国際研究チーム(注1)はX線天文衛星ASTRO-H「ひとみ」打上げの約一週間後から開始した観測装置立ち上げ段階で、搭載された軟X線分光検出器(SXS: Soft X-ray Spectrometer (注2))によってペルセウス座銀河団を合計23万秒間観測しました。取得されたデータから、SXSは打上げ前に見積もっていた以上の分解能を達成し、これまでの20倍以上の精度で高温ガスの運動を測定できることを軌道上で実証しました。また、今回のSXSによる観測で、銀河団中心部のガスの運動をはじめて測定することに成功しました。

観測の結果、銀河団中心部で、巨大ブラックホールから吹き出すジェットは高温ガスとぶつかり、高温ガスを押しのけているものの、その結果作り出されるはずのガスの乱れた運動は意外に小さい、すなわち高速ジェットが影響を及ぼしているにも関わらず銀河団中心部の高温ガスは意外に静かであるということがわかりました。

本研究成果は、7月7日付英国科学誌「Nature」に掲載されました。

チャンドラX線衛星によるペルセウス座銀河団のX線画像とX線天文衛星ASTRO-H(ひとみ)に搭載された軟X線分光検出器で取得したペルセウス座銀河団のスペクトルのグラフの合成図

チャンドラX線衛星によるペルセウス座銀河団のX線画像(カラー)と、X線天文衛星ASTRO-H("ひとみ")に搭載された軟X線分光検出器で取得したペルセウス座銀河団のスペクトル(白線)。 © Hitomi collaboration、JAXA、NASA、ESA、SRON、CSA

宇宙最大の天体である銀河団。100以上の銀河が集まった系で、大量のダークマターの重力により 5000万度以上という高温ガスが捉えられています。また、銀河団中心にジェットを吹き出すなど活発に活動するブラックホールを擁する銀河が存在することも少なくありません。ブラックホールによるジェットは周囲の高温ガスを押しのけて広がっているため、高温ガスはかき混ぜられて乱れた流れの状態にあるのではないかという予測もありました。

国際研究チームは、観測装置立ち上げ段階中にSXSで、ペルセウス座銀河団を約一週間かけて観測しました。太陽系から約2.5億光年遠方にあるペルセウス座銀河団は、X線で最も明るい銀河団です。これまでの多くのX線データが取得されており、「標準天体」とも呼べる銀河団なのです。

ペルセウス座銀河団中心には、巨大なブラックホールをもつ電波銀河(NGC1275)があり、そこから宇宙ジェット(光の速さに近い高エネルギー粒子の絞られた流れ)が放出されています。銀河団中心の高温ガスはジェットによって押しのけられている様子が過去の観測で明らかになっていました。そのため宇宙ジェットが周囲の銀河団ガスにどのような影響を及ぼしているかを明らかにするための研究が続けられていました。

巨大ブラックホールから周囲へのエネルギー供給や宇宙ジェットがどのように周囲に影響を及ぼしているかを調べるためには、ガスの運動を調べることが必要です。今回のSXSによる観測で、銀河団の中心から10万から20万光年の範囲では高温ガスの乱れた運動の速さは毎秒164±10 km (視線方向の成分)と見積もられました。この運動が発生する圧力は、高温ガスの熱的な圧力の4%に過ぎず、これは予想を下回る低い値でした。

注1 国際研究チームとは、ASTRO-Hプロジェクトのメンバーである約250名の研究者からなるチーム。

注2 SXSは50 mK(ケルビン(K)は絶対温度の単位で、0 Kは-273℃。ミリ(m)は1000分の1を示す)という極低温で動作し、鉄の特性X線などのX線光子のエネルギーをX線天文衛星「すざく」の20倍以上という高い精度で測ることができる。高温ガスが運動すると、ドップラー効果のためにX線のエネルギーが変化する。近づくとエネルギーが高くなり、遠ざかると低くなる。ガスが大きく乱れた運動をしている場合は、輝線の幅が太く観測される。「すざく」のCCD検出器は、エネルギーを決める精度が十分でなかったため、こうしたエネルギーの変化を検知できなかった。軟X線分光検出器SXSによってはじめて、銀河団のような大規模な天体の高温ガスの運動を詳しく調べることができるようになった。

発表媒体

雑誌名:Nature (2016.7.7付)
論文タイトル: The Quiet Intracluster Medium in the Core of the Perseus Cluster
著者: Hitomi collaboration
DOI番号:10.1038/nature18627