残念ながらGRBの残光は暗くなってしまう。

図1

図1 すばる望遠鏡に搭載されたFOCAS検出器で取得したGRB 050904発生から3.4日後の分光スペクトル(Totani et al., PASJ, Vol.58, 25, 485, 2006)。GRBと観測者までの銀河間空間に存在する僅かな中性水素によってGRBの残光スペクトルは吸収を受け、Lyαと示されている波長よりも短波長側は完全に吸収される。実線はスペクトルを記述する最適なモデル関数で、Lyα吸収線の波長に向けてなだらかに落ちている。この形状を減衰翼と呼び、その広がりの形状から宇宙の中性水素の度合いを測定できる。SII, SiII, OI, CIIと示されている部分はGRB発生源における硫黄、ケイ素、酸素、炭素元素による吸収線であり、ここから赤方偏移がz=6.295と測定された。吸収線の深さから、太陽と比較した元素組成比を測定することが可能となる。

そのような中でも、日本の「すばる望遠鏡」を用いた観測で将来の展望が見えている。図1は、2005年9月4日に発生したGRB 050904の残光を、発生から3.4日後にすばる望遠鏡で分光観測したものである。詳細は図1の注釈に示すが、水素のライマンα(Lyα)吸収線の波長に向けてなだらかな減衰が観測され、波長の短い可視光は完全に消失している。このLyα減衰の形状を詳細に解析したところ、赤方偏移z= 6.295の頃(宇宙誕生から10億年程度)には銀河間物質の大部分は電離しており、中性水素はほとんど存在しない(1シグマ上限値として17%以下)ことが示された。また、スペクトルには、硫黄、ケイ素、酸素、炭素の吸収線が検出されているため、GRBの発生環境には既にこれらの元素が大量に存在していたことがわかる。その後、2013年のGRB 130606A(z=5.91)の観測からは、ごく僅かに中性水素が存在していたという兆候も示されている。

最初にGRBの残光が発見されてから既に25年が経過しているが、好条件での観測機会は限られ、良質な分光スペクトルが観測された例はこれら2例のみである。「もし、人工衛星でGRBを発見し、同時に価値ある遠方のGRBであるという確証も得られるならば、残光のまだ明るいうちから大型望遠鏡を使った観測頻度も増やせるのに...」という極めて単純な思いつきがHiZ-GUNDAMのコンセプトを生む発想となった。そして、さらに遠方宇宙を観測するためには、高感度な近赤外線観測も要求される。

いま、重力波天文学が熱い

2015年9月15日に、米国の重力波干渉計LIGOにより史上初の重力波の直接検出が実現した。2017年8月17日には、LIGOと欧州のVIRGOによって中性子星連星が衝突・合体した際の重力波GW 170817が検出され、その1.7秒後にはNASAのフェルミ衛星によって短時間GRBのようなガンマ線放射GRB 170817Aが検出された。フェルミ衛星では発生場所をリアルタイムでは特定できなかったため、数多くの地上望遠鏡がそれぞれ誤差領域に存在する銀河を観測し、可視光の突発天体を探した。重力波検出から約11時間後に、可視光と近赤外線で輝くキロノヴァと呼ばれる突発天体が発見され、約1 ヶ月にわたって追観測が行われた(図2参照)。

図2

図2 2017年8月17日に検出されたGW 170817 /GRB 170817 Aのキロノヴァ現象の明るさの変化。数多くの望遠鏡による観測データをまとめたもの(Villar et al. ApJL, Vol.851, Issue 1, L 21, 2017)。重力波検出の11時間後から1ヶ月程度にわたって追観測が行われた。色は観測波長を表し、紫色から赤色にかけて長波長となる(図中の枠外に天文学で使われる測光フィルタ名が示されている)。reproduced by permission of the AAS.

このキロノヴァとは何か?シナリオは次の通りである。中性子星連星の合体では、中性子を多く含む物質が撒き散らされる。中性子は電気的な反発力が働かないため、衝突するごとに大きな原子核を作り出す(r過程元素合成と呼ばれる)。レアアース元素を含むランタノイド属にも達する質量数の非常に大きな原子核となるが、中性子過剰な放射性同位元素であるため、核分裂とベータ崩壊により数秒程度で崩壊する。このときの崩壊エネルギーで温められた物質が長期間にわたって輝き、キロノヴァとして観測されるというものである。特にランタノイド属を多く含むキロノヴァは近赤外線で明るく輝く。

この連携した観測の成功を受けて、重力波と電磁波観測を組み合わせた「重力波天文学」という新しい学問領域が誕生した。重力波のような新たな情報の担い手(メッセンジャー)を含め、様々な情報を統合して宇宙を理解する「マルチメッセンジャー天文学」とも称される。しかしながら、これまでに重力波と同期した電磁波放射が観測されたのは、この1例のみである。「重力波と同期した短時間GRBを発見し、即座に可視光・近赤外線で観測できれば、中性子連星が合体してブラックホールが誕生するときの物理現象を理解できるのに...」という思いがまたHiZ-GUNDAMのコンセプトに繋がった。

