我々の太陽系はどのように形成され、どのように進化したであろうか? 現在様々な太陽系形成モデルが提唱されていますが、その情報源として惑星は、その天体内部が溶融したために、太陽系形成初期の情報が失われ、残念ながらその情報に迫ることが難しいです。一方で、天体内部溶融していないと考えられている小惑星が火星と木星間の小惑星帯に多く存在しています。この小惑星帯の小惑星は太陽系初期の情報を保持しているために、その情報や太陽系の進化の歴史を知るために鍵になる存在です。

宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 主任研究開発員の長谷川直を中心とするマサチューセッツ工科大学、ヨーロッパ南天天文台、ハワイ大学、ソウル大学、京都大学、カレル大学、神戸大学、マルセイユ天体物理学研究所の国際研究チームは、小惑星帯にある直径114kmの小惑星596 シーラに2010年12月に起こった天体衝突の前後に取得した近赤外線のスペクトル※1 を比較した結果、色の変化を確認しました。このことは596の長期にわたって宇宙空間に晒されてきた古い表層が、クレーターから放出された地中の新鮮な物質に覆われたことを示しています。また、衝突後により赤くなったという変化から、596が長い年代を経て宇宙風化作用※2 により近赤外線の色が青化していたことを示しました。

596 シーラの新鮮な表層と同様に赤いスペクトルを持つ天体は太陽系外縁部に多く存在しています。宇宙風化作用にて青化することは、現在見えている暗くて赤い天体は元々もっと赤かった可能性を示しています。暗くて赤い天体は小惑星帯に多くあります。これらのことは太陽系外縁部起源※3 の天体がこれまで考えられていたよりも多く小惑星帯に潜んでいることを示唆します。

本研究成果は、2022年1月6日(木)に米国天文学会が発行する学術誌 Astrophysical Journal Letters に掲載されました。

背景

月や小惑星の表層には数多のクレーターが存在していますが、これらは太陽系の歴史が「衝突」の歴史であることを物語っています。但し、天体表層のクレーターは、天体が形成されて以来累積してきたものであり、今この瞬間にできたものではありません。人類が小惑星への衝突現象を初めて観測した例が596 シーラへの天体衝突です。

2010年12月に火星と木星の間にある小惑星帯の小惑星596 シーラは突然、恒星のような点源から彗星特有のコマ・尾を持つ彗星のようになり、チリを放出いたしました。596の彗星コマのチリ雲は通常の彗星と異なる形状で、またその彗星活動(チリの放出)も一過性のものでした。596観測で得られた物理量と宇宙研の大学共同利用施設・超高速衝突実験施設で得られた衝突現象の知見をもとに現象のモデル化を行い、この彗星活動(チリの放出)は、596に直径30-50mの天体が衝突することによって引きおこされたことが過去の研究で明らかにされました(図1)。

図1

図1 石垣島天文台・むりかぶし望遠鏡で得られた画像(左)とモデル計算によって衝突現象を再現した画像(右)。
モデル計算によって、観測を忠実に再現していることがわかる。(Ishiguro et al. 2011 ApJ 741,L24での研究結果を改変。クレジット:国立天文台)

さて、596 シーラの衝突現象観測前に得られたスペクトルからD型小惑星※4 より少し青いT型小惑星※4 と分類されています。T型小惑星は、「はやぶさ2」がサンプル帰還を成功させたC型小惑星※4 162173 リュウグウのスペクトルよりも赤いスペクトルをしています。D型やT型のような赤いスペクトルを持つ隕石としてはタギシュレイク隕石が知られております。この隕石は分析結果から炭素質コンドライトの中でも非常に始原的と考えられています。

