宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 主任研究開発員の長谷川直を中心とするマサチューセッツ工科大学、ハワイ大学、ソウル大学、京都大学、マルセイユ天体物理学研究所の国際研究チームは、火星と木星の間にある小惑星帯の小惑星に非常に赤いスペクトル※1を持つ小惑星が2つ(203 ポンペヤと269 ユスティティア)存在していることを見出しました。

この2つの小惑星は、小惑星帯の中で最も赤い天体であると考えられていたD型小惑星※2よりもスペクトルの傾きが更に急であり、寧ろ、太陽系外縁天体やケンタウルス族天体※3に見られる非常に赤いスペクトルを持つ天体に、そのスペクトルは似ています。

分光学的な結果から、これらの小惑星の表層には複雑な有機物が存在することが示唆されます。また、これらの天体は太陽系外縁部近傍で形成され、太陽系形成初期の段階で小惑星帯に移動してきた可能性が考えられます。この発見は、木星よりも内側にある小惑星帯に太陽系外縁部で形成された天体が移動してきたことを示す、新たな証拠と言えます。

本研究成果は、2021年7月26日(月)に米国天文学会が発行する学術誌 Astrophysical Journal Letters に掲載されました。

背景

地球のように大きな惑星はその内部構造がコア・マントル・地殻に分化されていますが、そのように分化した天体は分化以前の情報を殆ど失っており、太陽系形成初期の情報を知るためには「未分化」の天体から情報を得る必要であります。隕石には未分化天体から地球に飛来したと考えられるものが存在し、普通コンドライト隕石と炭素質コンドライド隕石がその代表例です。普通コンドライト隕石は水氷のスノーライン※4よりも内側領域、炭素質コンドライド隕石は水氷のスノーラインよりも外側領域で形成された天体に由来すると考えられています。

このような未分化天体が火星(1.5天文単位※5)と木星(5.2天文単位)の間にある小惑星帯(2.1〜3.3天文単位)の大部分を占めていることが知られています。普通コンドライト隕石に対応する小惑星はS型小惑星※2と呼ばれ、はやぶさ(MUSES-C)探査機がサンプルを持ち帰ってきた25143 イトカワはこのS型小惑星です。一方で、炭素質コンドライド隕石に対応する小惑星はC型小惑星※2と呼ばれ、はやぶさ2探査機がサンプルを持ち帰ってきた162173 リュウグウはこのC型小惑星です。

小惑星帯に存在しているS・C型小惑星は小惑星帯内側にS型の割合が多く、一方外側に行くに従いC型の割合が多いです。このこと自身は期待された通りですが、その存在分布は「くっきり」しておらず、寧ろ、「ぼんやり」しています。この観測事実は、現在の小惑星帯が形成される時に、小惑星が動径方向に移動してミキシングを起こした証拠と考えられます。

小惑星帯のすぐ外側にあるキベレ族(3.3〜3.7天文単位)はD型小惑星※2という小惑星が卓越してきます。ヒルダ群(3.7〜4.2天文単位)や木星トロヤ群(およそ5.2天文単位付近)になるとD型小惑星が存在分布の半数を占めるようになってきます。D型に関連する隕石としてはタギシュレイク隕石と呼ばれる隕石であり、分析結果から炭素質コンドライトの中でも最も始原的と考えられています。また、D型小惑星は彗星とスペクトルが似ていることも知られています。そして、彗星は一般的に水や二酸化炭素といった揮発性成分を多く含んでいることが知られています。以上の隕石の分析結果と彗星の観測結果から考えて、(水氷は当然のこと)二酸化炭素も固体粒子となる、二酸化炭素のスノーラインよりも外側領域でD型小惑星は形成されたと考えられています。

海王星あたりの外縁部をみると、小惑星帯の小惑星と同様な太陽系外縁天体やケンタウルス族天体が多く存在しています。これらの天体の一部は彗星として、地球近傍まで訪れていますが、そもそも小惑星帯には、太陽系形成初期にD型小惑星が形成された領域よりもさらに遠く領域から移動してきた天体はあるのであろうかという疑問は残ります。

