はじめに ― 「ひので」を支える国際協力
太陽観測衛星「ひので」(SOLAR-B)は、JAXAの内之浦宇宙空間観測所から日本時間の2006年9月23日午前6時36分にM-V-7号機で打ち上げられました。M-Vロケットシリーズの最後の打上げです。それ以来、「ひので」は搭載している可視光磁場望遠鏡SOT、X線望遠鏡XRT、極端紫外線撮像分光装置EISの3台の観測機器で太陽を観測し続け、この9月で満20歳を迎えました。ここでは「ひので」の20年間を、限られた側面からだけですが、振り返ってみたいと思います。
初めに述べておきたいのは、「ひので」は大規模な国際協力により開発、そして打上げ後の運用が実現していることです。観測機器のうち、SOTとXRTが日米、EISが日米英のそれぞれの宇宙機関(日本:JAXA、米国:NASA、英国:STFC)の協力のもと、各々の国の研究機関が参画して開発が進められました。これらの国際協力はそれぞれの機器にとどまらず、例えば衛星レベルの試験における、ダスト・分子汚染双方に対するコンタミネーション防護手法のノウハウや知見の提供など、日本でそれまで必ずしも豊富な経験のなかった領域で大きな力となりました。また、打上げ後は、ESAが地上データ受信局の提供で支援・協力に加わり、「ひので」が科学成果を創出する上で非常に大きな役割を果たしています。
「ひので」の科学成果
太陽の光球面からコロナにわたり、「ひので」はこれまでに数々の発見をもたらしてきました。発見の全貌やそれぞれの詳細をすべて述べるのは本稿の手に余りますが、代表的なものを挙げると、(1)光球とコロナの間に存在する彩層が、それまでの人々の認識に反し、ジェット現象や加熱現象など、予想外に活発な活動現象にあふれていることがわかり(図1)、光球とコロナをつなぐ大気層として関心の対象となったこと、(2)コロナ中をアルフベン波(磁力線に沿って伝わる電磁流体波)などの波動が伝搬していく様子が捉えられ(図2)、また、波動によるコロナ中のプラズマ加熱も観測されたことで、波動によるコロナ加熱の可能性が(「ひので」打上げ前よりも)認識されるようになってきたこと、(3)太陽の極域に、黒点に迫る磁場強度(1キロガウス程度)を持つ、2,000 ~ 3,000kmほどのサイズの強磁場パッチが分布しているのがわかったこと、(4)活動領域周辺の磁気ループの根元部分からのプラズマの上昇流が見出され、これと低速太陽風の関連が活発に研究されるようになったこと、(5)フレア時のプラズマ噴出にともなう電流シート構造が明瞭に捉えられ、同構造中の乱流運動の様子などの物理状態が捉えられるようになったこと、等々が挙げられます。文献[1]に打上げ11年の時点での「ひので」の成果と展開がまとめられていますので、それもご参照いただければと思います。さらに、例えば(1)の彩層の活動性が認識されたことで、「ひので」が観測を始めてからすぐに、「ひので」にはない、彩層の物理状態を定量的に診断する機能を持ったIRISミッション(Interface Region Imaging Spectrograph)の計画が米国で立ち上がり、NASAのSMEX計画に提案され、2013年に打ち上げられました。以来、「ひので」とIRISは、太陽面上の同じ領域を共同観測する体制を取っています。このように、「ひので」による発見が新しいミッションの創出に直ちに結びついたケースも生まれています。
図1:「ひので」SOTが捉えた、静穏時の太陽表面( 上、波長430 nm(G-band):光球面がよく見える)と同時期の上空の大気( 下、波長396 nm(Ca II H):彩層がよく見える)。光球面(上図)に見えている黒点周辺で、上空の彩層(下図)が加熱による増光現象やガスの噴出現象など、活発な活動に溢れている(国立天文台 勝川行雄氏による)。
図2:太陽のコロナ中(図の上半分の領域)に浮かぶ、プロミネンスのガス。図中では横方向に延びた雲のように見えている。このプロミネンスが振動していることが「ひので」で観測され、その解析からコロナ中を伝搬する波動が検出された(国立天文台 岡本 丈典氏による)。
20年継続する観測運用体制
「ひので」の観測計画の立案は、3台の観測機器それぞれについて科学研究者(Chief Observer; COと呼びます)が1名ずつ担当しています。各COは金曜を始まりとする一週間を担当し、SOTとXRTは日米で半々で分担、EISは日米欧の三者で分担しています。海外のCOは所属元の研究機関からリモートで観測計画を立案します。(これら3人のCOに加えて、3機器の観測を調整し、観測計画を1つにまとめる担当[Chief Planner; CP]もいます。)この体制は、「ひので」が打ち上げられた当初から変わっておらず、20年もの間、続けてこられたことは素晴らしいことだと思います。打上げ以来、日米、日米欧の分担を変えずに続けられていること、また、日本国内では各地の太陽関係の大学・研究機関から3機器のCOに一貫して参加していただけていること、これら国内外の太陽コミュニティーの協力が「ひので」の観測を支えてくれており、大変感謝しています。
また、観測にあたっては、世界中の太陽・太陽圏研究者からの「ひので」を用いた観測提案を随時受け付けており、これらはHOP(Hinode Observing Proposal)としてCOが作成する観測計画の中に取り込まれていきます。観測提案には、「ひので」単独での観測もありますが、Solar OrbiterやParker Solar Probe、「みお」や「あかつき」など他の太陽圏探査機や衛星、また、日本の太陽研究者も中心メンバーとして活躍しているNASAの観測ロケット実験(CLASPシリーズ、FOXSIシリーズ、等々)や欧米の大気球観測(SUNRISE-Ⅲ)、さらにALMAやDKISTをはじめとした地上の観測装置、など、世界のさまざまな観測機器、観測機関との共同観測も頻繁に行われています。図3に最近10年間の、HOPの新規提案件数の年ごとの推移を示しました。これを見ると、「ひので」を用いた観測提案は、減少していくどころかむしろ近年は増加しつつある傾向さえ見られ、「ひので」が打上げから20年を迎えて今なお世界中の太陽関係の研究者から求められている軌道上の太陽天文台であることがわかると思います。

