アルコールで手を消毒するとひんやりと感じたり、暑い日に冷えた飲み物の周りに水滴が付いたりと、身近な現象である蒸発と凝縮。これらの流体の潜熱が関わる現象を利用することで、非常に効率的に熱を運ぶことができます。地球上で身近なこれらの現象を用いた熱制御技術が、将来の宇宙科学衛星・探査機の熱制御システムを大きく高効率化させることが期待されています。本稿では、宇宙の熱環境と熱制御技術の概要、高効率な宇宙用熱輸送技術として国内外で注目を集める気液二相熱流体デバイスのループヒートパイプ(LoopHeat Pipe : LHP)について、筆者の研究内容を交えながらご紹介します。

ミッション高度化に向けた宇宙機熱制御技術の課題

宇宙機がさらされる熱環境は過酷です。外部からの熱入力は、太陽光、太陽光が惑星表面ではね返った反射光、および惑星表面からの赤外放射です。また宇宙機表面からは、2.7 Kの深宇宙へのふく射放熱があります。宇宙機外部との熱のやり取り、宇宙機内部での搭載機器からの発熱の間で成立するエネルギー保存によって宇宙機の温度は決定されます。投入軌道や姿勢制御によって異なりますが、例えば地球周回軌道上では太陽光が直接当たる箇所は+100℃以上、太陽光が直接当たらず深宇宙を向いた箇所では-100℃以下と、とても大きな温度差にさらされます。大気が存在しないために熱の移動が起こりにくく、さらに宇宙機にとって極端に暑い/寒いという厳しい熱環境において搭載機器を適切な温度範囲に保ち、ミッションを成功に導くことが熱制御システムの役割です。

宇宙機の熱制御技術は大きく分けて、多層膜断熱材やラジエーターなどの「ふく射熱制御」、ヒーターやペルチェ素子などの「発熱・冷却制御」、サーマルストラップなどの「伝導熱制御」、そしてヒートパイプや機械式冷凍機などの「熱・流体制御」に分類されます。宇宙機の熱制御システムは、ミッションの投入軌道および姿勢制御、搭載機器、電力リソースによって完成させる絵が変化するパズルのようなもので、各ピース(要素技術)を組み合わせ、ミッション要求に対していかに最適かつ信頼性の高い熱制御システムを組み上げるかが重要です。近年では、ミッション高度化に伴う搭載機器の高発熱密度化や、宇宙機小型化による機器の高密度実装要求の高まり、探査・科学ミッションの多様化などによって、熱制御システムに対する要求は厳しさを増しています。このため、将来の熱制御システム、宇宙科学・探査の新しい絵を完成させるためには、不足するであろう重要なピースが何かを見極め、それらの研究開発を進め、技術レベルを上げることがとても大切なのです。

では、その重要なピースは何か?ここでは「熱・流体制御」に焦点を当てていきましょう。宇宙機内部の発熱は最外部のラジエーターで放熱されますが、高密度に機器が搭載された場合、熱の発生源から放熱部までいかに効率よく、省電力で熱を運ぶかが重要になります。そこで将来の熱輸送技術として期待され、国内外で活発に研究が進められているのが、内部に封入された流体の蒸発と凝縮を利用して熱エネルギーを運ぶ、「気液二相熱流体デバイス」です。代表的なものとして、1964年に米国で技術実証され、これまでに宇宙利用実績も多数あるヒートパイプが挙げられます。近年研究開発が進められている次世代技術としては、ループヒートパイプ(Loop Heat Pipe : LHP)、自励振動ヒートパイプ(OscillatingHeat Pipe : OHP)、そして気液二相メカニカルポンプループ(Two-Phase Mechanical Pumped Fluid Loop : TPMPFL)が挙げられます。これらの次世代技術のうちの1つ、LHPについて、動作原理と最新研究成果を以降、紹介します。

