「はやぶさ2」によって地球へと持ち帰られた試料の詳細分析がついに始まった。リュウグウから我々は何を学んだだろうか?そしてこれからさらに何が明らかになるだろうか?リュウグウに到着した頃と同じくらい期待と緊張が入り混じる、第二章の始まりだ。次章への期待を胸に、本稿では筆者が関わってきた、イトカワ、リュウグウとべヌーの探査機観測(主に可視カメラ)に基づく科学成果(第一章)の一部について紹介したい。
サンプルリターン型探査
2006年NASAの探査機Stardustは、ヴィトル第2彗星からの粒子を地球に持ち帰った。そして、2010年に世界で初めて小惑星からのサンプルリターンを成功させた「はやぶさ」は記憶に新しい。それに続き、「はやぶさ2」は昨年12月に、炭素質小惑星リュウグウからのサンプルを持ち帰った。サンプルの量は「はやぶさ」とは比べ物にならないほど大漁だ。NASAの探査機OSIRIS-RExは炭素質小惑星べヌーからの試料採取を成功させ、現在地球に向かっているところである。この十数年間にこれだけのサンプルリターン型探査が行われており、さらにMartian Moon eXplorer(MMX)による火星の衛星フォボスからのサンプルリターンが計画されている。現在の潮流はサンプルリターンだと言って過言ではないだろう(図1)。
小惑星は原始太陽系の物質の生き残りと考えられており、惑星形成に物質的にも力学的にも大きな影響を及ぼした。火星と木星の間の小惑星帯には多様なスペクトル型を持つ小惑星があり、その組成は明らかではない。サンプルリターン型探査の強みは、物質科学と観測データを1対1で対応づけられるところだろう。例えば、S型小惑星イトカワから採取された試料は少量ながらもLL普通コンドライトであることが判明した。このことから、小惑星帯に多く存在するS型小惑星が、普通コンドライト的な物質であることがほぼ確実になった。このようにして、我々は1つずつ、太陽系形成のパズルのピースを集めている。
黒い小惑星リュウグウ
「はやぶさ2」のターゲット天体であるリュウグウは有機物や揮発性成分に富む炭素質小惑星(C型)であり、特に地球の水や生命の起源と直接関係する可能性が高い。炭素質小惑星は一般的に反射率が低い(黒い)という特徴を持っているが、リュウグウは可視反射率が4 %程度とその中でも一段と暗い天体であることが分かった。これほど暗い隕石は、地球にあるコレクションの中では加熱を受けた隕石くらいしかなく、リュウグウも加熱を受けた炭素質コンドライト的な物質だろうと考えられる。もしくは、炭素に富む物質という仮説も存在する。また、リュウグウに特徴的なのは、非常に密度が小さくおそらく内部に空隙が多くある点である。含水鉱物を含む炭素質隕石のCMやCI [1] は1. 6 - 2. 3g/cm3なので、リュウグウのバルク密度1.19 g/cm3はこれらよりもかなり軽い。可視分光カメラONC (Optical Navigation Camera)や近赤外分光器NIRS 3から得られた反射スペクトルと完全に一致するような天然の隕石がこれまで見つかっていないため、一体どんな物質なのか非常に興味をそそられる。リュウグウのサンプル分析により、構成物質について明らかになることを期待したい。
リュウグウの衝突史
リュウグウやイトカワ、べヌーはラブルパイル天体だと考えられている。小惑星は衝突破壊と重力による集積を繰り返し、小さな天体となっていく。つまりkmサイズの小惑星というのは一世代前の母天体の衝突破壊によってできた瓦礫(ラブル)の集まり(パイル)である。そんなリュウグウの表面に明るい輝点がいくつも見つかった。とりわけ低高度での高解像度の画像には多くの輝点が至るところに見られた(図2)。これらの輝点は明るい岩石であることが分かった。分光カメラであるONCでこれらの明るい岩石の可視反射スペクトルを測ると、大きく2つの異なるスペクトルタイプに分けられることが分かった。1つは、可視から1μmの波長域にかけて大きく吸収のあるS型、もう1つは比較的フラットなスペクトル形状を持つC型である。1μm波長域の吸収は一般的にカンラン石や輝石などのシリケイト質な鉱物に見られ、イトカワのようなS型小惑星にもよく見られる。
これらの発見がリュウグウの歴史を辿る上で非常に重要である。C型小惑星であるリュウグウにS型の外来性岩石が見つかるとはどういうことなのだろうか。つまり、S型の岩石がどこかのタイミングでリュウグウ(もしくは母天体)と混ざったということである。おそらくこの岩石が混ざったのはリュウグウの母天体が衝突破壊されたためであると推定される。この小さな明るい岩石の発見が、リュウグウ母天体とS型小惑星の衝突という歴史を明らかにしたのである(図3)。S型小惑星は小惑星帯の内側2.1-2.5 auに多く分布しているため、リュウグウがこの小惑星帯の内側から来たと考えられていることと整合的である。この小惑星帯の内側にはニーサ・ポラーナ小惑星族[2] があり、リュウグウのようなC型とイトカワのようなS型が集中して混在する領域が存在する。リュウグウはこのようなところから来たのではなかろうか。
また、明るい岩石の中には物質的にはリュウグウに似ている(C型)が、明るさや反射特性がやや異なるものが発見されている。このC 型の明るい岩石はリュウグウの母天体の異なる深さからもたらされているものではないかと予想される。
リュウグウとべヌー