図3: 最近10年間の「ひので」の年間の観測提案件数 (NASA Adam Kobelski氏による)。
「ひので」も他の科学衛星と同様、これまでに何度もミッションの運用延長審査を受けています。運用延長審査は、前の運用期間で得られた科学的成果や社会貢献の事例(教科書への掲載など)、衛星・観測機器の状況を報告するとともに、次の運用延長期間で達成する科学目標、必要な運用経費などの提案を資料にまとめ、運用延長提案が妥当なものであるかについて、宇宙理学委員会の審査、それに続く宇宙科学研究所の審査を受けるものです。「ひので」は最初の運用延長審査を2010年度に受審しました。はじめの頃の延長審査は、あまり長い期間延長しても一般論として衛星に何が起きるかわからないから、という観点で、毎回3年程度を目安とした延長提案が求められていました。一方、最近の延長提案では、宇宙科学研究所の予算プロファイルの見通しを得るために、最大限いつまで運用するのか(いつ運用をやめるのか)を示して、そこまでの期間に対する延長提案が求められるようになっています。そのため、2023年度に行った直近の運用延長提案では、新たな延長期間を2024年度から2033年度までとし(2033年度中に運用終了)、この運用期間に対する審査を受けました。極域磁場が最大となる次の活動極小期は2031年を中心とした前後1年程度の期間に来ると予想されることから、次の活動極小期を確実に通り過ぎる時期まで観測を行い、打上げ後の最初の極小期(2008年12月)から11年の活動周期2サイクル分の長期データを取得することを目的として、運用終了の時期を設定しました。また、ESAとNASAが2020年に打ち上げた探査機Solar Orbiterは、金星フライバイを繰り返しながら徐々に軌道傾斜角を大きくしていきますが、2029年以降、軌道傾斜角は33°に達し、極域を高緯度から観測することができます。この機会を捉えて、極域に対する「ひので」の磁場観測・X線ジェット観測とSolar Orbiterによる太陽風その場観測を共同で実施することで、極域の光球面・コロナとそこから吹き出している高速太陽風の対応関係を調べることも予定されています。このようなSolar Orbiterによるその場観測と、磁力線を介して対応する光球・コロナの「ひので」による観測は、すでに両者の共同観測として進められてきています。
「ひので」が生み出したもの
「ひので」を用いた査読論文の出版件数は、今年の8月の時点で1900編を超えており、近年も毎年50編以上の論文が出版され続けています。このように数多くの論文が生み出されていると同時に、「ひので」はこれからの太陽・太陽圏研究に向けた指針も提供しています。一部を列挙すると、(1)光球からコロナへ向かうエネルギー輸送の通り道としての彩層の重要性、(2)太陽大気プラズマの詳細な物理診断を行う上での精密な分光観測の威力、また磁場情報を導出する上での偏光分光観測の威力、(3)観測データと結びついた数値シミュレーション手法の有効性(データ同化や観測データの解釈など)、(4)特に太陽から火星周辺までの太陽系領域(内部太陽圏)の探査において、探査機の周辺環境を理解する上でその場所と磁力線でつながった太陽表面部分の物理情報を提供しうる「ひので」の意義、などが強く意識されるようになって来たと思います。これら「ひので」のもたらしている科学的指針は実際、先述のIRISに始まり、さまざまな観測ロケットや大気球実験、さらには日本の次の太陽観測ミッションSOLAR-Cに至るまで、多くの飛翔体計画のアイデアの源となっています。
「ひので」は打上げからこれまでの長い年月の間に、観測機器・衛星システムの双方で機能が一部制限されるところも出て来ていますが、引き続き第一級の観測を続けています。特に「ひので」の持つ光球面ベクトル磁場の精密な計測能力と、コロナ中の高温プラズマの撮像観測能力に対して、現時点で同様の観測を行えるミッションはなく、また提案されているミッションも存在しない状況のため、これらの観測は「ひので」の独壇場と言えます。また、「ひので」のもう1つの強みであるプラズマの精密な分光診断能力は、SOLAR- Cへと発展的に受け継がれます。
このように「ひので」は太陽・太陽圏分野にさまざまな影響を及ぼしつつ、今後も観測を続けて行きます。本稿では触れませんでしたが、極域磁場の精密観測も定常的に行っており、11年の太陽活動周期の中で顔つきを変えていく極域磁場の様子も捉え続けています。このように長期間蓄積するデータからも、将来、新たな発見がなされるものと期待しています。なお、今月号 の「ISAS事情」欄で9月に開催されたHinode-19/ SOLAR-C 国際科学会議が紹介されています。この会議でも多くの「ひので」科学成果の報告があり、これらをふまえた論文集の刊行も計画されていますので、そちらもご期待ください。
「ひので」への皆様の引き続きのご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。
参考文献
[1] Hinode Review Team, et al. 2019, PASJ 71, R1. https://doi.org/10.1093/pasj/psz084
【 ISASニュース 2026年10月号(No.547) 掲載】
