パラシュートレスカプセルへの期待
「パラシュートは愛で開くんだよ」とは、『宇宙兄弟』のどこかの巻にありました。たしかに、サイズや仕組みを設計した方々、製造して下さった方々、組み立てて下さった方々の大きな愛で開くのは間違いないでしょう。「はやぶさ」初号機(そしてそのうち、「はやぶさ」2号機)では、蓋が開かずにビーコンが出なかった場合もミッションを喪失しないように、再突入時の大火球光跡から着地点を予測するとか、いろいろ考えました。それでも、パラシュートが開傘しなかった場合の着地衝撃からは搭載機器を守るすべはありません。比較的柔らかな地面に落ちることを祈るだけ。ならいっそのこと、(別に愛や技術力を信じないわけではありませんが)パラシュートが開かなくても何とかなるように設計開発するのも研究者であります。
惑星探査ミッションはますます遠方の天体をターゲットとする傾向にあり、往復の道のりは10年を超えるものも少なくありません。ですから、設計・製造から実際のパラシュート開傘までの全ての機能を長期にわたって保証することの難しさは言うまでもありません。厳しい信頼性が求められます。
「はやぶさ」カプセルの帰還の際、やれ電池容量は十分にあるか? 演算回路は狂っていないか? タイマーは正しい時間を刻むか? 事前に試験をして送り出していたとはいえ、壊れていては、「試験したのに」と言っても何もなりませんから、当時のドキドキは何物にも例えようがありません。
そこで考えたのが、長期ミッションの最終フェーズでのパラシュートに期待しない着地ができたら? トリガー回路・点火回路、開傘のための電力等、緩降下サブシステムに頼らない着地が実現されれば、それは、サンプル回収機のみならず、様々な宇宙探査ミッションの自在な着陸の可能性を拡大するはずですし、先刻の火星着陸実証機スキアパレリのように火星表面激突によるミッション喪失も防げたかもしれません。
3年くらい前でしょうか。パラシュートを用いずドカンと着地しても、その衝撃エネルギーを吸収して、内部の搭載機器を守る(図1)。そんな発想から研究が始まりました。
着地衝撃エネルギー吸収機構によって拡大される宇宙ミッション
着地衝撃を吸収することによって拡大される宇宙ミッションの例を表1に示します。40m/s程度の速度での着地衝撃エネルギーを吸収して内部を守ることができれば、種々のミッションへの利用の可能性が広がると考えます。例えば、
- 地球や金星など、重力が中程度で十分大気が濃い惑星に降下する場合は、パラシュートレスで6m/s(金星)~40m/s (地球)の着地速度となるので、電力供給、開傘ロジック、状態センサー、点火回路を含めた緩降下システム全体を簡素化/省略することができます。
- 重力が中程度で大気密度が比較的薄い火星に着地する場合には、パラシュートレスでは300m/s程度の着地速度となりますが、パラシュート開傘後での40m/sの比較的速い着地速度での着地衝撃緩和に利用可能です。
- 土星の第2衛星エンケラドス、木星の第一衛星イオなどの、重力が小さく、大気がない、もしくは微量の天体に対しては、いったん周回軌道に入った後、適切なΔV(デルタ・ヴィ=減速や増速など)を与えることでほぼ軌道速度をキャンセルして、所定の低高度からの自由落下をさせることで40m/s程度の着地速度を実現することができ、本研究の適用範囲となります。
衝撃吸収材料とその開発
世の中には、たくさんの衝撃吸収材が使われています。自動車に使われているエアバッグは60km/hの衝突から人体を守ろうというものです。お年寄りが転倒した時に膝や腰の骨折から守るためのパッド材料もあります。衝突(速度)のレベル、そして守ろうとするもの/人への衝撃度のレベルがそれぞれ異なりますので、適した衝撃吸収/緩和を行う必要があります。宇宙用に目を向けると、古くはアポロ帰還船が陸上着地を目指していた時代は、パラシュート着地の最後の数m/sでの着地衝撃を吸収する研究がありましたが、私たちが宇宙用に目指すのは、先述のとおり、それらよりずっと速い、数十m/s(100km/h~300km/hくらい)です。昨今の欧州でも、ある小天体探査計画でのサンプル回収カプセル(重量30~50kg)において、地球突入後にパラシュートを利用せず衝撃吸収構造での着地が検討されていました。なぜか、世界的にみてもちょっとしたブームになっている感がありますが、数十m/sの比較的高速着地というのは実ミッションでは未だ利用されてはいません。
衝撃吸収の材料としてどのようなものがふさわしいかというと、宇宙用に利用するということから、宇宙環境(真空、温度、放射線)下における性能劣化が極めて小さいことや、アウトガス、固体粉が発生しない構造/材質からなることは言うまでもありませんし、場合によっては電波透過材であることも求められるでしょう。ですが、当然ながら一番大切なことは、中にある搭載機器が耐えらえる荷重しか伝達しないような材料特性を持つという点です。図2に、材料の応力・ひずみ曲線を示します。これは、どのくらい縮んだ時にどのくらい反力を発生しますか?という特性を示した図です。理想的な衝撃吸収材は「プラトー応力値(ひずみに対して平らな応力の部分)」を持ちます。このプラトーがあると、その領域では、いくら縮んでも反力が一定というわけですから、その反力により生じる加速度を搭載装置の制約荷重とちょうど同じになるように設計すれば、ギリギリの最大力を受けつつ、最も効率よく減速されるはずです。雪道で、滑らないギリギリのブレーキ力で減速するのが一番減速距離を短くできるのと似ています。そして、この最大減速G(地球重力を単位とした値)は、基板ごと樹脂で固めて硬くした、「はやぶさ」初号機の着陸実績から3,000Gと定めて、設計をすることにしています。