研究成果

小惑星帯において、直径100km以上の小惑星は破滅的な破壊から免れていると一般的に考えられており、このような小惑星は太陽系形成初期に形成された微惑星の生き残りと考えられています。そこで、我々の国際研究チームでは、小惑星帯形成時にどのような組成の微惑星がどのように分布していたのかを解明するために、観測データが取得されていない近赤外線の分光データを中心に、直径100km以上の小惑星帯の小惑星の分光サーベイを実施しております。

その分光サーベイの中、直径110kmの203ポンペヤが、D型小惑星よりも更に赤いスペクトルを持っていることを発見いたしました(図1)。更に、過去の観測から一部の研究の間では知られていた非常に赤いスペクトルをもつ直径55kmの269ユスティティアも203ポンペヤと同様な赤さを持っていることも判りました(図1)。

図1

図1 203ポンペヤと269ユスティティアのスペクトル
横軸が波長、縦軸が波長0.55ミクロン規格化した反射率の強度になります。波長が長くなるにつれ、強度が上がると、「赤く」なると言います。逆に波長が長くなるにつれ、強度が下がると、「青く」なると言います。(Hasegawa et al. 2021より改変)

左図は、近地球型小惑星〜小惑星帯〜トロヤ群に存在する、アルベド(絶対反射率)が0.1以下の暗い小惑星の典型的なスペクトルと今回発見された203ポンペヤと269 ユスティティアのスペクトルの比較の図です。 162173リュウグウはC型で、ベヌーはB型です。D小惑星は小惑星で最も赤いスペクトルで、トロヤ群に多く存在しています。小惑星で最も赤いD型より、203ポンペヤと269ユスティティアは更に赤いことがわかります。

右図は、アルベドが0.1以下の暗い氷衛星・ケンタウルス族・太陽系外縁天体と203 ポンペヤと269 ユスティティアのスペクトルの比較の図です。203 ポンペヤと269 ユスティティアはこれらの太陽系外縁天体と同様のスペクトルをしているのがわかります。

203 ポンペヤと269 ユスティティアのように非常に赤いスペクトルを持つ小惑星はこの2つ以外は小惑星帯・キベレ族・ヒルダ群・木星トロヤ群で見つかっていませんが、一方で、太陽系外縁部に目を向けると、それと同様もしくは更に赤いスペクトルを持つ太陽系外縁天体やケンタウルス族天体が存在していることが知られています。分光的な比較の結果、203 ポンペヤと269 ユスティティアは太陽系外縁天体やケンタウルス族天体と同様な分光特性を持つことが明らかになりました(図1)。

D型小惑星よりもさらに赤いスペクトルを持つ太陽系外縁天体やケンタウルス族天体表層は複雑な有機物で覆われると考えられることが過去の研究で指摘されており、小惑星帯の二つの天体も同様にそのような有機物で覆われていると考えられます。

本研究の科学的意義

太陽系外縁天体やケンタウルス族天体表層は複雑な有機物で覆われていますが、これらはメタンやメタノールの氷と言った単純な有機化合物から生成されると考えられています。

一方で、D型小惑星に対応している隕石の測定から、D型小惑星は二酸化炭素のスノーラインより遠い箇所で形成されたと考えられています。

この研究に関連する3つのスノーライン、水氷スノーライン・二酸化炭素スノーライン・有機化合物スノーラインは、この順でより太陽から遠くの位置にあります。

ここで、太陽系形成モデルからの視点での微惑星進化を考えてみます。古典的な太陽系形成モデルでは形成初期から現在まで惑星は動かないとされていましたが、近年の太陽系形成モデルでは太陽系初期に形成された木星のような大惑星が移動することにより、初期太陽系内部の重力場が変化し、初期太陽系内部でミキシングが起きたと考えられています。