ループヒートパイプの動作原理と特性

図1にLHPの基本構造を示します。LHPは受熱部の蒸発器、放熱部の凝縮器、液量を調整する補償室、これらをつなぐ蒸気管、液管から構成されます。宇宙用LHPには作動流体として、アンモニアが多く用いられます。蒸発器内には、流体の駆動源となる毛細管力を生み出す多孔質体があり、蒸発器へ熱が加えられると、封入された液体が多孔質体表面で蒸発し、蒸気管を流動します。凝縮器まで到達した蒸気は、液体へと凝縮し、このとき放熱します。液体は液管を通って蒸発器、補償室へと戻ります。LHPは蒸発器の多孔質体で生じる毛細管力のみを駆動源とすることから、電力を用いることなく長距離・大量熱輸送が可能であり、動作特性の重力依存性が小さいといった宇宙機にとって魅力的な特徴を有します。LHPは、これまで国内外の多くの宇宙ミッションで実績を積んできました[1-3]。しかし長年、研究者・技術者を悩ませてきた課題もありました。そのうちの1つが、機器からの発熱密度が高まった条件で生じる蒸発器の著しい熱伝達性能の低下でした。

図1

図1 ループヒートパイプの基本構造

図2に負荷熱流束(単位面積当たりの発熱量)に対するLHP蒸発器の温度変化を模式的に表した図を示します。LHPの熱輸送限界は、原理的には駆動源となる蒸発器多孔質体の最大毛細管力によって決定されます。しかし実際には、ある熱流束を境に蒸発器熱伝達特性が著しく低下し、急激な温度上昇が生じることが実用上の動作限界を決定していました。性能理論限界までLHPの能力を引き出し、高熱流束条件での動作信頼性を上げるために、この現象のメカニズム解明が必要不可欠です。

図2

図2 負荷熱流束に対する蒸発器の温度変化の例

高熱流束での多孔質体界面熱輸送メカニズムの解明とLHP応用

熱伝達性低下メカニズムを明らかにするにはどうすれば良いでしょうか?熱の流れを理解するには温度分布を捉えられる赤外観察、相変化現象を理解するには液体と気体の境界(気液界面)の動きを捉えられる可視光での観察が有効です。先行研究で赤外・可視それぞれの波長領域の観測結果の報告例はあったものの赤外・可視を組み合わせた観察や、現象が生じる実スケール(数μm ~数十μm)での観察例は無く、現象理解には至っていませんでした。そこで筆者含む研究チームで、マイクロスケール赤外・可視観測装置を構築し、蒸発器内部を模擬した試料表面の熱輸送現象の観察から研究に取り組みました。

観測装置のアイディア自体は比較的シンプルなものであったため、研究開始当初は楽観的に考えていたものの、実に約2年もの間、装置構成や計測条件、試料を変えては上手くいかない試行錯誤の日々を過ごしました。熱伝達を担う支配因子や熱伝達特性が著しく低下するメカニズムなどの手がかりが得られず、研究者としては楽しくも苦しい日々を過ごしていた中、未だに忘れられない瞬間があります。ある時、可視光観察で意図せず視野がほとんど暗くなる光源設定になってしまったことがありました。暗いと当然得られる情報も少ないと考え、それまで検討すらしていなかった条件だったのですが、画面を見るとそれまで着目していなかった観察領域(蒸気溝の内部)に蒸発器容器と多孔質体を繋ぐ影がうっすらと見え、さらに熱伝達性能が著しく低下する熱流束条件でその影がはじけるようにして消失する過程を観測したのです。初めて実験中に鳥肌が立ちました。これが、蒸発器の熱伝達特性が急激に低下する要因を捉えることに成功した瞬間でした。

この現象をより明瞭に観測できるよう光源を改良し、この影が熱伝達において重要な役割を担う液架橋であること、液架橋が消失することが性能低下の本質的要因であることを明らかにすることができました。また多孔質体熱流動現象は図3に示すように、Mode A:低熱流束時、液架橋表面において薄液膜蒸発が生じる様式、Mode B:中熱流束時、液架橋表面の薄液膜蒸発と核沸騰現象が共存する様式、Mode C:高熱流束時、液架橋が消失し多孔質体内部の気液界面で蒸発が生じる様式の3種の様式に分類できることを明らかにしました。さらに上記の分類は、多孔質体の特性(熱伝導率、細孔半径、浸透率)によらず適用可能なこと、伝熱促進効果の高い薄液膜蒸発と核沸騰を共存できる界面構造を形成することで、従来よりも5 ~ 6倍高い熱伝達性能が得られることを明らかにしました[4]