このように非常に始原的な組成を持つと考えられる596 シーラに天体衝突が起こったことにより、以下のような研究を展開するチャンスを得ることになりました。

研究成果

小惑星帯において、直径100 km以上の小惑星は破滅的な破壊から免れていると一般的に考えられており、このような小惑星は太陽系形成初期に形成された始原的な微惑星の生き残りと考えられています。但し、ここで注意しなければいけないのは、始原的な微惑星の生き残りであっても、表面は宇宙風化を受け続けそのスペクトルは変化している可能性があること、また、木星や土星の影響を受け、形成初期の軌道から変化している可能性があることです。しかしながら、現在の小惑星帯を知ることで、様々な他の情報やモデルと組み合わせて、太陽系の起源や進化の歴史に迫れることができます。そこで、我々の国際研究チームでは、小惑星帯形成時にどのような組成の始原的な微惑星がどのように分布していたのかを解明するために、観測データが取得されていない近赤外線の分光データを中心に、直径100 km以上の小惑星帯の小惑星の分光サーベイを実施しています。

過去に論文化されたデータも含めて、データの精査を行っていた研究チームは596 シーラの近赤外分光観測が2010年の衝突現象の前後に実施されていることに気がつきました。そこで、過去出版された文献のデータも含めて、衝突前後のスペクトルの調査を行いました。その結果、可視光と3ミクロンの波長でのスペクトルの変動は衝突前後ではありませんでしたが、近赤外域の0.8-2.5ミクロンの波長でのスペクトルの変動を検出できました。近赤外のスペクトルの傾きは衝突後に更に赤く変動しました(スペクトル型としては、T型からD型に変化しました)(図2)。

図2

図2 衝突前後で596シーラのスペクトルの変化を示した図。
横軸が波長、縦軸が波長0.55ミクロン規格化した反射率の強度になります。波長が長くなるにつれ、強度が上がると、「赤く」なると言います。逆に波長が長くなるにつれ、強度が下がると、「青く」なると言います。(Hasegawa et al. 2022より改変)

衝突前後でスペクトルが変化する可能性はいくつか考えられますが、残った要因は、宇宙風化作用によるスペクトルの変化です。すなわち、衝突前までは宇宙風化を受けた状態の表層でありましたが、天体衝突によって形成されたクレーターから放出された新鮮な物質に表層が覆われることで、表層が新鮮になり、見た目が若返った効果で、スペクトルが変化したというものです。

今回の観測結果から、赤いスペクトルを持つ小惑星の表層での宇宙風化によりスペクトルは青くなるという結果が出ました。一方で、過去に赤いスペクトルを持つタギシュレイク隕石を始めとする始原的な組成を持つと考えられる炭素質コンドライトに宇宙風化の模擬実験を行った研究にありましたが、今回の観測結果と同様に、宇宙風化が進むとそのスペクトルが青くなるという結果が出ています。宇宙風化に対する室内模擬実験の結果と今回の観測の結果の一致は本研究の正当性を支持するものであります。

なお、今回の衝突現象はおおよそ数千年〜数万年に一度に起こっていると考えられます。もし、今回の程度の衝突現象で、596 シーラの表層が定期的に一新されたとすると、宇宙風化の変化のタイムスケールは長くても数千年〜数万年以下であることが推定されます。

本研究の科学的意義

今回の研究により、赤いスペクトルを持つ小惑星は、宇宙風化作用によりスペクトルが青くなった結果であることがわかりました。また、前述の室内模擬実験の結果では、赤いスペクトルを持つ始原的な組成を持つと考えられる炭素質コンドライト隕石のみならず平坦なスペクトルを持つ始原的な組成を持つと考えられる炭素質コンドライトの青化も確認されています。

ここで、小惑星帯の他の小惑星に考えてみると、現在観測で見えている表層は宇宙風化された表層です。よって、今回の発見から考えると、始原的な組成を持つと考えられる炭素質コンドライトと同様なスペクトルを持つC, P※4 , T, D型小惑星の新鮮なスペクトルはもっと赤かった可能性があります。

海王星より外側の太陽系外縁領域は宇宙風化の原因と考えられている太陽風や微小隕石衝突は小惑星帯よりはるかに少ないと考えられますので、太陽系外縁領域に存在している天体は宇宙風化を受けていないと考えています。この領域では、P, T, D型のスペクトル持つ天体や更に赤いスペクトルも持つ天体がほとんどを占めています。これらのことから、小惑星帯に存在しているP,T,D型や一部のC型の小惑星の素顔はより赤いもので、起源は太陽系外縁領域だったと考えられます。

