はじめに
ガリレオ・ガリレイが今から約410年前に発見した木星のガリレオ衛星。それがJUICEの目的地です。4つのガリレオ衛星:イオ・エウロパ・ガニメデ・カリストの発見は「天動説」から「地動説」への大転換をもたらし、人類に多大な影響を与えました。JUICE(Jupiter Icy Moons Explorer)はESA(European SpaceAgency:欧州宇宙機関)が2012年5月に選定した第1号Lクラス(大型)探査機計画で、木星の成り立ちや宇宙における生命存在可能性に迫ることを目指して、エウロパ・カリストのフライバイ観測と最終目的地であるガニメデの周回観測を行う、史上最大級の外惑星探査ミッションです。
JUICEミッションの概要
2021年5月現在の予定で、JUICEは2022年8月から9月の間にアリアン5で打ち上げられ、2031年7月に木星周回軌道に投入、2034年12月にガニメデの周回軌道に投入されて世界初の氷衛星周回衛星となり、ミッション終了の2035年9月まで約9ヶ月間観測を行う計画です。
JUICEには国際公募によって選定された11の観測機器が搭載されますが、そのうち3つの機器、RPW(I プラズマ波動及び電波観測装置)、 GALA(レーザー高度計)、 PEP/JNA(粒子環境パッケージ/非熱的中性粒子分析器)に、日本はJAXA宇宙研からハードウェアの一部を提供して参加し、2つの機器、JANUS(カメラ)、 J-MAG(磁力計)に、サイエンスメンバーとして参加する他、SWI(サブミリ波観測装置)にNICT情報通信研究機構からハードウェアの一部を提供して参加します。
日本がJUICEに参加する目的
日本のJUICE参加にあたっては、日本が強みを持っている太陽系形成論や宇宙プラズマの比較惑星研究から、独自に3つの研究テーマを掲げ、サイエンス目標を設定しました。
1つ目は「惑星はいかにして作られたのか? 」です。地球の約300倍の質量を持つ木星は、太陽系形成過程の鍵を握っています。JUICEが訪れる木星の衛星には、木星形成当時の材料物質が"化石"のように残っていることが期待されており、JUICEで木星の氷衛星を調べることで、「巨大ガス惑星系の起源と進化」すなわち「惑星はいかにして作られたのか? 」の理解を目指します。
2つ目は「地球の外に水の海はあるか? 」です。JUICEの最終目的地であるガニメデは、木星の周囲を周ることによって生じる潮汐力によって加熱され、内部に生命の誕生や存在にとって必須要素の1つである液体の水が存在する可能性があります。JUICEで木星の氷衛星を調べることで、「氷衛星地下海の形成条件」すなわち「地球の外に水の海はあるか? 」の理解を目指します。
そして3つ目は「太陽系で起きている環境の変動にはどのようなものがあるのか? 」です。ガニメデは、太陽系の中で唯一固有磁場を持つ衛星で、巨大な木星磁気圏の中の高エネルギー粒子がガニメデの薄い大気に衝突してオーロラが光ることが知られています。JUICEによる木星での観測結果を、JAXAが現在運用している衛星によって得られる、水星(ベピコロンボ/「みお」)、地球(「あらせ」)のプラズマ過程と比較することで、宇宙のプラズマ過程すなわち、「太陽系で起きている環境の変動にはどのようなものがあるのか? 」の理解を目指します。
JAXA宇宙研から参加する5つの機器
それでは、JAXA宇宙研から参加する5つの機器についてもう少し詳しく紹介します。
RPWI(Radio & Plasma Wave Investigation)は、木星・ガニメデ周回軌道でDCから45MHzまでの電場・磁場を測定する他、プラズマの密度・温度を測定します。スウェーデンのウプサラにある王立宇宙科学研究所(IRF-Uppsala)がRPWIを取りまとめるPI機関です。日本はこの中の80kHz- 45MHzの電場を計測する部分のハードウェアを担当し、東北大学が主導して機器の開発を進めてきました。図1は、日本担当部分のフライトモデルの写真です。木星周回軌道上で木星起源の電波を受信することで、木星磁気圏の活動や、活動に伴って電子が加速されるメカニズムなどを明らかにする他、エウロパ・ガニメデ・カリストのフライバイの際には衛星周辺のプラズマの密度分布を導出します。また、ガニメデ周回軌道でも木星起源の電波を受信することで、電波掩蔽による衛星電離圏のプラズマ密度分布を導出するのに加えて、電波反射による衛星表面電気伝導度・地下海の検出も試みる予定です。