セル構造を持つ材料、ポーラス材なら先述のプラトー応力値を持ちます。巨視的にみると、縮む際にミクロなセル構造の座屈破壊が連続して多数起こることから、応力値が一定のまま潰れていくのです。そこで、速度レベルは数十cm/sと遅いですが、SLIMミッションでの利用が検討されていた「ポーラスメタル」が最初の候補になりました。今は、電波透過性や、大きなものが容易に製作出来るという利点から発泡樹脂も精力的に研究しています。いったん搭載機器の加速度制約が決まりますと、単位面積当たりの重さに比例して、衝撃吸収材料に求められるプラトー応力値が決まります。重いものには硬く強く、軽いものには柔かく。それは、平面面積が同じでも、平屋建てより2階建て、3階建てとなるにつれて強固な土台が求められるのとちょうど同じです。3,000Gくらいの環境下での耐性を期待して、平均的な小型惑星探査機の搭載機器に対して設計しますと、数MPaくらいの応力が材料に求められます。この値は、ポーラスアルミ~ポーラスチタン程度の値になり、ポーラス炭素や各種発泡樹脂よりはやや大きめの位置付けになります。材料とミクロな構造(セル、ポアのサイズや平均密度)をうまくコントロールすることで目指す応力値の材料の製作が可能になるはずで、このパラメータを求めることが研究の一部でもあり、技術者たちの腕の見せどころです。
さて一方、平らな部分がずっと長く続く特性も重要です。同じ反力を発生しながら、最後まで潰れ切ってくれれば、体積、もしくは質量当たりのエネルギー吸収率が大きくなり、効率的です。厚くしなくても、十分に減速距離がとれると言い換えてもいいです。通常は数十%くらいまでしか潰れず、あとは急激に応力が増大してしまいます。こうなっては、制約荷重以上の負荷が搭載機器にかかり、重大なダメージを与えることは明白で、宇宙へ持ち出せる重量制約の観点からも、この平らな部分の長さ(プラトーエンドひずみ)範囲内での利用が理想的なのです。
以上のような観点から材料を選択し、実験室における材料計測値から動的な応答を予想する技術の確立を目指して実験データの取得を行っています。
バリスティックレンジによる衝突模擬試験
圧縮空気の力で実際に小型の飛翔体を飛行させ、空気力がかかる自由飛行中の運動を計測する、バリスティックレンジと呼ばれる風洞が角田宇宙センターにあります。この風洞を利用して小型供試体をターゲットに衝突させて、着地衝突模擬試験を行うことを考えました(図3)。候補となる材料を内蔵した鉄球(Crushable Ball)を高頻度でターゲットに衝突させて、まずは材料のスクリーニングを行っています(感想としては、あまり気持ちの良い実験ではないですねぇ。どっかんどっかんと、鉄球がターゲットに100km/hで衝突するわけですから)。内部に搭載した加速度センサーによって、衝撃の度合いを計測しますが、これまでのところ、高速で衝突させた場合の衝撃特性は、実験室で準静的に計測した応力・ひずみ特性から解析したものと異なり、応力波の伝搬、定在波によって、実効的には加速度ピークは平均値を上回ることもわかっています。このあたりのメカニズムの把握も課題で、実験・解析を行いながら、鋭意開発を進めている最中です。
おわりに ~おもてなし
最後になりましたが、自称"色物/変り玉"担当技術者としましては、自在な着地を実現する衝撃吸収材構造が宇宙ミッションで使われていくのを願ってやみません。将来のカプセル、高エネルギーミッションを念頭に始めた研究ではありますが、そんな折、良い機会がありました。2018年、NASAのSLS(Space Launch System)の探査実験機体が打ち上げられる予定です。ここに公募の結果選ばれた13の国際パートナーのキューブサットが搭載され、月往復までの軌道で放出してもらえることになりました。「OMOTENASHI」はその一つ、月面セミハードランディングミッションです。月面までの軌道飛行中に科学観測を行った後、月アプローチ速度をキャンセルするための逆噴射を行い、分離された表面プローブが鉛直成分・30~40m/sの自由落下速度で月面に衝突着地します。小型プローブの革新的な着陸技術!をデモンストレーションするのも目的の一つで、この際の衝撃からプローブを守るため、本研究の衝撃吸収材の利用を提案しています。そして、明日、まさに、さらに上を狙う100m/sで真空中に置かれた月面模擬砂への打込み実験(図3上)等を行うところなのです!
【 ISASニュース 2017年2月号(No.431) 掲載】