2022年11月16日にSLSロケット初号機によって打ち上げられたアルテミス1ミッションによって、本格的な国際宇宙探査(月探査)がスタートしました。前号で紹介があったように、米国のアルテミス計画において、JAXAはゲートウェイの居住モジュール・補給機、そして有人探査ローバ等の重要な役割を分担することになっています。アルテミス計画のような、有人を中心とした本格的な月面探査/開発は、一国が行うには規模が大きいため、国際協力で進めていく必要があります。その中で日本がプレゼンスを発揮することができているということは、これまでの宇宙開発でJAXAが積み上げてきた技術や経験によるところが大きく、国際的な協力とともに独自の活動が重要であることは言うまでもありません。日本は、単独で宇宙開発を行える数少ない国であり、国際的な責任も大きく、今後も「日本ならでは」の活動を継続することが必要です。
月探査における日本の独自の活動といえば、小型月着陸探査機SLIMが記憶に新しいところです。SLIMは日本初の月面着陸に挑むだけではなく、将来の月惑星探査ミッションを見据えて、世界初となる月面への「ピンポイント着陸」の技術の獲得を目指して計画され、2023年9月7日に打ち上げられました。2024年1月20日には着陸に挑戦し、目標としていた100 m精度を上回る高精度の航法誘導を成功させました。SLIMが実証したこのピンポイント着陸技術は、質の高い月面探査を行うために非常に重要な技術であり、有人活動においても活用されることが期待されています。
SLIMミッションによって得られた月面着陸の次に日本が行うべきは、当然その先にある月面における活動となります。月面は一級の科学成果が期待できる場であり、様々な研究テーマが考えられます。その中で、現在我々が世界的レベルの成果を達成できるとして設定しているのが、以下の「月面3科学」(タイトルのBig Threeは3科学を意味しています)です。
1)月面からの天体観測(月面天文台)
2) 重要な科学的知見をもたらす月サンプルの選別・採取・地球帰還(月面サンプルリターン、月面SR)
3)月震計ネットワークによる月内部構造の把握(月震計NW)
月面天文台は、電波的に静穏である月面の裏側の環境を生かして、低周波数帯での電波干渉計によって、宇宙の始原状態の物質分布について調べることを目指しています。月面SRは、太陽系初期から現在までの天体衝突の記録媒体である月の始原地殻岩または衝突溶融岩の露頭において、サンプルのその場分析・地球帰還により、初期天体衝突史を解明することを目指します。また、月震計NWでは、月面における広域な月震観測ネットワークを構築し、月のグローバルな3次元構造を明らかにすることを目指しています。連載では、これらの3科学の内容の詳細と、それを実現するための技術に関する説明が予定されています。
上記の3科学の実現のためには、今まで日本では未成熟であった、天体表面における走行・輸送技術、ロボティクスを用いた探査技術、天体表面におけるエネルギマネジメント技術、自律探査技術等が必要になります。我々はISASが従来行なってきた「一級の科学と技術獲得の同時実行」によって、科学成果を得ながら、「天体表面における探査技術」を効率的に獲得することを目指しています。ただし、それは1回のミッションで完了するものではありません。そこで、アルテミス計画によって世界的に増加している輸送機会を積極的に活用していくことが重要です。これは、「アルテミス計画への参画により我が国の月面活動の機会が拡大していくことを念頭に、当該機会を活用して新たな知の創造につながる世界的な科学の成果を創出することを目指す」という政府方針にも沿っています。
月面開発で目指す壮大な有人月面基地は、簡単に実現できるものではありません。そのため、できる小さなことから始めることが重要です。SLIMミッションで一歩目を歩み始めた日本の月表面の探査。その次に月面の3科学を実施することで、大きなミッションや火星探査等に繋げていければと考えております。
【 ISASニュース 2024年11月号(No.524) 掲載】