ここで直径100km以上の小惑星に着目すると、P, T, D型や一部のC型の小惑星は木星トロヤ群とヒルダ群では全て占められています。また、キベレ族(キベレ族と外側小惑星帯の間に存在)では、8割、外側小惑星帯では7割、中側小惑星帯では4割を占めています。このことは太陽系初期形成期に激しいミキシング※5 があったことを示しています。一方で、内側小惑星帯には太陽系外縁領域起源と考えられるP,T,D型や一部のC型の直径100km以上の小惑星は存在していません。このことはミキシングに対して、制約を与えるものと期待されます。

さて、はやぶさ2では小型搭載型衝突装置(SCI)による衝突実験が行われました。そこで形成した人工クレーター、また、162173 リュウグウ表面に見られた元々存在していた自然クレーターの分光観測結果から、新鮮な場所はスペクトルが青く、古い場所はスペクトルが赤いという結果が出ています。これは、今回の研究結果と逆傾向にあります。ただし、この逆の結果がでた原因としては 1)596 シーラとリュウグウのスペクトル型が異なるから、2)リュウグウは小惑星帯から地球近傍に移動してきた時に太陽にかなり近づいていた時期があるかもしれなくそこで加熱されたから、というものがあります。このように反対の結果が出たと言っても必ずしも矛盾というわけではなく、その要因を考えることによって、リュウグウの進化の歴史にさらに迫ることができるでしょう。

火星衛星探査計画MMXの探査候補天体である火星衛星フォボスは今回観測した596 シーラと同じスペクトル型であるD型とされています。フォボスには、火星起源説と小惑星起源説が提案されています。今回の発見は、宇宙風化によってスペクトルが青くなることを示しました。ですので、フォボスの新鮮なスペクトルはD型よりもさらに赤い可能があり、その場合は太陽系外縁領域にある天体と類似していることになります。つまり、その場合には、フォボスは太陽系外縁から移動してきた可能性が高いということになります。一方で、フォボスの表面には相対的に「青い」部分があり、その原因として、そこでは表面の宇宙風化した砂が除かれていつも新鮮な表面が現れているから、という説もあります。この結論に至る前提は、D型小天体が宇宙風化により赤くなるというもので、今回の結果と異なるものであります。これらのことは、今後、解決するべきポイントだと考えます。この観点も含め、フォボスの起源に決着をつけるにはフォボスから「地表」と「地下物質」双方のサンプルリターンが待たれます。

用語解説

※1 スペクトル
スペクトルとは「虹」のようにそれぞれの波長成分に分けた波長ごとの強度分布を示す画像やグラフを指します。分光とはスペクトルを得るために「虹」のように光を波長に対して分割することを言います。
赤いスペクトルを持つということは、波長が長くなるにつれ、その反射率が上がっていくスペクトルを指します。反対に反射率が下がる場合は青いスペクトルを持つと言われます。

※2 宇宙風化作用
太陽風や微小隕石の衝突の影響で表面物質の見た目(色や明るさ)が変化することを宇宙風化と呼んでいます。
https://www.isas.jaxa.jp/j/snews/2006/0907.shtmlをご覧ください。

※3 太陽系外縁部
海王星軌道以遠に存在する小天体が存在している領域

※4 D, T, C, P(=X_low)型
https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20161125/をご参照ください。

※5 ミキシング
https://www.isas.jaxa.jp/topics/002673.htmlの「本研究の科学的意義」をご参照ください。

論文情報

原題:The appearance of a "fresh" surface on 596 Scheila as a consequence of the 2010 impact event
雑誌名:Astrophysical Journal Letters
出版日:2022年1月6日(日本時間)
DOI:
10.3847/2041-8213/ac415a

主著者名・所属:長谷川直 JAXA宇宙科学研究所
共著者・所属:
Michaël Marsset ヨーロッパ南天天文台
Francesca E. DeMeo マサチューセッツ工科大学
Schelte J. Bus ハワイ大学
石黒正晃 ソウル大学
黒田大介 京都大学
Richard P. Binzel  マサチューセッツ工科大学
Josef Hanuš カレル大学
中村昭子 神戸大学
Bin Yang ヨーロッパ南天天文台
Pierre Vernazza マルセイユ天体物理学研究所