機動的なHiZ-GUNDAM

本稿に示した初期宇宙探査や重力波天文学を進展させるためには、広い天域を高感度のX線モニターで監視し、発見したGRBに対して網羅的に可視光・近赤外線で追観測を行う必要があることをご理解いただけたと思う。これまでの天文衛星は1つの波長域に特化していたが、HiZ-GUNDAMはX線天文学と可視光・近赤外線天文学がタッグを組んで実施する計画となる。

図3

図3 HiZ-GUNDAM衛星に搭載するミッション機器の概念図(左:広視野X線モニター、右:近赤外線望遠鏡)。広視野X線モニターは、0.5〜4keV程度のX線で1ステラジアン(全天の1/12)程度の広域をモニターする。100秒ほど継続するGRBに対しては、これまでのGRB検出器と比べて30倍ほど高い感度で観測できる。近赤外線望遠鏡は0.5〜2.5μmを4つの波長帯に区切り、10分間の観測で、最も長い波長帯で20.7AB等級、最も短い波長帯で21. 4 AB等級を達成する見込みである。

図3に搭載機器の概念図を示す。広視野X線モニターは、ロブスターアイ光学系(LEO)と呼ばれるX線集光鏡でGRBからのX線を集光し、その焦点面にX線撮像検出器を配置して観測する。LEOは厚さが1 〜 2mmのガラス板に数10μmの大きさの多数の四角い穴が空いていて、内壁とほぼ平行に入射したX線は全反射するという特性を活かすことで、X線反射鏡として用いる。内壁で1回反射したX線は1次元に結像し、直交する2つの内壁で反射すると1点に結像するもので、合わせて十字型の結像となる。LEOを球殻状に配列することで広い視野を確保し、どの方向に対しても均一な観測感度を達成できるようになる。

近赤外線望遠鏡は口径30cmの軸外し光学系を採用し、0.5 〜 2.5μmを4つの波長帯に区切って同時に撮像できる観測装置である。4つの波長帯でGRB残光の明るさを測定する事で、図1に示すようなLyα吸収端がどこにあるのかを判別できるようになる。口径30 cmとは言え、近赤外線帯(波長1 〜 2.5μm)では、地上の4m級の中型望遠鏡に匹敵するような観測感度を達成できる。地上からの観測では、上層大気に含まれるOH基からの強い放射(OH夜光)が近赤外線観測の妨げになるが、人工衛星ではその影響を受けないためである。

広視野X線モニターでGRBを検出すると、5分以内にHiZGUNDAM衛星は機動的に姿勢を変更して近赤外線望遠鏡で観測を開始する。そのデータからLyα吸収の存在を確認して高赤方偏移GRBであるかを判別することで、いち早く大型望遠鏡での観測に必要な情報が得られる。つまり、地上にある小型・中型望遠鏡がこれまで担っていた役目を一手に引き受け、大型望遠鏡の観測開始時間を一気に短縮するわけである。

HiZ-GUNDAM衛星が実現すると、赤方偏移z>6(130億光年より遠く)のGRBの検出頻度がこれまでの20 〜 30倍に増加することは間違い無く、赤方偏移z=12あたりの宇宙の一番星が作り出すGRBを本当に検出できるかもしれない。初期宇宙でのGRBの発生頻度(重たい星の誕生頻度と関係する)を定量化し、明るい残光を使って宇宙再電離や金属元素量の歴史的変遷を理解できるだろう。また、短時間GRBとキロノヴァ現象を観測することで、ブラックホール時空が誕生するときに作られる相対論的ジェットの性質や、ランタノイド属におよぶ重元素の絶対生成量を測定できるだろう。我々の宇宙に多様性をもたらす元素。GRBを用いた初期宇宙・極限時空の観測から、周期表に載っている大部分の元素の起源を解き明かし、私達の世界が美しい理由や、便利な道具に使われるレアメタルの起源を探りたい。

HiZ-GUNDAM計画は、2021年12月にプリプロジェクト候補チームが発足したばかりのため、本稿ではこれまでの観測例とミッション意義を紹介することしかできないのが残念である。HiZ-GUNDAMが実現する2030年頃のISASニュースでは、科学成果をふんだんに盛り込んで、皆様に宇宙の歴史やブラックホール誕生の様子をお伝えできるよう、チーム一丸となって頑張っていきたい。

*LiteBIRD: ISASニュース 2016年9月号(No.426) 宇宙科学最前線 参照

【 ISASニュース 2022年2月号(No.491) 掲載】