べヌーはNASAの探査機OSIRIS-RExがサンプルリターンを行なっている天体だ。現在OSIRIS-RExは地球に向かって航行しているところで、2023年に地球に帰還する予定である。べヌーもリュウグウと同様に炭素質小惑星で、小惑星帯の内側から地球近傍へやってきたと考えられている。すると、べヌーとリュウグウは同じ母天体起源なのだろうかという問いが浮かんでくる。大きな共通点としては反射率、密度、熱特性が非常に近い値であることが挙げられる。また、どちらの天体も含水鉱物を含む物質から構成されていることが分かっている。一方で、含水鉱物の反射スペクトル特徴は異なっており、水質変成度(過去に水と反応した割合)が異なることが示唆されている。
べヌーにおいてもリュウグウと同様に、外来性の岩石が見つかっている(図4)。べヌーにおいて見つかった岩石スペクトルは、1μmと2μmに深い吸収を持つ、分化を経験した玄武岩的なHED隕石に似たものだと判明した。HED隕石は小惑星ベスタ起源であると考えられている。ベスタも小惑星帯の内側に存在するので、べヌーの起源が小惑星帯の内側であることと整合的だ。また、べヌーに見つかった外来性の岩石割合はリュウグウのおよそ40倍にものぼる。この発見から、リュウグウとべヌーに見つかった外来性物質が違うものであることが分かったため、リュウグウとべヌーの一世代前の母天体はおそらく違う天体だと思われる。しかし、リュウグウやべヌーに至るまでには、複数回の衝突破壊と集積を経験しているため、より先祖にあたる天体が異なるかまでは結論が出ていない。
イトカワとリュウグウ
イトカワとリュウグウは物質が大きく異なっている。にもかかわらず、「はやぶさ」がイトカワで発見したことはリュウグウの探査にも大きく影響を与えている。例えば、イトカワの表面はメートルサイズの岩石で覆われており、月で見つかるようなはっきりとした輪郭を持つクレーターが見当たらない。これはそれまでに探査されてきた小惑星エロスやマチルダなどとも異なる形態で、今となってはリュウグウでも見慣れた光景だが、最初にイトカワに着いた時に驚いたことは想像に難くない。なぜクレーターがない(ように見える)のか?これに対していつかの仮説が立てられた。(1) レゴリスが動くことですぐに消えてしまう、(2) 表面にある岩石の影響でクレーターができにくい(アーマリング効果)、(3)表面の年代が若くあまりクレーターが作られていない、というものである。(1)について、エロスでも"ポンド(池)"と呼ばれる、クレーターの中にレゴリスが溜まったような地形が見られたことからも、小惑星表面でレゴリスが動くことは確実なように思われる。また、エロスに比べて重力が小さいため、レゴリスの流動性が高いのは確かそうだ。一方で(2)はどうだろうか。イトカワに遭遇するまでアーマリング効果については多くの知見がなかったが、イトカワの探査をきっかけに高速衝突装置を用いた実験や数値計算が行われた。衝突実験の結果、岩石に衝突したとしても破砕できるエネルギーの10倍程度に大きなエネルギーを与えると、できるクレーターサイズは細粒砂にできるクレーターと同程度になることが分かった。また、クレーターを消去する効果は小さいクレーターほど効果的である。つまり、イトカワにクレーターが少ないのは表面年代が若いからと考えられる。実験結果を用いて、天体表面のクレーターのサイズを計測することにより、天体表面年代が推定できる。アーマリングが大きなクレーターには効かないということから、イトカワの表面年代は以前考えられていたよりも桁で若いことが示された。この結果はリュウグウの表面年代推定にも使われ、ここでも1000万年程度という非常に若い年代が推定された。また、世界初の小惑星上でのクレーター形成実験(SCI)の結果からもこのクレーター年代が支持された。
このようにイトカワで得られた科学的知見は「はやぶさ2」の探査に生かされている。運用や機器などの技術的な面でももちろん多くの知見が受け継がれ、改良されている。リュウグウで得られた知見はMMXの探査にも生かされるだろう。このように技術や知見をたやさずに繋いでいくことがより遠くへ、より挑戦的な探査を実現するために重要なのだということを一連の探査機が伝えているように思える。
終わりに
現在、「はやぶさ2」は次なる目標である2001 CC 21 と1998 KY 26という小惑星に向かって航行している。主ターゲットである1998 KY 26は自転周期が10分程度と高速回転をする小惑星である。強度を持たないラブルパイル天体の限界自転周期は2 . 3時間程度であることが知られているが、なぜこれだけ高速回転をしているにも関わらず壊れないのかというのは最も興味深い点だろう。実際に天体に到着するのは10年も先のことだが、「はやぶさ2」がさらなる太陽系の謎を解き明かしてくれるのを楽しみに待ちたい。また、これから続々と出てくるであろうサンプル分析によるパズルのピースも加わって、我々はどんな太陽系の描像を描けるのか... 挑戦は続く。
[1] CMはMigheiと似た組成の炭素質隕石タイプ、CIはIvunaと似た組成の炭素隕石タイプ。どちらも過去に水と反応し、含水鉱物が存在する。
[2] 100km程度の大きな小惑星が衝突破壊した破片群によって形成されている。
* "Collisional history of Ryugu's parent body from bright surface boulders "Nature Astronomy 5 , 39 - 45.
【 ISASニュース 2021年8月号(No.485) 掲載】