欧州宇宙機関(ESA)が主導し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した熱赤外カメラ(TIRI)を搭載する二重小惑星探査計画Hera探査機は、2025年3月12日21:50(JST)に火星に最接近し、火星の重力を利用して小惑星Didymos連星系に向かう軌道に投入する、火星スイングバイ運用を実施しました。

ESAによると、Hera探査機の状態は正常であり、所定の軌道に投入されたことが確認されました。

火星最接近の際には、JAXAが提供したTIRIのほか、可視カメラ(AFC)、可視近赤外分光カメラ(HyperScout-H)の3台のHera探査機搭載カメラによる火星および衛星Deimos、続いて衛星Phobosの観測が実施されました。
このうち、TIRIが観測した火星および衛星Deimosの画像と動画をご紹介します。

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画像1:TIRIが約4万kmの距離から撮像した赤い惑星の火星。アラビア大陸地域が確認されます。またTIRIの検出限界以下の低温の極冠や、太陽系最大規模の衝突クレータであるヘラス盆地も低温領域として確認できます。(左)輝度温度画像、(右)高温を暖色で表示した画像。 (クレジット:ESA/JAXA)

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画像2:TIRIが約1000kmの距離から撮像した撮影した衛星Deimosの画像。(上)連続画像 (下)高温を暖色で表示した画像。 (クレジット:ESA/JAXA)

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動画:火星上空を通過するDeimos (クレジット:ESA/JAXA)

Deimosは火星の2つの衛星のうち外側にあり、火星から約23,400kmの距離を周回しており、直径は約12kmです。
Deimosと内側の衛星Phobosがどのように形成されたかは正確にはわかっていません。ゴツゴツした形と非常に暗い表面を持つこの2つの小惑星は、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」が訪れた小惑星リュウグウと似たような小惑星です。これは、衛星が太陽系の外縁部から内側に散らばった後、火星の重力によって捕獲された可能性があることを示唆しています。あるいは、衛星は火星との巨大衝突によって形成され、はるか昔の赤い惑星の破片である可能性もあります。
これらの説は、JAXAの火星衛星探査計画(MMX)によってさらに探査される予定であり、このミッションでは、両方の衛星を観測してそれらの形成過程を解明し、Phobosからサンプルを持ち帰ることが計画されています。

今後、Hera探査機は、2026年12月に二重小惑星DidymosとDimorphosにランデブし、約半年間に渡って観測する予定です。TIRIは巡行中にときどき動作確認をしながら観測の準備をすすめ、到着後には史上初となるS型(石質)小惑星の熱物性探査や米国航空宇宙局(NASA)のDART(Double Asteroid Redirection Test)による衝突後の様子を調査していきます。

HeraはESAが主導するプラネタリーディフェンス計画として、NASAのDARTとともにこれからも世界初のプラネタリーディフェンス計画AIDA(Asteroid Impact & Deflection Assessment)を牽引し、継承していきます。

(宇宙科学研究所太陽系科学研究系 准教授 /
Hera(二重小惑星探査計画)所内プロジェクトチーム長 岡田 達明 コメント)
「Hera探査機は今、打上げ後の最初の関門である火星スイングバイを突破して、二重小惑星DidymosとDimorphosに向かう軌道に投入されました。プラネタリーディフェンス~小惑星の地球衝突回避~のための技術実証として、また地球を含む惑星の形成過程を解明するための貴重な科学観測により、多くの成果をお届けできるよう取り組んで参ります。また、火星とその衛星の観測が、火星衛星探査計画(MMX)にとってのよい橋渡しとなれれば幸いです。」

(宇宙科学研究所太陽系科学研究系 特任教授 /
火星衛星探査機プロジェクトチーム プロジェクト統括科学者 倉本圭 コメント)
「Hera探査機の火星フライバイと火星衛星の観測の成功に祝意を申し上げます。私たちの火星衛星探査計画(MMX)(2026年度打上予定)では、火星衛星の詳しい観測とPhobosからのサンプルリターンを実施し、特にDeimosについてはフライバイによる観測を行う予定です。Hera探査機が得た火星衛星の観測データは、MMXによるDeimos観測計画の練り上げや、MMXの取得するデータと併せることで、MMXのゴールの一つである火星衛星の起源の解明に役立つものと期待しています。」