図3

図3 蒸発器内の3種の熱流動様式

また薄液膜蒸発理論に基づく熱流動モデルを構築し、(1)熱伝達の効率が非常に高くなる薄液膜が形成される固気液三相界線領域の増大と、(2)蒸発器容器・多孔質体と作動流体間の濡れ性の向上が、LHP高性能化の指針であることを示しました。これらの理論的予測は、マイクロスケール赤外・可視観測装置を用いてそれぞれ要素技術レベルで実証しました[5、6]。 さらに、(1)の基礎的知見をLHPに適用し、蒸発器製作技術とシステム熱流動設計の制約の中で固気液三相界線領域を最大化した結果、LHPシステムレベルで実用上の動作限界を大きく向上させ、従来に対し約2倍の18.2W/cm2の高熱流束条件での熱輸送を達成しました[7]。 これらの成果は、従来は用いられることのなかった高熱流束領域でのLHPの宇宙機適用を可能にすることや、想定外の高密度発熱事象から宇宙機を守ることなど、熱制御システムとしての信頼性向上につながることが期待できます。これから技術成熟度レベルを向上させるなど課題はありますが、将来の宇宙機熱制御を担う、パズルの重要な1ピースとなることを確信しています。

おわりに

本稿では宇宙用熱輸送デバイスの1つであるループヒートパイプの最新の研究成果について紹介しました。従来の宇宙科学・探査ミッションにおいて、熱制御システムは外には見えにくい「縁の下の力持ち」のような存在でしたが、熱的な厳しさが増す将来ミッションにおいてはその方向性を決定づける存在になると考えています。多様化するミッションを高次に実現するために、不足するパズルのピースを生み出すことにとどまらず、将来の宇宙科学・探査の絵自体を大きく変えられるような新たな熱制御技術を生み出すことが、1人の宇宙機熱屋としての夢です。最後に本稿で紹介した研究に関してお世話になりました、名古屋大学の長野 方星教授、岡 智絵美助教、豊橋技術科学大学の西川原理仁助教、長崎大学の近藤 智恵子教授に厚く御礼申し上げます。

参考文献

[1] J. Ku, "Operating Characteristics of Loop Heat Pipes," Proc. of 29 th Int. Conf. on Environmental Systems , 1999 - 01 - 2007 , 1999

[2] H. Nagai and S. Ueno, "Performance Evaluation of Double-condenser Loop Heat Pipe Onboard Monitor of All-sky X-ray Image (MAXI) in Thermal Vacuum Testing," Proc. of 35 th Int. Conf. on Environmental Systems , 2005 - 01 - 2939 , 2005

[3] A. Okamoto, J. Melendez, and F. Romera, "Loop Heat Pipes for ASTRO-H/SXS," Proc. of Int. Conf. Environmental Systems , ICES-2017-349 , 2017

[4] K. Odagiri, M. Nishikawara, and H. Nagano, "Microscale infrared observation of liquid-vapor interface behavior on the surface of porous media for loop heat pipes," Applied Thermal Engineering , Vol. 126 , 1083 - 1090 , 2017

[5] K. Odagiri and H. Nagano, "Characteristics of phase-change heat transfer in a capillary evaporator based on microscale infrared/visible observation," International Journal of Heat and Mass Transfer , Vol. 130 , 938 - 945 , 2019

[6] C. Oka, K. Odagiri, and H. Nagano, "Effect of wettability of a porous stainless steel on thermally induced liquid-vapor interface behavior", Surface Topography :Metrology and Properties. Vol. 5 (4), 044006 , 2017

[7] K. Odagiri and H. Nagano, "Investigation on liquid-vapor interface behavior in capillary evaporator for high heat flux loop heat pipe," International Journal of Thermal Sciences , Vol. 140 , 530 - 538 , 2019

*濡れ性は、液体と固体の間の濡れやすさを表す指標である。液体・固体間の接触角で定量的に表される。例えば雨傘にみられる撥水表面は、接触角を90°以上に大きくすることで、濡れにくい状態を作っている。

【 ISASニュース 2021年9月号(No.486) 掲載】