月にも地震がある?
日本では地震は日常的な現象ですが、「月にも地震がある」と聞くと驚く人も多いでしょう。実際、アポロ11号が月面に着陸した際に設置された観測機器には地震計が含まれていました。その後、アポロ計画の各ミッションで月震計が設置され、合計13,000件以上の月震が記録されました。このデータは、月の内部構造や進化を解明するうえで極めて重要な情報を提供しています。月震の波形は地球の地震とは大きく異なり、当時の研究者たちはその特徴に驚かされました(図1*)。
図1:地球、火星、月で観測された地震の波形の例。地球や火星では、波形の立ち上がりがはっきりしているのに対し、月震や一部の火星の地震では、振幅が徐々に大きくなり、紡錘形の波形をしています。また、月震は地震動が非常に長く続くという特徴もあります。
* 辻 健、川村 太一 地震学の火星への挑戦 日本地震学会広報誌 なゐふる No.122 https://www.zisin.jp/publications/pdf/nf-vol122.pdf
地震探査の意義:地球から月へ
地震探査は、天体の内部構造を調べる最も有効な手段の1つです。地震波は天体内部を伝播しながら反射や屈折を繰り返します。その伝播時間や波形を解析することで、例えば地球では地殻の構造や深部の核構造が明らかになりました。月についても同様に、地震波を用いた解析により、月が地殻、マントル、核といった層構造を持つ天体であることが判明しました。この発見は、月が単なる岩石の塊ではなく、熱進化を経た複雑な天体であることを示しています。近年では、NASAのInSightミッションが火星で地震探査を成功させ、火星の内部構造について新たな知見をもたらしました。この成功により、地震探査は地球以外の天体の内部構造研究においてますます重要視されています。
月震観測の課題
アポロ計画により得られた月震データは、月の内部構造の解明に大きく貢献しましたが、完全には解明されていません。その一因は月特有の環境にあります。月には大気や水が存在しないため、地震波が減衰せず長時間振動を続けます。さらに月の表面が砂のような細かい粒子で覆われており、地震波が強く散乱されるために起きると考えられています。その結果、微弱な反射波や屈折波が強い散乱波に埋もれ、観測が困難になります。さらに、アポロ計画では観測点が月の表側に限定されていたため、裏側や極域の構造についてはほとんど情報が得られていません。後の周回機観測により、月の表側と裏側が大きく異なる「月の二分性」が明らかになりましたが、裏側の構造解明は未だ課題として残っています。広帯域地震計は、散乱波の影響を受けにくい長波長の地震波を観測できるため、月の深部構造の詳細な理解に寄与することが期待されています。
次世代の月震ネットワーク
アポロ時代の課題から、次世代の月震ネットワークの鍵となるのが、月全体に広がる広帯域地震計を用いた観測ネットワークの構築です。このネットワークが実現すれば、月の内部構造を三次元的に明らかにし、月の進化や形成の過程に関する理解が飛躍的に深まるでしょう。目標とするネットワークは、最低でも4つの広帯域地震計を含む構成です。観測点が多ければ多いほど精度は向上しますが、震源位置を決定するには最低でも4つの観測点が必要です。さらに、このネットワークは、月の表側と裏側の両方をカバーするように、できる限り全球的に広がることが望まれます。現在、月探査では極域が注目されていますが、極域だけに限定されたネットワークでは地震学的に十分とはいえません。近年、民間企業の参入のあり、月震ネットワークの構築が現実味を帯びてきました。現在、アメリカ、中国、ヨーロッパなどが月探査計画で月震観測を検討していますが、継続的な月震計設置を正式に計画しているのは日本だけです。将来的には、各国が設置する月震計を連携させた国際的なネットワークが構築される可能性が高いと考えられています。しかし、多くの計画が極域を目指しているため、極域以外の観測点をどう確保するかが重要な課題となります。このような状況の中で、日本が計画的かつ継続的に観測点を提供することは、国際的なネットワークを最大限に活用する上で重要な役割を果たすと期待されています。
地震観測と地下資源探査
これまで、比較的大規模な地震観測についてお話ししましたが、地震探査は、地下の浅い構造を調べるためにも非常に役立ちます。例えば、地球では石油や天然ガスといった地下資源を探すために地震探査が広く使われています。現在、日本では月面全体で起こる月震を観測するネットワークの計画に加え、自分たちでモーターのような人工的な震源を用いて、地下に存在する「氷」を探す方法を開発しています。この地震探査によって、地下にどれくらいの深さや範囲で氷があるのかを明らかにすることができれば、将来の月面開発にとって非常に重要な情報になると期待されています。
月震観測がもたらす未来
月震観測の進展は、月の内部構造解明に留まらず、地球以外の天体の形成や進化を理解する手がかりを与えてくれるでしょう。特に、地球と月の成り立ちの関係や、月がどのように現在の状態に至ったのかを探る研究において、月震データは不可欠です。また、将来的には火星や他の惑星での地震探査にも応用される技術や知見が、月震ネットワークの構築から得られると考えられます。次世代の月震観測は、私たちの宇宙探査の基盤となる重要なプロジェクトとして、ますます注目されることでしょう。
【 ISASニュース 2025年1月号(No.526) 掲載】