ASTRO-Hの硬X線望遠鏡で観測した「かに星雲」の高解像度化

森井 幹雄・ISAS 科学衛星運用・データ利用ユニット

本研究では、日本のX線天文衛星ASTRO-Hの硬X線望遠鏡(HXT)で観測した「かに星雲」の画像を、新規開発した画像復元技術を用いて高解像度化することに成功しました。「かに星雲」の大きさはHXTの角度分解能と同程度で、中心に位置する「かにパルサー」が明る過ぎるため、従来の手法では「かに星雲」の画像を復元することが困難でした。その困難を克服する手法を開発し適用することにより、硬X線帯域において高エネルギーになるほど「かに星雲」のサイズが小さくなることを明らかにしました。また、低エネルギー側でもトーラスやジェット構造を復元することに成功しました。「かに星雲」と同様に明るい点光源を伴うような星雲状の拡散天体に対して、他の望遠鏡の観測データであっても、この手法を適用することが可能です。

研究概要

「かに星雲」は、おうし座の方向にある超新星残骸*1で、地球から約6,500光年離れた位置に存在します。その「かに星雲」の中心には、強い磁場を持ち高速回転する中性子星である「かにパルサー」が存在し、その「かにパルサー」の周囲には、パルサー磁気圏*2で加速された高エネルギー粒子が発する電磁波によって輝くパルサー星雲である「かに星雲」が存在しています。「かに星雲」は明るく光度が安定している天体であるため、望遠鏡の装置較正を行うために観測する天体として有名です。一方で後述する理由により、日本のX線天文衛星ASTRO-Hが撮影した「かに星雲」の画像は、従来の画像復元技術による高解像度化処理が困難でした。

X線天文衛星ASTRO-Hは、JAXAとNASA(アメリカ航空宇宙局)が共同開発した日本のX線天文衛星(望遠鏡)で、ブラックホールや銀河団など高エネルギー現象に満ちた天体の観測を行いました。現在は運用を終了しています。ASTRO-Hは、硬 X 線帯域*3に感度を持つ望遠鏡である Hard X-ray Telescope(HXT)を搭載していました。これは硬 X 線帯域で最も集光力が高い望遠鏡であり、高い角度分解能*4を持ちます(約 1.6 分角; Half-power Diameter: HPD*5)。硬 X 線帯域に感度を持つ望遠鏡としては、他に米国のNuSTAR衛星が稼働していますが、角度分解能はASTRO-Hと同程度です。

ASTRO-Hは運用初期段階で、観測装置の較正を行うために「かに星雲」を観測しました。本研究では、HXT で撮像した「かに星雲」の画像に対して、Image Deconvolution*6と呼ばれる画像復元技術により画像を高解像度化する新規のアルゴリズムを開発しました。
軟 X 線帯域に対しては、これまでにChandra X線衛星が約 0.8 秒角(HPD)という高角度分解能を達成しており、美しい「かに星雲」の画像を観測しています。一方、硬 X 線帯域に対しては、HXT のような高角度分解能を持つ望遠鏡による観測は、NuSTAR 衛星による観測以外にはありませんでした。「かに星雲」の大きさは HXT の角度分解能と同程度であり、その上「かに星雲」の中心には桁違いに明るい「かにパルサー」が存在しているため、「かに星雲」は高解像度化処理を行うことが難しい天体でした。そのため、本研究により硬 X 線帯域で高解像度化した画像を得たことに科学的な価値があります。

図1
図1:「かに星雲」の画像(エネルギー帯域別):画像処理前のイメージ(上段)と、本研究で開発したアルゴリズムを用いて高解像度化の処理を行って得られた画像(下段)。下側の線分の長さは1分角のサイズを表す(論文より引用)。

図1は、「かに星雲」に対するImage Deconvolution処理の結果画像です。エネルギー帯域毎の画像になっており、左から順に、低エネルギー(3.6–15 keV)、中間エネルギー(15–30 keV)、高エネルギー(30–70 keV)帯域での画像です。図1の上段は、画像処理をする前の観測画像です。全体がぼやけており「かに星雲」の中心に存在するはずの「かにパルサー」と「かに星雲」を分離することが困難です。また、「かに星雲」の構造を把握することも困難です。一方、下段はImage Deconvolutionの出力結果で、「かに星雲」の構造を把握することができます。
この高解像度化画像から、エネルギーが高くなるほど「かに星雲」のサイズが小さくなるという結果が得られました。これは「かに星雲」の放射モデルに制限を与える重要な観測結果です。復元前の観測画像(図1の上段)では全く分からなかったことです。

図2
図2:「かに星雲」の軟X線帯域画像: ASTRO-HのHXTで観測した画像に対してImage Deconvolution処理を行って復元した画像(3.6–15keV)(左)と、Chandra衛星で撮像した画像(約10keV以下)(右)。下側の線分の長さが1分角のサイズを表す(論文より引用)。

図2は、本研究で開発したImage Deconvolutionの手法が上手く働くことをデモンストレーションした「かに星雲」の軟 X 線帯域の画像です。右側は Chandra X 線衛星で撮像した「かに星雲」の画像です。Chandra X 線衛星の角度分解能はASTRO-Hよりも高く、このエネルギー帯域での真の画像であると見做すことができます。これに対し、左側はASTRO-HのHXTの画像にImage Deconvolution処理を行って高解像度化した画像です(図1の左下画像と同一)。左側の画像でも右側のChandra X線衛星の画像にある「かに星雲」のトーラスやジェット構造*7が確認できます。Image Deconvolution処理を行うことによって、真の画像に近づくことに成功していることが分かります。