GALA(Ganymede Laser Altimeter)は、主にガニメデ周回軌道で探査機と天体表面間の距離を測定しますが、エウロパ・カリスト・ガニメデフライバイの際にも観測を行う予定です。距離の測定は、レーザー光を打ち出して、それが天体表面で反射されて戻って来るまでの時間を測定することで行います。ドイツのベルリンにあるドイツ航空宇宙センター(DLR)惑星研究所がGALAを取りまとめるPI機関です。日本はこの観測装置のうち、ガニメデ表面から戻って来た光を検出する部分を担当し、宇宙研、千葉工業大学と国立天文台が主導して機器の開発を進めてきました。図2は、日本担当部分のフライトモデルの写真です。ガニメデの地下に液体の海があるかどうかで、木星から受ける潮汐力によるガニメデの変形の大きさが異なるため、GALAの観測によって地下海を検出することができます。また、GALAの観測によってガニメデの全球にわたる様々な地形とその分布を知ることで、氷衛星の地質活動に関する多くの情報を得ることができると期待しています。
PEP(Plasma Environment Package)は、電子、イオン、中性粒子を観測対象とした6種類のセンサーで構成されています。スウェーデンのキルナにある王立宇宙科学研究所(IRF-Kiruna)がPEPを取りまとめるPI機関です。日本はこの中の高速中性粒子の観測装置であるPEP/JNA(Jupiter Neutrals Analyzer)の電子回路部分を担当し、宇宙研が主導して機器の開発を進めてきました。図3は、日本担当部分のフライトモデルの写真です。木星磁気圏の高エネルギー粒子がガニメデ表面に衝突すると、一部は中性化されて表面から戻って来るほか、表面の物質を叩き出します。これらの粒子の飛来方向、質量、エネルギーを計測することで、PEP/JNAはガニメデ磁気圏の構造や、木星磁気圏とガニメデ表面との間の物質のやりとりなどを明らかにすることを目指します。
JANUS(Jovis, Amorum ac Natorum Undique Scrutator) は、木星衛星の地表を、過去の木星探査機より1桁高い解像度で観測するマルチバンド分光カメラです。イタリアのナポリ・パルテノペ大学がJANUSを取りまとめるPI機関です。一方、J-MAGは、"JUICE Magnetometer Package"の略で、木星の衛星の磁場を詳細に測定します。英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンがJ-MAGを取りまとめるPI機関です。日本からはJANUS、J-MAGへのハードウェアの提供はありませんが、JANUSでは木星の雷の観測を日本から提案するなどして共同研究者として参加し、科学観測運用計画の策定などに貢献しています。J-MAGについても共同研究者として参加し、日本の月周回探査衛星「かぐや」に搭載された磁力計LMAGで使用したアラインメントコイルの経験を元に、JUICEに搭載されるアラインメントコイルの設計や試験計画の策定などに貢献しています。
図4に、日本が参加する6つの観測装置が、日本独自の3つのサイエンス目標のどの部分に貢献するかを示します。
JUICEの現状と今後の予定
JUICEは宇宙研の所内チームとして、大学等との協力のもとハードウェアの開発を進めてきましたが、現在までに宇宙研からハードウェアの一部を提供する3つの機器の全てについて、フライトモデル(FM)の欧州の取りまとめ研究機関への納品を完了しています。日本の担当した各機器は欧州の取りまとめ研究機関が主導して欧州が用意する部分に組み込まれ、機器単体としての試験が行なわれた後ESAに納品されて探査機に組み込まれます。現在までに探査機への組み込みが終わり、探査機の環境試験が始まっています。フライトモデルの納品が終わると、後はフライトスペア(FS)の納品です。フライトスペアというのは、探査機の試験中にフライトモデルに問題が発生した場合に交換するための、フライトモデルと同等の品質のモデルです。3つの機器のうち、RPWIとPEP/JNAについては、2020年度中に既にフライトスペアの欧州の取りまとめ研究機関への納品も完了しています。残るGALAについても、2021年度中にはフライトスペアの製造・試験を完了して欧州の取りまとめ研究機関へ納品する予定です。
幸いこれまでのところ欧州へ納品した物に大きな問題は発生しておらず、まずは順調に進んでいると言えます。ただ、打ち上げまでにはまだいくつかの試験を経なくてはいけませんので、まだまだ安心するわけにはいきません。
惑星探査には非常に長い時間がかかります。ミッションが選定されてから探査機が打ち上がるまでに10年近くかかり、打ち上がってから目的地に到着するまでにまた10年近くかかります。私自身がJUICEに関わり始めたのは、2012年頃でしたので、それから10年近くが経ったことになります。JUICEが木星系に到着して、ガニメデの周回軌道衛星となり、最後はガニメデに衝突してJUICEミッションは終了となりますが、ミッション終了は2035年の予定ですので、まだまだこれから先の長いミッションです。惑星探査は、若い世代に技術と情報を引き継ぎながら進めていくことが重要であると実感しているところです。
【 ISASニュース 2021年6月号(No.483) 掲載】