スノーラインと最新の太陽系形成モデルを組み合わせると、以下のようなことが考えられます。

  • D型小惑星は非常に赤いスペクトルを持つ小惑星よりも太陽系の内側領域で形成され、惑星移動によるミキシングの結果、小惑星帯〜トロヤ群の範囲である程度の個数が存在する。
  • 太陽系外縁天体やケンタウルス族天体と起源を同一である非常に赤いスペクトルを持つ小惑星は、D 型小惑星よりも遠方で形成されため、小惑星帯〜トロヤ群ではD型よりは個数が少ない。

ここで、実際の小惑星帯内の小惑星の分布はみてみると、非常に赤いスペクトルを持つ小惑星はD型小惑星よりもはるかに少ない割合で存在しており(図2)、先のスノーラインと最新の太陽系形成モデルの組み合わせからの知見と一致します。このことは最新の太陽系形成モデルの確からしさを支持しています。

図2

図2 太陽系の進化図
Neveu & Vernazza2019とDeMeo & Carry2014を参考にして、作成しました。
(クレジット:天体画像:NASA、リュウグウ画像:JAXA)

さて、「はやぶさ2」がそのサンプルを持ち帰った162173 リュウグウはC型小惑星であり、水氷のスノーラインの外側形成し、現在の地球に近い位置まで移動してきたと考えられます(図2)。

一方で、今回発見された小惑星203 ポンペヤと269 ユスティティアは、遠方にある有機化合物のスノーラインの外側の太陽系外縁部で形成され、太陽系形成初期に小惑星帯に移動してきたと考えられます(図2)。

このような天体を探査すれば、太陽系外縁部まで行かなくても、太陽系形成期の有機化合物のスノーライン以遠の外側領域の情報を手に入れられる可能性が高く、これらの天体は、探査対象候補として今後検討する価値があると考えます。

用語解説

※1 スペクトル
スペクトルとは「虹」のようにそれぞれの波長成分に分けたものを指します。分光とはスペクトルを得るために「虹」のように光を波長に対して分割することを言います。
赤いスペクトルを持つということは、波長が長くなるにつれ、その反射率が上がっていくスペクトルを指します。反対に反射率が下がる場合は青いスペクトルを持つと言われます。

※2 C型小惑星、D型小惑星、S型小惑星
https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20161125/ をご参照ください。

※3 太陽系外縁天体やケンタウルス族天体
太陽系外縁天体:海王星軌道以遠に存在する小天体
ケンタウルス族天体:木星から海王星の間に存在する小天体

※4 スノーライン
地球上で通常は液体や気体である水氷や二酸化炭素や、メタノール・メタンといった有機化合物が氷になる箇所を指します。但し、地上では温度が下がると、例えば水は、水蒸気→液体の水→水氷の順に変化しますが、宇宙空間では、圧力が低いために、水蒸気→水氷と変化します。
太陽系が形成したのは原始太陽系円盤中ですが、その中で、太陽から離れるにつれて温度が下がります。固体に変化する温度は水氷→二酸化炭素→有機化合物の順に低いので、スノーラインとしては、水氷のスノーラインが一番太陽に近く、次は二酸化炭素のスノーライン、一番太陽から遠いスノーラインは有機化合物のスノーラインになります。

※5 天文単位
1億4960万km。1天文単位は太陽〜地球間の距離に相当します。この解説文では太陽からの距離として書かれています。

論文情報

原題: Discovery of two TNO-like bodies in the asteroid belt
雑誌名: Astrophysical Journal Letters
出版日: 2021726日(日本時間)
DOI: 10.3847/2041-8213/ac0f05

主著者名・所属:
長谷川 直 JAXA宇宙科学研究所

共著者・所属:
Michaël Marsset マサチューセッツ工科大学
Francesca E. DeMeo マサチューセッツ工科大学
Schelte J. Bus ハワイ大学
Jooyeon Geem ソウル大学
石黒 正晃 ソウル大学
Myungshin Im ソウル大学
黒田 大介 京都大学
Pierre Vernazza マルセイユ天体物理学研究所