天体(かに星雲)からの X 線は、望遠鏡(HXT)を通過した後、焦点面に設置されたピクセル検出器で観測されます。また、かに星雲の画像は「点光源の集まり」として表現されます。各点光源から放射されたX線がHXTを通った後、ピクセル検出器上に作る分布形状の情報(Point Spread Function: PSF)を用いれば、かに星雲の画像を推定することが可能です。このように元画像を推定する問題を「逆問題」と呼びます。本研究では、この逆問題を解くアルゴリズムを開発しました。

ピクセル検出器ではX線光子のカウント数を取得することができます。このカウント数は「ポアソン分布」という確率分布に従うことが知られています。従来から用いられるImage Deconvolutionでは、この確率分布を用いた最尤推定*8により天体形状を推定することが基本となります。一方、HXT による「かに星雲」の観測データの場合には、この方法ではデータ量が十分ではなかったため、復元画像がノイジーになり、満足の行く結果が得られておりませんでした。

図3
図3:EMアルゴリズムの概念図:繰り返し計算の各ステップで、最大化したい事後確率分布に接しながら下限を与える関数(代理関数)を設定し、代理関数に対して最適化計算を行うことによって、事後確率を最大化するパラメータを求めます。

そこで、本研究が提案した新規手法では、スムース制約を与える事前分布を設定しベイズ推定*9の枠組みを用いて元画像を推定することにしました。単純にスムース制約を与えると、「かにパルサー」が「かに星雲」と比べて桁違いに明るいために、「かに星雲」が覆い隠されて見えなくなってしまうという問題が発生するため、元画像を「かにパルサー」と「かに星雲」の2成分モデルで表現し、「かに星雲」成分だけにスムース制約を与えることでこの問題を解決しました。事後確率の最大化には「EM アルゴリズム」という繰り返し計算法(図3)を用いました。
「かに星雲」と同様に明るい点光源を伴うような星雲状の拡散天体は数多く存在しています。それらに対してもこの手法を用いることは可能です。また、ASTRO-H以外の望遠鏡に対しても適用することは可能です。

用語解説

  • *1 超新星残骸:超新星爆発の後に残された星雲状の天体。
  • *2 パルサー磁気圏:中性子星(パルサー)の磁場の影響が強く及んでいる領域。
  • *3 硬X線帯域:おおよそ10keV(キロ電子ボルト)以上のエネルギーを持つ X 線のことを硬 X 線と呼び、それ以下の X 線のことを軟 X 線と呼ぶ。
  • *4 角度分解能:2つの近接した天体を識別できる最小の角度。
  • *5 Half-power Diameter (HPD):望遠鏡の角度分解能を表す数値。入射したX線光子数の半分が含まれる円の直径。
  • *6 Image Deconvolution:望遠鏡や顕微鏡などの光学系を使用して撮影した画像に対して、光学系による歪みやボケなどを補正して元画像を復元するために用いられる画像処理技術。
  • *7 トーラス構造・ジェット構造:「かに星雲」は、その中心に位置する高速回転する中性子星(かにパルサー)の回転軸周りに円環状に分布している。また回転軸方向にはプラズマ流を噴出してジェットを形成している。
  • *8 最尤推定:観測データが得られる確率(尤度)を最大にするような確率分布のパラメータ(かに星雲のイメージの輝度)を推定することで、かに星雲のイメージを推定する。
  • *9 ベイズ推定:かに星雲の分布がスムースであるという事前知識を基にした事前確率に、観測データから得られる尤度を加味して得られる事後確率を最大化するようなパラメータを推定することで、かに星雲のイメージを推定する。

論文情報

雑誌名 Publications of the Astronomical Society of Japan
論文タイトル Hitomi HXT deconvolution imaging of the Crab Nebula dazzled by the Crab pulsar
DOI https://doi.org/10.1093/pasj/psae008
発行日 2024年4月
著者 Mikio Morii, Yoshitomo Maeda, Hisamitsu Awaki, Kouichi Hagino, Manabu Ishida, Koji Mori
ISAS or
JAXA所属者
森井 幹雄(ISAS科学衛星運用・データ利用ユニット)、前田 良知(ISAS宇宙物理学研究系)、石田 学(ISAS宇宙物理学研究系)

執筆者

森井 幹雄

森井 幹雄(MORII Mikio)
1999年3月: 東京工業大学 理学部 物理学科 卒業
2001年3月: 東京工業大学 大学院理工学研究科 基礎物理学専攻 修士課程 修了
2004年3月: 東京工業大学 大学院理工学研究科 基礎物理学専攻 博士課程 修了
2004年4月-2006年9月: 宇宙航空研究開発機構 ISS科学プロジェクト室 宇宙航空プロジェクト研究員
2006年10月-2008年12月: 立教大学 先端科学計測研究センター ポストドクトラルフェロー
2009年1月-2013年3月: 東京工業大学 理工学研究科 グローバルCOE研究員
2013年4月-2015年3月: 理化学研究所 グローバル研究クラスタ MAXIチーム 協力研究員
2015年4月-2016年3月: 統計数理研究所 統計的機械学習研究センター 特任研究員
2016年4月-2019年6月: 統計数理研究所 統計的機械学習研究センター 特任助教
2019年7月-2022年3月: DATUM STUDIO株式会社 データアナリスト
2022年4月-現在: 宇宙航空研究開発機構に出向、宇宙科学研究所 科学衛星運用・データ利用ユニット 主任研究開発員